VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

無差別殺人犯を読む(21)加藤智大の死刑確定

無差別殺人犯を読む(20)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多
 
 
さる2月2日、
加藤智大の死刑が確定した。
 
その前日の記事に、被害者の遺族の方の言葉があった。
 
事件後、被告から手紙が2通届いた。「自分の行為は万死に値する」とつづられていたが、すぐ途絶えた。「心の底からの謝罪はなかったと思う」

裁判の傍聴を続けながら被告の内心を探ろうとした。意見陳述では「よく聞け。俺は絶対に許さない」と目の前の被告に怒りをぶつけた。1審判決後、被告は著書を出版し、ネットでのトラブル母親の虐待などが事件の背景だと説明した。「独りよがりの被害妄想を抱いているだけ」に見える。(*)
* 秋葉原無差別殺傷:2日上告審判決 遺族「心から謝罪を」
毎日新聞 2015.02.01
 
 
事件から約6年半が過ぎてもなお、
遺族は理不尽な死の重みを受け止めきれないでいるのである。
 
しかし、それは加藤の側にも
受け止めきれない理不尽な何かの重みがあったのではないか、
ということをも連想させる。
 
 

事件の被害者、加害者という双方の気持ちが
透けて見えてくればくるほど、
二者のあいだに絶望的な距離をおぼえる。

二者は、架け橋もきずけない断崖絶壁の
峡谷の両岸にいるのである。

 
加藤智大なりに謝罪の気持ちはあらわしたのだと私は思うが、
遺族の方には
「心の底からの謝罪はなかったと思う」
ときっぱり言われてしまう。
 
ネットでのトラブル母親の虐待などが事件の背景だと説明」
しても、
「独りよがりの被害妄想を抱いているだけ」に見える。
などと片づけられてしまう。
 
 
事件を起こす、
ということは
そういうことなのである。
 
加藤智大にしてみれば、
事件のメカニズムを解明しようと
つぎつぎと本を書いたことで、
少しでも謝罪の意を示そうとしたのだろう。
 
しかし、そのような思いは遺族に届かないのである。
すなわち、加藤智大は
殺人の実行という一線を越えてしまったことで、
そのような思いが届かない場所へ
自らを追いやってしまったのだ。
 
事件を起こさなければ、
加藤智大の声に、
あれだけ多くの人が耳を貸すこともなかった。
彼のことばを本としてていねいに読むこともなかった。
 
しかし、そのかわり
耳を貸してもらえる場所へ
ことばを読んでもらえる場所へ
行くために生じさせた損害はいかばかりなものか。
 
イメージ 1
 

君臨する母、
母に言いなりになる父、
そして弟。

私は加藤智大と同じ原家族の構成を持つ。


唯一ちがうのは、
弟のありようである。

私の弟は、ここぞとばかりに精神科通いの私をおしのけ、
親の財産をすべて手中におさめようとしている。

いっぽう、加藤智大の弟は、
事件後、自殺している。

加藤智大は事件を起こしてしまった。
一線を越えてしまった。

しかし
まだ事件を起こしていない者は
どうしたらいいのか。

医療につながっても、
母親に精神的虐待をうけた男など
治療者の症例的関心を惹かないため、
都合よく使われるだけ使われて
疎外されるだけである。

加藤智大の死刑確定は予想してはいたけれど、
私はそのニュースを
暗澹たる気持ちで聞いた。

 

・・・「無差別殺人犯を読む(22)」へつづく

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    世の中が悪いんでしょう。 削除

    [ 現実主義者 ]

    2015/2/8(日) 午後 11:44

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  •   

    現実主義者さま コメントをどうもありがとうございます。

    そのように割り切れる方も、私如きには及びもつかない、一種の聡明さ、明晰さを持っていらっしゃると思います。 削除

    チームぼそっと

    2015/2/9(月) 午前 0:01

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