VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

スパゲッティの惨劇

スパゲッティの惨劇(87)家族写真とは何か

商品の偽装表示のように、シニフィアン(意味する記号)がシニフィエ(意味される内実)を裏切る、ということがこの世界にはしばしば起こる。 その最たるものが家族写真だろう。

スパゲッティの惨劇(86)家族旅行という地獄

家族旅行は、家族の幸福の象徴。 象徴(記号)であるということは、実体とかけ離れていくということだ。 私にとって家族旅行は地獄だった。

スパゲッティの惨劇(85)中央高速道路の記憶

20代、アフリカへ死にに行こうとしたとき、最後に家族旅行をしておくことになった。そのとき、中央高速を走りながら母が言ったことばが忘れられない。

スパゲッティの惨劇(84)息子と競合してしまう母

娘には、母は女として競合してしまうから毒母となる。息子には、女として競合できないから毒母とならない。 そんな俗説を検討する。

スパゲッティの惨劇(83)私を見ていた母の憎しみの目

母の目には、私はどのような存在として映っていたか。

スパゲッティの惨劇(82)母子手帳のコピーを送ってきた母

家族会議が終わって、虐待母が示した反応とは。

スパゲッティの惨劇(81)弟には「かわいそうに」といった母

「かわいそうに」という言葉に愛情の物差しを見いだした。

やっぱり今日もひきこもる私(323)男性の毒母問題に女性の「専門家」がお説教 ~ おおたわ史絵批判

私が北海道へ行っているあいだにAERAに出ていた。そこにはひどい専門家のコメントがついていたのである。

スパゲッティの惨劇(80)「かわいそうに」と言ってくれた父

「かわいそうに」という言葉が、ただ憐愍を乞うみっともないだけでなく、家族の中の関係性を測るのに、重要な指標になっている。

スパゲッティの惨劇(79)「かわいそうに」という言葉

母が、私にけっして言わなかった言葉がたくさんある。 「かわいそうに」 もそのうちの一つだ。

スパゲッティの惨劇(78)責めてくる存在としての母 

まぶたを閉じれば、母の姿が思い浮かぶ。 それは、ひたすら私を責めてくる母だ。

しゃべれない男たちの叫び(27)なぜ男性は毒母からの被害を語れないか

男性がその問題を語ると馬鹿にされた。だから男性は語れなかった。するとその問題はないことにされてきた。

スパゲッティの惨劇(77)疾病利得と「大事な時に体を壊す癖」

「大事な時に体を壊す」のは癖ではなく疾病だ、ということであの炎上事件は沈下したが、そんな簡単な問題でもあるまい。大事な時に疾病にかかるように、ひごろから鍛錬している者もいるのだ。たとえば、私の母のように。

スパゲッティの惨劇(76)夏休みの宿題の絵<2>母の「おなか痛い」

「あっ、お腹いたい!」 都合が悪くなったときの母の隠し玉。 こうして私は何も悪くないのに土下座をさせられ、自尊心の芽を摘み取られてきた。

スパゲッティの惨劇(75)夏休みの宿題の絵<1>

9月1日は多くの学校で2学期が始まり、夏休みの宿題を学校へ持っていく日である。私の場合、そこには暗黒の記憶がこびりついていた。……

スパゲッティの惨劇(74)ふるさとがない者の帰省

コロナ下で、 「今年は帰省するべきか否か」 と人々が悩んでいる。

やっぱり今日もひきこもる私(279)自他の内的世界に境界線を引けない者たち

フランス5の女性ディレクターとの論争が噛み合わないのはなぜか。

海外ひきこもりだった私(28)熱い父と息子の関係

私と父のあいだには、父と息子らしい熱い衝突はなかったのではないか。

スパゲッティの惨劇(73)コロナが両親へ押し寄せても ~ 「長男の放逐」を振り返る

コロナ禍の下、80代の両親はどうしているどうか。…… ところが、私の場合は、そうした心配だけで終わらない。

スパゲッティの惨劇(72)戸籍謄本が物語る母の生存 ~脳裡によみがえる「おなか痛い」

戸籍謄本は、母がまだ生きていることを物語っていた。そのとき私の脳裡に去来する母の言葉。……「あ、おなか痛い!」

やっぱり今日もひきこもる私(235)私にとっての横浜とは何か。そして、戸籍謄本を取りにいった。

写真・ぼそっと池井多 by ぼそっと池井多 前回「やっぱり今日もひきこもる私(234)」に続けて、私が横浜へ戸籍謄本を取りに行ったお話をさせていただく。 伝説の地名 横浜は、私の母方の地である。 父は東京・足立区北千住の人であったが、母と結婚して、新…

やっぱり今日もひきこもる私(234)戸籍謄本を取るというハードル

戸籍謄本を取るということは、そこに住んでいる親の消息がわかるということだ。こわい。

スパゲッティの惨劇(71)「親の死に目に会えない」はいけないことか

「親の死に目に会えない」は懲罰として機能するのか

スパゲッティの惨劇(70)「最も個人的なことは、最もクリエイティブなこと」

いかに自分は周囲とちがうかを語ることが当事者発信の原点。それを美しく表現した言葉がある。

やっぱり今日もひきこもる私(218)「教育圧力」の下に横たわる「恩着せ重圧」

「養ってもらっているんだから、ありがたいと思いなさい!」 今だったら「頼んでないわっ!」と蹴り倒すところを。

海外ひきこもりだった私(23)「そとこもり」をした理由 ~ 異邦へ行けば異邦人性は正当化される

なぜ私は海外ひきこもりになったのか。その理由の根源に迫ってみた。 在日へのあこがれ。異邦人性。そして「そとこもり」の心地よさ。……

スパゲッティの惨劇(69)おせち料理の重圧

なにやら世間はお正月だが。

やっぱり今日もひきこもる私(200)練馬ひきこもり長男刺殺事件、求刑に思う・続き

いちばん報われないのは、この惨劇の家族の長女かもしれない。

やっぱり今日もひきこもる私(174)東京のひきこもり、岐阜を歩く<7>家族話の聞き手

私が名古屋の地を去ってから、基幹バスというのができたらしく、それ以前のバス系統は一新された。 by ぼそっと池井多 何度も書かせていただいているようだが、私は小学校5年生から大学に入るまで名古屋に住んでいた。 あまり好きではない名古屋は、けっして…

やっぱり今日もひきこもる私(173)東京のひきこもり、岐阜を歩く<6>勤勉なミャンマー人女性

大垣駅前からバスに乗ってきたアジア人の女性。もの言わぬ彼女に、私はさんざん考えさせられることになった。

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