VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

無差別殺人犯を読む(24)地下鉄サリン事件から20年

無差別殺人犯を読む(23)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

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救済
とは、ちょうど20年前の今日に起こった
無差別殺人について
オウム真理教が与えた意味であった。
 
そのような意味づけを
社会では正当化と呼ぶ。
 
聖戦と呼ばれる殺戮(さつりく)。
 
啓発と呼ばれる洗脳。
 
しつけと呼ばれる虐待。
 
……。
 
世界は正当化に満ちている。
 
しかし、その正当化のマジックに吸い寄せられるように、
オウムの後継団体へ入っていく若者の数は
近年どんどん増えているという。
 
20年前の今日、東京の地下鉄で何が起こったか
を、生まれる前で知らないような若者が
日常の価値体系の中には見つけだせない
神秘体験をもとめて入信していく。
 
社会に氷のように張り詰める
価値の体系に窒息して
反価値の体系をさがしもとめて
人はオウムに、イスラム国に、革命勢力に
虚妄の希望を見出そうとするのだ。
 
 
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麻原彰晃の裁判を200回以上も担当した阿部文洋元裁判長が
 
貴重な証言をおこなった。
 
 
阿部元裁判長が初めて松本死刑囚と会ったのは、逮捕から5か月後の平成7年10月でした。当時の弁護士を解任し、初公判が延期になったことから、弁護士の選任について本人の考えを聞くため、非公開で裁判所に呼び出す異例の手続きを取ったということです。その際、松本死刑囚は「あなたたちは裁くだけかもしれないが、私にとってはこの裁判に一生がかかっている」という内容を述べたと言います。(*1)
*1: 松本死刑囚「この裁判に一生がかかっている」
NHKニュース 2015年3月19日
 
つまり、
麻原彰晃が裁判のとちゅうから口を閉ざしたり、
わけのわからないことを言ったりしたのは、
けっして精神的に解離していたのではなく、
麻原なりの意識的な「法廷戦術」であったことが
色濃くうかがえるわけである。
 
 
私は、この阿部文洋元裁判長は正直な人だと評価したい。
事件の全容を明らかにしたり、
人に何かを語らせるには、
 
「裁判では限界がある」
 
と認めているからである。
 
 
ふつう裁判長などつとめた人は、
引退後も自分の仕事の確からしさを信じたくて
 
「すべては裁判で明らかになる。
 証拠を出せ。証言せよ」
 
などと言ってしまいがちなものだと思うのだが、
そこを謙虚に一歩、引いているのである。
 
 
さて、麻原彰晃が裁判で真相を語らなかったために、
一連のオウム真理教の事件で犠牲となった人々は
いまだに起こったことの全貌を知ることができない。

そこへいくと、同じ無差別殺人犯である秋葉原男は
起こったことの全貌を
獄中で怒涛のように言葉にして発している。

加藤智大の著述について、

「そんなことをしても被害者は帰ってこない」

「まるでひとごとのように語っている」

などいくらでも批判はできる。


じじつ被害者の遺族の方から見れば
それ以外の何が言えようか、
という心境の方は少なくないかもしれない。

しかし、首謀者が口を閉ざし、
事件の全貌が解明されないケースに比べれば
本人が洗いざらいしゃべってくれるのは、
まだしもましかもしれないのである。

死刑になるにもかかわらず、
すべてを話そうとしている加藤智大について、
その点は評価してもいいのではないか。

それはけっして被害者の感情を軽んじることにはならないと思う。

また、1958年に起こった無差別殺人事件である小松川事件では、
加害者、実行犯の在日韓国人の少年、李珍宇は
自らの罪をあきらかにしたうえで
「ゆえに自分は死刑になるべきである」
として死刑になった。

そうした過去の死刑囚たちの態度と、
麻原彰晃を比較したくなる。
 
 
 
少なくとも麻原彰晃加藤智大李珍宇に、
自分のしたことを明らかにする
という点において
学ぶことがあるのではないだろうか。
 
 
   *
 
 
ほんとうは自己実現であるくせに
頼んでもいない救済の手を
かってに差し伸べてくる。
 
親子のあいだでも起こっている自己愛のつばぜりあいが
 
一つの国の社会が震撼するほど
 
グロテスクに肥大したかたちを
 
オウム真理教の一連の事件は
 
20年後の今でも指し示しているといってよいだろう。
 
 
 ・・・「無差別殺人犯を読む(25)」へつづく
 
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