VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

治療者と患者(336)リカモリング・アホバイザー制度と患者の無償労働

#齊藤學被害 #精神医療被害 #精神療法被害

 

by ぼそっと池井多

 

本ブログの根幹にあたる、精神医療機関「阿坐部村」の実態を描く「治療者と患者」シリーズを、最近は手がけることができなかった。しかし、「ピアサポート」という語が耳に入ってきたことをきっかけに、あらためてその物語を書き進める気になった。

どこで耳に入ってきたかというと、先日起こった京都ALS嘱託殺人事件をめぐる報道の中においてである。

 

 

私にとって、このピアサポートという概念のまわりには、まるで浅瀬の海に長年繋留けいりゅうされている舟の底に、フジツボやら海藻やら、わけのわからない有象無象がどっさり付着しているように、阿坐部村で起こったことやひきこもり大陸で進行していることなど、有象無象の現象がどっさり付着しているのである。

それらをていねいに剥がしていかないと、私はこのピアサポートという概念を虚心に考えることができない。

 

 

 

 

私にとって「ピアサポート」という語にまとわりついているものの第一は、一般社会では軽蔑される痴漢という行動障害を持つがゆえに、かえって阿坐部村で権力を持つに至った押上という男の存在である。

なぜ、そうであるかに関しては長い説明が必要だ。

 

2013年ごろまで、阿坐部村という精神患者の共同体の中心的な組織であるザストというNPO法人で、私は実質上の事務局長を務めていた。

表向きは「渉外部長」という肩書きであった。事務局長には、まったく実務を行わないが、一種の「お飾り」として古参の患者でクリニックの職員でもある岩木老人(*1)が就いていたからである。

したがって私は「事務局長」だったといってよい。

 

 

いっぽう押上は、そのころはまだザストの会員にもなっていない阿坐部村の患者であった。

私はザストのなかに、パソコン好きな押上が活躍できるように「PCサロン」などというコーナーを作り、押上はそのおかげでいろいろザストのお世話にはなっているくせに、たかだか年6000円の会費を払うのも頑として渋っていた。すなわち、

「自分はザストの人間ではない」

という意思表明であった。

 

押上の中では、

「あくまでも自分はパソコンの専門家であり、ザストの理念なんぞはどうでもよいが、自分のそういった過去の職業人として技量が必要とされるのなら、仕方がない、無料で奉仕してやるか」

といったスタンスがあったのにちがいない。

ちょうど私が、精神科の患者となって阿坐部村にたどりつく1999年より前に就いていた「国際ジャーナリスト」なるプロフェッションに、まだ未練たらしく一抹の誇りのようなものを持っていたのと同じだろうと想像する。

押上もまた、痴漢として捕まってからは、しばらく塀の中に暮らすことになり、その結果、娑婆に出てきても、精神科の患者村で生きざるをえないのであった。そこに、きっと押上なりに忸怩(じくじ)たるものがあったのだろう。

たどった軌跡はちがうが、私と同じく「転落」のすえに阿坐部村にいたのであった。

まるで社会の底辺のようにみじめに見える患者村で生きていかざるを得ない自分をつらつらと眺め、

「ほんとうは自分は、こんな所でくすぶっている人材じゃないんだぞ」

と、かつての自分のプロフェッションへの誇りを再燃させていったすえ、たかだか6000円のザストの年会費も払わなかったのだと思われる。

 

こうして押上は、私が統括するザストのお世話になり、しかもけっしてザストの内部の人間にならないようにしていたにもかかわらず、私がおこなうザストの仕事に関しては、事あるごとにあの手この手で邪魔してくれていた。

 

そんな押上から見れば、おそらく事務局長格の椅子に座っていた私はムカつく存在であった。

そして押上は、私がそこに座っていた理由を、次の二つだと考えていたのだろう。

すなわち、一つめは私が実務処理において有能であったから。二つめは阿坐部村のトップに君臨する精神科医塞翁勉(さいおう・つとむ)に可愛がられているから、である。

それが彼の嫉妬を絞り出したのだ。

 

しかし、彼の想像は両方とも間違っていた。

 

たしかに私は、本来なら何人ものスタッフが分業するザスト事務局の仕事を一人でこなしていたので、見かけ上は「有能」に見えていたかもしれない。

ところがそれは、ザストの仕事を複数人数で分業すればするほど仕事が増えていくという現実に由来している、苦肉の策の結果だったのである。

 

ザストの仕事は、集団療法であるところの精神医療の「作業療法」の延長と位置づけられ、私たち患者は主治医 塞翁勉が演説しまくるさいおうミーティング(*2)において、

「ザストの仕事は無償ボランティアでおこなうべき」

と洗脳され続けていた。

 

*2. さいおうミーティング

精神科医 塞翁勉が営む精神科、さいおうクリニックのDNC(デイナイトケア)において、中心的なプログラム。いわば阿坐部村の「中央広場」。一日4時間以上、一方的に治療者の話を聞かされる洗脳装置でもある。詳しくはいかの記事を参考のこと。

治療者と患者(199)さいおうミーティングとは何か

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一般の職場で作業するならば、仕事をしたぶんだけ給与や時給といった形で報酬が払われる。ところがザストでは、「ボランティア」「作業療法」などなど、いくつかの耳障りのよい言葉に溶かされて、無償労働であることが求められるので、報酬は払われない。

 

そのため、ザスト事務局では、私をのぞいてまじめに作業する者はいなかった。

そこにたむろしている患者たちとは、作業はせず、暇をもてあまし、昼間っからひたすらお茶を飲み、お菓子を食べているおばさん連中であった。彼女たちは「作業をしている」という格好だけ演じ続けることに長けていた。

ここで「作業をしている」という格好を見せることは、阿坐部村の発展に貢献しているポーズを取ることであり、治療転移している「塞翁先生に尽くしている」ということになるのである。

 

ところが私は、作業もせずに、このようなおばさん連中と塞翁医師や他の患者の噂話ばかりしていても、何ら得られるものがなく、それどころかまじめに作業をしている私をいじめるのであった。だから私にとっては、ザスト事務局の中に居ること自体が拷問であった。

そのときの様子は、以下の記事に詳しい。

 

 

そんな一方では、阿坐部村の頂点に君臨している精神科医、塞翁勉(さいおう・つとむ)は、口癖のようにいつもこう言っていた。

 

私はこれだけ多くの患者を診てきたんだ。

 だから私には人間が見えている

 

それを聞くたびに、私は噴き出しそうになるのを必死でこらえていた。

なぜならば、塞翁医師ほど人間が見えていない精神科医もめずらしかったからである。

 

塞翁勉は、自らが統治する王国の末端にあたるザスト事務局の内部が、あのようであることをまったく知らなかった。

まあ、その時間、ザスト事務局とは数軒離れた診察室にいるのだから、知らないのは良しとしよう。しかし、精神科医なのだから、少しは患者たちの動向に想像力を働かせてほしいものだった。その想像すらできていない様子だったのである。

 

塞翁は、私たち阿坐部村の患者が、彼の望むように、どんな無償労働でも喜んで、彼への治療転移だけを拠り所として日々いそしんでいると考えていた。

 

この誤認が、やがて私を追放し、阿坐部村を沈没に導く発端となるリカバリング・アドバイザー制度の創設に関わっていると思われる。

すなわち、塞翁勉はこう考えたのだろう。

 

「しめしめ。患者どもは私にどっぷりと治療転移ししていて、私とのつながりを維持するためなら、あるいは私に気に入られるためなら、何でも差し出すぞ。

労働力でも時間でも無償で差し出す。

よし、それじゃあ次は金を差し出させてやろうか。

もし差し出さなければ、『治療関係を断ち切るぞ(*3)』と脅かせばよい。

やつらが払っている保険診療の報酬だけでは、私はとうてい経済的に満足しない。なんとか、保険診療の枠外で、やつらが金を出すシステムを作ってやろう。」

 

 

リカモリング・アホバイザー制度なるものが作られた動機の一つは、このようなものであったのにちがいない。

塞翁医師にしてみれば、保険適用の医療費を取ってやっているDNC(デイナイトケア)のさいおうミーティングと同じことを、今度は保険が適用されない「講座」で、「受講費」という名目で患者から金をとってやればよいだけなのである。

まるで「濡れ手であわ」のような丸儲けではないか。

 

……。

……。

 

2013年にリカモリング・アホバイザー制度が始まった当初は、患者たちも申し込みに殺到し、塞翁勉の目論見はみごとに当たったかに見えた。

しかし、患者の中には賢い者もいて、やがて疑念の声を挙げ始めることになる。…… 

 

このリカバリング・アドバイザー制度がどのようにピアサポートと対立関係になるか、という点を含めて、続きはまた後日に譲ろうと思う。

 

 

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この物語はフィクションであり、登場する人物・団体などはすべて架空のものであり、似ている人物・団体があったとしても偶然の一致にすぎません。

やっぱり今日もひきこもる私(292)当事者同士の他者性

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ANN ニュース画面より

by ぼそっと池井多

 

前回「やっぱり今日もひきこもる私(291)」では、先日起こった京都ALS嘱託殺人事件について書かせていただいた。

裁判の行方によっては、この事件の呼び名も、今後「京都ALS不法安楽死事件」に変わるかもしれない。

 

そこでも書かせていただいたように、事件が報道されるやいなや、すばやくコメントを発表したのが、自らも同じ難病ALSを持っておられる参議院議員、れいわ新撰組の舩後靖彦(ふなご・やすひこ)氏であった。

 

彼は、このように述べている。

私も、ALSを宣告された当初は、出来ないことが段々と増えていき、全介助で生きるということがどうしても受け入れられず、「死にたい、死にたい」と2年もの間、思っていました。しかし、患者同士が支えあうピアサポートなどを通じ、自分の経験が他の患者さんたちの役に立つことを知りました。死に直面して自分の使命を知り、人工呼吸器をつけて生きることを決心したのです。(*1)

*1.  舩後靖彦 Official Site
事件を受けての見解 2020.07.23
https://yasuhiko-funago.jp/page-200723-2/

yasuhiko-funago.jp

 

これに続けて、前回にもご紹介した彼の

「死ぬ権利」よりも、「生きる権利」を守る社会にしていくことが、何よりも大切です。

という発言がつづいている。

 

難病の中から発せられる舩後氏のこういう発言は、非常に重みを持っている。

私のように、鬱病だ何だと小さな持病は持っていても、手も足も自由に動かせる人間は、思わずここで襟を正して聞かざるをえない。

すなわち、「死ぬ権利よりも生きる権利を……」という彼の発言は、舩後氏が自らの当事者性にもとづいて発信している言葉だといってよいだろう。

いうなれば、私が何かというとあちこちで言っている「当事者発信」である。

 

そして、文中に舩後氏もその語を出しているように、ピアサポート(*2)というものに大きな期待をかけ、舩後氏自身も林優里さんのように絶望して死を希ったことが過去にあったが、ピアサポートによって救われ国会議員として活躍する現在がある、といったことを述べている。

 

*2. ピアサポート (peer support) : 同じ問題をかかえる者同士が助け合うこと。また、その助け合いの行為。この場合「ピア (peer)」とは、「地位や能力などが同等の者」を指す。

ピアサポートは、ひきこもり界隈でも重要視されている概念であり、「引き出し屋」などを回避する手段として期待されている部分もあるが、ひきこもりにとってのピアサポートについては、長くなるのでまた別の機会に述べたい。

 

しかし、一方では、ここにピアサポートという概念の限界の一つが示されているといってもよい。

 

私は、ALSという難病についてはほとんど何も知らない。

おそらくその病気も一様ではなく、身体のどこから動かなくなるといった愁訴の詳細や、病気ぜんたいの進行の仕方などには、さまざまなパターンがあるのにちがいない。

 

けれども、いま仮に、林優里さんと舩後参院議員の病態が、まったく同じであったと仮定してみよう。

なぜ、そんな仮定をするのか。

なぜならば、私はここで

「ならば、舩後参院議員の言葉は、ピアサポートとして絶対的に林優里さんに対して有効であるか」

という問いを立ててみたいからである。

 

やさしく言い換えると、こういうことだ。

もし、そういう仮定をすると、舩後参院議員の難病が進んできたのとまったく同じように、これから林さんの難病も進んでいくことになる。

ということは、林さんが今、まったく手足を動かせなくても、いずれ舩後さんのように国会議員として活躍できる可能性だってあることになる。

すると、林優里さんは絶望する必要はなく、いま安楽死を選択するのは間違いである、と言える根拠になる。

 

 

しかし、現実には、そのように言えるだろうか。

 

私は「必ずしも、そう言えないのでは」と思う。

たとえ、林優里さんの病状が、これから舩後参院議員の場合とまったく同じ進行の仕方をするものだとしても、林さんが今の時点で味わっている絶望や苦しみはなくなるわけではないのではないか。

 

もちろん、そのように難病を持ちながらも、旺盛に国会議員として活躍している舩後氏の存在は、林優里さんにとって希望や励みにはなるだろう。

しかし、だからといって、それで林さんの絶望が希望に一変するとはいえないのではないだろうか。

 

むろん、小さな希望であっても、ないよりあった方がよい。けれども、いくら同じ難病を持つピアといっても、しょせんは別の人である。別個の人間存在である。

難しく言えば、舩後さんと林さんのあいだには相互に他者性がある。

この他者性の壁を越えて、人間は互いに交わることも入れ替わることもできない。

人はみな、「自分の」人生しか生きられないのだ。

 

となると、林さんの絶望は、あくまでも彼女だけのものであり、舩後さんの人生や希望は、あくまでも舩後さんだけのものなのである。

 

これは、残酷な真理だ。

  

したがって、舩後氏があのように述べたあと、

「だから、死ぬ権利については考えず、生きる権利について考えようじゃないか」

などといっても、やはり亡くなった林優里さんの、「あの時の」耳には入らなかったのではないか。

 

前回私が述べたように、「死ぬ権利」は「死ぬ権利」として、「生きる権利」は「生きる権利」として確立していくべきであり、なぜならば、「死ぬ権利」はその人の「生きる権利」を行使するなかで重要になってくるものだから、と私は考える。

 

ここにピアサポートの限界があるし、一方では、安楽死が法制化されたときの本人の意思の重みというものがあるように思う。

 

 

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外国のうつ・ひきこもり事情(149)「ひきこもりは自らの価値を示そうにも示せない人々」インドのひきこもりニティンの見方

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インド・ガンジス河  Photo by Pixabay

by ぼそっと池井多

 

「コロナ鬱」が、遅れて私にもやってきたのが6月であった。

 

鬱で頭が作動しないので、しっかりした文章が書けなくなった。

そのため、それまでは一週間に一度出していたひきポスの記事も、さっぱり書けなくなった。

「そろそろ、ぼそっとさんからも記事を出してくださいよ」

という若い執筆陣からの催促もあり、ようやく昨日、2ヵ月ぶりぐらいで一本出した。

といっても、オリジナルの執筆ではなく、翻訳である。

 

www.hikipos.info

  

インドでひきこもりだったという、ニティンさんという30代男性の当事者手記を訳させていただいたわけである。

 

彼の言っていることに、私は一から十まで賛成するわけではないけれども、なかには宝石のようにキラリと光る、すばらしいことを言っている箇所がある。

 

それは、

ひきこもりの共通点とは、自らの価値を示そうとしても示せない人たちである。

という箇所だ。

 

その背後には、ひきこもりとは多様であり、ひきこもりになった経緯からひきこもっている環境まで千差万別で、

「ひきこもりの共通点など容易に挙げることはできない」

という事実がある。

そうした事実をわかったうえで彼が言っているところに、初めてこの言葉が輝きを持っている。

 

 

 

 

今まで、ひきこもりが自らの価値を示せないことに関しては、

「ひきこもっていて、示そうとしない」

と見られていた。

 

自らの価値を示そうとしない、ということはすなわち、社会が持っている価値判断の物差しに自分を合わせようとしない、という解釈である。

 

それゆえに

「ひきこもりは適応障害

と考えられる。

 

すなわち、

「社会に適応しようとしても適応できない欠落をもつ人々」

という見方を生んだわけである。

 

そこでいう「社会」とは、何が何でもそこへ属する個人個人が適応しなければならない場所として設定されている。つまり、社会を「価値の物差し」として絶対化しているのである。

 

ところが、ニティンのいう

「自らの価値を示そうとしても示せない」

という考え方のなかでは、

「価値を測る物差しが悪いから」

という含みがあるように思う。

 

物差しの方を絶対化していない。

 

「ほんとうはその人のなかに大きな価値があるんだけど、今の社会という物差しでは物差しの質が悪いからそれを価値あるものとして測ることができず、それゆえにひきこもりは自らの価値を示そうとしても示せない」

という見方を、彼はさりげなく提示しているのだ。

 

それは、

「ひきこもりには、ほんとうは能力があるのに、その能力を評価する体系が、社会と呼ばれる現在の環境に整っていない」

といった展開が潜在している。

 

この一点があったために、私は多くの方に読んでもらいたくなり、ニティンの手記を翻訳したといって過言ではない。

 

慾をいえば、ニティンにはインドの中流階級の生活をもっと詳しく書いてほしかった。

 

 

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やっぱり今日もひきこもる私(291)「死ぬ権利」は「生きる権利」と背反しない  ― 京都ALS女性嘱託殺人事件を考える ―

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MBSニュース画面より

by ぼそっと池井多

 

さて、前回「やっぱり今日もひきこもる私(290)」に引き続き、京都で起こった嘱託殺人について考えてみたい。

 

事件が起こった直後、亡くなったALSの女性、林優里さんと同じ難病を持つ、れいわ新鮮組参院議員、舩後靖彦氏は、

「死ぬ権利」よりも、「生きる権利」を守る社会にしていくことが、何よりも大切

と述べた。(*1)

 

 

いかにも良識的な、「ごもっともな」フレーズではあるが、私はいささか違和感をおぼえた。

「生きる権利を守る社会にしていく」ことは確かに大切だが、それはそれとして進めていき、一方では人間の「死ぬ権利」ついても、私たちは考えていかなくてはならないのではなかろうか。

舩後議員の言い方であると、「死ぬ権利」を考えることと、「生きる権利」を考えることは、あたかも一つのフランスパンを分け合うように、どちらかを大きくすれば、もう片方が小さくなるかのような印象がある。

そうではないはずだ。

二つは別個の問題である。

 

 

また、生命倫理や死生学を専門とする鳥取大学の安藤泰至准教授は、

この医師たちは弱り切った難病患者や高齢者を生きる価値のないかわいそうな人と決めつけ、その命を絶つことを善行だと考えているように見えます。この点で、2016年にあった相模原市の障害者施設での殺傷事件に近いのではないでしょうか。

と述べた。(*2)

 

 

これもまた、私の耳には論点のすりかえに聞こえるのである。

相模原事件の植松死刑囚がおおぜいの障害者の人たちを殺したのと、今回の大久保愉一容疑者、山本直樹容疑者という二人の医師たちによる嘱託殺人は、たしかに「優生思想」という共通項でくくろうと思えばくくれるかもしれないが、かなり苦しい。

殺された本人の意思表示があったかなかったかという点で、天と地のような開きがあるからだ。

 

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また、安藤准教授はこうも述べている。

今回の事件が、安楽死の法制化ではなく、どんな人も生きやすくなる社会について考えるきっかけになってほしいと切に願っています。(*2)

*2.  上掲

 

安楽死の法制化ではなく、どんな人も生きやすくなる社会を」

という言い方は、さきほど挙げた舩後議員の

「死ぬ権利ではなく生きる権利を大事に」

という言い方と同じく、そもそも別個の問題であるものを、一つのフランスパンにまとめてしまっているのである。

 

「どんな人も生きやすくなる社会」をつくることは大切だが、それは「安楽死の法制化」と背反するものではない。

むしろ、オランダのように「安楽死の法制化」を進めることによって「どんな人も生きやすくなる社会」を志向している国もある。

 

死の瞬間、私たちはもう自分の人生を決めることはできない。

しかし、「死に方」を決めるのは、意識があれば、まだ生きている最中である。

つまり、「死ぬ」は「生きる」の一部であり、「死ぬ権利」は「生きる権利」の一部なのだ。

サルトル流に言えば、「人は生き、恋をし、……おまけに死ぬ」のであり、キューブラー=ロスの言い方を借りれば「生の最終段階としての死」なのである。

 

 

 

 

このように、今回の京都の嘱託殺人事件は、社会福祉の専門家や良識派の知識人たちによって、

「手を下した二人の医師は、ゴリゴリの優生思想を持つとんでもない悪人で、殺されたALSの女性はかわいそうな犠牲者である」

というようなイメージに塗り込められようとしている。

 

そのような解釈になる背景は、確かにある。

容疑者である大久保愉一医師は、『扱いに困った高齢者を「枯らす」技術』などという発信をおこなっており、


「コロナで介護が滅んで老人が死屍累々になっても、べつに驚かない。若い人の負担が減ればよいではないか」


などと発言してきたという。

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こういう竹を縦に割ったような合理主義が、高齢者のみならず、社会福祉の専門家たちの神経を逆なでするのは言うまでもない。

 

これ以外にも、大久保容疑者が発信している言葉は軽薄な文体が多く、それが、

「こいつは医師としての技法ばかりが先走り、生命の重さを考えていないのではないか」

という疑念を人々に起こさせるのである。


そこで、たちまち「相模原事件と同じだ」などと言われるようになり、植松死刑囚と同じ「悪者」に仕立て上げられているわけである。

 

しかし、はたして問題の核心はそんな所にあるのだろうか。

どうも良識派の知識人の言葉には、「……すべき」「……すべき」と綺麗事きれいごとでまとまるベキ論ばかりが並べられており、そこには亡くなった林優里さん本人の意思があまり尊重されていないように私は思うのである。

 

林優里さんは、一年以上前から

「なぜこんなにしんどい思いをしてまで生きていないといけないのか、私には分からない」

などとブログに綴り、安楽死が許されるスイスへ渡航して死ぬ計画も考えたことがあったようだ。(*3)

 

 

また、自分の主治医にも安楽死を依頼したが、主治医には「死に至る治療はできない」と拒否されていた。(*4)

*4. 読売テレビ 2020.07.28  11:48

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ytv news 画面より

 「いや、そこまで彼女が苦しいのはわかる。しかし、そういう苦しみを持つ人も生きやすい社会にすべき

「だから安楽死など考えないべき

というのが良識派知識人たちの言いたいことであろうが、そういう言葉や思想が今そこで苦しんでいる林さんを救ったであろうか。

 

倫理的な観点から、容疑者となった大久保・山本両医師たちを非難するのはたやすいことだが、同じ観点から被害者となった林さんが救えるかというと、そうは言えないように思うのである。

 

 

 

 

私がこのような思考を持つのは、抱えている問題の切実さは雲泥の差があるものの、私自身がひきこもり当事者として、「彼ら」(とあえて一括する)良識派知識人や専門家たちから支援の対象となる社会的存在だからである。

 

私は、「彼ら」知識人や専門家が良識派として発している言葉や支援は、じつはひきこもり当事者のほとんどは望んでいないのではないだろうか、と思う局面がたくさんあるのだ。

もちろん、私個人もそれらを望んでいない。

 

たとえば、8050問題の究極として、ひきこもりの孤立死という問題が語られるが、これにしても、良識派とされる専門屋や支援者たちが考えるほど、死ぬ本人であるひきこもり当事者は孤立死することを悲惨だと思っていないのではないか。

 

私自身を例に取れば、実家とは音信不通であるし、いずれ将来、自分のひきこもり部屋で孤立死する可能性が高いわけだが、

「社会的に孤立させてはいけない。どこか支援につなげよう」

と専門家や支援者たちがやってきて、どこかの病院や施設に入れられて、そこのスタッフたちの顔色を気にして、萎縮しながら死の床につくよりも、そんなよけいな支援にかまわれることなく、自分の部屋でひっそりと手足を伸ばして死んだ方がよほど幸せだ、という人生観もあると思うのである。

 

ところが、良識派知識人たちは、「社会的孤立はいけない」「孤立死は避けるべきである」ということを大前提として発言や行動を構築していく。

表面的には「それは当事者のため」ということになっているが、そうしないと、彼らの活動基盤も活動利権も守られないからでもある。

 

こうして、

孤立死はかわいそうだ。

だから、それを避けなくてはならない。

だから、8050問題はなんとかしなくてはならない。

だから、全国に居場所を増やそう。……」

といった論理が、必ずしもひきこもり当事者の真情と合致しないかたちで展開していき、お金ばかりが使われていく感じがするのである。

 

 

 

今回の当事者である林優里さんはもう亡くなってしまったから何も言えないが、彼女の死について、いま当事者ではない立場から多くの良識派知識人がメディアに発信している言葉を、はたして彼女は天国でどう聞いているであろうか。 

 

 

 

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やっぱり今日もひきこもる私(290)「自殺予告」と「死ぬ権利」

by ぼそっと池井多

 

前回「やっぱり今日もひきこもる私(289)」では、本ブログの愛読者だった方の自殺に関連して、少し書かせていただいた。

 

いわゆるひきこもり当事者活動などと呼ばれることをやっていると、ピア・サポートを期待されるのか、「自殺予告」を聞かされることがある。

 

以前は、いろいろな人に電話番号を教えてしまっていたので、突拍子もないときに自殺予告の電話がかかってきた。

たとえば、食事を始めようと思っていると、いきなり電話がなり、

「自殺しようと思うんだけど」

というのである。

 

あるいは、夜半をすぎて、そろそろ寝ようとしていると、

「これから死にます」

といった電話がかかってきたものである。

 

もともと電話は嫌いであったし、これに懲りて、

「電話番号と性生活は、むやみに人に語るものではない」

ということに気がつき、それからは名刺にも電話番号を載せないようにした。

 

すると今度は、メールやメッセ、あるいはブログへの非公開コメントという形で、ときどき「自殺予告」をいただくようになった。

 

しかし、考えてみると、本気で自殺しようとしている人間を、他者はほとんど止めることができない。

たとえば、刑務所の中で自殺する服役囚は、15分に1回の看守の巡回の間に、わずかな紐を使って首を吊ってしまうという。

いくら監視していても、そんな自殺を止めきることはできない。

また、どこか高い所から飛び込もうとしている人を、その瞬間は止めることができるけれども、目を離したすきに再び飛びこまれてしまっては、これはもう手立てがない。

 

一方で、自殺したいという気持ちは、あまり長続きするものではなかったりする。

たとえば、26歳の私は死ぬことばかり考えて、いかにも死にそうな場所だと当時は愚かにも思ったアフリカ大陸へ行ったが、いつのまにか死なないままアフリカ大陸を縦断して日本に戻ってきてしまった。

帰ってきたときにはもう死ぬ気が失せていたものである。

 

だから、たとえば私は自殺予告を聞くたびに、こんなふうに答えている。

 

「ああ、そうですか。

私は、人間には『死ぬ権利』が認められるべきだと思うので、あなたが死にたいと思うのなら、私はお止めはいたしません。」

 

すると、「予告」を送ってきた相手は案外、死ななかったりする。

 

なかには、

「あなたに言っても、止めてくれないので、もうこの次からあなたには予告しません」

という人もいた。

 

「この次から」ということは、「この次」や「この次の次」があるのだろうか。

 

「死にたい」という表明の意味するところは、往々にして「生きたい」だったりする。

 

それならば、初めから

「私はもっと私自身を生きたいのですが、それができないため苦しいです。どうしたらいいのでしょうか」

という相談の形を取ってくれるとスムーズなのだが、そうはならず、

「もう、死にたい」

となるのである。

 

 

 私は生まれたときから自殺予告と縁があったようだ。 

その最たるものが、母親だった。

 

「もうお母さん、死んでやるからね。」

という「自殺予告」を、幼い私は2日に1回は聞いていた。

 

そのわりには、あれから50年以上が経ち、今年の3月になっても、私の母は、もう84歳になろうという年齢なのにまだ生きていた。

 

 

 

 

なぜこのような話題を考えているかというと、京都で起こった嘱託殺人にからんで、さかんに「死ぬ権利」という言葉が出てきているからである。

 

ところが最近、私はうつで、頭が働かず、長い文章が書けない。

本論に入るまえに頭が疲れてしまったので、これについては、また次回に書かせていただくことにする。

 

 

 

やっぱり今日もひきこもる私(289)欠落によって感じられる曖昧な実在

by ぼそっと池井多

 

長引く梅雨。

コロナ(*1)の増加。

暗い話題がつづく。

 

*1. 最近の「コロナ感染者数の増加」は「PCR検査陽性者数の増加」にすぎない、という意見がある。ごもっともだと思う。しかし、一般大衆が受け取っているイメージは「コロナの増加」であり、それによって暗くなっている人が多いと思われるので、文脈的には変わりはない。

 

先々週は、なにやら私の知らないイケメン俳優が自殺したらしい。

 

さらにそのしばらく前のことである。

本ブログの読者で、私が精神科医 齊藤學(さいとう・さとる)が率いる麻布村の連中に迫害されていることに非常に同情的な方で、ときおり共感的なコメントをくださったり、応援のスターマークを送ってくださっていたAさん(あえて名前は伏せる)のことが、なぜかふと気になった。

「最近いらしていないな」

と思ったのである。

 

ふだんは、このようなことはあまりない。

読者の方は移り変わりがあるので、「最近見ない方」をいちいち気にしていたらキリがないからでもある。

 

しかしAさんについては、虫の知らせというか、なぜか突然気になったのである。

そこで彼のコメントをたどって、彼自身が営むブログを訪ねてみた。

 

すると、ブログは書かれているのだが、なにやら文体がちがう。

 

よく読んでみると、彼のお兄さんかお父さんと思われる方が代筆しているのであった。

 

なぜ代筆なのか。

ブログを遡っていくと、それがわかった。

 

彼は亡くなっていたのである。

 

詳しくはわからないが、大きな道路に飛びこんだものらしい。

歩道橋の上からだろうか?

 

原因として、彼が精神医療の従事者にいわれたという言葉が挙げられていた。

精神科医だか心理士だかよくわからないが、Aさんもまたメンタルのプロによって死へ追い詰められたものらしい。

 

そういえば、彼も自分のブログでは、精神医療に関する考察が記事の多くを占めていた。

それで、私が麻布村から受けた被害にも共感してくれていたのだ。

 

もちろん私はAさんに会ったことはない。

だから顔は知らない。

またAさんは、社会的には無名の人である。

しかし、同じ精神医療に被害を受けた者として、どこか相通じるものを感じていた。

そのため、彼の死を知って初めて、私はAさんの存在を曖昧な実在として感じていた自分を見いだしたのである。

 

いっぽう、先々週に亡くなったイケメンの俳優は、かなり有名な人らしいが私は知らない。

私は、できるだけ若いタレントの顔を名前は覚えるようにしているが、残念ながら私は生前の彼には出くわさなかったものと見える。

彼の写真は、いまやインターネットを開けば、あちこちに出てくる。

だから「顔を知っている」。

 

しかし欠落が、彼の実在を私に訴えてこない。

無名の人、顔も知らないAさんの方がよほど訴えてくる。

 

この対比が、私の心に黒く浸透している。

 

いずれにせよ、この暗い時節に、自殺によって彼らの尊い存在は失われたのだった。

 

いま私自身もうつであるせいか、暗いニュースばかりが耳に入ってくる。

 

 

 

 

 

 

やっぱり今日もひきこもる私(288)再放送を見るには & 第9回「ひきこもり親子 公開対論」延期のお知らせ

by ぼそっと池井多

 

前回「やっぱり今日もひきこもる私(287)」において、NHK EテレハートネットTV」再放送のお知らせを載せたのだが、放送時間が昼だったので、本ブログを読んでくださったときにはすでに放送時間が過ぎてしまい見られなかった、という方が何人かいらしたようである。

 

それでも心配はない。

以下のサイトで7月30日まで見られるようになっている。

https://plus.nhk.jp/watch/st/e1_2020072321158

 

これはNHKプラスというサイトで、べつに私はNHKの回し者ではないから宣伝するつもりはないのだが、無料で登録すると見逃した番組が一週間はインターネットで見られるというものである。

 

家にテレビがなくても、パソコンやスマホで番組を見ている人たちがいるために、おそらくこういう人たちから受信料を取り立てるために、NHKが導入したシステムにちがいない。

N国党のように、もともとNHKと闘争姿勢を取っている人々にとってはむかつくシステムだろうが、おとなしく受信料を払っている人にとっては便利なところである。

 

 

 *

 

 

さて、第9回「ひきこもり親子 公開対論」を8月8日に開催する予定でいたのだが、最近のコロナ感染者数の急増で、どうにも開ける状況ではなくなってしまった。

 

これを企画した2月のころは、

「コロナウィルスは暑さに弱い。だから夏には減退するだろう」

などと専門家たちが言っていたので、

「8月8日といえば盛夏。ならば大丈夫だろう」

と踏んだのであった。

 

ところが、いつのまにかそういうことを言う専門家は姿を消し、夏が近づくにつれて感染者の数は増えるばかり。

 

おいおい、コロナウィルスは暑さに弱いんじゃないかったのかい。

 

やはり「公開対論」は、ひきこもりの子を持つ親御さんたちにも多数ご来場いただきたい。

しかし、「そろそろ市中感染の危険性が……」などと言われている昨今、ご高齢の親御さんたちにわざわざ外出する機会をつくるわけにはいかないだろう。

 

かといって、「公開対論」はオンラインでやるわけにもいかない。

 

というわけで8月8日の第9回「ひきこもり親子 公開対論」は延期となりました。

楽しみにしてくださってきた方々には申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。

新しい日程が決まり次第、またお知らせいたします。

 

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