VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

憂鬱な年賀状・Xmasカードの季節(2)

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昨年の今日、

すなわち2013年12月21日に本ブログで

 
 
として、
年賀状やクリスマスカードに子どもの写真を
載せてくる人はいかがなものか、
ということを書かせていただいた。
 
同じような時期に、
同じようなことを言っている人が、
けっこう居たのだろうか。
 
どういうわけか今年は、
もう11月から、
あちこちのテレビ局や新聞・雑誌で、
その話題で花盛りとなっている。
 
あまりにも花盛りとなっているので、
もう本ブログで取り上げることはなかろう……
と思っていたのだが、
既成のメディアで出そろってきた意見を
眺めてみると、
どうも気になるところがまだあるので、
つけたしの意味もこめて、
少し言葉をおぎなわせていただきたいと思う。
 
……。
 
年賀状に子どもの写真を載せることに
賛成する人の意見のなかには、
 
「それは賛成というよりも、
 反対の人に反対
 というだけなんじゃないですか」
 
と聞き返したくなる人が多いのである。
 
つまり、
 
「人の年賀状に子どもの写真が載ったからって、
 それに反対するなんて
 なんというひがみ根性な!」
 
というような
反対派批判に終始しているような賛成意見なのだ。
 
ひがみ根性などと反対派を批判する人は、
どうしてそういう人々が
ひがみとも受け取れるネガティブな思考を持つにいたったか

 

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という思考が欠けているように
思われてならない。
 
 
不妊症で苦しむ人が
友人から子どもの写真を見せつけられるのがいやだ、
というのは想像にかたくない。
 
しかし、
私自身が不妊症に苦しむ人ではないから、
話題が拡散しないために、
本記事ではそれについてのコメントは避けておこう。
 
私が反対派である理由は別にある。
 
子どもができなくて、
こういう年賀状を嫌味に感じるというのとは、
まったく異なる理由である。
 
それは、たとえばこんなことだ。
 
……。
 
長年、音沙汰もなかった友人から年賀状が来る、とする。
 
「あいつはいったい、どういう風貌になっているのか」
 
と思う。
 
自分だけ老いさらばえているわけでもあるまい。
年月は、すべての人へ平等にやってきているはずだ。
 
友人の身の上に経過した歳月を目で見て、
はじめて自分に経過した時間を受け容れられる、
ということがある。
 
を見ることはを見ることである。
 
 
ところが、そこにデン
見知らぬ子どもが
年賀状の紙面を占めている。
 

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「こんな子ども、知らないな~」
 
と思いつつ、差出人を見ると、
はじめて誰の子であったかを知る。
 
しかし、それを知ったところで感慨は少ない。
 
少なくとも、
送り手が期待しているほどの感慨は
こちらには生まれない。
 
送り手にとっては、
自分の世界と等しい重さを持つ子どもの存在なのだろうが、
友人知人にとっては
見知らぬ子どもでしかない。
 
それはたしかに、
「かわいい」と言われれば「かわいい」
というか、
「かわいくない、とは言えない」
のだが、それは、
そのへんに歩いている子どもと同じ
ような意味において、そうなのである。
 
送り手が押しつけている「かわいい」という印象は、
こちらにはない。
 
はっきり言って、
どうでもいい子どもである。
 
友人よ。
私はお前と友人なのであって、
お前の子どもと友人なのではない。
 
お前の子どもと友人になることが、
仮にこの先あるとしても、
それはその子と私の人間関係であって、
お前が介入する余地はない。
 
その子と私の人間関係を
勝手に詐称したり、乗っ取ったり
しないでほしい。
 
それよりも、
友人よ、お前自身の顔が見たい
お前自身がどうなっているかを見たいのだ。
 
 
子どもで自分が代理できるとでも思っているのか。
 
 
それは、何も知らない子どもを勝手に代理人に仕立ててしまうという
卑怯なやり方でもあるのだぞ。
 
オレオレ詐欺の反対だ。
レオレオ詐欺とでも名づけてやろうか。
 
 
 
正々堂々と自分の顔を出してくれ。
 
 
……ついつい、そんなことを言いたくなるのである。
 
あげくの果てには、
そういう卑怯なことをしておきながら、
 
「子どもの写真を年賀状に載せるな、だって?
 お前みたいにひがみ根性のかたまりでは、
 やってられないねえや。
 そういうの、人間として最低だよ」
 
などと説教を垂れはじめるにいたっては、
こちらとしてはまったく
心中おだやかではいられないのである。
 
 
……。
……。
 
 
年賀状に子どもの写真を載せている世の中の人々よ、
あなたは自分自身を生きていますか。
 
人前に自分をさらすのがこわい分だけ
勝手に子どもを代理に使ったりしていませんか。
 
あなたの子どもさんは
何も知らないで、あなたの代理として
たくさんの他者の視線の前にさらされているのです。
 
子どもさんがかわいそうとは思いませんか。
あなたはずるいとは思いませんか。
 
あなたは自分自身を生きていますか。
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