VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

無差別殺人犯を読む(15)彼が「母親の責任」を語れないわけ

無差別殺人犯を読む(14)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

前回は、秋葉原事件の実行犯、加藤智大が、
そういう領域の話となると、
多弁ではなくなる理由について考えてみた。

ほかの領域の話では多弁な彼が、
その問題になると、
筆がうなだれてくるのが感じられるのである。

次の一節を見てみよう。

 

 
 
これは幼少の頃の親、特に母親から受けた養育の結果だということになりそうですが、このように書くと、人のせいにしている、と批判されるのでしょう。もし私か母親とそれ以外の何かのうち、自分で母親の教えを選択して受け入れたくせに「母親のせいで」などと主張するなら、それは批判されても仕方ありません。

 加藤智大『解』(批評社)P64
 

 

この書き方は、
たんに「控え目」というのとはちがう。

奥に、いろいろ言いたいことは煮えたぎっているのだけれども、
それを言ったら「批判される」から言わない、
と我慢してしまうから、
まるで火口から地中のガスが漏れ出づるように
ブスッ、ブスッと
怒りをむりやり自分の内面へ押し込めるような
不穏な書き方をしている。

 


彼は、「批判される」ことを恐れている。

それは、当たり前だろう。
だれが、批判されることを好むだろうか。

「批判は宝だ」
などと言えるのは、
よほど悟りの境地に達した人格者か、
あるいは、
それを表づらだけ気取っている強がりか、
あるいは、
他者の声が聞こえないほど自己陶酔している者
ぐらいなものである。

 

加藤智大は、
「批判される」ことを恐れている。

それはそうだろう。

ところが、そのわりには
白昼の街頭で、無関係な市民をたくさん殺傷したりするのである。

そんなことをすれば、
「批判される」どころの騒ぎでは
おさまらないにもかかわらず、
無実な市民をたくさん殺傷したりするのである。


じっさい、彼の犯罪行為は、
蜂の巣をひっくり返したように「批判された」し、
彼自身もそれはよく知っている。

 

しかし、
どうやらそうした「批判」は、
彼の頭の中では、物の数に入っていないようなのである。

つまり、いいかえれば、

多くの市民を無差別に殺傷したことへの批判はこたえないが、

自分の人格を「母親のせいに」することへの批判はこたえる

という精神状態であるようなのである。

 


このことは、言葉づらだけを読めば、
「なんと馬鹿な」
と思われるかもしれないが、
じつは、私はこの精神状態がよくわかる。

 

それほど、
母親からの被害を訴えることは、
男にとって
恥なのである。
苦しみなのである。

 

人を殺したことを批判されるよりも
ある意味で
もっともっと
恥ずかしく苦しいことなのである。

 

かくいう私も、
このブログに書かせていただいているようなことは、
長年、ずっと社会に発信できなかった。

 

母親からの被害を訴えたために、

かえって被ることになる被害、すなわち
嘲りや蔑みが
怖かったからである。

 

もっと、「もっともらしい」言動、つまり
従来通りの「男らしさ」を

表面だけなぞったことを書いていたほうが、
人々からの受けはよいし、
嘲りや蔑みも受けないで済む。

 

ほんとうは、そういう方が臆病であるにもかかわらず、
そのほうが英雄を気取っていられる。

 

見方を変えれば、
いまの日本社会は、

無実の人を殺さないための予防措置として

そういう男性が自分のそうした苦しみを吐露することに対して

それほどまでに空気のハードルを高くしている

という状態でもあるとも言えないだろうか。

 

 

・・・「無差別殺人犯を読む(16)」へつづく

vosot.hatenablog.com

  •       

    こちらへのご来訪ありがとうございました。

    チームぼそっとさんは、社会に切り込むような、痛みを覚える記事です。
    私、そう言いながら結構読ませていただきました。
    また、お邪魔すると思います。 削除

    無豆 ]

     

    2014/12/9(火) 午前 10:36

     返信する
  •       

    無糖さま コメントをどうもありがとうございます。
    無糖さまのブログも、言葉がたいへん洗練されており、拝見するたびに学ぶところが大きいです。
    今後ともよろしくお願いいたします。 削除

    チームぼそっと

     

    2014/12/12(金) 午後 7:59

     返信する
  •       

    ゚・★Marie♪。.★ さま コメントをどうもありがとうございます。
    「母親からの被害を訴えることに男も女もない」ということに、社会が意識レベルで気づいてくれるようになるには、まだしばらく年月がかかるかもしれませんね。
    加藤智大のように、人を殺してから初めて目を向けられるのでは、我慢してそういう方向に行かないで踏みとどまっているサバイバーが報われません。そこをなんとかしたいと思っております。
    「元凶と思える両親は反省するどころか、息子を更に批判し続けるだけ」とはまさにそのとおり、やられた立場の者の不全感が残ります。 削除

    チームぼそっと

     

    2014/12/12(金) 午後 8:03

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