VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

長男の放逐(68)ザスト被災地支援の内幕<8>お嬢様の大冒険 被災地に響く深夜のお笑い

長男の放逐(67)」からのつづき・・・
#齊藤學被害 #精神医療被害 #精神療法被害
by ぼそっと池井多
 
 
私が被災地支援の体験を
事細かに書き残しておこうと思う背景には、
今の私たちの精神医療の問題がある。
 
それが、どうつながっているのかは、
読み進めていただくうちに
おわかりいただけると思う。
 
被災地支援の中でも
「心のケア」というと、
たとえば「ガレキの撤去」などと比べて、
まったく体力をつかわない軟弱派の仕事だと
人は思うことだろう。
 
しかし私は十浜地区に入ると、
ひたすら体力を消耗した。
 
被災地の外からやってくる
私たちのような傾聴ボランティアに、
「話を聞いてもらう」
というニーズは、けっして表立って出ていることはない。
 
たとえば、
 
「ああ、心のケアの方ですか。
 そういう方を待っていたのです。
 ぜひ私の被災の話を聴いてください」
 
などと初回からおっしゃる被災者の方は、
被災全域をつうじて一人もおられなかったのではあるまいか。
 
いいかえれば、私たち心のケアの支援者は、
被災者の方々のなかに埋もれているニーズを
掘り返すところから始めなくてはならないのである。
 
初回はだれでも、こちら支援者の方から
 
「どうか、一つお話をうかがわせていただけませんか」
 
とお願いする形でおじゃまし、
それで話していただいて、
 
「なるほど、これも悪くない」
 
と思ってもらえれば、
次回からお呼びがかかり、
継続的な傾聴が始まるのである。
 
一つの集落で、一人の住民の方が語り始めると、
その家族、近所、親戚などと
連鎖的に語りの輪を広げることもできた。
 
少なくとも私は、
さんざん頭を悩ます模索を経て、
ようやくそういう方法論にたどりついた。
 
もちろん、その時点までに
リカモリング講座(仮称)の類の研修は受けたことはない。
 
さて、そうなると、傾聴の初回はどうしても
被災者の方が指定してくる時間にうかがわなくてはならない。
 
ところが、中には、
こちらの支援者としての覚悟をためしているのか、
 
「子どもを寝かしつけたあと、
 夜12時になったら、来てください。
 お話しします」
 
などという方もいる。
 
こういう方のお話は、真夜中に聞き始め、
終わりは午前2時ごろになる。
 
漁村なので、朝は早い。
5時には大音量で有線放送が流れ、
人々が港へ移動していくなか、
支援者だけいつまでも寝ていられないので、
起きる。
 
眠い。
もともと私は睡眠障害を抱えているので、
これがなかなかつらかった。
寝不足だと、不機嫌になりやすい。
しかし、心のケアに来ている者が
不機嫌になるわけにはいかないのである。
 
昼間は昼間で、
ひとりで来ているときには、
私は地形をおぼえるため徒歩で移動するので、
1日12kmは歩く。
 
こうして、もともとひよわな都会のひきこもりである私は、
いったん十浜地区に入ると、
いくら体力があっても足りないのであった。
 
 
イメージ 2
 
 
だから私は、十浜地区に午前中から入るときには、
前日の夜までに仙台に入り、
寝心地のよいビジネスホテルに一泊して
しっかり睡眠をとっておくのを常としていた。
 
こういう場合の宿泊費は、
1人1晩6000円までと助成契約にも定められていたので、
けっして不当な贅沢ではない。
 
真子さんは、
 
「ネットカフェでも寝られるよ」
 
というが、それでは私の体力が持たないので、
その日も2部屋分のビジネスホテルを確保させていただいた。
 
いつものように、私は翌日にそなえて自分の部屋で早めに
眠剤抗鬱剤と安定剤を嚥んで就寝した。
 
こうして向精神薬をガパガパ嚥んで被災地支援へおもむくところが、
おそらく人からみれば恐ろしく不健康で、
私の病理を語るところなのだろう。
 
 
 
 
 
さて翌朝、チェックアウト時にロビーで顔を合わせると、
真子さんは、
 
「昨夜はずっとテレビで深夜のお笑い観てた」
 
という。
 
べつに深夜番組だろうと、アダルトビデオだろうと、
ようは、翌日に十浜地区に入ってから
ちゃんと活動してくれればよいので、
私からは何も申し上げることはない。
 
「よかったですね」
というのも変だから、
「はあ…」
としか返事をしなかった。
 
すると、私が何も言わないから、
真子さんは何か言い訳をしなくてはならないと思ったのか、
 
「だって、最近のお笑いって、面白くない?」
 
と、たたみかけるように訊いてくる。
 
「さあ…」
 
この質問にも、
何とも答えられない。
 
「最近のお笑い」といっても、いろいろあるだろう。
どんなお笑いをテレビでやっていたのかなど知らない。
十浜地区に入る前夜、
私はテレビなど見ないのである。
 
ところがゾルゲのとき(*2)と同じで、
真子さんはどうやら他人の頭の中にも
自分の頭の中と同じ世界が展開している
と考えているらしいのである。
 
 
すなわち、真子さんが考えているお笑い芸人が、
とうぜん私の頭の中でも
漫才やコントをやっていると思っているらしいのである。
 
ここで、他の患者や、塞翁先生の弟子たちならば、
ほかならぬ塞翁先生の娘さんが言っていることなので、
愛想笑いを浮かべ、調子を合わせ、
 
「そうですよねえ。
 最近のお笑いって、めっちゃ、面白いですよねえ」
 
などと心にもない相槌を打つのだろう。
 
私は、そこが頑固というか、
嘘をつきたくないというか、
東北出身でもないのに東北人気質というか、
そんな歯が浮くような、自分をたたき売りするようなことは
口が裂けても言いたくないのである。
 
私は思い出す…。
 
そういえば昔、
歯が浮くようなことをヘラヘラ言えてしまう
大学の友人がいた。
 
一流都市銀行に就職した森田八雄(仮名)は、
性風俗援助交際が大好きで、
きわめて頻繁に行くくせに、
世の売春婦を自分と同じ人間とは考えていないくらい、
軽蔑し、けがらわしく思っているのだった。
 
それでいて、
目の前の他者に合わせたことしか言えなくて
ちっとも自分の意見は言えない。
 
あるとき、同期の連中があつまって飲んだときに、
 
「お前、あっちで言ってることと、
 こっちで言ってることと、
 もしかして、ぜんぜん違うんじゃないか」
 
などと私が指摘したことから不穏な空気となり、
私が森田八雄に、
 
「なんだい。お前自身だって、
 心の売春婦じゃねえか。
 
 あっちの男とも寝る、こっちの男とも寝る、
 世の売春婦と呼ばれる女たちはみんな身体をはって
 お前さんが口先でやってることをやってるだけで、
 お前さんに彼女らをバカにする権利はねえんだよ」
 
と言ったところが、
彼はいきなり手に持っていたチューハイを私の顔にひっかけ、
こうなると、
戴き物をしておきながらお返しをしないのは失礼と、
私も手に持っていた日本酒を彼の顔にかけ返し、
ちょっとした騒ぎになったことがあった。
 
一夕の笑い種におさまるような些事ではあったが、
今にしてみると、
あの若気の至りであった喧嘩は
まことに重要な意味を持っていた
と思えてくるのである。
 
すなわち、私たちAC(アダルト・チャイルド)は、
すぐ目の前の他者に合わせてしまって
「自分がない」
というところが病的な特徴の一つである。
 
それを治すために塞翁先生にかかっているのに、
その患者社会で、
娘さんにまた同じようなことをやっていて一体どうする、
と私などは思うのである。
 
だから、ここでも真子さんに対して、
 
「そうですね。最近のお笑いは面白いですね。
 よかったですね」
 
などと歯の浮くようなことは言わなかった。
 
「それは勘繰りだ」と片づけられればそれまでだが、
こういうところが、やがて
私J.I.は扱いにくい患者として、
どんなに貢献しても
NPO法人ザストからは放逐され(*3)、
あげくの果てにはリンクバナーまで削除される(*4)
という憂き目を見ることになった、
とは考えられないだろうか。
 
 
ちなみに、のちにこの日、
十浜地区で被災者のお話をうかがいながら、
ちらりと真子さんを横目でみると、
真子さんはコックリ、コックリと居眠りをしておられるのであった。
 
被災者の心のケアの方法を
 もっと真剣に考えてください。
 そのためには現地を見て、
 被災者の生の声をもっと聞いてください
 
ということで、
真子さんには被災地に入ってもらっているのに、
前夜のお笑い番組鑑賞のお疲れが
如実に出てしまっているのだった。
 
 
 
・・・「長男の放逐(69)」へつづく

vosot.hatenablog.com

  •         

    顔アイコン

    ボソッと様

    被災地支援の影に、そんなご苦労があったとは、いやいや本当にお疲れさまでした
    傾聴ボランティアの仕事がどれだけ重労働だったのか伝わってきます
    それなのに、「ネットカフェ?」

    有り得ないです

    きちんと休むべきところを休まなければ、結果身体を壊します

    そういう感覚が、身に付いているのが
    「社長」と呼ばれている人なのに、、

    それはそれとして
    被災地での傾聴ボランティア、、、
    クリニックでは私もですが「自分しか見えてない」と思われる人達の中、こうして症状があるにもかかわらず、日本の中で、一番助けを必要としている場所に行かれ、実際に行動に移した
    これはなかなかできるものではないですよ 削除

    [ リッチー ]

    2015/11/7(土) 午後 0:01

    返信する
  •         

    リッチーさま コメントをどうもありがとうございます。

    もったいない言葉の数々、まことにいたみいります。

    被災地支援は、「語りによる療法」「治療者によらない回復」「オープン・ダイアログ」「リカモリ制度(仮称)」「ザストの現況」などなど、現在の私たちを取り巻く状況のさまざまな側面とつながっているので、いったん誰もが読める形にしておく必要があると感じております。

    被災地支援は、はたしてどれだけ被災者の人々にお役に立てたのか、まったく心もとありません。そういう反省的な部分もふくめて、正直に書いていけたらと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。 削除

    チームぼそっと

    2015/11/7(土) 午後 1:06

    返信する
  •         

    顔アイコン

    この記事読んだ後つらつら考えてました。社長さん気の毒な人ですね。被災地支援とかやりたいと思わなかったでしょうし、まして自分が現地に行くなんて考えもしなったのでしょうね。東京のおうちにいれば深夜お笑い番組見て次の日ゆっくりねてられたのに、とか。社長ですからそれも変ですけど、会社の業務で仕方なく現場に行ってたのでしょうね。現場の人の迷惑とか被災した人の痛みとか困惑とか考えたり感じる力がないところがまた気の毒です。
    東南アジアの現場にいたとき、視察に来た外務省のお役人に似たような人がいたのを思いだしました。 削除

    コオイムシ ]

    2015/11/7(土) 午後 6:53

    返信する
  •         

    コオイムシ さま コメントをどうもありがとうございます。

    じつは、驚くなかれ、このザストの被災地支援事業は、この社長が始めたことなのです。

    「長男の放逐(58)硫黄島からのメール」
    http://blogs.yahoo.co.jp/vosot_just/65004941.html
    に、そのあたりのことを詳しく書いてありますので、よろしければご覧ください。

    ただ、途上国の現場の視察に来た外務省のお役人がどういうタイプであったかは、想像してあまりあります。「要するに仕事としてやったことにすればいいんだろ!」という、思いもへったくれもないタイプだったことでしょう。 削除

    チームぼそっと

    2015/11/7(土) 午後 8:13

All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020