VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

三島由紀夫を読み返す(32)100分de名著『金閣寺』を観る その1

美しくない金閣は、美しくあらねばならなかった。

治療者と患者(348)治療「失敗」の責任を患者になすりつける精神科医、齊藤學

「人間のやることですから、失敗はあり得ます。」 その論法で、齊藤學は失敗を反省しない。

治療者と患者(347)治療の失敗を「成功」と強弁する精神科医、齊藤學

顔文字女はやっぱり齊藤學の受け売りだった。

やっぱり今日もひきこもる私(373)「精神疾患ではないが働く気になれない ~ 中年ひきこもりの焦りと絶望」への反響

社会的名声のある親、ルッキズム、耳を傾けない精神医療……。昼行灯さんの記事に国内外から反響が押し寄せる。

音楽に掘り起こされる私(6)チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調「悲愴」op.74

チャイコフスキーも鬱病の持病があり、生涯で12回の鬱に落ちているが、この交響曲「悲愴」の最終楽章は、まるで鬱の谷に深く落ちていくような終わり方をしている。

やっぱり今日もひきこもる私(372)親の名声が子をひきこもらせる?

ひきこもっている子どもの親が、住んでいる地域で人々に尊敬される名士であるというパターンは、ひきこもり家庭の一つの類型である。

海外ひきこもりだった私(34)「過保護だったんだよ」と言われて

私は母親の感情のはけ口であった。 サンドバックのように虐待されていた。 なのに、大事に育てられたお坊ちゃんと同じ「過保護」という語で言い表されてしまうというのか。 冗談ではないぞ。

海外ひきこもりだった私(33)「政治」という大人の記号 ~「民族責任」におぼえた反発

「政治的である」ことは「大人である」とも、多くの人が勘違いしている。 だから、大人ぶりたい者は、好んで政治の話をしたりする。

やっぱり今日もひきこもる私(371)ひきこもりは挫折で失敗なのか? ~ KHJ記者会見「ひきこもりからの立ち直り」を考える

死ぬという選択肢を排して、この世に留まるにはどうしたらよいかと無意識に考えに考えた結果、 「そうだ。とりあえずひきこもっていよう」 という素晴らしいアイデアを思いつき、それを実現している姿が「ひきこもり」。

治療者と患者(346)これが洗脳されている麻布村患者の頭の中。

被害を与えることを「治療」と強弁する麻布村の精神療法。そのメンタリティが露わになった。

やっぱり今日もひきこもる私(370)第10回「ひきこもり親子公開対論」『ひきこもりとゲーム依存』を終えて

親は子に何を求めているのか。 子はゲームに何を求めているのか。

やっぱり今日もひきこもる私(369)本日の「公開対論」参加ハードルが上がった理由

「本日開催の親子対論、ちょっと参加へのハードルが上がったんじゃないの?」 はい、そうです。ご説明します。

やっぱり今日もひきこもる私(368)明後日、第10回「ひきこもり親子公開対論」横浜篇オンライン開催 ~ひきこもりとゲーム依存~

なぜひきこもってゲームばかりしてしまうのか。 そのことを親はどう考え、子はどう思っているのか。

外国のうつ・ひきこもり事情(157)ひきこもったことを後悔している?

しているともいえるし、していないともいえる。矛盾した表現が両方とも同時に成り立つのが、後悔という不思議な概念にまつわる特徴である。

音楽に掘り起こされる私(5)中島みゆき「狼になりたい」

「向かいの席のおやじ 独りぼっちで見苦しいね」という若者たち。

治療者と患者(345)福岡・篠栗男児餓死事件に見る「洗脳によるアンビヴァレンツ」と麻布村

わが子を餓死させた母親は、洗脳してくるママ友をじつは憎んでいた。

やっぱり今日もひきこもる私(367)オリンピック選手は有為で、ひきこもりは無為なのか。

オリンピック選手のように国際舞台で活躍するような人生だけに「価値」があって、そうではない人生は「無為」なのだろうか。

やっぱり今日もひきこもる私(366)庵-IORI- 「何をやればいいかわからないからひきこもった人いる」テーブル開催のご報告

海の向こうから庵-IORI- に参加してきたのは…

やっぱり今日もひきこもる私(365)「働けない」のではなく「働く気になれない」

やるべきことはたくさんある。 でも、何をやればいいかわからない。選ばなければ仕事はある。 だけど働けない。

やっぱり今日もひきこもる私(364)視線から感染する病気?~「目で殺す」

患者と目を合わせただけで伝染すると考えられた病気はほんとうに存在した。

やっぱり今日もひきこもる私(363)庵-IORI- テーブル「何をやればいいかわからないからひきこもった人いる?」開催のお知らせ

多数のご参加お待ちしています。

言葉に掘り起こされる私(7)ハーマン・メルヴィル『書記バートルビー』"I would prefer not to"

「やらずに済めばありがたいのですが」 という丁重な拒絶が示すひきこもりの心性。

やっぱり今日もひきこもる私(362)明日「ひ老会」をリアル開催します。

緊急事態宣言が解除されて……

スパゲッティの惨劇(89)責任恐怖症だった私 ~ なぜ自由から逃走したのか?

「スパゲッティの惨劇」を、「なぜ私はひきこもりになったか」という視点から読み解いてみる。

やっぱり今日もひきこもる私(361)オンライン講演者の孤独と不安

客席の反応が見えないと、こんなにも調子が狂うものか。……

やっぱり今日もひきこもる私(360)本日、横浜ばらの会で講演させていただきます。

昨年3月に企画された講演会がコロナで一年延期。しかし一年経ってもコロナは終息せず...

海外ひきこもりだった私(33)「自由からの逃走」としてのひきこもり

学校という「他律」に身を委ねていればよかった学生時代が終わって、いざ「自律」によって社会へ漕ぎい出していかなくてはならなくなったとき、私はひきこもった。

やっぱり今日もひきこもる私(359)「あれをやれ、これをやれ」と言われる状態は安心か

言われたことだけこなしていれば存在が承認されるというのなら、さっさと働け、企業戦士になれ、兵隊になれ、と言われてしまうだろう。

やっぱり今日もひきこもる私(358)続・何をやってよいかわからないからひきこもったのか

「自分はなぜひきこもったのか」を振り返る切実な声の数々。

被災地の内と外(28)真夜中の迷いなき行進

十年前、東京の郊外へ延びる道はどこも帰宅難民であふれた。

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