VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

スパゲッティの惨劇

スパゲッティの惨劇(78)責めてくる存在としての母 

まぶたを閉じれば、母の姿が思い浮かぶ。 それは、ひたすら私を責めてくる母だ。

しゃべれない男たちの叫び(27)なぜ男性は毒母からの被害を語れないか

男性がその問題を語ると馬鹿にされた。だから男性は語れなかった。するとその問題はないことにされてきた。

スパゲッティの惨劇(77)疾病利得と「大事な時に体を壊す癖」

「大事な時に体を壊す」のは癖ではなく疾病だ、ということであの炎上事件は沈下したが、そんな簡単な問題でもあるまい。大事な時に疾病にかかるように、ひごろから鍛錬している者もいるのだ。たとえば、私の母のように。

スパゲッティの惨劇(76)夏休みの宿題の絵<2>母の「おなか痛い」

「あっ、お腹いたい!」 都合が悪くなったときの母の隠し玉。 こうして私は何も悪くないのに土下座をさせられ、自尊心の芽を摘み取られてきた。

スパゲッティの惨劇(75)夏休みの宿題の絵<1>

9月1日は多くの学校で2学期が始まり、夏休みの宿題を学校へ持っていく日である。私の場合、そこには暗黒の記憶がこびりついていた。……

スパゲッティの惨劇(74)ふるさとがない者の帰省

コロナ下で、 「今年は帰省するべきか否か」 と人々が悩んでいる。

やっぱり今日もひきこもる私(279)自他の内的世界に境界線を引けない者たち

フランス5の女性ディレクターとの論争が噛み合わないのはなぜか。

海外ひきこもりだった私(28)熱い父と息子の関係

私と父のあいだには、父と息子らしい熱い衝突はなかったのではないか。

スパゲッティの惨劇(73)コロナが両親へ押し寄せても ~ 「長男の放逐」を振り返る

コロナ禍の下、80代の両親はどうしているどうか。…… ところが、私の場合は、そうした心配だけで終わらない。

スパゲッティの惨劇(72)戸籍謄本が物語る母の生存 ~脳裡によみがえる「おなか痛い」

戸籍謄本は、母がまだ生きていることを物語っていた。そのとき私の脳裡に去来する母の言葉。……「あ、おなか痛い!」

やっぱり今日もひきこもる私(235)私にとっての横浜とは何か。そして、戸籍謄本を取りにいった。

写真・ぼそっと池井多 by ぼそっと池井多 前回「やっぱり今日もひきこもる私(234)」に続けて、私が横浜へ戸籍謄本を取りに行ったお話をさせていただく。 伝説の地名 横浜は、私の母方の地である。 父は東京・足立区北千住の人であったが、母と結婚して、新…

やっぱり今日もひきこもる私(234)戸籍謄本を取るというハードル

戸籍謄本を取るということは、そこに住んでいる親の消息がわかるということだ。こわい。

スパゲッティの惨劇(71)「親の死に目に会えない」はいけないことか

「親の死に目に会えない」は懲罰として機能するのか

スパゲッティの惨劇(70)「最も個人的なことは、最もクリエイティブなこと」

いかに自分は周囲とちがうかを語ることが当事者発信の原点。それを美しく表現した言葉がある。

やっぱり今日もひきこもる私(218)「教育圧力」の下に横たわる「恩着せ重圧」

「養ってもらっているんだから、ありがたいと思いなさい!」 今だったら「頼んでないわっ!」と蹴り倒すところを。

海外ひきこもりだった私(23)「そとこもり」をした理由 ~ 異邦へ行けば異邦人性は正当化される

なぜ私は海外ひきこもりになったのか。その理由の根源に迫ってみた。 在日へのあこがれ。異邦人性。そして「そとこもり」の心地よさ。……

スパゲッティの惨劇(69)おせち料理の重圧

なにやら世間はお正月だが。

やっぱり今日もひきこもる私(200)練馬ひきこもり長男刺殺事件、求刑に思う・続き

いちばん報われないのは、この惨劇の家族の長女かもしれない。

やっぱり今日もひきこもる私(174)東京のひきこもり、岐阜を歩く<7>家族話の聞き手

私が名古屋の地を去ってから、基幹バスというのができたらしく、それ以前のバス系統は一新された。 by ぼそっと池井多 何度も書かせていただいているようだが、私は小学校5年生から大学に入るまで名古屋に住んでいた。 あまり好きではない名古屋は、けっして…

やっぱり今日もひきこもる私(173)東京のひきこもり、岐阜を歩く<6>勤勉なミャンマー人女性

大垣駅前からバスに乗ってきたアジア人の女性。もの言わぬ彼女に、私はさんざん考えさせられることになった。

海外ひきこもりだった私(20)責任と冤罪をめぐる大団円

「海外ひきこもりだった私(19)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 こうして私は、 一人も在日コリアンの人を現実に知らないままに、 在日の支援活動をやっている知識人、 鈴澤先生に父親像を投影することになった。 在日の支援活動をおこなうことを理…

海外ひきこもりだった私(19)2010年代のひきこもりと1970年代の在日朝鮮韓国人

「海外ひきこもりだった私(18)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 前回「海外ひきこもりだった私(18)」で述べたような次第で、 私は自分の生活や交流の中において、 たった一人の在日コリアンも知らないうちに、 在日コリアン支援のための活動をや…

海外ひきこもりだった私(18)アルジェリアと朝鮮半島

「海外ひきこもりだった私(17)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 前回「海外ひきこもりだった私(17)」で述べてきたように、 ゼミの主任教授に対して 悶々と父親像の投影をし、 母親への対抗原理を求めていることを、 ずっと私は、ものすごい恥とし…

スパゲッティの惨劇(68)私たち父子とプロ野球

「スパゲッティの惨劇(67)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 この「スパゲッティの惨劇」というシリーズは、 主に、私の幼少期の体験をつづるために開設したものである。 母のことを書くときが多いが、 「ひきこもり親子 公開対論」 などというイベ…

海外ひきこもりだった私(17)母親への対抗原理を求めて

「海外ひきこもりだった私(16)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 このように若い頃の私は、 母親への対抗原理を求めて、 「父親像」として鈴澤先生に吸着していったふしが うかがわれる。 「対抗原理」などというと、 なにやら小難しく響いてしまう…

海外ひきこもりだった私(16)ひきこもりと自己責任

「海外ひきこもりだった私(15)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 前回「海外ひきこもりだった私(15)」で書かせていただいたことを、フロイト流に解釈すると、私は鈴澤先生に父親像を投影し、鈴澤先生は私の超自我になった、ということである。 20…

海外ひきこもりだった私(15)35年前にさかのぼる発言責任

「海外ひきこもりだった私(14)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 それでは、 鈴澤先生はいったいどのように責任をとらえていたか。 そのことを物語る、一つの格好なエピソードがある。 ときに1980年、 鈴澤先生は3度目の留学・研究でフランスへ向か…

海外ひきこもりだった私(14)「責任」という響きの予防注射

「海外ひきこもりだった私(13)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 継続的につづっている数々の手記のなかでも、 この「海外ひきこもりだった私」というのは、 「スパゲッティの惨劇」とならんで、 私にとってもっとも重要なシリーズの一つのつもりで…

海外ひきこもりだった私(13)主任教授の専門を知らずに

「海外ひきこもりだった私(12)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 前回「海外ひきこもりだった私(12)」につづき、 私が大学の前期から後期へ進むとき、 つまり、大学二年から三年になるときの話である。 これは、けっこう大きな変化なのだった。 ま…

スパゲッティの惨劇(67)私たち兄弟の摂食障害

「スパゲッティの惨劇(66)」からのつづき・・・ by ぼそっと池井多 前回「スパゲッティの惨劇(66)」(*1)で 中学生の私は、痩せても肥ってもいなかったが、 りっぱに摂食障害であった、 ということを書かせていただいた。 *1.「スパゲッティの惨劇(66) …

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