VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

いきなり年頃の娘の父になった私(62)娘の近所に住んでいた青年<7>社会的隔離を起こさせる日本文化

いきなり年頃の娘の父になった私(61)

娘の近所に住んでいた青年<6>」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多

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ぼそっと池井多 斎藤環さんの門下には、
フランさんの他にも
たくさんの外国人留学生がいらっしゃるのですか。
 
フラン はい、おります。
中国人の方が多いですが、
去年からアルゼンチン人の臨床心理士が加わりました。
 
ぼそっと池井多 私はインターネットを通じて、
アルゼンチンのひきこもり当事者の方の
インタビューをさせていただいたことがある(*1)のですが、
そうやってアルゼンチンの臨床心理士
ひきこもりをテーマとして日本に留学しに来ているということは、
治療者のあいだでは
アルゼンチンにもひきこもりがいるということは、
もうかなり知られているということですね。
 
 
 
フラン よくはわかりませんが、
たぶん知られているのでしょう。
 
ぼそっと池井多 あと、中国から
たくさん留学生の方が来ているということは、
やはり中国にもひきこもりがたくさんいるということですね。
 
フラン ええ。ひきこもりだったり、不登校、いじめなど、
いろいろな問題が中国では起こっているようです。
中国からの留学生の方々も、
文化によってどのような違いが生じているか、
なども調べているようです。
 
ぼそっと池井多 ああ、それで、なんですね。
 
斎藤環さんと同じテレビ番組(*2)に出させていただいたときに、
彼が
「ひきこもりはカトリック儒教の文化圏に多いのでは」
といったことをおっしゃって、私が
イスラム圏にもいる」
という話をさせていただきました。
 
 
 
彼のゼミが
カトリック儒教圏からの留学生をお持ちであるから、
そうお考えになったのかな。
 
フラン ひきこもり現象は、
文化や国境を乗り越える国際的な面を持ちながらも、
どうしても日本の文化から生じている
としか思えない部分もあります。
 
私は、こう考えています。
 
日本の文化と関係がないところ、
すなわち「社会的な隔離」という
ひきこもりの本質的な部分を見ると、
それは「ひきこもり」と呼ばなくても良いのでは、
という気がします。
 
それは、ただの社会的な隔離(social withdrawal)と言えばよいのでは、と。
それは、日本の文化の特殊性と関係なく、
どの国にも存在が認められるだろうと思います
 
私から見ると、社会的な隔離というのは、
人間の自然な逃走本能であって、
恐怖や違和感を感じた時に、
誰にも起こりうる行動だと思います。
 
なので、普遍的なものだと思います。
 
でも、やはり文化の特徴がその本能に拍車をかけて、
その状態におちりやすい環境を作る。
そこから日本の社会的ひきこもりが生まれるのでしょう。
 
ぼそっと池井多 なるほど。
私は学者でも治療者でもなく、
一介のひきこもり当事者にすぎませんが、
まさに同じ問題に興味をもって、
GHOを通じて世界中のひきこもりの方々に
お話をうかがっているわけです。
そうしたテーマで研究されている方とも、
いずれお話してみたいものですね。
 
 
 
 
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