VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

都議会セクハラやじ事件に思う

ここ数日、マスコミを騒がせてきた
東京都議会のセクハラヤジ事件は、
昨日(6月23日)、鈴木章浩議員がヤジの張本人であることを名乗り出て、
塩村文夏議員に対して公の場で謝罪したことをもって、
コーナーを回った感がある。
 
犯人探しが終わった」
ということで
いくつかの論点が
だれにも触れられないまま消えていく気がするので、
ここに書いておきたい。
 
 
 
一つ目は、
録画を再生した時に聞こえるじっさいに放たれたヤジと、
マスコミなどで要約される文字化されたヤジが、
微妙にちがうという点である。
 
すなわち、
 
早く結婚したほうがいいんじゃないか
お前が結婚しろ!
 
それから
 
自分が産んでから
産めないのかよ?
 
の微妙な違いである。
 
 
マスコミで紹介される後者、
お前が結婚しろ!」「産めないのかよ?
のほうが、
じっさいに発せられたヤジよりも攻撃的侮蔑的であり、
ハラスメントの度合いも高いと思うのは
私だけだろうか?
 
それだけ
一般視聴者の怒り煽りやすいように
気づかれないうちに小さな加工をされている
という気がしてならない。
 
 
 
 
 
 
二つ目は、
ヤジの「加害者」として名乗り出た鈴木章浩議員の政治信条と、
彼の今回の言動との関係を
まったく検討せずに幕を閉じてもよいのだろうか、
という疑問である。
 
鈴木章浩議員の公式Facebookページには
「ゆるぎない信念が東京を変える! 政策10ケ条」
とあり、その中には
 
5.……
6.子育て支援の充実
7.女性が働きやすい社会の実現
8.……
 
という2つの項目がある(*1)。
 
*1:鈴木あきひろ Official facebook(2013年6月6日)
 
これらを、
ほんとうに考えているから「10ケ条」に入れたのか、
それとも、
何か10個、もっともらしいことを並べておくと
公約として格好がつくから、
近年のトレンディな政策課題から、
適当にみつくろって入れただけなのか。
 
もし、ほんとうに考えていることなら、
それと「ヤジ」の内容とは
彼の中でどのようにつながっているのだろうか。
 
もし、「より早く結婚すること」を人々に求めることが、
鈴木議員にとって
子育て支援の充実」「女性が働きやすい環境の実現」
と整合性を持つのならば、
彼は、今からでも遅くないから、
それを政治家として表明してもよいのではないかと思う。
 
また、鈴木議員は昨日の謝罪会見で
さまざまな話が一緒になって報道されていて、話す機会を失ってしまいました。」
と語っているが、
「私はこれは言った。これは言っていない」
と分けて明確化しながら、
ブログなりSNSなりで発信することは
じゅうぶんに可能だったと思う。
 
 
 
三つ目は、
代表質問に立つ塩村議員の側は、
くだんの質問のために
はたして当事者として、それとも代弁者として
登壇したのか、という疑問である。
 
 
今回の騒動を見ていると、
塩村議員が、同じような問題で悩む
東京都の女性有権者たちの代弁者として
一連の対応をしているように感じられる。
 
しかし塩村議員は、
自身の公式Facebookページでこう書いている(*2)。
 
私の友人の多くは不妊治療を受けています。
本当につらい、と言います。それを打ち明けてくれる友人の勇気と気持ちも一緒に貶された気がしました。私自身も多くは話しませんが、こういった悩みの当事者であります。
 
*2:塩村あやか Facebook(2014年6月19日)
 
当事者として、一般質問に立つならば、
全部とは言わないまでも、
「私自身も多くは話しませんが」
などと言っておらず、
そこはもう少しはっきりと具体的に語ることが
政治家としての責務でもあると思う。
 
鈴木議員の「ヤジ」によって
「それを打ち明けてくれる友人の勇気と気持ちも一緒に貶された気がしました」
というのは、
つらい思いをしている友人たちの代弁者として
ふるまっているように聞こえるのである。
 
その直後に深く意味も考えることもなく、
当事者」という言葉をつけくわえているだけ、
と読まれても仕方がないのではないか。
 
たとえば、年金保険料を払っていない政治家が
国会で年金問題を論じれば、
「まずはお前が払ってからにしろ」
と言われる。
 
それは、国民であるかぎり誰もが
年金問題に関しては当事者とみなされるからである。
 
だからもし、「ヤジ」という非公式なかたちを取らず、
正式な討論の場であったなら、
「まず本人がおこなってから論じようとは思わないのですか」
という反応は、そんなに無茶苦茶なものではない。
 
少なくとも、
セクハラなどという分類をして
過去へ格納してしまう問題ではなくなるだろう。
 
「いいえ、私が結婚も出産もしていませんけれども、
このことをいま、ここ壇上で発言しなくてはなりません。
なぜなら、私は代弁者としてここに立っていますから」
と塩村議員は答えてもよいわけである。
 
しかし、彼女は自分を当事者だと言う。
それならば、彼女自身がその問題に関して
どのような苦闘をしているか
もっと語ってほしい。
 
このようなわけで、
この問題において代弁者当事者の区別は重要である。
 
よく代弁者が、自分のことばに説得力を持たせ、
人々の共感と支持を取りつけたいだけのために、
あたかも当事者のようにふるまうことがある。
代弁者当事者憑依などと呼ばれる。
 
当事者であるならば、
それにふさわしい切実感があるはずだ。
 
たとえば、塩村議員の選出区である世田谷区には
区議会議員として、
トランスジェンダーであることを公にして当選した
上川あや議員がいる。
 
この人などは、もっと切実な地点から
当事者であることを語っているように思う。
そして、政治家が当事者性を持ち出すとは、
こういうことを言うのではないだろうか。
 
 
いずれにせよ、
地方議会も国会も
政治家のヤジは聞き苦しいものである。
 
たとえば一般市民は、裁判所の傍聴席でヤジなど飛ばさない。
いちおう法廷を神聖な場だと考えているからだ。
政治家は、そういう一般市民を見習ってほしい。
 
議場は、政治家にとって神聖な場ではないのか。
真剣勝負をする戦場ではないのか。
 
まったくヤジなどなく、
観客席がし~んと静まり返って聞いていた方が
壇上で話す側にも緊張感が出て、
より活発な、より理性的な議論がおこなわれるはずである。
 
「ヤジはあって当然」
という空気があるために、
かえって壇上の発言者も力が抜けていて
議会は総じてだらけた空気となり、
政治家がラクをする温床となる。
 
いっそのこと、
「議会ではヤジは飛ばさない」
「許されるのは拍手と笑いぐらいとする」
という内容を国会法でさだめてはどうだろうか。
 
国会にヤジがなくなれば、
それを範として
きっと地方議会にも静寂と緊張がみなぎるようになるであろう。
 
 
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    政治家というのは 亀にとってはとても不可思議な存在にみえます
    マスメディアに登場するかぎりでの二人の発言や態度は
    相反するようにもみえますが
    多分どちらも 基本的には政治信条は違っても誠実な感じを受けました
    塩村議員がやじられたときどうしてふっと笑ったのか
    鈴木議員はなぜメディアにうそをついたのか
    なんか 政治の世界 あるいは マスメディアの世界というのは
    関われば関わるほど魑魅魍魎の様相を呈してくるのではないかともおもえます
    個人として生きるまえにそれぞれがその役割を演じてしまい
    それがうまくいかなかった場合には退場するというような
    感じを受けてしまうので 政治の世界や報道の世界は
    亀なんかには ややこしすぎて お手上げのところがあります
    日本での民主主義はまだよちよち歩きなのでしょうかね 削除

    ちゃらんぽらん亀 ]

     

    2014/6/24(火) 午後 3:46

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    ちゃらんぽらん亀さま コメントをどうもありがとうございます。
    「塩村議員がやじられたときどうしてふっと笑ったのか」
    それは、私も思いました。
    「個人として生きるまえにそれぞれがその役割を演じてしまい…」
    まさにおっしゃる通りですね。政治家の世界は、建前ばかりが先行して、人間的真実は後回しでうんざりします。 削除

    チームぼそっと

     

    2014/6/24(火) 午後 7:58

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