VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

長男の放逐(102)阿坐部村の結婚プレッシャー

長男の放逐(101)」からのつづき・・・
#齊藤學被害 #精神医療被害 #精神療法被害
 
by ぼそっと池井多
 
 
「結婚しなさい」
「子どもを作りなさい」
 
ということを、しげく塞翁先生(仮名)が言い始めたのは、
ここ十年以内のことであるように思う。
 
それ以前も多少はおっしゃっていたのかもしれないが、
あくまでも昔の塞翁先生の御説の中心は、
 
「病気になるくらいだったら、
 家族なんてものは壊してしまった方がいい」
 
ということであった。
 
現在おっしゃっていることと、
二十年前におっしゃっていたことは、
ご本人の中ではおそらくつながっているのだろうけれども、
表に出てくる部分だけ見聞きしていると、
ときに正反対かと思われるほど違っているのである。
 
私と同年代の患者仲間である丹羽さん(仮名)は、
20年前にはさかんにモテた男性であった。
 
あのころの丹羽さんにしてみれば、
伴侶となる女性を一人ぐらい調達して、
結婚して子作りをするなどというプロセスは、
ほとんど朝飯前であったことだろう。
 
しかし、そのころ丹羽さんは塞翁先生に、
 
「あんたは、女の尻ばっかり追いかけていないで、
 もっと人生でほかのことに目を向けていきなさい。
 そうしないとあんたの主症状も治らないよ」
 
などと言われていた。
 
それで彼は、
つとめて女性を相手にするのを一時期やめたのであった。
 
ところが、それから十年もしないうちに塞翁先生は、
 
「結婚しなさい」
「子どもを作りなさい」
 
と患者たちにさかんに言うようになり、
その方針転換にともなって丹羽さんも遅まきながら
婚活パーティーなどに出かけていくようになったらしい。
 
けれども、かつて男盛りだった丹羽さんも
すでに婚活市場価格が下落していて、
高値のつく女性には相手にされなくなっていた。
 
丹羽さんは、こぼすようになった。
 
「この十年の治療は、私にとって、
 果たしていったい何だったのか」
 
そういうことを塞翁ミーティングでもシェア(語り)をした。
 
小心者の丹羽さんにしてみれば、
一世一代の覚悟をきめて
このシェアに及んだ様子であった。
 
(*1)にも詳しく書かせていただいたように、
塞翁ミーティングとは、私たち治療共同体という村の
中央広場のようなものである。
 
 
そこでは何でも話せ、何でも言えることになっている。
 
しかし、それは建前にすぎない。
 
塞翁先生のやり方に批判じみたシェアをすると、
たちまち塞翁先生の機嫌が悪くなる。
 
ときには、シェアを中途で止めさせられることもある。
 
この時もそうであった。
さすがに止められるまではいかなかったものの、
なにやら塞翁先生の反応が重たくなり、
丹羽さんも何回も繰り返してはシェアできない雲行きとなった。
 
私は気の毒になって、クリニックの地下にあった食堂で、
 
「それはさ、考えようによっては、こういうことで…」
 
といった与太話をしきりに丹羽さんにして、
丹羽さんがこれまでの十年を
なにか必要なプロセスであったと納得できるように、
それなりの理屈を組み立てて見せたりもした。
 
しかし、私自身が
どうも自分が語っている理屈が
語っているそばからスクラップ同然であると思えてきて、
けっして彼を説得することはできなかった。
 
丹羽さんから透けて見えてくる懊悩のほうが、
強い力で私を圧倒した。
 
 
 
 
 
 
……このように、塞翁先生が
「結婚療法」を表に押し出すようになってから
とまどい、さまよう患者も少なくなかった。
 
じつは約百年前、フロイトも結婚療法については
国際精神分析会議という治療者たちの集まりで、
こんなことを言っているのである。
 
 
不幸な結婚や身体的衰弱などは
最も使い古された神経症の弁済法です。

これらは、多くの患者を
しぶとく神経症に縛り付けている罪意識を
とりわけ満足させます。

結婚相手を選ぶのをしくじることで自分自身を懲罰するのです。

長いあいだ器質的な病を患っているのは
運命の咎なのだと受け止め、
それで諦めがついて
神経症がはたと止むのもしばしばです。(*2)
*2. S.Freud "Wege der psychoanalytischen Therapie",
 1919, Budapest,
本間直樹訳『精神分析療法の道』
所収; 岩波書店フロイト全集 第16巻」2010年, P.99
改行は引用者による
 
 
つまり、結婚というものは少なからず不幸であるから、
その不幸で自分を痛めつけることで、
罪悪感がすりへっていくというわけである。
 
なぜ、こんなことをフロイトが言うかというと、
彼は、神経症は罪悪感が起こしているものであり、
その罪悪感は自分を罰したいという欲望の産物と考えるからである。
 
そんなに自分を苦しめたいのなら、
 結婚でもして、不幸の中へ身を投じなさい
 
というわけである。
 
いったん結婚したら、離婚するのは大変である。
 
私は、大学を出た人というのは、
猫の毛ほども尊敬しないのだが、
離婚した人というのは、
ひじょうに尊敬に値すると思うのである。
 
なぜならば、
大学の卒論を書くのに、必要とされるのは
コピー機に長時間貼りついている忍耐力であって、
たいてい感情も理性も要らないが、
離婚という仕事をこなすには、
おおいに感情と理性を酷使しなければできない。
 
なかには、この離婚という難事業を
二度も三度もやってのける人がいて、
いったいどれほど偉大な方なのだろうか、
私のような石頭バカは爪の垢でも煎じて飲むべきではないか、
などと思うのである。
 
……。
 
さらに、子産みとなると、もっと不可逆である。
 
結婚はまだしも元に戻れるが、子産みは戻れない。
 
結婚・子産みをしたら「回復」であるかのように吹き込む療法は、
この「元に戻れない」不可逆性を頼りにしている。
 
つまり、子を産んでいない人生にもどれない以上、
症状の「再発はありえない」と言えるからである。
 
 
 
 
 
 
前回「共謀への道(*3)で述べたような
赤ちゃんの島(仮称)というイベントの中で、
ほとんど瞬時のやりとりのようにして
塞翁先生と私のあいだで交わされた会話は、
そのとき、まったく重要な内容だと思っていなかった。
 
 
文字に起こせば、
たったこれだけのやりとりである。
 
塞翁先生「どう? 池井多さんなんか、うつの男性として、
 彼女ができた、彼女が子どもを産む、というようになれば、
 何かとやる気になって、
 生活全般に何事も張り合いが出てくるんじゃない?
 
私「……、……いいえ
 
塞翁先生「えっ?
 
私「いいえ、私の場合は、
 子どもでも作れば生活全般に何事でも張り合いが出てくる
 ということはありません。
 むしろ、その逆です
 
塞翁先生「うーん、……
 
 だから、いろいろと不具合が出てくるわけだな。
 あんたの人生には、
 それでいろいろ不具合が出てくるわけだ……
 
 
あの日は、帰ってきたあとも、
そんなやりとりをしたことは忘れていた。
 
自分が収録した映像を編集していて、
そこに写っている塞翁先生と、
カメラの手前から声だけ入っている私とが、
そんな短いやりとりをしているのを知ったくらいである。
 
ところが、こうしてザストからリンクバナーを切られ(*4)
治療共同体から放逐されるに到ってみると、
あの、一分にも満たないやりとりは、
じつに重要な意味合いを持っていたと思われてくるのである。
 
 
 
 
それは、私の治療生活全体に関わるだけでなく、
私の母との関係、もしくは人生の何がしかに関わるほどに、
重要な意味合いを持っていた。
 
……。
……。
 
いうなれば、
あれは、塞翁先生からの共謀の申し出であった。
 
「そういうことにしてよ。
 今後ともスタッフとして使ってやるからさ」
 
というオファーである。
 
私は、それを断ったのであった。
 
私は貧しい。
生活保護など受けていて、社会のクズかもしれない。
 
しかし、目の前に金を積まれて、
自分の言葉を売り渡し、
思ってもないことを言うほど
人間が腐りきっているわけではないのである。
 
私のこういう側面をとらえて、
塞翁先生は今日リカモリ講座(仮称)において、
 
「自尊心のかたまりとしてのひきこもり」
 
などと症例化しているようであるが、
都合が悪い人間を「頭の病気」にしてしまえるところが、
精神科医という職業の役得なのだろう。
 
 
 
さて江青さんは、
私と同じように塞翁先生から共謀のオファーを差し出されたときに
表では従順にそれを受け、
裏ではペロリと舌を出す、ということをやっている。
 
近親姦江青さんがこういうことをやると、
それは「人間が腐っている」のではなく、
「柔軟性がある」と評価される。
 
おかげで私は治療の場から追われ、
江青さんは患者社会で出世した。
 
私たち精神科の患者にとっては、
患者社会における出世と没落は、
一つの村で暮らす住民のそれと等しく、
実生活の上昇と下降なのである。
 
自分の正しさを信じてうたがわないわりに、
聖人君子でも何でもない私は
そのような没落と下降がつとに腹立たしい。
 
 
 
 
 
 
 
 
思い返せば、母は私の主体など何も考えないで、
 
「長男には、こうなってほしい」
 
という母自身の自己実現
私の人生をつかって具現しようとした。
 
私は、母という描き手がカンバスにたたきつける
絵筆でしかなかったのである。
 
私は、そうなってたまるか、と人生を賭けて
そのレールから飛び降りた。
 
その結果、無職、生活保護受給者という、
この社会のクズと目される生き恥をさらしているわけだが、
そのかわり、それだけのものを犠牲にして
私は自分の何かを守ったのである。
 
守ったものは、人生…、
いや、私の主体ではないか。
 
ところが、ここへ来て、
「精神医療」と称して、
治療者がまた同じことを私にしようとしていたのであった。
 
 
……。
……。
 
 
塞翁先生は「個性ノイローゼ」という。
 
しかし、私から見れば、
塞翁先生の言うことを聞いて、
今日はこちらの出会い系サイト、
明日はあちらの婚活パーティーとさまよう人々は
 
「結婚ノイローゼ」
 
にかかっているのにすぎないのではないか。
 
なぜ、ことさら自分を不幸の中へ放り込もうとするのか。
 
私には、そう見えて仕方がないのである。
 
そういう見方しかできない私は、
やはり「頭の病気」なのだろうか。
 
だとしたら、大変だ。
さっそく精神科に通わなくてはならない。
 
 
 
…もう、通っていた。
 
 
 
 
 
・・・「長男の放逐(103)」へつづく
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