VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

無差別殺人犯を読む(12)「母親」を理由に出すことへの躊躇

無差別殺人犯を読む(11)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

秋葉原事件の実行犯、加藤智大の著書を読んでいて、
彼の人格形成を考えるのに、
どうしても目が行くのは
彼の母親である。

それは、
「なんでもかんでも母親のせいにする」
などという意図が読み手の側になくても、
どうしてもそうなってしまう。

むしろ、加藤智大自身は、
読者の関心を
母親に行かせないように書いているふしがある
のにもかかわらず、
私が読むと、そうとしか思えない。

加藤智大は、
彼の人格形成と母親の問題を語るのに、
他のことに比べて、
相対的に多くのページ数を割いていない。

他のことというと、
たとえば、秋葉原事件にいたる、
日本各地の彼の職場や滞在先でのできごとなどは、
母親の描写よりもはるかに多くの紙面を割いて書いている。

たしかに、それらは彼の人となりを読み解くヒントにはなるが、
「そこまで重要ではないのでは?」
と思えてくるのである。

また、彼は自分が母親からされたことも、
注意深く虐待という言葉は避け、

「不適切な養育」

という表現にしてある。

そういうところは、やけに情報が新しい人である、
とも言える。

「虐待」と書くと、
自分が被害者に回りこんでいるようで、いやだ、
ということもあるのだろう。

そういう方面においては、
加藤智大はものすごくプライドの高い人だと思う。


しかし、一方で、
こうしたことは
前回「無差別殺人犯を読む(8)」で述べたような理由が関係していると、
私は想像している。

つまり、
成育歴をほんとうの理由として表に出すことへの躊躇
である。


・・・「無差別殺人犯を読む(13)」へつづく

vosot.hatenablog.com

 

  •     

    加藤智大は、確か母親と同じ県下一の進学校の青森高校に進学したんですよね。
    これがなんとも同情を誘うのです。 削除

    aon*_*85 ]

     

    2018/8/3(金) 午後 11:24

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