VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

長男の放逐(92)蜜月のタブー

長男の放逐(91)」からのつづき・・・
#齊藤學被害 #精神医療被害 #精神療法被害
 
by ぼそっと池井多
 
 
「私は自腹を切って、
 45万円でシワブ(仮称)のホームページを作った。
 
 だから、シワブは私のものであり、
 シワブにやってきた参加者の献金を、
 シワブの発展のために私がどう使おうと、
 いったい何の問題があるのか」
 
 
10.15講和会談(*1)の時点で、
江青さん(仮名)は、そういうつもりであったのだろう。
 
*1:10.15講和会談
塞翁先生とシワブとぼそっとの間で
2013年10月15日に持たれた和平会談。
 
いったい何の問題があるのか。
 
問題は、ある。
 
まず第一に、
そんなことを塞翁先生(仮名)は指示していないのだった。
 
塞翁先生は、
NPO法人ザスト(仮称)の一部としてシワブを考えていた。
 
だから、シワブへの献金はザストの寄付金収入になるはずだし、
シワブがホームページを作るなら、
江青さんが不要な出費をせず、
ザストのそれを一部改築すればよいだけだったのである。
 
ザストは、改築をふくむホームページ管理料として
外注会社に年間費用を払っていた。
そのため、シワブは無料でホームページを開設できたのである。
 
もし、どうしても江青さんが
シワブのホームページを独自ドメインで取りたかったにしても、
時はすでに2013年、
いくらでも無料でホームページを作る方法はあった。
 
つまり、45万円の支出じたいが無駄であったのである。
 
しかも、その45万円は、
レストランをやっている江青さんの夫が、
老朽化した業務用冷蔵庫を買い替えるために
使おうと思っていた資金だという。
 
冷蔵庫は、彼らにとって命綱のような代物だから、
それはぜひ買った方がいいのではないか、
などと、口から出したらお節介になることを、
はたから見ていて、埒外の私なども心ひそかに思う。
 
にもかかわらず、
江青さんは45万円という金を
あえてここで無用のホームページに
使い果たしてみせることを選んだ。
 
なにやら、血まみれの手で握りしめた献金を教会に差し出す
殉教者の悲劇が演じられたようでもある。
 
そうした殉教を、塞翁先生に見せつけることで、
忠誠を誓っているかのような印象を与える。
それでいて、塞翁先生の目が行かないところでは、
すっかり自分の好きなようにやっている(*2)のである。
 
 
それと同時に、この金額は、
 
「私は、このプロジェクトにこれだけ金を出したんだ。
 だから、口出しはするなよ」
 
という、なわばり宣言でもあったのだろう。
 
何か恐ろしく、
非効率的で不経済なことをやっているようにも思うのだが、
「政治」とは、こういうものかもしれない。
 
現代の精神医療のたどりつく先は、しょせん
 
  政治
 
なのであろうか。
 
 
 
 
 
 
私は、江青さん(仮名)が金儲けのためにシワブを始めた、
などとはまったく考えていない。
 
むしろ逆である。
「金遣い」、ではないか。
 
シワブの献金の行方についての私の疑惑は、
突き詰めれば、お金の問題ではなく、
シワブの独立性と、ザストとの関係にまつわる疑問であった。
 
この点に関して、
あきらかに塞翁先生と江青さんの見解は異なっている
ことは、前にも整理させていただいたとおりである(*3)
 
 
しかし、やっかいなのは、
ここで、二人の見解がちがっていることが、
問題なのではない、ということだ。
 
ほんとうの問題とは、
見解のちがいを、
二人とも、それぞれ反対の方向から隠そうとしている
という点にある。
 
たとえば、江青さんは、塞翁先生の前で堂々と
 
「シワブはザストの一部ではありません。
 独立団体です」
 
とは言わないし、対する塞翁先生も江青さんの前では、
 
「シワブはザストの一部です」
 
とは言わないのである。
 
では、塞翁先生は江青さんの前では何というか、というと、
 
「シワブは、
 女性たちに運営をゆだねていこうと思っている」
 
などと、じつに耳障りのよい、
あいまいな表現をボソボソと口にするばかりである。
 
「ゆだねる」という、
どことなく伸びやかで美しい語が
こういう場合、女性に受け入れられやすいことも
塞翁先生は心理の専門家として計算したうえで
おっしゃっているものと思われる。
 
この言い方では、
シワブは「独立団体である」とも「ない」とも
どちらにも取れる。
 
独立団体である場合には、額面通りの解釈である。
独立団体でない場合でも、
 
「所属はザストで、運営はシワブの参加者自身で、」
 
という解釈を可能にする。
 
このような曖昧な表現をすること自体が、
 
「この問題について触れてはならぬ」
 
という塞翁先生の背意を感じさせるのであった。
 
 
 
 
 
 
10.15講和会議でお二人の顔色を見比べるにつけ、
私は、しだいに気づいていった。
 
塞翁先生も、江青さんも、
じつはそれぞれ別個の野心を持っている。
 
さらに、そのことに
二人とも、それぞれ別個に感づいている。
 
けれど、二人の野心の喰い違いがあらわになるのを
二人はそれぞれに恐れて、けっして口に出さない。
 
まず江青さんが、
喰い違いがあらわになるのを恐れている理由は、
何といっても塞翁先生の後ろ盾をキープするためだろう。
 
口では「独立団体」などといっても、
しょせんは塞翁先生の庇護の下でやっていきたいのである(*4)
 
*4.これと対照的なのが、
私たちぼそっとプロジェクトであろう。
私は自ら「独立団体」などと偉ぶったことは
一度もないが、まったく庇護を受けていない。
ぼそっとは、ザストの理念をもっとも忠実に
具現しているにもかかわらず、
受けているのは疎外と迫害である。
 
 
それでいてシワブは、献金ドメイン、その他、
ザストに対して果たすべき義務(*5)は免れて、
「わたしのおにわ」としての支配権だけは
確保しておきたいのである。
 
*5.この文脈は2013年10月当時の状況から述べている。
のちにシワブはミーティングの場所がワイエフエフになり、
場所使用料の問題は変遷していく。
しかし、おおもとにあるシワブの独立性と
ザストとの関係性に関する疑問は今も変わらず存在する。
 
 
いっぽう、塞翁先生が
喰い違いがあらわになるのを恐れている理由は、
何といっても江青さんが手放したくない患者だからである。
 
江青さんの症例は、
加害者である父親も家族療法でつながって、
近親姦の実在が確認できた。
 
前にも書かせていただいた(*6)ように、
私は、性虐待被害のプロジェクトへ派遣される前は、
赤ちゃんの島(仮称)という
妊婦のためのプロジェクトをやらされていて、
ときに給料もなく週7日、
目を真っ赤に充血させながら映像を編集していた。
 
しかし、そのように粉骨砕身しても、塞翁先生は、
 
「あんな映像…。
 YouTubeで30人ぐらいしか視てないんだって?
 あんた、担当者なら、もっと視聴者数、なんとかしなよ」
 
と文句を言うだけであった。
 
ところが、
私が苦心惨憺して開発した方法論を
そっくりまねた江青さんが作ったシワブの映像に関しては、
 
江青さんは200%、私の希望を叶えてくれた」
 
などと、塞翁先生は公の場面で顕彰するのであった。
 
しかも、ひとりでも多くのザスト会員に見せるために、
会場費約20万円の場所を借りてフォーラムを開催し、
江青さんを主役に据え、その映像を上映させた。
 
ここでフォーラムとは、私たちザストが
毎年4月に年次大会としておこなう
一般者もいちおう入場可能な公開討論会(*7)のことである。
 
*7.「公開討論会」とは名ばかりで、
塞翁先生の説に合わない意見は
発言が続けられないようにできている。
 
フォーラムには、
その年々で塞翁先生が関心のある症状テーマが掲げられ、
その症状を持つ患者が舞台の上にあげられて、
満場の関心を集めるのだが、
私よりはるかにあとから患者社会に入ってきた江青さんは、
これまでにすでに3度、
この晴れ舞台の主役となった。
 
ことに、本記事の物語が展開している2013年、2014年には、
2年続けてテーマは近親姦が取り上げられ、
そのあとの方、2014年が
めでたく「シワブ映像大上映披露会」となり果てたのである。
 
このようなことは、ザストの歴史始まって以来であり、
いかに塞翁先生が江青さんを
「第一の患者」としてVIP扱いしているかがわかる。
 
 
 
 
 
 
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスは、自らを
「第一の市民(プリンケプス Prīnceps)」と呼んだ。
 
おそらく彼自身は積極的に「皇帝」と偉ぶるつもりがなく、
 
「私はみなさんと同じ市民ですよ」
 
というアピールのために「第一の市民」と名乗ったのだが、
年月を経るうちにそれは「皇帝」と意訳されるようになった。
 
 
 
 
・・・「長男の放逐(93)」へつづく

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