VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

当事者活動を考える(50)「イネイブラー型支援者」へのコメントより

歴史を見れば女性が男性よりも虐げられてきた面もあるが、男性が女性から虐げられてきた面もある。虐げられ方に違いがあるだけ。 多様性を叫ぶ者たちが多様性を封殺する。

当事者活動を考える(49)続・イネイブラー型支援者 ~ 女性を無能な弱者にしたがる男性フェミニストたち

被害の捏造や事実の歪曲までして「女性をモノ化するな」と叫ぶ男性たちこそが「女性をモノ化」している。

当事者活動を考える(48)イネイブラー型支援者たちの共依存を考える

当事者・被支援者を無力にする支援者は、自分の支援の結果、当事者が社会復帰をしてほしいのであって、当事者が自分の力で立てるようになること自体は望んでいない。

やっぱり今日もひきこもる私(444)第5回「4D」特集「『ある、ひきこもりの死』をめぐって」のお知らせ

「ひきこもり死」を、孤独死予備軍ともいえる中高年の独居ひきこもり当事者たちはどう考えているか。

やっぱり今日もひきこもる私(443)明日、第14回「ひきこもり親子クロストーク」特集『ひきこもりと父』を開催いたします。

「お父さんはいいよね」 という息子の嫉みを、父親はどのように受け止めればよいのか。

当事者活動を考える(47)当事者ではなく専門家のために「守秘義務」を設けるシンポジウム

「中で語られたことを公にしてはいけない」 と守秘義務を課すシンポジウムやフォーラムは、当事者をダシにして専門家を保護する機能しか果たしていない。

当事者活動を考える(46)「かわいそうで包摂すべき当事者」を求める支援者の病理

対象者がかわいそうでなくては支援者としてもやりがいがない。それで対象者をかわいそうな人にする。

治療者と患者(352)ひきこもり「症候群」化と「医者」の本音 ~ 勝ち負けの世界観

患者は患者になった時点で、すでに治療者に負けているのか。

当事者活動を考える(45)ひきこもり「症候群」化と反「暴力的支援団体」運動と「支援市場」の不気味なつながり

「暴力的支援団体、反対!」の声をあげていたのに、ひきこもりの「症候群」化には賛成するという人たちは、いったい何なんだ。

治療者と患者(351)ひきこもり「症候群」改称と支援の「医療化」の行き先

ひきこもりが「症候群」となり、支援が医療化されると、その先にあるものは何か。 麻布村の通院性デイナイトケアをふりかえる。

やっぱり今日もひきこもる私(442)第15回「ひきこもり親子クロストーク」in 愛知県東海市 のお知らせ

捨てるおかみあれば 拾うおかみあり。

やっぱり今日もひきこもる私(441)本日、第4回4D(フォーディー)を開催いたします。~「行政によるひきこもり支援はどうあるべきか」

行政は「良質な支援者の育成が急務」というけれど.....

やっぱり今日もひきこもる私(440)活動していても助成金はもらえない

いくら活動の実績があっても、助成金が受けられない仕組み。

やっぱり今日もひきこもる私(439)"専門家"によるひきこもりの表現変更「社会的距離症候群(SDS)」の問題点

ひきこもりの名称が「社会的距離症候群」になる? 怪しい専門家の登場か。

やっぱり今日もひきこもる私(438)東京のひきこもり、北海道へ向かう<22>室蘭で考える「ひきこもりの原因は家族か社会か」

「ひきこもりの原因は家庭か社会か」という古典的な問いを室蘭で考える。

やっぱり今日もひきこもる私(437)東京のひきこもり、北海道へ向かう<21>夕張で考える「地方の衰退」とひきこもりの「社会復帰」

「地方の衰退」「ひきこもり」 どちらも経済的にマイナスと見なされる現象。

やっぱり今日もひきこもる私(436)東京のひきこもり、北海道へ向かう<20>帯広で考える「都市型」「村落型」ひきこもりの存在の仕方

ひきこもりという概念がないために、ひきこもり存在が承認されるムラ。 ひきこもりという概念があるために隠れて生活しなくてはならない都市。

やっぱり今日もひきこもる私(435)【お知らせ特集】第14回「ひきこもり親子クロストーク」特集『ひきこもりと父』ほか

次回「ひきこもり親子クロストーク」、「ひ老会」、「4D」のお知らせをまとめてお届けします。

やっぱり今日もひきこもる私(434)明日、第27回「ひ老会」をリアル開催します。

酒場はこっそり営業しているが、ひきこもり関連のイベントはのきなみ中止やオンライン化の昨今。 「ひ老会」はリアル開催します。

やっぱり今日もひきこもる私(433)第13回「ひきこもり親子公開対論 札幌篇」を北方ジャーナルで取り上げていただきました。

一部をぼかしてご紹介します。

やっぱり今日もひきこもる私(432)東京のひきこもり、北海道へ向かう<19>「地方のひきこもりならではのしんどさ」に答えがない理由

地方の自分の生活しか知らないひきこもり当事者に、地方のひきこもり「ならではの」苦しみを聞くことの酷さ。

やっぱり今日もひきこもる私(431)東京のひきこもり、北海道へ向かう<18>根室港で考える「ひきこもり概念の浸透がもたらす村落部の変化」

自分の不活発な生き方は、かつて村の人たちに当たり前のように受け入れられていた。 ひきこもりが「日本社会の問題」とされるようになってから、自分は「問題の人」になってしまった。……

言葉に掘り起こされる私(8)エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』再読

「自由からの逃走」が見られるのは、何も宗教改革の16世紀と1930年代だけではない。

やっぱり今日もひきこもる私(430)東京のひきこもり、北海道へ向かう<17>根室・納沙布岬で「ひきこもりの境界線」を考える

境界線はときに排除し、ときに併合する。

やっぱり今日もひきこもる私(429)緊急事態宣言の再延長でイベントが中止・延期に

これらの講演会が中止または延期になりました。 逆に、人によっては申込みやすくなったイベントも。

やっぱり今日もひきこもる私(428)東京のひきこもり、北海道へ向かう<16>「流氷の少女」の記憶

あのとき私に、一人の少女が話しかけてきたのだった。

やっぱり今日もひきこもる私(427)第3回「4D」を振り返って ~ ひきこもりは将来が不安ではないのか

「ひきこもりは将来が不安ではないのか」 その答えは、広大無辺な人間を語ることにつながる。

やっぱり今日もひきこもる私(426)本日、第3回「4D(フォーディー)」開催の舞台裏

オンライン・イベントは世界のどこからでも開催したり参加したりできると考えられがちだが、最低限の条件はそろっていないと……

やっぱり今日もひきこもる私(425)東京のひきこもり、北海道へ向かう<16>網走刑務所で考える独房生活とひきこもり

網走刑務所の過去と現在を眺めながら、ひきこもりの自由と不自由を考える。

やっぱり今日もひきこもる私(424)東京のひきこもり、北海道へ向かう<15>網走刑務所で考える娑婆の生きづらさ

ひきこもりは、自分で自分を禁錮刑に処しているのだろうか。

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