VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

無差別殺人犯を読む(19)-2 マイノリティがマイノリティを差別する

無差別殺人犯を読む(19)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多 

 

前回、「無差別殺人犯を読む(19)」では、
つまようじ少年と

シャルリー・エブド事件を取りあげさせていただいた。

 

シャルリー・エブドは、無差別殺人犯だとわかるけれど、
 つまようじ少年は無差別殺人をしていない」

 

というご意見もいただいた。

 

たしかに、つまようじ少年は、
「結果として一人も殺していない」
というだけでなく、
「やった」とされていた万引きや
つまようじ混入すらやっていない
というところにこの事件の特色がある。

 

それでも、私は「つまようじ少年」を
無差別殺人犯問題の延長線上でとらえている。
もっといえば、吉本隆明が語っている家庭内暴力
その延長でとらえているのである。

 

 

 

 

さて、前回の末尾に、

「今回、少年の逮捕によって、たちまち

「あいつは生活保護だってよ」
「あいつは在日だってよ」

などとネットに書きこみをする匿名者の大群に
私はシャルリー・エブドの影を透かし見ながら、

「もし本当にそういう事実があるならば、
 どうしてそうなったのか考えてごらんよ」

と申し上げたいのである」

と書かせていただいた。

 

ようするに、言論の自由をどう考えるか、である。

 

シャルリー・エブドは、きちんと発信者を署名している
立派なメディアであるから、
ネットに匿名で書き込みをする
無責任な発信者たちとけっして同列には語れない。

 

また、不肖わたくしも、知る人は簡単に私とわかるように
顔などをさらしているものの、
ペンネームでこれらの記事を発信している以上は、
「ネットで匿名で書き込みをする無責任な発信者たち」
と、そんなに距離があるわけではない。

 

ただ、不肖わたくしの場合は、
いくら匿名やペンネームの記事でも、
「無責任な発信」
はしないようにつとめている。

 

いくら世間とはかけ離れていることを書いていたとしても、
いくら「頭のおかしい人」「ヘンな人」と思われることを発信していても、

「これは、たしかにお前が発信したのだな」

と問われれば、

「はい、そうです」

と肯定するだけの覚悟はもって発信している。

 

そのへんは、○ちゃんねるなどに
大量に匿名で書き込みをしている発信者たちは
どうなのだろう。

 

会って、聞いてみたい気もするが、
会うことのできない存在だから、
聞く機会がない。


先も言ったように、
シャルリー・エブドは署名原稿であり、
ネトウヨたちは無署名発信であるから、
距離があるものの、
ネトウヨたちが
無差別殺人犯、あるいは

「つまようじ少年」のようなその卵たちを
すぐに
生活保護
「在日」
といって、からかい、けなす、というとき
ネトウヨたちが
強者でありながら「言論の自由」という権利を行使している
という立場となり、
その点でシャルリー・エブドと共通するのである。

 

なぜ、ネトウヨたちは
ことさら秋葉原男の仲間を
そうやって差別するか。

 

そこをマツコ・デラックスはいみじくも
やさしいことばで語っている。

マツコが言っているのは
ハンセン病患者の問題だが、
それはそのまま「秋葉原男」「在日」にあてはまるだろう。

 

「容姿でも思想でも、理解できないことを理解しようとすることもなく、理解できないままにしておくから恐怖を抱いてしまうのだろう」


ここに、自分たちよりも劣っている集団を見つけては差別するという、「マイノリティがマイノリティを差別する」構造があると言う。

http://bigissue-online.jp/archives/1018186616.html

 

 

・・・「無差別殺人犯を読む(20)」へつづく

vosot.hatenablog.com

 

 

 

 


17世紀の啓蒙思想家、ヴォルテールが言ったとされる、

「ぼくはきみの意見に反対だ。
 しかし、きみがそう言う権利のためには命を賭
 ける」 

とは、たしかに言論の自由の原理を端的に示す言葉である。

現代では、チョムスキーなどが
自説とまったく相容れない著作などの緒言に、
「もっとも危険なエクリテュールは守られなければならない」
などという緒言を寄せるのも、
同様の趣旨だろう。

しかし、フランス革命前のヴォルテールが念頭においていたのは、
抑圧された民衆が、絶対王政を批判するときなど
弱い者がその権利を行使するときの言論の自由である。

ひるがえって、シャルリー・エブドのように
フランスで多数派、強者の立場にあるものが、
在仏イスラム教徒のように弱い立場にあるものにたいして
その「権利を行使する」となると、
ヴォルテールが考えていたのと状況がちがっているのではないか。

もっとも、「原理」である以上、
状況がちがっても、
それは有効である。

けれども、ちがう状況になっても
その原理を行使しようとすると
原理主義などと言われるわけである。


 


反対に「虐待」と書かないとどうか。

そのとたんに
問題が問題でなくなってしまうような不安におそわれる。
いや、危機感と言ってもいい。

自分の人生を決定づけている問題の重さが、
これから先も、この世界のだれにも認識されない、
という危機感である。


やっている行為のような、
あるいは
何日も食べ物をあたえられず殴られているかわいそうな子どものような
どぎついイメージが頭にうかんでくる。

「不適切な養育」
ということばに乗り換えたとたんに、
このむごたらしさ、残酷さが
捨て去られてしまうのではないか。
……そういう一抹の不安をおぼえるから、
いまだに私は暫定的に
「虐待」という言葉を使っている。

私が母親にやられたのは、
そういうことではないので、
使う語は、はたして「虐待」でいいのか、
と一瞬、ためらう。

加藤智大も、そうなのだろう。
だから、彼の場合は、
「不適切な養育」
という語に乗り換えたのだ、きっと。

 

 

私は、遅くとも小学1年生の時にはもうこの考え方による行動を起こしていますから、これも幼少の頃に母親から受けた養育の結果だということになりそうです。別に、母親に責任転嫁しようとしているのではありません。私は母親が嫌いだということはなく、母親をおとしめようという意図もありません。ただ、自分を客観視すると、それ以上でも以下でもない単なる事実として、そのような結論が出てくるものです。
 ですから、いちいち全ての記憶を書きはしませんが、一部、具体例をあげてみると、例えば、私が母親が料理をしているところにちょっかいをかける、という間違いを改めさせるために母親は私を2階から落とそうとしました。私か母親から九九を教わったのに暗唱を間違える、という間違いを改めさせるために母親は私を風呂に沈めました。私が冬に雪で靴をぬらして帰宅する、という間違いを改めさせるために母親は私を裸足で雪の上に立たせました。しつけといえば、しつけなのでしょう。その意味では、私も成りすましらにしつけをした、と捉えることもできます。

加藤智大『解』P68-69

 


とかく児童虐待の問題が、
「親になぐられた」どうのこうの、
「食事をあたえられなかった」どうのこうの
といった問題に
限られて考えられていくことは、
ゆるがせにできない。

それでは、
問題の矮小化である。


それは、虐待の本質を
まだ社会が認識していないことを示唆している。



 


しかし、私にしてみれば、
「不適切な養育」
という表現にしてみても、
あいかわらず概念(シニフィエ)としっくり噛み合わない不整合感はあるし、
また、へたに軽い語感へ変換されることに対しても
抵抗がある。

私が母親にやられたことは、
アフガンやイラクで捕虜がやられたことや、
飢えた子どもが密室でやられたことに比べると、
そういう「どぎつさ」、もしくは「行為の明示性」はないが、
だからといって、勝るとも劣らず、
むごたらしく、かつ、末永くダメージを与える行為であった。

 

「母親による精神的虐待」
などと、まわりくどい表現をする。

しかし、加藤智大はそれをしない。

「虐待」
などと書くと、
「お前、自分のしたことを母親のせいにするのか」
「母親にされたことを、いくつの年まで引きずっているんだ。
 それはお前が精神的に幼いからに過ぎないからじゃないか」
と批判されるからである。

「虐待」と書かないと、
そのとたんに
問題が問題でなくなってしまうような
危機感をおぼえるのだ。

 

こうした批判を、彼は
「人殺し」
という批判よりも恐れているのである。


 

彼は本を書くにあたって、
彼の過去をそれなりに振り返ったのだろう。

「こんなことじゃない。自分が感じたのは、こんなことじゃない」
という自問と反芻を経て、
何度も何度も書き直したのだろう。

不十分だとは思うけれども、
それは評価する。

もしくは、同じことを何度も何度も語り、書いていく。

そのうちに、
語りたいことの外殻が削れてきて
少しずつ中核が出てくる。

それは書き手にとってつらい作業である。
しかし、そのつらい作業を通過しないと、
書き手はいつまでも苦しかった記憶から解放されない。

つらい作業を通過することによって、
記憶は言葉になる。
他者に伝えられうるかたちに変形するのだ。

加藤智大も、その点、苦闘している。

フリーライターのように、
言葉を仕事の道具にしてこなかった人にしては、
かなりがんばって言葉にしていると言えないだろうか。

 

 

 

事件もそうですが、何につけても私は人のせいにしている、と批判されます。しかも、周りの人は皆相手の肩を持ち、いつも私だけが悪者にされてきました。 
ところが、私から言わせてもらえば、そういう人こそ全てを私のせいにしています。

加藤智大『解』P 64

 

これは幼少の頃の親、特に母親から受けた養育の結果だということになりそうですが、このように書くと、人のせいにしている、と批判されるのでしょう。もし私か母親とそれ以外の何かのうち、自分で母親の教えを選択して受け入れたくせに「母親のせいで」などと主張するなら、それは批判されても仕方ありません。
しかし私は、テレビやマンガ等を制限されるように、外から得られる情報を減らされ、つまり、相対的に母親から受ける影響が大きい環境におかれ、また、母親の価値観が絶対的に正しいものとされる中で育てられてきました。他に選択肢が無い私が母親のコピーになっていくのは、私の責任ではありません。確かに、その一択を拒否する手段はあります。母親を殺すか、私か自殺すればいいことです。
しかし、「有害情報」を遮断されていた私には、その発想はありませんでした。知らないことは、できません。
加藤智大『解』P64

 

母親はというと、自分が絶対的に正しいと考えている人でした。母親の価値観が全ての基準です。その基準を外れると母親から怒られるわけですが、それに対して説明することは許されませんでした。一応、「なんで○○しないの」と怒られるのですが、「なんで○○しないの?」ではなく、「なんで○○しないの!」と、質問ではなく命令でした。「なんで○○しないの」と言われて説明しても「そんなことはいいから○○しなさい」とさらに怒られるだけなのですから、私は次第に何も言わなくなりました。

加藤智大『解』P66

 


人生を振り返っていて、私にはこの口喧嘩というプロセスが無いことに気づきました。いつもいきなり無言の攻撃でしたから、それでは通じるはずもありまぜんでした。
 その通じるはずがないことを何故私がしていたのかというと、それは、自分自身に対してはそれが通じていたからです。つまり、私は相手の無言の攻撃を受けると、それは自分が悪いからだと考え、その意味をおおよそ読み取り、自分の間違いを改めてきたからです。
 私に対して誰が無言の攻撃をしていたのかというと、主に母親です。また親のせいか、と思われるかもしれませんが、私としても悪意があるわけではありません。客観的に考えて実際そうなのです。例えば、私か母親より食べるのが遅い時、母親は私の食器に残っているものを広告のチラシにあけて食器洗いをし、それを終えてもまだ私か食べていると、今度はチラシの上のものを私の口に無理矢理どうして怒っているのかを言わない 

加藤智大『解』P73


このように、私は人の無言の攻撃の意味がわかってしまう人でしたので、他の人も当然わかるものと考えていました。ですから、「通じていない」のではなく「無視されている」とばかり考えていたために、このやり方を改めることはありまぜんでした。また、私は意味がわからない攻撃を受けた時でも、攻撃を受けるということは自分が悪いのだろうからと思い、何かいけないのかはわからないままでも親に謝りました。同様に、私から攻撃を受けた人は、たとえその意味が通じていないのだとしても、少なくとも謝られるはずでしたから、「無視されている」という思いを訂正することはできまぜんでした。
 成りすましや荒らしは、どうやら嫌がらせというわけではなさそうですので、もし私にこの考え方が無く、例えば「荒らしても中傷してもいいけど成りすましだけはやめろ」とか「ネタにいちいち本気で反論してくるな」等と言葉で説明していれば、状況が変わった可能性はありそうです。

加藤智大『解』P74

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