VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

やっぱり今日もひきこもる私(438)東京のひきこもり、北海道へ向かう<22>室蘭で考える「ひきこもりの原因は家族か社会か」

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東室蘭駅

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<21>」からのつづき

vosot.hatenablog.com

by ぼそっと池井多

 

前回「夕張篇」の最後に、ひきこもりと少子化、人口減少、地方の衰退は底流でつながっているという仮説に触れたところ、「ぜひその続きを」というリクエストをいただいた。

光栄なことではあるが、ほとんど近代文明批判ともいうべき膨大なスケールの話となるので、それはまた、いずれ機会を改めてということにさせていただく。

 

さて、夕張を発った私は、苫小牧を経て、室蘭へやってきた。

ここで次に会う約束をしている人がいる。室蘭Dさんである。

 

網走Aさん、根室Bさん、帯広Cさんは、私が北海道へ向けて東京を発つ前から、すでにお会いする約束をしていた。

しかし、室蘭Dさんはちがう。

私がおおまかな予定をSNSに投稿しているのを見て、北海道に入ってからご連絡をくださった方である。

「室蘭あたりには来ませんか」

そこで私は旅程を変えて、室蘭にも泊ってみることにした。

 

 

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室蘭という市は、少し変わった形をしている。

「コ」の字のように、深く湾をくわえこみ、湾口には現在の室蘭のシンボルのような白鳥大橋がかかっている。

それは損得ずくめで市町村が不自然に合併した形ではなく、もともとの街の成り立ちが生んだ姿なのである。

室蘭市の入口には東室蘭という大きな駅があり、函館と札幌を行き来する特急などはここに停まる。

東室蘭から、港の桟橋から発展した「元・室蘭」ともいうべき方面へ、室蘭本線のなかの室蘭支線が伸びていて、その終点がこじんまりとした室蘭駅である。

 

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室蘭支線の終点 昔はこの奥、港のほうへ線路がのびていた。

前回の夕張では地方の衰退をまざまざと見せつけられたが、そういう意味では室蘭も衰退のかげりがさしている。

私が持っていた室蘭のイメージは重工業都市であった。

中学受験のときに四谷大塚進学教室の社会のテキストで、そう憶えたのである。

現在でも、室蘭の内湾沿いにならぶ工場群の夜景は有名で、観光スポットになっているらしい。

しかし、訪れた私が見るのは、産業の空洞化でかつて盛んだった鉄鋼業が衰退した町のすがたであった。

私が泊まったのが、盛り場のある東室蘭でなく、支線の先端、室蘭だったからかもしれない。 

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室蘭駅

いまどき「古い建物」というと、往々にして新しい。

たとえば、下の写真の函館の赤レンガ倉庫がそうであるように、レトロな価値に注目があつまり、古い建物に限ってきれいに整備されていることが多いからである。

 

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函館赤レンガ倉庫 写真・ぼそっと池井多

ところが、昭和以後にコンクリートで造られた「新しい建物」が、そのまま老朽化に身を任せ、壊して更地にする資金もないままに、ただ崩れかけている姿の方が、整備された「古い建物」よりもよほど荒れ果てた印象をあたえる。

室蘭には、そういう建物が多かった。

 

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室蘭駅近くのビル 写真・ぼそっと池井多

毒親と民族問題

そのような町で私がお会いした室蘭Dさんは、あまり詳しいことは書けないのだが、ようするに毒親問題で悩んでいる女性である。

父親がアルコール依存症で暴君であることが、Dさんの人格を幼いうちに打ちのめしてしまったらしい。

そのために、Dさんの現在のひきこもり人生がある。

「家事手伝い」とは考えておらず、ご自分のことは「ひきこもり」だと思っておられる。

 

それは、よくわかる。

私の母はアルコール依存症ではなかったが、カフェイン依存症であった。

暴君の女帝であり、私の人格を幼いうちに歪めてしまい、そのために私の現在のひきこもり人生がある。

 

ところが、お話を聞いていくと、室蘭Dさんの父方はアイヌ人の血を引いており、Dさんの父親は若い頃、民族差別に苦しめられた経験があるという。

そこは私とちがう。

そう言われてみれば、Dさん自身の眉も少し濃くて、目鼻立ちも少しエギゾティックに見えてくるのだが、そういう人は東京にもたくさんいるし、言われなければわからない。

Dさんの祖父も、父も、和人の女性と結婚し、民族の血が薄まっている。

 

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室蘭駅近くのビル 写真・ぼそっと池井多

北海道庁が2006年に調査したところによると、北海道内のアイヌ民族の人口は23,782人であり、室蘭を中心とする胆振支庁(現・振興局)と、お隣の日高支庁に多く住んでいらっしゃるという。(*1)

この調査で「アイヌ」の定義は、「アイヌの血を受け継いでいると思われる」人か、または「婚姻・養子縁組等によりそれらの方と同一の生計を営んでいる」人だが、本人がアイヌであることを否定している場合は調査対象とはしなかったらしい。

このあたり、ひきこもりの自認問題を連想させる。

 

2013年のアイヌの人たちへの調査で「直近7年間で本人が差別を受けた」と答えた人は2%だった。

しかし2016年の調査で「家族・親族・友人・知人が差別を受けた」と回答した人は51%となっている。(*2)

室蘭Dさんも、自分の生きづらさと民族差別は直接関係ないとおっしゃっているが、父親がアイヌとして差別を受けたという認識がある。

 

おそらくDさんのお父さんは私ぐらいの齢だろう。

すると、1980年代に総理大臣が、

「日本は単一民族国家である」

などと国際的にのたまっていた時代に若い日々を生きていたということになる。

さもありなんといったところだ。

 

*1. *2. ウィキペディア(日本語版)アイヌ

 

Dさんは、父親が具体的にどんな民族差別を受けたかは知らない。

話してくれないのだという。

しかし、若い頃に受けた差別が、父親のアルコール依存を形成していった可能性は大いにある、と考えている。

 

差別を受けたすべての人がアルコール依存になるわけではないが、何かにずっと抑圧されていると、身近に手に入る酒という代物は、昭和という時代においては、格好のはけ口であった。

それを私は、当事者として証言する。

私自身も抑圧を心からはね返し、不快な記憶を頭から振り払うために、若いころは浴びるほど酒を飲んだ。

 

すると、Dさんの話はよく話題にされる

「ひきこもりの原因は、家族か社会か」

という問題に答えるのに格好の事例かもしれない。

民族という属性は、個人の努力ではどうにも左右できないものであり、それによる差別が存在するのは、どうしても社会の問題だからである。

 

ひきこもり界隈では古典的な問いともされている、この

「ひきこもりの原因は、家族か社会か」

という設問は、最近では、考えるだけ無駄な問いとされるようにもなってきた。

しかし、私はそうは思わない。

室蘭Dさんの状況をもとに、少し踏み込んで考えてみようと思う。

 

ひきこもりの原因は家庭か社会か

いつも申し上げるように、ひきこもりは多様であり、誰か一人の当事者がひきこもり全体を代表することはできない。

それは室蘭Dさんについても同じである。

しかし、誰か具体的な事例をもとに比較を重ねて、ひきこもり全体を考えてみることは少なからず有用だ。

 

室蘭Dさんからすれば、自分のひきこもりの原因は父親であり、家族である。

もっとも、Dさんにも学校でいじめられたり、職場で疎外されたりといった体験はあるようだが、それも私の場合と同じように、親によって作られたDさんの性格の副産物、もしくは二次的な苦難として、そういう体験をせざるをえなかったと考えられた。

 

しかし、もしDさんをひきこもりにした父親の毒は、一世代前の日本社会における民族差別から作られたものだとすれば、Dさんの父親の視点に立てば、Dさんのひきこもりの原因は日本の社会ということになるだろう。

 

ところが、この点をとらえて、

「ひきこもりは社会の問題」

としてしまうと、Dさんから見て父親は無罪放免となり、父親は何の反省も謝罪もしなくてよくなり、そのためにDさんは生きづらさから脱することができないのである。

 

「日本の社会がわるい。

アイヌの人たちが差別されないように、アイヌの人たちの権利を拡充しましょう。

もっと多くの人がアイヌ文化を勉強しましょう、アイヌ語を学習しましょう」

などとスローガンを掲げて署名運動やデモ行進などしても、Dさんが生きづらさから解放されることはないだろう。

 

もちろん、アイヌの方たちが以前のように差別されることはあってはならない。

私も個人的に、今回北海道を旅する機会に恵まれて、アイヌをはじめ北方民族の文化や歴史というものに大きな関心を抱いた(*3)ので、今後とも勉強してみたいと思っている。

しかし、それはそれでやればよい。

必ずしも「ひきこもりの原因として」やる必要はない。

 

*3. 根室で見たアイヌ人搾取の歴史

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「ひきこもりは社会の問題である」

とする趨勢に抵抗する私のような者には、

「ひきこもりを家庭の問題とすることにより、問題を矮小化している」

という批判が投げかけられることがある。

 

とんでもない、と言わなくてはならない。

家庭が社会よりも人員的な規模が小さいからといって、そこに問題の原因を求めることがすなわち、問題を小さくすることにはならないはずである。

たとえば、虐待する母が小さな家庭のなかにいるだけで、人一人ひとひとりの全人生が狂う。

その人にとっては、全人生とは「すべて」である。

それがどうして「小さな問題」でありえようか。

それがどうして「矮小化された問題」でありえようか。

 

「いやいや、やはり矮小化された問題だ。

なぜならば、全人生を狂わされるのは、しょせんその一人だけだからだ。

社会から見たら、たった一人の人間存在など取るに足らないものだ」

という反論がくるかもしれない。

ところが、実際はそのようになっているのは「一人だけ」ではないのである。

たとえば、私だけが唯一、世界のなかで母親に虐待されてひきこもりになった男性ではないのだ。

私が私の事例を言語化することによって、

「そういうことを問題としていいのだ」

ということを知った他の男性が、自分の事例に類似性を認め、恥の概念を振り捨てて、つぎつぎと語りだすことが期待される。

 

このように、「ひきこもりを家庭の問題」とすることは、問題を矮小化することにはならない。

むしろ逆に、「ひきこもりを社会の問題」とすることは、問題を無辺大の社会という空間へ拡散し、誰も責任を取らないでいいように原因を拡散することになる。

 

私は2019年6月30日の講演で、

「『社会が悪い』という万能アプリ」

という話をさせていただいたことがある(*4)。

ひきこもりに限らず、何か問題が持ち上がった時に、

「それは社会が悪い」

というところへ話を持っていけば、どんな問題であってもいちおうオチがついてしまうのである。

 

「近ごろ、子どもを虐待する親が増えているそうだ」

「それは社会が悪い」

「このごろ、女子高生を盗撮する男が増えているんだって」

「それは社会が悪い」

「近年、ひきこもりが増加して、8050問題というのが囁かれているらしいよ」

「それは社会が悪い」

 

世間話をしているぶんには、これはよい。

そのかわり、このオチは解決をもたらさない。

「社会を変えていかなくてはならない」

も同様である。

 

「社会が悪い。社会を変えていかなくちゃ」

にたどりついたことで、なんとなく答えを得た錯覚は感じるかもしれないが、その中身はひどく空虚なものである。

 

有史以来、どこの国であろうと、いつだって社会は悪かった。

「この社会は完璧だ」

などという時代は、どこの文化圏にもなかったはずである。

普遍的に社会は悪いし、人はいつも社会を変えていかなくてはならないと思っている。

 

だから、

「社会を変えていきましょう!」

「そうしましょう!」

などと、何か新しいことでも始める様子で盛り上がっている人々をみると、私は遠い目になるのである。

 

それは何も、社会は変えていかなくてもいい、と言っているのではない。

社会を変えたければ変えればよいが、しかし人間たちが意思しようとしまいと、社会はつねに変わっていくものだと思う。

 

ただ、ひきこもりという問題をかかえて、今日この日に苦しんでいる当事者や親御さんに向かって、

「それは社会の問題です。社会を変えていきましょう」

というところに結論を持っていく偽善的な講演屋には、私はなりたくない。

 

かたや、私のやっている「ひきこもり親子クロストーク(旧・公開対論)」を、こう批判している人たちがいるようである。

「そんなことやっても、親子はかんたんに対話しない。

たとえ対話するようになるとしても、それまで何年かかると思ってるんだ。

そんな迂遠なこと、やったってしょうがない」

 

なるほど。

しかし、いささか手前味噌なことを言わせていただければ、私はこのように反論申し上げたいものである。

「たしかに回りくどくて、時間がかかるかもしれない。

しかし、『急がば廻れ』で、それが結局いちばんの近道かもしれない。

あなたたちみたいに、いたずらに『社会を変えていこう』なんて盛り上がっているより、私はよっぽど的を得たことやっているんじゃないでしょうか」

 

 

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<23>」へつづく

https://vosot.hatenablog.com/entry/2021/09/28/070000

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やっぱり今日もひきこもる私(437)東京のひきこもり、北海道へ向かう<21>夕張で考える「地方の衰退」とひきこもりの「社会復帰」

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特急券なしで乗れる特急「おおぞら」 新夕張駅にて

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<20>」からのつづき

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by ぼそっと池井多

 

1日あたり2,410円で乗り放題の青春18きっぷを駆使して、この旅をつづけている。

移動は鉄道にかぎる、それも各駅停車ならばなおよし、という私にとっては打ってつけの切符である。

これは原則としてJR路線の各駅停車や快速にしか乗れないわけだが、全国で4か所だけ特急に乗ってもよい区間がある。

北海道では石勝線の新夕張新得の間がそれにあたる。

ここはそもそも各駅停車が走っていないので、特急などに乗るしかないのだ。

 

 

帯広を発った私は根室本線を西に上り、新得からその特急「おおぞら」に乗って新夕張へやってきた。

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新夕張駅 元は紅葉山駅といった

夕張市の窮乏

駅はあっても各駅停車が走らなくなったということは、それだけ過疎化が激しいということである。

ここ新夕張駅は、財政破綻をして有名になってしまった夕張市の鉄道の玄関口となる。

その名も「夕張」という駅へ、つまり市の中心部へ、この新夕張から支線が分岐していたが、一昨年2019年に廃線となってしまった。

 

鉄道が廃線になるとき、たいてい廃線先の自治体は、

「私たちの交通機関を奪うのか」

とそれに反対するものだが、夕張の場合は市の財政立て直しのために、自治体の方からすすんでそれを希望したのだった。

今、新夕張駅の地下道はごらんのように柵が設けられ、夕張方面のホームには乗客が行けないようになっている。

ホームを取り壊すのにも金がかかるので、このような形で放置しているのである。

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新夕張駅の地下通路 夕張方面への乗り換え口には柵が

一時期、夕張市は公共施設のトイレットペーパーも買えないほど貧窮したために、駅のトイレまで使用禁止になったという。

石炭産業の最盛期であった1960(昭和35)年ごろには110,000人近くいた人口も、現在は7,500人ほど。

もともと市町村制では、人口が10,000人以上になると市に昇格する条件を一つクリアするわけだが、逆に10,000人より少なくなった場合、大相撲の力士番付のように降格されて「町」や「村」に戻るということがないから、夕張は「市」に留まっている。

市内には一人も住んでいない町や集落が多くある。

これらを限界集落を通り越した、消滅集落というらしい。

 

夕張市の財政立て直しのため助っ人として東京都から派遣された都職員、鈴木直道が、やがてここの市長になって財政の再生を成功させたが、そのぶん行政サービスが低下して人口はさらに減ったという。

しかし、鈴木直道はその功績が民意によって認められ、今では全国で最年少の知事として北海道知事になっている。

いっぽう、夕張市のほうはその後を継いだ労組出身の市長のもと、夕張メロンゆうばり国際ファンタスティック映画祭でなんとか地方創生を模索しているようである。

 

夕張メロンは、地元の農協であるJA夕張市が厳重なブランド管理をしており、初競りでは1個100万円を超すこともめずらしくない。

夕張市から一歩でも外に出た畑で獲れたメロンは、夕張メロンを名乗れないので、ガクンと値段が安くなる。

傷みやすいので、以前は北海道内でしか食べられなかったが、最近は物流の技術が進んで本州へも出荷されているそうである。

新夕張駅の近くの道の駅は、小さなスーパーを兼ねていて、そこでは獲れたての夕張メロンを小分けにして売っていた。

賞味する。1カット300円。完熟である。

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夕張メロン

「政治家になる」という社会復帰

2011年、鈴木直道が30歳の若さで夕張市長になったとき、自らの給与を70%カットし、全国でもっとも給料の安い市長として自治体の再生のために貢献したことは、ひきこもり界隈にも少なからぬ影響をあたえた。

もし、選挙という社会的に正当な手段で選ばれれば、ひきこもりのようにそれまでの履歴書が空白であることもチャラになる。

しかも市長や議員といった、社会的に尊敬されている(ことになっている)立場、いわば「偉い人」として「社会復帰」できるとあれば、こんなうれしいことはない、というわけである。

ひきこもりとして蔑まれてきた立場から、一転して人々に敬われ仰ぎ見られる立場になるのだ。

これこそ、多くのひきこもり当事者が夢見ている一発逆転である。

 

さらに、地方の自治体によっては、地方議員というのは成り手がなくて住民たちは困っているらしい。

昔は地方議員といえども、政治家として名誉や権力があった。今は日本も民度が上がり、そうでもなくなってきている。利得がないのに、公人としてプライバシーはなくなり、「割が悪い」と思われているのが、成り手のない理由かもしれない。

ところが、もともとひきこもりとして名誉や権力がないことに慣れているひきこもりならば、そういうことをデメリットと感じない。

というわけで、私の周囲でも何人かのひきこもり当事者が地方議会に立候補した時期があった。

そして申し合わせたように、

「当選したあかつきには、自らの給与のカットいたします!」

を公約に掲げるのであった。

ひきこもりは貧困生活にも慣れているから、給料が減っても、「ふつうの人」ほど痛手に思わないのである。

 

しかし残念ながら、私の知るひきこもり当事者は一人も当選しなかった。

きっと給与カットだけではダメで、何か現実的な政策を公約として掲げなければいけなかったのだろう。

夕張市長になった鈴木直道は、立候補の前に3年間、夕張市の行政実務についていたから、それが見えていたのにちがいない。

逆にいえば、たとえ長期ひきこもりであっても、履歴書のブランクが気になっても、立候補する自治体をよくよく研究して、住民の利益に合致した政策をかかげて立候補すれば、議員や首長というかたちでひきこもりが「社会復帰」できる可能性も、現実的に大アリだと思う。

私みたいに、自分のことばっかり考えている人は、他の住民の皆さんの利益を知るのは無理だけど。

 

経済的にプラスかマイナスか

それこそ日本社会の問題である「地方の衰退」という現象と、「ひきこもり」は微妙な関係にあると私は考えている。

経済という側面から社会を見ようとする人は、とかく生産的であるか否か、経済発展するか否か、という座標軸でものごとを考える。

「あることを行うと、それは経済的にプラスかマイナスか」

という評価に単純化してしまう。

そういう視点からすると、「地方の衰退」は経済的にマイナスな現象であり、これをいかにプラスに転じるかが課題の中身ということになる。

いっぽう、「ひきこもり」もまた、それだけ労働人口が生産に従事しない現象として見られるから、経済的にマイナスな現象として捉えられる。

 

そういう思考軸では、「生産」という行為がほぼ無条件に肯定されている。

以前、私はそれを「生産翼賛主義 (productionism) 」と呼んだことがある(*1)。

 

 

この二つを単純に掛け合わせると、

「ひきこもりは人と会うのが嫌なんだろう。

それだったら、ひきこもりを過疎の村に移住させて、農業や林業、漁業など第一次産業に従事させて、村おこしを図ればいい。

そうすれば、ひきこもりも就労できるし、地方も再生できる。一石二鳥だ」

という発想になったりする。

 

たしかに、そういう解決策で「社会復帰」しているひきこもり当事者もいるようである。

都会のデスクワークを離れて、脳の別の部分を動かして、社会のなかに居場所が得られるなら、それはそれで一つの幸福であるだろう。

 

しかし、それはひきこもり一般を対象に据えた解決策とはとうてい言えないと思う。

ひきこもりの多くは思想を持っており、情報発信など何かクリエイティブな仕事によって社会に喰いこんでいきたい、と考えているのではないだろうか。

情報産業は、以前は第三次産業に入れられていたが、最近は第四次だの第五次だの言われるようになってきている。

べつに第一次産業でなくても、過疎の村に移住してメリットがないとは言えないだろう。

私も、もし車の運転ができるなら、自然豊かな過疎の村に移住するのもいいな、と思うときもある。

 

けれども、それよりも基本的なところで、そもそも私自身を含めひきこもりの多くは、「産業」という体制に組み込まれることへの嫌悪感があったり、経済的にプラスとなる「生産」という行為そのものに関心がないように思われ、それがネックになっているように思うのだ。

それは、古典的な経済学者からすれば笑止千万であるにちがいない。

どんな人間行為も、経済に組みこまれていると考えられるからである。

 

しかし、行動経済学以降の経済学は、人間の感覚というものにもっと比重を置くようになってきただろう。

だから、感覚の話をしたい。

生産翼賛主義の「上昇」「拡大」「未来志向」「前向き」「イケイケどんどん」といった気配を感じると、ちょうど二日酔いの人が食欲旺盛な人を見るのがいやなように、私などはウッと吐き気を覚えたりするのである。

 

「生産」の逆のベクトルであるひきこもり、少子化、人口減少、地方の衰退は、底流においてつながっている社会現象であり、それらは加速化する現代文明に対する人間の集団的無意識レベルの抵抗なのではないか、というのが私のかねてからの仮説なのである。

 

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<22>」へつづく 

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やっぱり今日もひきこもる私(436)東京のひきこもり、北海道へ向かう<20>帯広で考える「都市型」「村落型」ひきこもりの存在の仕方

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根室本線 根室~帯広の間は牧場が多い

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<19>」からのつづき

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by ぼそっと池井多

 

空が広い街、帯広

根室を後にした私は一路西へ、釧路を経て、十勝平野の中心、帯広へ向かった。

あまり知られていないが、日本の平野のなかで、十勝平野関東平野についで2番目の広さを持っている。

東京都と神奈川県と埼玉県を足したぐらいの面積があるのだ。

 

北海道というと「北の大地」などと言われるが、この「大地」という広大で平坦なイメージは、おもにこの十勝平野から来ているのではないだろうか。

ここでは牛、豚、馬、羊、鶏など、ありとあらゆる畜産が行われている。

競走馬のふるさと、牛乳やバターの一大産地、食肉の都。

 

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帯広市内を走る馬バス。観光客用、客車は二階建て、上階は屋根がない。

帯広は、日照時間が長い都市でもある。

過去90日で見てみると、東京の日照時間が382時間であるのに比べ、帯広は445時間。

30年ほど前に、たしかAERAだったと思うが、帯広が日本一、日照時間が長い都市として紹介されていた。

今はどういうわけか、そうではないようだけれど。

 

私の持病のうつは、日照時間や湿度と深く関係する。

帯広のように湿度が低く日照時間が長い都市、つまり「からっと晴れている」日が多い街は、うつになりにくい。

街のスケールが大きいので、車がないと市内も容易に移動ができないが、道が広くて直線なので、ペーパードライバーでも運転できそうだ。

 

広大な平野と長い日照時間が掛け合わされると、「空が広い」と感じることになる。

帯広は、空が広い街だ。

霧の町、根室からやってきた私には、よけいそう感じられた。

また、網走や根室ではビルらしいビルを見ることはなかったが、帯広は高層ビルが建っており、デパートがあり、歓楽街も健在であり、久しぶりに都市に帰ってきた思いがした。

一瞬、私のなかで帯広は住んでみたい街になった。

しかし、冬を経験しないで語るのは早計である。

 

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帯広駅

私が帯広でお会いした帯広Cさんは、いままで会ってきた網走Aさんや根室Bさんとちがって、支援者の方である。

非常に頭脳明晰な方で、禅僧でいらっしゃって、お寺の講堂をつかって2017年から不登校ひきこもりのための集いを開いておられる。

毎回10名から20名の当事者や親御さんが参加しているという。

たまに女子会も開かれている。

 

これは帯広市の規模としたら、かなりすごいことである。

帯広市の人口は16.5万人で、北海道内では釧路や苫小牧の後塵を拝し、7位にすぎない。

釧路ではこういう活動があるとは聞かない。

 

 

 

 

もともと私は、Cさんの主宰されているこの不登校ひきこもりのための集いに、一人の当事者として参加したくて、私の方から連絡を取らせていただいたのであった。

コロナ禍の時期であり、地方の方々からすると、感染者の多い東京から人がやってくるのは嫌うのではないか、と危惧した。

そこで、

「ワクチンは2回接種を済ませ、感染防止に最大限の注意を払ってうかがうつもりですが、参加してよろしいでしょうか」

とお伺いを立てたところ、

「どうぞいらしてください」

と温かい言葉をいただいた。

こうして私は、十勝平野に住む多くのひきこもり当事者・親御さんたちとお話ができることを楽しみに、集いの前日、帯広の駅に降り立ったのであった。

 

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飲み屋横丁 コロナで閉まっている

 

北海道にも緊急事態宣言が出されて

ところが、帯広駅に降りて、地図を開こうとスマホを見ると、Cさんからメールが来ていた。

ついに北海道にも緊急事態宣言が発出され、明日の不登校ひきこもりの集いは中止になりました、とある。

あらら。

 

しかし思えば、それはじゅうぶん予想できたことでもあった。

だいたい札幌における「ひきこもり親子公開対論」も、北海道に緊急事態宣言が出る直前だったから、かろうじて中止にならなかっただけで、開催できたのがラッキーだったくらいなのだ。

帯広の集いに参加できなくなったことは残念だが、依然として帯広Cさんにはお会いしてお話をうかがいたかったので、私はかねてからの予定通り、集いが開催されるはずだった翌日の午後にCさんのお寺を訪ねたのであった。

 

約1時間半にわたって、密度の濃いお話をうかがった。

私も東京における活動の近況をお話しした。

話題は多岐にわたったが、なかでも印象深かったのは、ちょうど私が根室でBさんから聞いてきた話が、版を変えて帯広Cさんの口からも語られたことである。

根室Bさんと帯広Cさんの間には、まったくつながりはない。

 

帯広Cさんは、帯広のお寺に来る前は、十勝支庁のもっと田舎にある小さな町の寺にお住まいであった。

お坊さんなので、檀家の家々をひごろから回る。

お経をあげるために家にあがるので、その家族のなかのことは、他の職種の人々よりも深くまで見ることができる。

すると、ひきこもりは当たり前のようにいたという。

ただし、「ひきこもり」とは呼ばれていなかっただけであった。

都市部で「ひきこもり」と呼ばれる生活形態が、とくに問題意識も伴わず、その人の在りようとして承認され、村落共同体のなかに溶けこんでいたというのである。

また、東京でいう「女性ひきこもり当事者」も「家事手伝い」という立場で村落共同体のなかにおさまっていたという。

ところが、ひとたび「ひきこもり」という問題意識を通して見られると、その状態にある人は「問題の人」になってしまう。

家事手伝いという立場も「女性ひきこもり当事者」として見られるようになった。

これによって、本人たちはそれまで溶けこんでいた村落共同体のなかの居心地が悪くなる。

地方ではそういうことがあるということは、つい先日、根室Bさんから聞いた話(*2)からも納得できた。

 

*2. 根室Bさんの話

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もちろん、「ひきこもり」を問題とされたことがよかった人々もいる。

たとえば私自身がそうだ。

自分の生活状態に「ひきこもり」という名前を与えられることによって、その苦しみを社会へ表現できるきっかけを掴んだ、私のような当事者たちにとっては、「ひきこもり」を問題とされたことは良かったのである。

女性の当事者にしても、「家事手伝い」という名目で実態が埋もれていたものが、「ひきこもり」とされたおかげで社会の表に出てこられたという人もいるだろう。

かりに、このタイプの当事者たちの存在形態を「都市型」とでも呼んでおこう。(*3)

 

ところが、誰しもが自分の苦しみを言語化できるわけではない。

とくに、いわゆる「サバルタン的当事者」や、「渦中の当事者」は、言語化できないことの方が圧倒的に多い。

すると、そういう時代の変化の影で、「ひきこもり」が問題として普及されることによって、それまで溶けこんでいた地域の共同体のなかで居づらくなってしまう人々、いわば「村落型」の当事者がいるということも、私たちはもっと考えなくてはいけないのではないだろうか。

「ひきこもり」という問題の概念の導入を、正義の味方みたいなスタンスで流布しているメディアはもちろんのこと、それがもたらす弊害について、都市部で活動する私たちももっと頓着しなければいけないのではないか。

 

*3. ここでいう「都市型」「村落型」はあくまでもモデルであって、実際は二元論で片づけられるものではないだろう。グラデーションのように中間が無限に存在するかもしれない。

 

 

中央と地方、都市と村落

帯広というと、東京に住む私などはつい「地方」と考えてしまう。

北海道へ来たことのない東京人のなかには、札幌でさえ「地方」として考えている人がいるかもしれない。

そういうとき、「地方」のニュアンスは「田舎」「村落部」につながっている。

 

ところが、帯広Cさんがその田舎町から帯広に出てきて思ったことは、帯広における不登校ひきこもり問題は「都市型」であるということだった。

働いていなくて行動も不活発な人は、村落部の共同体のなかでは構成員として存在承認されて溶けこんでいるが、帯広市内ではけっしてそうではなかったからである。

 

Cさんから、帯広周辺におけるいろいろな事例をうかがったが、それはまさしく東京郊外で私自身が知っている事例と、ほとんど変わりないものばかりだった。

まず帯広では、ひきこもりは問題とされてはいるけれども、存在承認はされていないから、ひきこもりの人は隠れて存在することになる。

東京でも、私は地域に存在承認されていないから、近所に隠れて存在している。

ひきこもりが問題とされるから隠れなければならない、ということもある。

私も、もし四六時中、近所から「問題の人」(*4)として見られていたら、たとえ差別などされなくても、たまったものではない。

できれば、私は近所においては空気のように意識されない存在となって居住していたいのだ。

 

*4. 問題の人

精神医療などで有徴者(The marked)などと表現される概念に等しい。ここでは「ひきこもりとしてマークされている者」という意味になる。

その反対として無徴者(The unmarked)は「ひきこもりとしてはマークされていない者」であるから、「ひきこもりでない人」とは限らない。

 

帯広においても、東京郊外と同じように、「隣は何をする人ぞ」というのが住民たちの近隣感覚であり、近所に住んでいる人たちとはたいてい誰もが人間的な交流はないという。

だから、ある日とつぜんパトカーや救急車がやってきて、近くのアパートから青いビニールシートに包まれたご遺体が運び出され、その時になって初めて、目と鼻の先の近所に孤立していた人が住んでいたことを知る、といった具合である。

あるいは、ホームレスの人を行政の福祉につなげてあげようと思って、福祉の窓口へのつきそいを計画していても、寸前になって本人が逃げてしまう。

何を恐れて逃げたのか、支援者は首をかしげる

……そんなパターンの数々である。

 

「孤立を防ぐために」

と人々は大合唱する。

大合唱して、お祭り騒ぎをしているうちはまだよい。

しかし、実際に深い領域に踏みこんで、そこで見えてくるものは、孤立を志向しているとしか見えない当事者たちの姿なのである。

孤立と向き合うとは、その矛盾と向き合うことなのだ。

 

いくら東京人が帯広を「地方」と見ても、ひきこもりという問題に軸を据えて眺めるかぎり帯広は「都市」であり、その市外へわずか数十キロ離れた平原に、ものの見方を根本から覆さなければならない「ムラ(群・村)」が広がっている。

この「ムラ」を、私たちは「地方」と呼んでいたのではなかったか。

すると、「ムラ」においては「ひきこもり」は問題ではなかったのだから、「地方のひきこもり」という問題は存在しない、ということになるのだ。

 

「地域で支えるひきこもり」

などということを安易に提唱している人たちは、おそらく村落部の共同体に溶けこんだひきこもりの存在の仕方を理想として目指しているのかもしれない。

そこで思い浮かべている光景は、近代核家族が出現する以前の、本家とたくさんの分家からなる直系大家族の共同体だろう。

ところが、そこには基本的な過ちがある。

彼らが理想化している前近代的な共同体においては、ひきこもりが「ひきこもり」という問題として意識された経験がないのだ。

逆にいうと、「ひきこもり」という問題がいったん意識されてしまうと、そのとたんにその人が共同体に溶けこんでいた、彼らが理想と考える存在形態は終了してしまうのである。

 

そうなると、「ひきこもり」という問題意識を村落部に持ちこまないか、それともそれを持ちこんで当事者に「問題の人」としての苦難を背負わせるか、どちらかを選択しなければならないことになる。

「そんな選択をする必要はない。問題意識を持ちこんで、なおかつ村の人々の意識を変えていけばいい」

などと暢気に考えるところから間違いが始まる。

人の意識はそうかんたんに変わるものではない。

それに第一、そこまでして「ひきこもり」という概念を流布させていく意味は、いったい何であろうか。

その問いを考えなくてはならないのである。

 

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<21>」へつづく 

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やっぱり今日もひきこもる私(435)【お知らせ特集】第14回「ひきこもり親子クロストーク」特集『ひきこもりと父』ほか

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Photo by PhotoAC

by ぼそっと池井多

 

前回、第13回の札幌篇まで「ひきこもり親子 公開対論」という名前で開いてきたこのイベントですが、かねてからのお知らせの通り、今回第14回からは「ひきこもり親子クロストーク」として開催させていただきます。

 

今回はとくに「ひきこもりと父」というテーマに光をあてて、その問題を抱えるお父さまの立場のかたと、子どもの立場のかたにそれぞれご登壇いただき、対論をしてもらいます。

 

ひきこもりの子に対して、

父親はどうふるまったらよいのか。

何を言えばよいのか。

何を言ったらいけないのか。

 

そんなことを皆さんで考える場にできたら、と思っております。

 

ひきこもり問題をご家庭に持つお父さま方はもちろんのこと、

その他のご家族の方がた、

そしてひきこもり当事者・経験者の方がたのご参加をお待ち申し上げております。

 

 

第14回 「ひきこもり親子クロストーク

旧称「ひきこもり親子 公開対論」

 

特集『ひきこもり

 

日時2021年10月16日(土)14:00 - 17:00

場所練馬区光が丘区民センター 2階「集会洋室」

   (都営大江戸線終点「光が丘」駅 トンネル直結)

主催:VOSOT

 

献金制 事前申込制

◆ マスク着用、手指消毒、間隔着席などコロナ対策にご協力いただきます。

◆ 参加お申込み 

こちらからどうぞ。 https://bit.ly/3Akwrjh

 

 

関連イベント情報

 

第28回 「ひ老会」

「8050問題」「長期高齢化したひきこもり」「ひきこもりの家族問題」
「就労問題」「親亡き後のひきこもり」

など、きこもりといについての悩みや問題を語り合い、情報交換をおこなうシェア・ミーティングの場です。ひきこもり当事者だけでなく、親御さん、兄弟姉妹、支援者の方なども参加できます。

◆「ひ老会」について詳しくお知りになりたい方は以下のリンク先をごらんください。

次回開催予定

日時2021年10月31日(日)14:00 - 17:00

場所練馬区(詳しい開催場所は参加確定者のみにお知らせします。)

主催:VOSOT

献金制 事前申込制

◆ 事前申し込み制、献金制。定員になり次第、締め切ります。

◆ お申込み先 https://bit.ly/3Akwrjh


◆場の安全確保のため、具体的な開催場所は参加者のみにお知らせいたします。
◆コロナ対策をお守りください。

 

 

 ひきこもり当事者のための

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次回(第4回)予定

日時2021年10月2日(日)14:00 -(16:30)

場所:オンライン上

ちょっと濃い目の対話会。
意見のちがいは楽しむもの。
暴力を締め出した安全なオンライン空間で、ひごろ考えていることを語り合いましょう。
初めての方もお申込みお待ちしております。
◆ 無料
◆ 参加確定者には開催日時までにZoomのご招待リンクをお送りいたします。
◆ 参加お申込みはこちらから。https://bit.ly/3Akwrjh

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◆ ご注意
・ 聞いた話は、原則としてそこだけに留めていただきます。
・ 「言論の自由」を尊重します。
 この場であなたは何でもタブーなく話すことができますが、そのかわり他の参加者の方があなたの好きなことを話すとは限りません。そのことをご承知おきください。
 なお、あなたはお手元のボタンでいつでも自由に退出できます。
・話したいけどどうしても話せない方は無理に話す必要はありませんが、はじめから観察や見学だけが目的の方はお断りです。
・ 運営の妨害にあたる言動だと判断したときは、主催者側より強制ミュート/退出などの措置を取ることもあります。

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やっぱり今日もひきこもる私(434)明日、第27回「ひ老会」をリアル開催します。

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by ぼそっと池井多

 

私の緊急事態宣言

もともと今日から一週間は、私の生活からすると猛烈に忙しくなる予定だったので、何ヵ月も前からこの週が来るのを戦々恐々とおそれていた。

というのは、今日18日が東京・池袋で講演、明日19日が「ひ老会」、すぐに遠出の準備をして22日までには関西に入り、23日は滋賀県大津市で講演の予定だったのである。

こんな立てつづけなことはめったにない。

社会で働いている方々からみれば、このくらいの出張や仕事のペースはふつうどころか、中日なかびが2日入るだけ少し緩めかもしれない。

しかし、日頃ほとんど横になっていて、一日動けば翌日はバテてしまい、四日に一度買い物へいくのがせいぜいの私にとっては超過密スケジュールであり、私のなかでは個人的な「緊急事態宣言」が発令されていた。

 

ところが、日本政府が発出する本物の緊急事態宣言が再延長となり、そのためイベントが次々と中止や延期となって、18日と23日の予定がなくなった。

これで、こなすべき予定は明日の「ひ老会」の開催だけとなった。

 

これならいつもの私のペースである。

私は内心ほっと胸を撫でおろしたのである。

 

 

講演会を中止にする意味は

このように緊急事態宣言のおかげで、私は超過密スケジュールを回避できたのだが、その一方では、どうも緊急事態宣言のためにひきこもり関連の講演会がつぎつぎと中止となることに疑問を抱いてしまう。

 

私は北海道で、あるいはその行き帰りの東北で、たとえ緊急事態宣言下であっても、どこの都市でもこっそり営業している酒場があり、常連らしき若者たちがたむろしてはじけているのを見てきた。

他にたくさん乗客が乗っているのに、電車のなかで宴会をやっている連中もいた。

おそらく東京では、もっとそういう光景があったのだろう。

 

たとえば「やっぱり今日もひきこもる私(426)」に書かせていただいたようなゲストハウスもそうである。

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町の居酒屋がやっていないために、旅先で出会って意気投合した若者たちが宿のダイニングルームを占領し、コンビニで物を仕入れてマスクもつけないで酒盛りをしていた。

ゲストハウスの管理者も、それを知ってか知らずか黙認だ。そうせざるをえないのだろう。

これでは、飲食店を開けた場合よりも、その町で出る感染者数は多いだろうというものだ。

 

飲食店も、営業することが悪いとはいちがいに言えない。

客を密にならないように座らせる、透明の間仕切りを置く、換気をよくするなど、感染対策を万全にしているなら、なぜ店主の意に逆らって休業させる必要があろうか。

「もし店を開けたいのだったら、開けてもよいが、酒を飲んで大声でしゃべり始めた客を退去させる義務を負う」

などとしてもいい。

現実的な感染拡大防止のために、営業したい店に与える選択肢はもっとありそうなものである。

11月からはそういう方向へ行こうとしているらしいが、少なくとも9月現在は社会はそう動いていない。

 

たとえば、若者たちが群れて騒いでいる酒場と、参加者に高齢者が多いひきこもり講演会の、それぞれの空間における感染リスクを測定し数値化したら、いったいどんな比率になるだろうか。

おそらく100:1、いや10000:1で、後者のほうが少ないと思う。

なぜならば、後者でしゃべっている人間は演壇の上の講師ただ一人であり、客席は誰もしゃべらず静まり返っているからである。

しかも、講師はマスクのうえにフェイスシールドをかぶっている。

これでは会場に飛沫がとぶ可能性はゼロに近い。

 

それでも実際には、前者が開かれ、後者は閉じられている。

 

こうしたイベント中止が依拠している理由は、感染リスクの合理的な予測ではない。

けっきょく「かたち」なのだ。

あるいは、日本人らしく「タテマエ」といおうか。

 

ひきこもり講演会を中止にするのは、ひとえに社会へ示す「かたち」のためである。

ちょうど、いまどき夜道を散歩していて、向こうから誰か人がやってきたら、そんな状況ではお互い飛沫を浴びるリスクなどないのに、良識的な市民の記号としてあわててマスクを着用するようなものである。

 

「ひ老会」は、ホンネを語る場だと思っている。

そういう会はタテマエで動いてもしょうがない。

このような時期だからこそ、リアルで会う居場所が求められている。

だから、明日「ひ老会」はリアル開催させていただく。

台風が過ぎ去って、晴れればよいのだけど。

 

参加お申込みは、まだ受け付けております。

ただし、体調不良の方はご参加をご遠慮ください。

ご参加の際にはマスクを着用し、手指を消毒していただき、間隔を取ってお座りいただきます。

でも、リアル開催します。

 

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やっぱり今日もひきこもる私(433)第13回「ひきこもり親子公開対論 札幌篇」を北方ジャーナルで取り上げていただきました。

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夕闇の札幌駅  撮影・2020年10月

by ぼそっと池井多

 

北海道の地方ジャーナリズム雑誌の代名詞ともなっている「北方ジャーナル」。

2021年10月号で、8月21日に私がおこなった第13回「ひきこもり親子公開対論」札幌篇のことを4ページにわたって詳しく取り上げていただいた。

 

 

じつは、北方ジャーナルさんには昨年、私は申し訳ないことをしているのである。

昨年10月の私の札幌講演も、この雑誌で取り上げてくださった(*1)のだが、そのとき私が「ひきこもり親子公開対論(クロストーク)」で採用している公話ポリローグの専門家ジュリア・クリステヴァを、ルーマニアの女性精神科医として紹介してしゃべってしまっていた。


ルーマニアという国はフランスから遠く隔たっているが、ルーマニア語はまるで方言のようにフランス語に近い言語である。

そのため、東欧出身でフランス語で著述するクリステヴァルーマニア出身にちがいない、という先入観が私のなかにあったのだった。

北方ジャーナルさんは、私がしゃべったそうしたことを、そのまま記事にしてくださった。

ところが、あとで気がついたことには、クリステヴァはお隣の国ブルガリアの人だったのである。

私の不注意によって北方ジャーナルにはまちがった記事を出させてしまったわけである。

あの誤謬に関しての文責は、北方ジャーナルさんではなく、私ぼそっと池井多にある。

 

 

さて、8月21日の「ひきこもり親子公開対論 札幌篇」は、話されている論点があちこちへ飛び、さぞかし収録しにくかったのではないかと思うが、記者の武智敦子さんはきっちり紙面にまとめてくれていた。

ほんとは全部をご紹介したいところだが、著作権侵害になってしまうといけないので、一部をぼかしてご紹介させていただくことにする。

 

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やっぱり今日もひきこもる私(432)東京のひきこもり、北海道へ向かう<19>「地方のひきこもりならではのしんどさ」に答えがない理由

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写真・ぼそっと池井多

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<18>」からのつづき

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by ぼそっと池井多

 

地方ならではの生きづらさ?

もう一つ、根室Bさんの言葉が私に示唆したものは、地方のひきこもりならではの生きづらさを地方のひきこもり当事者に尋ねることの不可能性とでもいうべき問題である。

 

私たちHIKIPOSでは、次号の冊子版Vol.11 で「ひきこもりと地方」というテーマを特集しようと考えている。

そこで半年の時を費やして、地方のひきこもり当事者の方がたに原稿を書いていただいたりしているのだが、ともすると私たちの問いは、

「地方でひきこもっていると、つらいでしょう。

 地方のひきこもりならではの生きづらさって、何ですか」

という形になりがちである。

 

それは、こういう思考に基づいている。

たとえば、東京ならば居場所の数も多い。

隣の市へ行くにしても、駅で5分も待っていれば電車や地下鉄が来てくれる。

ところが、地方には居場所が少ない。まったくない地方も多い。

隣の町へ行くにも、車がないとお手上げだ。

根室あたりであれば、公共交通機関はJRがあっても1日4本である。

 

「これでは、地方のひきこもりは生きづらいにちがいない」

と、都会のひきこもりである私たちは考える。

ところが、この考え自体が、東京という都市部の人間による「地方オリエンタリズム」にすぎないかもしれないのである。

 

そういうことを、網走Aさんや根室Bさんの言葉はひしひしと私に示してくれた。

統計がないから想像でいうしかないが、居場所へ行けるひきこもり当事者というのは、ひきこもり当事者ぜんたいの中でも、かなり動けるようになった一部の層だろう。

そうではない層、すなわちほんとうに動けない、動かない、ガチこもりの当事者層は、都市部でも地方でも、あまり居場所に行かない。

居場所にも行かないからガチこもりなのである。

すると、その生活がつらいかどうかはさておいて、居場所に行かなくても、生活が成り立っている場合が多い。

だから「地方において居場所が少ない」という事実は、そういう層の当事者にとっては、結果的にそれほど痛手ではなかったりするのである。

居場所は作られても、行かないからだ。

 

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根室本線 尾幌(おぼろ)駅  北海道には古い車両をつかった駅舎が多い。

居場所は感じるもの

さらに、私たち都市部の人間が「居場所」として想定するのは、たいていどこかの公民館の一室のような場所である。

そういう場所がなくても、たとえば港の埠頭とか、神社の森とか、川の河原とか、地方のひきこもりの人が家族から離れて独りで時間をすごせる場所は、いくらでもあるようだ。

2年前に私が沖縄を訪ねて、当地の当事者タイキさんをインタビューした(*1)とき、彼は私を彼の「居場所」に連れていってくれた。

「ここが落ちつくから、ここでインタビューしてほしい」

というわけである。

それは、墓地の裏手に広がっていて、他の人がなかなか来ないであろう浜辺であった。

 

 

あの沖縄の浜辺に相当する自然のなかの「居場所」を、北海道の網走Aさんも根室Bさんも持っているという。

かねがね私は、

「居場所とはつくるものではなく感じるもの」

と申し上げているが、べつに公民館の一室でなくても、本人がその空間にしっくりと自分があてはまる感覚を抱けるなら、どこだっていいのである。

そこに必ずしも行政が介入する必要はない。

 

また公共交通機関が1日に4本というのも、そういう生活環境で暮らしていると、それを前提に予定を考えるようになっているので、都会の人間が想像するほど便の少なさを「苦」とは認識しておられないようである。

 

すると結局、

「地方のひきこもりならではの生きづらさは何ですか」

などという質問をしても、多くの地方のひきこもり当事者は答えようがないのだ。

その答えは、自分の生活を外から客観的に見て、都市部のひきこもり生活と比較することで初めて出てくるような代物である。

地方でひきこもっていて、自分の生活しか知らない方からは出てこない。

 

そこで答えられる地方のひきこもり当事者は、いまは地方で不本意にくすぶっていても、かつて都会で暮らしていたとか、都市部と往復して積極的に情報を摂取し、双方の生活を知っている方である。

ひきポス冊子版11号では、そういう方々による原稿もお届けできる予定である。

 

・・・「東京のひきこもり、北海道へ向かう<20>」へつづく

 

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