VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

貧困と人づきあい(7)-2暮れも正月もない

貧困と人づきあい( 7)-1」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

 

「まったく暮れも正月もあったもんじゃない」
 
 
とは、ほんらい
年末年始もつぶれるくらい仕事で忙しい人が
つかうセリフである。
 
しかし、どうやら「仕事」とは、
他人とお金をやりとりして
頭や身体を動かすことをいうらしい。
 
となると、そういうことをいっさいしていない私は、
どうやら「忙しい」と口にする
社会的な資格がないようなのである。
 
 
それでも、同じ言葉をつぶやきたい。
 
「暮れも正月もない」
 
 
なぜ私がそう感じるかというと、
正月だからといって
何か特別なことをするわけでもないからである。
 
正月だからといって訪ねたり帰ったりする場所がない。
すなわち、実家、故郷(ふるさと)、親戚。
 
 
 
 
 
私の故郷とは、どこだろう。
 
本籍は
11年前まで東京都足立区の北千住であったが、
住んだことはない。
 
そのあたりの事情については、
晴れ、ときどき江戸っ子(*1)に書かせていただいた。
 
 
 
私が生まれたのは、
母の実家のある横浜であった。
しかし、2歳までしか住んでいない。
 
平社員サラリーマンだった父の転勤で、
3~4年周期で千葉県の柏、松戸と転々とし、
小学校5年生からは名古屋に住むことになった。
 
排他性のつよい名古屋という土地柄で、
小学校5年生にもなってノコノコ入ってきた「東京者」は、
たちまちイジメの対象になった。
 
大学に入って、ひとりだけ東京にもどってきた。
 
私をのぞく家族、…母・父・弟は、
2004年に母方の地盤である横浜にもどってきたが、
それはすでに私を家族から放り出したあとであった。
 
そんなわけで、私にはふるさとがないのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
1999年、長年苦しんできた強迫症状を取るにさいして、
私は自分の病いの原因をつきとめた。
 
すると、それは、私の病気というよりも、
家族の病気であった。
 
もっといえば、母の病気という気がしないでもない。
 
私は、家族会議を開いてもらい、
 
「こういうことがあるよね」
「こういうことがあったよね」
 
という事実を、一つ一つ指摘していった。
 
「そんなこと、あるわけない」
 
母は猛然と否認し、
母を恐れる父や弟も、母に追従しておそるおそる否認した。
 
こうして私は家族から放逐された。
 
親戚は、みな
権力者である母を通じてつながっていたので、
私は真実を言ったばっかりに
親戚とつながるチャンネルをもなくすことになった。
 
……。
……。
 
そして、家族も故郷も親戚もない
私の今がある。
 
正月といっても、
どこかを訪問したり、訪問されたりということがない。
 
いつもどおり、ひきこもっている。
 
ふだんと何がちがうかといえば、
元日だけスーパーが閉店で、
3日まで図書館や体育館が休みだということだ。
 
静かでいい……。
 
うつの私は、われ知らず、
こういう生活環境をめざして
人生を進めてきたのであろうか。
 
・・・「貧困と人づきあい(8)」へつづく
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