VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

いきなり年頃の娘の父になった私(65)イタリアはコロナ収束へ向かっているのか

f:id:Vosot:20200410001509j:plain

イタリアの感染者、陽性者、回復者、死者の数 
by La Repubblica 2020.04.09


Edited by ぼそっと池井多

 

マリアテレサ:(4月1日)

長いことお返事しなかったので、さぞかし心配していたと思います。


メディアの報道で伝わっていると思いますが、ヨーロッパはここ2,3週間というもの最も楽しくない(the least pleasant)状況にあります。


でも、私はこうした状況を「破滅」だとか、おおげさにネガティブに騒ぎ立てたくありません。


もちろん、コロナウィルスによる災禍を軽視しているわけではありませんが、医療関係者や警察や政治家の人たちが日夜仕事にいそしんでいる今、それらに否定的に騒ぎ立てることは収束に向かわせる行動ではないと思うのです。

 

f:id:Vosot:20200410002057j:plain

「イタリア国内でコロナに感染して亡くなった医師は103人となった。そのうち7名は過去数時間のうちに新たに加わった数字。」
レピュブリカ紙 2020.04.10




私と私の周辺は大丈夫です。


イタリアは「高原 (plateau)」に出ました。
感染者数の増加の曲線がゆるやかになってきたのです。状況は安定化に向かっていると言われています。でも、高齢者の方などは、いまだに日々亡くなっています。


ご存じのように(私が住む)シチリアでは、北イタリアほど状況は悪化していません。シチリアには、まだ感染のピークは来ていないだけで、これから4月中旬にかけて感染率が上がるのでは、という見方もされています。


私自身は、学校へ行かず、孤立して毎日くりかえしの日々を送っています。退屈しないように、自分の時間の大半を生産的なことで占め、自己反省を深め、ストレス管理をおこないながら暮らしているので、落ち着いた気持ちで過ごせています。


社会的な責任から家にいるようにしていますし、今のところ健康状態はかなり良好なので、不安や苦痛を感じることはありません。
そちらはどうですか。


この状況にあなたはどのように対処していますか。
コロナウィルスは、ひきこもりのあなたにも影響を与えているのでしょうか。
どうか、あなたの状態について、短いメッセージでもいいので、私が受け取れるようにしてください。


この困難な時期に、あなたの可能性を最大限に発揮できることを願っています。


安全で健康でありますように

私が望む巨大なヴァーチャル・ハグを

マリアテレサ

 

ぼそっと池井多:(4月4日)

とうとう連絡をしてくれて、どうもありがとう。

きみがコロナウィルスによる混乱から無事であることを確認できて安心しました。


また、イタリアの感染者の増加曲線が「高原」に達し、これから収束に向かっていくことが期待できるというのは、よいニュースでした。もっとも、ちょっと気を緩めると、すぐに増加曲線は戻ってくるだろうけれど。

 

一方、日本はコロナウィルスによる第二波の攻撃が押し寄せてきています。


日本は地理的に中国に近いということもあって、第一波はイタリアよりも早い時期にやってきました。2月8日に私がきみにメールしたときは、日本はまさにそんな状況であり、あのときが私たちにとっては第一波でした。


その後、日本ではそれほど騒がれなくなり、反対に北イタリアでは感染例が急増する時期に入っていったのでした。それでも、ヨーロッパ全体はまだ静かであり、そのため私はまだフランス渡航の計画もそのまま進めていました。


ところが、3月の最終週くらいから、雲行きが怪しくなってきました。日本に第二波がやってきたのです。そして今は感染者を急速に増やしている最中です。


私がこのメールを書いている日本時間4月4日午後の時点では、日本ではまだ緊急事態宣言が出されていません。

国内では、「政府は一刻も早く緊急事態宣言をすべきだ」という批判も出てきていますが、緊急事態宣言を出してしまうと国民の自由を制限することになるので、政府は発令に慎重になっているようです。


そのためか、日本の若者の多くは危機意識を持っていません。

学校は休みですが、子どもたちは元気でマスクもせず公園を走り回っています。子どもにつきそって公園に来ているお母さんたちも、おしゃべりが全開状態です。

渋谷のような東京の繁華街では、

「俺たちは若いし、元気だから、感染しても病気にならない」

と、若者たちがいつものように集まっているようです。


日本には「お花見」という慣習があります。東京では、いま桜が美しい季節なので、それを見過ごすことはしたくないらしく、「不要不急の外出」が戒められている今でも、「必要緊急のお花見」と称して、それをやっている人たちがいます。


彼らの「反体制的」行動は、結果的に高齢者などの弱った人たちを感染させ、死に至らしめ、医療システムの崩壊を招くことにつながることでしょう。

 

……。


私たちは北イタリアの悲劇から学ばなければなりません。


イタリアの有力紙、レピュブリカ紙の情報によると、今のシチリア島全体の感染者数は東京のそれとほぼ同じだと読み取れます。東京の方が、はるかに面積的に狭くて密集していることを考えると、感染の度合いは東京の方がはるかに深刻でしょう。


シチリアの州都パレルモでは、貧困層がスーパーを襲撃して食料を調達している、というニュースを読みました。同じシチリアの、きみが住む町でも、そのような事件は起きていますか。
外出禁止令が出ていたようですが、イタリアが「高原」に入った今、一人でスーパーに行っても大丈夫なのでしょうか?

 

 

北イタリアの感染の中心地は、どうやらロンバルディア州ベルガモという町のようですね。ベルガモはミラノのような大都市でもないのに、なぜ、そんなにたくさんの症例が出てしまったのでしょうか。


イタリアに住んだことにある日本人に聞くと、
ベルガモには中国人人口が多いから」
という答えが返ってきました。
いっぽう、北イタリアに住んでいる、別のイタリア人に聞くと、
ベルガモは、ドイツからの物資の集散地。コロナウィルスは、もともとヨーロッパにあったもので、それがドイツから北イタリアに運ばれてきて広まったので、ベルガモが感染の中心になった」
という説明でした。
どうも、どちらもしっくり来ません。

 

日本でもスーパーマーケットは混乱しています。マスク、トイレットペーパー、消毒用アルコール、保存食、野菜などが買えません。
日本のスーパーの内部は、イタリアのそれのように管理されておらず、人々は間隔を守っていないので、このままではスーパーが集団感染の源になってしまうことでしょう。


……。


フランス行きが中止になり、講演会もすべてキャンセルになるなど、私の生活にもいくつか影響がありますが、私はひきこもりなので、基本的には「家にいる」ということで変化を強いられることはありません。


ある意味、今まで以上にひきこもりであることが正当化され、反対に「ふつうの人々」が皆、ひきこもりになることが奨励され、要請されてきたので、私のようなひきこもりにとっては生きやすくなっています。


ところが、このような時期になってわかったことは、ひきこもりにも2種類あるということでした。


すなわち、「家に居ろ」と言われると喜んで家に居る私のようなひきこもりと、「家に居ろ」と言われるとかえって外に出てくるひきこもりがいるということがわかってきたのです。

 

……。

 

9年前、2011年の東日本大震災による大津波の時も、福島の原発事故の影響で、屋外は放射能でいっぱいだと言われていたので、私たちは家にいることを勧められました。あのときも、私たちは放射性物質という、何か目に見えない新しいものに恐怖を感じていました。
その点は、コロナウィルスという目に見えない新しいものに怯える今と同じです。しかし、今はたとえ外に出ても、人と会わなければよいのです。ひきこもりは人と会うのが苦手ですから、人と会わないのは大得意といえます。


その意味では、屋外の放射性物質に脅かされて家に居た9年前よりも、今の方が良いように思います。あのときは、窓を開けるだけでも、
「こんなことをしていいのだろうか」
という恐怖に駆られていたものです。

 

……。

 

私たち人間は、歴史の中でずっと感染性のウイルスと共存してきました。その意味では、これは今に始まったことではありません。

しかし、グローバル化に伴い、国際交流や交通機関が活発になったこのような時代に起こったために、私たちはいくつもの未知なる事象を迎えつつあります。


面白いことに、多くの飛行機が欠航し、国境が閉鎖されているために、自分の肉体を他国に持ち込むことはできませんが、インターネットが生きているので、こうして国境を越えて国際的なコミュニケーションを行なうことは何の問題もなくできます。


ペストなどの他の感染症が世界中に蔓延していた時代には、このようなことはできなかったでしょう。

大きなヴァーチャル・ハグに心をこめて
あなたのアジアのお父さんより

 

 

関連記事

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

やっぱり今日もひきこもる私(250)なにやら緊急事態宣言が出て

by ぼそっと池井多

 

なにやら政府から緊急事態宣言が出されたようだが、ひきこもりの私の生活は何ら変わりがない。

「不要不急の外出」は、控えるの控えないという前に、昔からやらない。その結果がひきこもりと呼ばれている社会的状態である。

買い物も、もともと食糧などライフラインに関わる最小限の必要なものしか買いに出ない。衣料品も、たしかこの3年ぐらい買ったことがない。

むしろ、正当性を以ってひきこもっていられるのは喜びである。

これまで、ひきこもっている状態には、どことなくやましさがつきまとっていたわけだが、今や社会からそうすることが推奨どころか要請をされているわけである。

「よし、よし。それじゃあ、ひきこもっていてやろう」

てな感じで、ほとんど社会に恩を着せてひきこもっていられる。

さんざん母親に恩を着せられて育ってきた私には、これが心地よい。

 

今こそ出歩くひきこもりたち

ところが、ひきこもり当事者の中にはいろいろな人がいるようで、社会の「ふつうの人々」がひきこもりになると、自分はひきこもっている部屋から出て社会を歩き回る者もいるようだ。

日本国内を放浪しながらひきこもる「国内そとこもり」系の当事者たちは、体制に抗う自由を行使するために、コロナ禍が深刻化しはじめてから、わざわざ全国を飛び回る旅に出たようである。

そういう彼らをたしなめる人もいるのだが、そうすると、

「だって、働いている人は出勤してもいいわけじゃん。なんで、ひきこもりの我々だけが外を出歩いちゃいけないの。差別するのか」

などと反論してくる。

「そんなに働きたければ、ふだんから働けばいいだろう。そうすれば、出勤という名目で、こういうときに胸を張って外出できるよ」

というと、

「働け、働け、というな。それじゃあ暴力的支援団体と同じじゃないか。就労はひきこもりのゴールじゃない」

などと、そこだけ従来のひきこもりの論理を持ってくるのである。

 

「若くて健康なこういう人たちが、無症状のままウィルスを全国に撒き散らし、高齢者たちを死へ追いやり、医療崩壊の片棒を担いでいるのだろうな」

と悲しく思いながらも、ただ眺めているしかない。

こういうひきこもり当事者たちは、ようするに社会の「ふつうの人々」と反対のことがやりたいために、就労せずひきこもりをやっているわけであって、外へ出ていくこと自体がつらいためにひきこもりになっている私のようなタイプとは、どこか違うように思う。

 

彼らの「社会への反抗」は、結局「親問題」ではないだろうか。

しかし、親はあまりにも身近な権力であるために、触れたくない。また、触れられない自分の弱さも見たくない。そこで言辞を弄して問題の対象を「社会」や「政治」や「政権」へとすりかえる。

そして、すりかえていることを正当化するために、

「権力は腐敗する。だから国民は権力を監視しなくてはならない」

といった、ジャーナリズムの教科書の第1ページに書いてあるような金科玉条をここへ持ってくるのである。

もちろん権力は監視しなければならないのだが、語っているフェーズがちがう。

 

 

ひきこもりは忙しい

いっぽう私は、講演会やシンポジウムがことごとくキャンセルになったため、

「何日までに何を用意しなければ」

といった締め切りから一気に解放された。

それでは、一気にヒマになったかというと、そうでもない。私の中では、相も変わらず「忙しい」のである。

そもそも「ひきこもりは怠け者で、ヒマを持て余している」というのは偏見である。

なかには、そういうひきこもり当事者もいるかもしれないが、そういうタイプは「やりたいことがない」人なのではあるまいか。

何も仕事をしていないのに、

「自分はこんなことをしていていいのか」

と焦りに駆られているうちは、たとえ社会に「復帰」して働き始めても、

「自分はこんなことをしていていいのか」

と思うのではないだろうか。

何よりも私自身が30代の前半まで、

「自分はこんなことをしていていいのか」

という焦りに駆られて仕方がなかった者だから、それはよくわかる。

 

不安というエネルギー

緊急事態宣言が出て、私が思い出すのは、大正から昭和にかけての文豪・谷崎潤一郎である。

 

f:id:Vosot:20200407161012j:plain

谷崎は、日増しに空襲がひどくなる太平洋戦争の末期、大阪郊外の寓居にひきこもり、自分の作品世界へ没入していった。

衆愚とともに大政翼賛を唱えることはせず、かといって空虚な反戦を叫ぶでもなく、ひたすら己れのなかに広がる世界を、丹念に文字へ起こしていくさまは、根源的な意味での「社会参加」を想わせる。

 

戦時中の谷崎は、ひきこもることが社会参加だったのである。

あるいは、「参加」という語に抵抗をおぼえる方のためには、

「谷崎は、ひきこもることで社会と斬り結んだ

と申し上げてみようか。

実存主義サルトルのいう s'engager である。

 

毎日のように空襲のニュースが耳に入ってくるにつけ、

「日本は滅亡する」

「世界はもう終わりだ」

といった感覚は、谷崎も持っただろうし、いかに生命力旺盛な彼でも「不安」の二文字がまったく頭をよぎらなかったわけではないだろう。

しかし、いみじくもフロイト

「不安とは、本来の用途をはずれたリピードである」

と言っているように、「不安」そのものも一種の心的なエネルギーである。だから、不安を資源として、自らがやるべきことをやるエネルギーに転換することができるのだ。

緊急事態宣言などという大仰な用語がメディアの表に踊っている今こそ、谷崎潤一郎のようなエロジジイに学びたいものである。

 

 

 

関連記事

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

やっぱり今日もひきこもる私(249)続・相模原事件、植松被告の死刑確定に思う

f:id:Vosot:20200405155018j:plain

判決直後のニュース画面と思われる。インターネット上より取得。

 

by ぼそっと池井多

 

 

先日、本シリーズで「やっぱり今日もひきこもる私(247)」で

相模原事件、植松被告の死刑確定に思う

というテーマで記事を書かせていただいたところ、大きなご反響をいただいた。

 

植松聖が殺害した人たちはみな重度障碍者で、私のような「ひきこもり」ではなかった。

しかし、植松は「生産性」というところに人間の価値を判断する基準を置いた。

そのことから、彼の思想の延長線上には、私たち「ひきこもり」のような「生産性のない人間」は生きている価値がないから殺してもいい、という考え方が出てきても不思議ではない、と想定できる。

だからといって、すぐさま相模原事件の事件の被害者・犠牲者たちと、自分たち「ひきこもり」を同一視して、あたかも事件の当事者であるかのようにこの事件を語ることは、少しでも有利な発言権をかすめとるためのセコい行為であり、明らかな当事者憑依だと思う。

したがって、それはするまいと思う。「当事者ではないが、無関心ではいられない」という立場から私は発言させていただいている。

 

本ブログのコメント欄や、私のSNS上へいただいた、いくつかのコメントと、私のリコメントをご紹介したい。文中、読みやすさのために編集した箇所がある。

 

M. O. さん (SNS上へのコメントより)

植松被告の歪んだ固定された思想はいつどこで生まれ、確固として他の意見を受け入れないまでになってしまったのか。。。


これらのいくつかの事件を振り返り考えると、結局掘り下げていくと私は社会の歪みへと繋がってしまう。


社会の歪みに注目されないようにメディアも操作されて真相追求に迫ることをあえてしないのかなぁと思ってしまうのはただの深読みでしょうか。。。

 

ぼそっと池井多

私が思うに、植松聖の思想は、そんなに特異なものではなく、何倍にも薄めた形で私たちが社会のなかでふつうに瀰漫(びまん)しているものだと思います。

知らず知らずのうちに、私たちは植松聖のような思想を何倍にも薄めたものを持ち、それに基づいて行動しているのです。


だからこそ、裁判においても、あるいは言論人・知識人も、私たちは誰も真っ向からそれを受けて立とうとしなかったのではないでしょうか。なぜならば、真っ向から受けて立てば、それは自分たちに刃を向けることになるからです。


障碍者施設で働いていた植松が、そのような思想を極端なかたちで持つに至った過程は、私はゆうに想像できます。「確固として他の意見を受け入れないまでになっ」たのは、それが彼の思想だからではないでしょうか。


「社会の病」「社会の歪み」に帰着させることにも、私は一定の疑問を持っています。

たとえば社会主義社会ならば、たとえば古代社会ならば、人間に序列や優劣をつける思想は生まれなかったのか。

いえいえ、そんなことはありません。むしろ、もっと激甚なかたちで「優生」的行為は行われていました。


植松聖が私たちに突きつけたものは、社会学の対象となるような、ある程度階級分化した「社会」が人間たちのあいだに形成されるよりも前の、もっと原初的な「共同体」の段階から考えられるべき根源的な問題なのではないか、と私は考えております。

 

OG

コメントの多さからも、この件について色々思った人が少なくなかったのでしょうね。


私は知的障害者施設で勤務した経験があり、意思疎通困難な重度障害の人達とも接してきました。


「快不快」のような感情は表情で分かりますが、何を考えているのか、どうして欲しいのか、などが分からないのは、こちらとしても精神的にきついものでした。

もちろん身体介助(暴れる、失禁する等への対応もあります)で肉体的にも大変で、2か所の施設をそれぞれ3ヶ月、1ヶ月で退職してしまいました。


正直私も

「障害者の家族は幸せなのか?」

「長くこの仕事をしている人は、どこにやりがいを感じているのか?」

とか思いました。


それでも、目の前にいるのは間違いなく生きている人間で「死ねばいい」ましてや「殺した方が世のため」なんて考えられませんでした。


「ことば」も「思想」も持たない私はせいぜいこんなことしか言えません。
私はぼそっとさんは様々な場で発言されていてその内容からも在野の言論人、知識人だと思っております。
熊谷氏に失望されたのは理解しました。
私としてはぼそっとさんが上記の問いについてどう考えるかを述べていただけることを期待します。

 

ぼそっと池井多

OGさま コメントをどうもありがとうございます。

私ごときが「在野の言論人、知識人」などともったいないおことば、とんでもございません。私は生活保護で生きながらえている、ただのひきこもりでございます。

正直私も「家族は幸せなのか?」「長くこの仕事をしている人はどこにやりがいを感じているの?」とか思いました。

相模原事件と主体」という2016年の記事でも書かせていただいたように、私も精神科の患者歴が長かったものですから、とても社会の表では語られないような、障害者の家族の方々の真実のエグい物語を実地に見て知っております。

「障害者の家族がお荷物だ」と感じているような方も、なかにはいることでしょう。当然だと思います。人がみな聖人であるわけではありません。私自身のように、心が濁りきった人間もおります。

 

vosot.hatenablog.com


しかし、そういう家族の方の言葉は、相模原事件の周囲では社会の表に出てきませんでした。

「障害者の家族はみな、障害者を愛しており、かけがえのない存在だと思っている」

というストーリーで報道が組み立てられていました。


そのようにして、私たちは植松聖からの、まるで刃を突きつけるような問いかけを交わし、無視してきたのでしょう。

しかし、それは「いかがなものか」と私などは思うわけです。

 

「死ねばいい」「殺した方が世のため」まで飛躍してしまった植松聖は、たしかに極端だと言わなくてはならないでしょう。

しかし、その飛躍を「大麻の吸引による狂気」ということにしてしまう被告側弁護団は、けっきょく何も被告を弁護しませんでした。そして、「裁判をおこなった」というアリバイだけが残りました。

死刑確定による後味の悪さは、このような所からも来ているのだと思います。

 

 

Equator1982 

犯人・植松の犯行動機、その言辞に触れるにつけ【優生保護法下での強制不妊手術】のことが思い起こされます。


1996年の法改正まで、本人の同意を考慮せず不妊手術を施すことがまったくの適法であり、法施行の1949年から1994年までに通算1万6千件の優生手術(強制不妊手術)が行わたといいます。
不明なことに’98年頃に賠償請求訴訟が起こされるまで、まさか日本で、しかも戦後の1949年になってからそんな法律が新たに施行されたなど考えてみたこともなく、しかも1996年、平成8年までこれが有効であった事実には心底驚かされました。


だから ーーー、と継ぐのは性急かも知れませんが、植松の論はなにも新しいものではなく、彼独自のものでもない、と考えるのです。


もちろん、生まれるかも知れない者を生まれないようにすることと、既に生まれ息している者を絶やすこととには相違があります。けれど、前者の場合障害を受け継ぐ者が生まれるというのは蓋然性の範疇であり、健常者が生まれてくる可能性がゼロではありません。そう考えればいずれがより罪深い行いであるか、俄かには判じ難いではありませんか。


人権の全きの尊重という社会通念が形成された現代において植松の論は成り立たず、同様の論に従い20余年以前まで国家が行った行為は正当であるというなら善悪を決する絶対的価値はなく時代にあって支配的な“風潮”がこれを律する、ということになります。

いつも物事の本質に根ざした冷静な論を展開される池井多さんの、この二件を比較するご意見を伺えればと思い門外漢ではありますが、投稿させていただきました。

 

ぼそっと池井多

Equator1982さま コメントをどうもありがとうございます。

植松の論はなにも新しいものではなく、彼独自のものでもない、と考えるのです。

とは、まったく仰せのとおりだと思います。

 

植松聖が唱えた思想は、Equator1982さんがおっしゃっている強制不妊手術にも通じる「優生思想」にまとまっていくわけですが、さらにその奥では
「人間存在は無条件に肯定されるべきで、条件つきの肯定はいけない」
という反論につながっていくことでしょう。

 

「条件つき存在肯定」は悪か

それが、「人権の全きの尊重という社会通念が形成された現代において」通用している思考だと考えられます。


しかし一方では、死刑制度戦争のように、そのような現代においても、私たちは必ずしも「無条件な存在肯定」をしていない領域があります。
あるいは現在、猛威をふるっているコロナウィルスによって、医療崩壊を起こしかけた北イタリアでは、トリアージをせざるを得ませんでした。これも明らかに患者という人間が個々に持つ「条件」によって、人の命が選別されたのです。


死刑制度は国家秩序の保持のため、戦争は国際平和のため、トリアージは公共医療的な理由によるものだから、そういう場合の「第三者による、本人の同意を得ない命の選別は許される」と仮にしたところで、今度はその「治安」「平和」「人道」という理由は誰の観点によるものか、という問題が出てくることでしょう。


「無条件にその存在を肯定する」ということが、福祉の世界ではいとも簡単に唱えられますが、哲学的にはそれは至難の業であり、現実には私たちがやっていることとはちがう場合が多いのです。

そのことを、ふだん私たちは意識しないか、もしくは、考えないようにして生きているのではないでしょうか。

 

無条件の存在肯定とは

たとえば、
「人間は、人間であるだけで価値がある。動物とは違う」
と言っただけでも、
「それでは、なぜ動物は、動物であることによって無条件にその存在を肯定されないのか」
という問いが出てきます。

 

さらに、動物愛護団体の人たちのなかには、
「動物だって、大切な命だ。無条件に存在を肯定されるべきだ。石ころとはちがうんだ」
と唱える人たちが出てくるかもしれません。

 

すると
「それでは、なぜ石ころは、石ころであることによって無条件に存在を肯定されないのか」
という問いが出てくるわけです。


このように、私たちは知らず知らずのうちに、
「その存在は、『人間』という条件を満たしているから肯定している。動物や石ころはその条件を満たしてないから肯定しない」
という思考を経ています。

 

受容される存在の条件とは

この「条件」は可変的、変わりうるものです。

植松聖は、
「名前を聞いて、答えられた者は人間とみなして殺さなかった」
といいました。強制不妊手術でもそれなりの「条件」が定められていたことでしょう。

つまり、あなたもご指摘のように、私たちも植松聖と同じようなことを、何倍も水にうすめた形で日常世界のなかでおこなっているわけです。


ところが、植松が言っていることを「思想」として認めてしまうと、その思想は私たちが持っている世界観や、私たちが光を当てたくない領域をもあぶりだしてしまうものだから、彼を裁くに当たって、裁判ではそこへ論点を持っていくわけには行かなかったのだと思います。

 

「条件つき肯定」に支えられている私たち

「条件つきで肯定するのではいけない。無条件に肯定しなければ」
と言いつつ、私たちの日常的な思考は「条件つき肯定」に支えられています。


たとえば猛威をふるうコロナウィルスや、9年前に東北の沿岸を襲った3.11の津波が私たちに恐怖や不安をもたらすのは、なぜでしょうか。それは、そういう自然現象が「条件つき肯定」という決定過程を持っていないからでもあるのではないでしょうか。

どんなに社会的に有用な生き方をしていても、コロナや津波は襲ってくるかもしれない。そこが人々に一つの恐怖や不安をもたらすのだと思います。


入学試験や婚活といった、人生の一大事から、日々の契約のような些細な出来事に至るまで、私たちは条件によって人間を選別するシステムに頼って暮らしています。

もし、ここですべての「条件つき肯定」を禁止され、すべて「無条件の肯定」にせよと何者かから強制されたら、私たちの社会生活は崩壊することでしょう。

 

思想と行動の一致は罪か

ここに至って、植松聖の裁判は、思想と行動を切り離すことによって審理を進めることも、方向性としては考えられたと思います。すなわち、

「お前の思想は、思想としてわかった。それは何倍も水にうすめた形で、私たち誰もが日常のなかで持っているものかもしれない。

しかし、なぜそれを実践してしまうのだ。なぜ思想のままに、お前の個人的な意見のままに、それを留めることはできなかったのか。

私たちがお前を死刑にするのは、そのためである。すなわち、思想を思想のままに留めておかず、実践し、行動に移してしまったからである」

と言うことも考えられたと思います。

 

けれども、そうすると今度は、


「思想は実践に移してはいけないのか。

それではいったい何のための思想か」


という考え方が出てくるわけです。


古くは、東洋の儒学でいう陽明学における知行合一の問題があるわけです。

思想は実践されるために存在するのであって、思想のままに留まっているのでは意味がない、という考え方があり、これまた私たちはふだん知らず知らずのうちに、これにのっとって生きています。


たとえば、選挙のときに私たちがある候補者に一票を投じるのは、

「その候補者の考えていることが、現実の政治において実現されるだろう」

と期待するからでしょう。

もし、候補者の演説が、ただの思想であって、けっして実現に向けて動き出さないものであるとしたら、いったいなぜ私たちは候補者の演説を聞いているのか、ということになります。


このように、植松聖の思想と行動の知行合一を罪とした場合にも、その考え方はブーメランのように私たち自身にはね返ってきたことでしょう。

植松聖が私たちに突きつけた問いに、私たちが正面から立ち向かおうとすると、それは私たち自身に刃を向けることになります。


だから、言論人・知識人は注意深くそういう形の対決を避け、


「人間存在に関しては条件つきの肯定はいけません。無条件の肯定で行きましょう。生まれながらにして、みんな等しく価値がある」


という人道主義的な理想を語ることで、この場を切り抜けようとしたのだと思います。


それに対しては、私は、


「そういうときに逃げるのは、言論人・知識人として敵前逃亡ではないか。いったいあなたたちは、なぜひごろ大学から給料をもらい、出版界から原稿料をもらっているのか」


と指摘している、というわけです。

 

 

 

関連記事

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

治療者と患者(330)私を「体制のスパイ」と呼んだ「主治医」、齊藤學

by ぼそっと池井多

 

昨日は、「やっぱり今日もひきこもる私(248)」において、頭の中に「体制」と「反体制」の二つしかない単純構造の人々のことを書かせていただいた。

vosot.hatenablog.com

これを書いているとき、私の念頭にあったのは、私の主治医であった精神科医齊藤學(さいとう・さとる)である。

「赤ちゃんの舟」「リカバリング・アドバイザー制度」など、彼が始めたことへ加担をしなかった、私のような患者を、彼は

体制のスパイ

と呼んだものである。

 

齊藤學がやろうとしたのは、そもそも「体制」だの「反体制」だの言うほど大したことではないし、リカバリング・アドバイザー制度に至ってはただ患者を言いくるめて保険医療の外で金をまきあげる、つまり詐欺にすぎないなのに、齊藤學の頭の中では、どうやら自分が「反体制」的な偉業を手がけようとしていることになっていたらしい。

齊藤學の行動は、つねに自己陶酔から発しているからである。

 

そのため、「反体制」である自分に反対する患者は、患者村のなかで「体制」側として喧伝された。

じじつ、齊藤は自分が運営する治療ミーティング「さいとうミーティング」で、催眠にかかっている大勢の患者たちにこう言った。

敵の敵は味方だっていうわけで、結局(ぼそっと池井多は)体制のスパイなんだよ」

 

だいたい頭の悪い者が転移患者になっているので、彼らは批判精神のかけらも持たず、「そういうもんか」と思って、ただフンフンと聞き、そのまま信じていったのだった。

こうして、私という患者の排斥運動が、麻布村のなかで起こっていったわけである。

オウム真理教のなかで、麻原彰晃が自分の言う通りにならない信者を「警察のスパイ」と呼び、忠犬のような患者たちに「ポア」させたのと構造は同じである。

 

私が、齊藤學がやろうとしていたことに加担しなかった理由には、体制だの反体制だのといったことはいっさい関係ない。

冷静に考えたら、そんなことは自分の治療には役立たないし、けっきょく齊藤學の一族に金をむしり取られて終わることが予測できたので、バカバカしいため私は協力しなかっただけである。

それを「体制のスパイ」と名づけることで、齊藤學は他の患者たちに、私への敵愾心(てきがいしん)を煽(あお)ったのであった。

そして、それを「治療」「集団療法」と称していたのである。

 

 

 

 関連記事

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

 

 

 

 

やっぱり今日もひきこもる私(248)「政治的である」を取り違えている人たち

by ぼそっと池井多

 

日本は、なにやら新型コロナウィルス感染拡大抑止のために緊急事態宣言を出すか出さないかでモメているようである。

緊急事態宣言が出ていない今は、

「早く出せ、早く出せ」

という批判が相次いでいる。

「このまま緊急事態宣言を出さないで、感染が広まったら責任が取れるのか」

というわけである。

 

ところが、そんなことを言っている顔ぶれをよく見ていくと、中には、つい一ヵ月前まで、

「緊急事態宣言なんか出して、国民の自由を制限するなんて、人権侵害だ」

などと言っていた人がいたりするのである。

 

つまり、ちょっと前、緊急事態宣言を

「出すな、出すな」

と言っていた人が、いまは

「出せ、出せ」

と言っているわけである。

 

私は、緊急事態宣言を出す是非を語っているのではない。

ただ、それについての是非を語っている人の多くに一貫性がない、という事実を語っているのである。

 

同じことが、全国学校休校についても言える。

わずか一か月前、全国の学校休校が言われたときには、さかんに

「休校なんて、とんでもない」

と批判していた人が、いま学校再開が語られるようになると、

「再開してしまっていいのか」

と文句を言っている。

 

私は、学校へ通っている子どもを持っていないので、全国学校休校の是非を語る資格はないと思う。だから、それは語らない。

ただ、それについての是非を語っている人の多くに一貫性がない、という事実を語っているのである。

 

ようするに、そういう人たちは、右といえば左、左といえば右と、何でもいいから文句を言っている、という感じがする。

 

こういう人たちは、中味は何でもいいから、とにかく安倍首相や小池都知事など「お上」を叩いていることで、社会的な存在権を得ているのではないか。

何でもいいから政権を批判することによって、からくも社会に居場所を得ているのである。

そういう人たちは、自分では自分のことを「反体制」などと思って陶酔しているかもしれないが、いわば「体制」を宿主として存在している「反体制」であって、結局は「体制」の一部であるのにすぎない。

 

 

振り返ってみれば、小学生のころから、私のまわりには、そんな連中ばかりがいた。そんな連中に合わせるのがいやで私はひきこもりになった、というマイナーな理由があるような気がする。

そういう輩たちは、ただ単に、上がやっていることに突っかかることが「政治的」であり「反体制」であると思ってしまっているらしい。

そういう人は、きっと生育歴の中で、何か父親との問題を抱えているのだろう。

 

さらに、もっと悪いことには、そのように盛んに政治に関してモノ申している人間の多くが、肝心な選挙のときは投票にすら行かないという事実である。

そういう者は、政権を批判すれば、なにやら「頭よく」見えると思っているらしく、そのために政権を批判しているのにすぎない。自分を「政治的」に見せるパフォーマンスであり、自分が「大人」であると見せるためのアピールにすぎないのである。

ちょうど昔の中学生が、自分を大人っぽく見せたくて、吸いたくもない隠れ煙草を吸っていたのと同じである。

精神分析的にいえば、彼らにとっての政治的な発言は、知性化されたファルス(象徴的男根)である。

 

ところが、

「そういう連中はしようもない」

というようなことをいうと、すぐさま

「お前は政権寄りなのか」

「お前は安倍支持なのか」

「お前は体制派なのか」

などと、つまらないことを言われてしまう。

 

「そんな浅い問題を言っているんじゃないんだけど」

と言っても、もともと浅い考え方しかできない連中が、そのような「隠れ煙草としての政権批判」をしているために、真意は理解されない。

そういう人々の頭の中は、たいへん単純にできており、「体制」と「反体制」の二つしかないのである。

 

 

いま新型コロナウィルスの蔓延で世界が変わってしまい、社会は憤懣を抱える人たちであふれかえっている。

どこかにはけ口を見つけたい。……

誰かを悪者にしないことには気が済まない。……

そう思っている人々が、自分には手の届かない「お上」で行われていることを、火の粉が降りかからないように遠くから批判して見せることで、憂さを晴らし、「政治的」であると見せ、ファルスを勃たせ、自分が「大人」であると気取っている。

 

しかし「政治的」と「党派的」はちがう。

ほんとうに「政治的」であるというのは、手の届かないほどマクロな次元へ向けて手当たり次第に無責任な批判を口走ることではない。

たとえば精神科の患者にとっての治療者、子にとっての虐待親のような、もっと自分の生に直接かかわってくるミクロな人間関係にひそむ権力構造を洗い出し、それについて考え、行動できる者が、真に「政治的」であるといえるだろう。

  

やっぱり今日もひきこもる私(247)相模原事件、植松被告の死刑確定に思う

f:id:Vosot:20200401103435p:plain

事件直後のニュース画面と思われる。インターネット上より取得。


by ぼそっと池井多

 

昨日は志村けんがコロナウィルスで亡くなった話に終始してしまったが、同じ一昨日にもう一つ飛びこんできたニュースとして、相模原事件における加害者である植松聖(うえまつ・さとし)の死刑確定があった。

 

植松聖への死刑判決が下った3月16日までに、この問題を論じた記事は多く出た。しかし、もともと私が読む範囲が狭いということもあるのだろうが、満足できる記事には出会わなかった。

なかでも、私の記憶に残っているのは、自ら脳性麻痺まひの障害を持ち、障害者と社会のかかわりについて研究している、東京大学先端科学技術センター准教授、熊谷晋一郎さんへのインタビューである。(*1)

 

*1. ハフィントンポスト 2020.01.22

www.huffingtonpost.jp

 

なぜこの記事が私の記憶に残っているかというと、内容が良かったからではない。悪かったからである。

ひと言でいえば、

「そういうことでは、ないんじゃないの」

というもどかしさが「オーバーシュート」するような記事だったのだ。

熊谷さんだって、インタビューの持っていき方次第によっては、もっと深いことを語る人であろうに、安田菜津紀さんというインタビュワーの質問の繰り出し方がなんともお粗末なのである。

 

 

熊谷晋一郎さんの当事者性

熊谷准教授は、自身も重い障害を持っている。つまり、この事件に関して「当事者性」があるかのように見える。

そのために、肉体的な意味では「健常者」である私などは、彼が相模原事件について語る言葉を、すべてありがたく拝聴するだけにしなければならない気分になりがちである。

しかし、植松聖が殺人目的で闖入ちんにゅうした施設やまゆり園の一室で、もし熊谷准教授のような障害者が眠っていたら、はたして植松は彼を殺しただろうか。

そうとは思えないのである。

なぜならば、植松自身、

「コミュニケーションが成り立った者は、人間とみなし、殺さなかった」

などと言っていたからだ。

その考え方が間違っているか否かを、いま問題にしていない。いま採用しているのは、植松聖が人間存在に関してそういう基準を持っていた、という事実である。

つまり、その意味において熊谷准教授は、相模原事件に関する当事者性は持っていない、と考えられるのだ。

この事件について語る時、たとえ障害を持っておられても、卓越したコミュニケーション能力を持っている熊谷准教授は、一人の言論人にすぎない。

したがって、熊谷准教授がインタビューの中で語っている、殺された被害者たちと同じ障害者だから感じたとする「フラッシュバック」の話は、あまり的を得ていないように思うのである。

 

 

突きつけられた根源的な問い

今回、相模原事件に関しては、言論人・知識人たちは植松聖から投げ出された問いを、誰ひとり真正面から受け取ろうとしなかったのではないか。

つまり、植松聖が私たちに突きつけてきた、

「生きる価値のない生命はあるか」

「意味のない人生はあるか」

市場経済的な意味において、周囲の人々の負担になるだけの人間存在は生きていたらいけないか」

といった、人間存在にかかわる根源的な問いを、誰ひとり受けて立とうとはしなかったのである。

いわば、究極の哲学というべきロゴスの営みを、ほんらいそのために社会的に存在しているはずの言論人・知識人たちは皆、拒否する形となってしまった。

 

もちろん、植松聖が言っていることは「とんでもないこと」であり、彼がやったことは「許されないこと」であるわけだが、そのようなレベルでの是非を論じているのではないことは自明である。

なぜ「とんでもない」か、なぜ「許されない」か、ということを、万人が納得するような論理、……願わくは当の植松聖さえも納得するような論理で説明できる者が、言論人・知識人の中から誰も出てこなかったことが残念でならない。

 

これはなぜか。

私が推測するに、もし植松聖からの問題提起を真正面から受け取ってしまったら、その時点でその言論人・知識人は世間から

「植松被告に賛成している」

などと誤って見なされるかもしれない。

ちょうど地下鉄サリン事件のころに、

麻原彰晃は宗教家としてはすぐれている」

などと言ってしまったために、思想家・吉本隆明が大きなバッシングを受けた時のようなことが起こるかもしれない。

勤めている大学を辞めさせられ、言論界から追放され、もう文化人として喰っていけなくなるかもしれない。すると、その知識人は、自らの言った言葉を守るために、自らが持った思想を貫くために、世間を敵に回して戦いを始めなくてはならないだろう。

そのことを知識人たちは恐れたのではないだろうか。

だから、相模原事件に関してコメントを求められるたびに、彼らは毒にも薬にもならない、当たり障りのない人道主義的な議論にすりかえて、お茶を濁したのである。

先に挙げたハフィントンポストの記事は、その典型のようなものになってしまっている。

「優生思想」「マイノリティ」「インクルーシブ」などの、この手の議論にはお決まりの語彙をちりばめて、まるでケースワーカーたちの研修会で語られるような「心あたたまる支援論」にしてしまったのである。

 

思想犯としての植松聖

いっぽう、植松聖のほうは、自らの思想を貫くために、世間を敵に回しているどころか、自らの命までも捧げようとしている。

私は相模原事件が起こった当初から、「植松聖は秋葉原事件の加藤智大や酒鬼薔薇聖斗などとちがって一人の思想家である、彼の唱えている思想が一から十まで荒唐無稽なものではないからこそ、この事件は厄介なのだ」ということを申し上げている。(*2)

*2.ぼそっとプロジェクト 2016.07.30 「相模原事件と主体」

「このように考えてくると、植松容疑者のとなえている優生思想が、一から十まで荒唐無稽なものだとは言えないのである。彼を「悪だ、悪者だ」となじっていればそれで済むような事件ではないのである。」

 

「ストレスがたまり、理性を失って、凶行に走った」といった類の事件ではないのだ。ところが、裁判ではしきりにそういう事件だったことにしてしまおうと、被告側の弁護団が躍起になったところに、この事件の隠れた悲劇がある。

ここに至って、この裁判は検察と被告の争いではなく、被告と被告側弁護士の争いになってしまったのである。

弁護団は、植松聖は大麻を吸引した過去があり、その後遺症で犯行当時に理性が保てていなかったのであって、ゆえに責任能力はなかった、というストーリーで通そうとして控訴した。その方が弁護団は、弁護士としての「仕事」が完遂できるからである。

それに対し、植松聖は被告として、

「そうではない。大麻吸引の過去は関係ない。これは自分が理性で考えた思想の実践だ。犯行時にもちゃんと責任能力はあった」

と主張するために控訴を取り下げたのだろう。

 

「死を受け容れているわけではない。死刑を認めているわけでもない。でも、控訴は取り下げる」(*3)

という本人の弁は、そのような意味だろうと私は解釈する。

すなわち、植松聖は死を以って思想を貫こうとしているのである。

もちろん、そこへたどりつくために、無関係な人の命を多く犠牲にしており、それが彼の思想の実践でもあったわけだが、思想の内容と、そのように自らの命を賭けて思想を実践しようとしていることとは、別個に評価されるべきではないだろうか。

 

この事件は、裁判が終わっても解決しなかったのである。

このさき植松死刑囚の刑が執行された後でさえ、この者から私たちへ与えられた宿題は、おそらく何も解決しないままとなるような予感がしている。

 

*3. 

mainichi.jp

 

 

 

関連記事

vosot.hatenablog.com

 

www.huffingtonpost.jp

 

mainichi.jp

やっぱり今日もひきこもる私(246)志村けんショック

by ぼそっと池井多

 

本ブログでは先週木曜日の「やっぱり今日もひきこもる私(243)」で言及した志村けんさんが、新型コロナウィルスで亡くなったニュースで、昨日は持ち切りだった。

vosot.hatenablog.com

 

その記事でも書いたとおり、誰か自分が知っている人が亡くなると、皆にわかにその病気を実体として感じるようになるものである。

今回の新型コロナウィルスも、どこか対岸の火事のように感じていた多くの日本人が、自分が知っているコメディアンがそれで亡くなったということで、がぜん「恐い感染症だ」と危機感を抱くようになったらしい。志村けんショックである。

 

私は年代的に、志村けんがデビューのころを見ている。ザ・ドリフターズの年長メンバーであった荒井注が出てこなくなり、その代わりに入ってきた青年が志村けんであった。

むしろ、「日本のロビン・ウィリアムス」などと大家扱いされるようになってからの彼のお笑いは、私は見ていない。

バカ殿様」という彼のトレードマークは、自分のテレビをつけて見たことは一度もなく、むしろ昭和のころのザ・ドリフターズのドタバタ劇ばかりが記憶にある。

ところで、ロビン・ウィリアムス志村けん、いったい芸風のどこが似ているというのだろう。むしろミスター・ビーンの方が似ているように思うのだが。

 

ラーメン屋の奥から人々を凝視する姿

それでは、私が持っている志村けんの記憶は何か、というと、ラーメン屋に座った姿なのである。

本ブログで医療被害を取り上げている、齊藤學(さいとう・さとる)という精神科医がやっているさいとうクリニックや、NPO法人JUSTといった、通称「麻布村」は、東京・港区の麻布十番というところにある。

ここは、下町のような商店街があるものの、芸能人と外国人が多く住むことで知られている。

そんなところへ20年近くも通っていたので、一介の生活保護受給者、精神科の患者でありながら、芸能人を見かけることは多かった。

 

商店街の中に、担担麺を売りにしている大きなラーメン屋があり、夜にそこへ行くと、たいてい奥の席に志村けんが女の子たちを引き連れて一つのテーブルを陣取っていた。

この女の子たちというのが、どうやら有名なAV女優だったらしいのだが、そういうことに疎い私は知る由もない。しかし、志村けんだけは一目で認められた。

麻布十番を歩く芸能人は、たいていサングラスやマスクで顔を隠している。だが、志村けんはまったくそういうことはせず、誰が見ても彼とわかる姿で座っていた。

そして、逆に道行く人々をジーっと見つめているのである。

そのため、ラーメン屋の前を通り過ぎる人が、店内をのぞきこめば、一目で「あ、志村けんだ」とわかる。

まるで、わざわざ

「ここに芸能人がいます。見つけてください」

と言っているかのような姿勢と態度であった。

 

しかし、麻布十番という土地柄は垢抜けており、こういうところで芸能人だと指さす者は田舎者として軽蔑される空気がある。志村けんも、それを織り込み済みで、目立つ姿勢を保っていたのだろう。

 

それでは、なぜ彼はいつもそのラーメン屋のテーブルから人々を眺めていたのか。

私は、人間観察だと思う。コントの材料になる人間の行動を、じっと観察していたのにちがいないと思うのだ。

そういう時の彼の眼や顔は、「バカ殿様」で見せているコメディアンのそれではなかった。いうなれば作家のような鋭さと厳しさをたたえていた。

NHK朝ドラに出演し始めたばかりだという。映画初主演も計画されていたらしい。

古稀にして、これからは俳優という新しい仕事に挑戦しようとしていた矢先のコロナ感染であったのだろう。発症して10日で他界。

喫煙歴は長かったようだが、とくに持病はなかったという。

なにより本人が最も残念だったのにちがいない。

合掌。

 

 

関連記事

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

vosot.hatenablog.com

All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020