VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

9条ダンサーズ - 若者と憲法の断景

 

 

 

明日は8月15日だ。
そこで、そのことに少しは関係のある話を
今日、明日の2回にわたって書かせていただく。
 
9条ダンサーズ
 
そういうダンサーたちのお話である。
 
しかし、そういうダンス・グループが実在するわけではない。
 
これは私が、若い社会学者である古市憲寿が書いた
『希望難民ご一行様』(*1)という本の中に出てくる
一景から勝手に命名させてもらったものだ。
 
*1.正式には
古市憲寿『希望難民ご一行様 
ピースボートと「承認の共同体」幻想』
光文社新書, 2010年
 
1985年生まれの古市は、
2008年にピースボート世界一周クルーズに参加し、
114日間にわたる船旅の中で起こる出来事を考察した。
 
ピースボートとは、よく知られるように、
古くは辻元清美などが始めた
世界平和のために行動する船旅である(*2)(*3)
 
 
 
 
膨大な時間がながれる船上では
若者たちの自主企画として
反戦にちなんださまざまな催しが開かれる。
 
その一つが「9条ダンス」である。
 
ピースボートの掲げる護憲という理念をダンスで表現したのが「9条ダンス」だ。9条ダンスは戦争の苦しさや悲惨さ、そして強い平和への願いを表現しているという。前半はトライブミュージック、後半はヒップポップのリズムに乗せたダンスで、多いときには100人近い若者たちが9条ダンスに参加していた。

(……中略……)

ピースボートは公式に、憲法9条の改正に反対し、「愛国心」教育を盛り込んだ改正教育基本法に反対という立場を採る。(*4)
*4.前掲書 pp.183-184
 
これがYouTubeで公開されている
9条ダンスである。
高校の文化祭ぐらいのレベルはゆうに行っている。
 
 
 
9条ダンスを踊る若者の動機は、
たとえば、このようである。
 
「9条を持っていることによって日本がこんな風に平和を維持できているって知ったの。これってすごいことなんだって。だから日本国民としての誇りを持って9条を広めたい。そして言葉が違う人びとの中で一番伝わるのがダンスなんじゃないかって(*5)
*5.前掲書 p.186 
太字は引用者による
 
説得力がある、とまでは言わないが、
それなりにもっともらしい動機である。
 
ところが、船が地球を半周ほど回ったころ、
一つのハプニングが起こった。
ある港から、船の離岸が沿岸警備隊によって許可されない。
 
なぜ出港が差し止められているのか、
船会社は具体的な理由を明かさない。
 
どうやら船体の一部に穴があいているらしい。
 
クルーズは、NGOピースボート
旅行会社ジャパングレイスと一体となって、
船会社から船を乗組員ごとチャーターして運営している。
 
乗船客は若者ばかりではない。
中年も老人もいる。
 
そこでNGOピースボートによる緊急の説明会が開かれた。
 
質問時間には年配者からの抗議が殺到する。
「あなた様の話を聞いていると自分のこととは思えないんですよね。船をチャーターした責任、それはあなたにあるんじゃないですか」
と抗議する年配女性に、遠くから若者たちが
怖いよね
と囁(ささや)き合っている。
(*6)
*6.前掲書 p.165
改行、ルビは引用者による
 
このシーンを読んで、
私は2か月前のザストの総会を思い出した(*7)
 
 
ザスト事務局と一体化した株式会社ワイエフエフの
きちんとした責任を求める私は、
どうやらクリニックの仲間のあいだでは
「怖いよね」
と言われているらしいのである。
 
もっとも私は、この文中の年配女性ほど年齢が上ではないし、
また「怖いよね」と囁き合っている他の患者も、
文中の若者ほど若くはないだろう。
 
文中の年配女性は、学生運動で鍛えられた団塊の世代だ。
ということは、この当時、60代である。
いっぽう、9条ダンサーズはみな20代である。
 
そんな違いはあるものの、
ともかく当たり前の権利を当たり前に求めることが、
「怖いよね」
と敬遠され、嫌悪される状況として共通している。
 
 
 
 
 
 
 
船体は、ドックに揚げられて修理することになった。
その間、乗客たちはその地に留め置かれるはめになった。
予想外の事態に、旅程がおくれていく。
 
団塊の世代の年配者グループは、
1960年代の昔とった杵柄であろうか、
たちまち何回か船内集会をひらいて
ピースボート主催者側の責任を問うた。
 
ピースボート主催者側は、
年配者たちの流儀にしたがっていえば「当局」であろう。
 
当局は、
「船体に穴が開いていたことは、船会社の責任である」
として、自分たちの責任を認めない。
 
この時点で、
船旅をとちゅうで切り上げるなり、
残りを返金してもらうなり、
いくつかの選択肢が考えられた。
 
行動的な年配者たちは、
乗船客たちの総意を知るために、
アンケート用紙を作り始めた。
 
ところが、このアンケート用紙を
船内のコピーセンターでコピーしようとしたところ、
コピーカードを使えばだれでも使えるはずのコピー機も、
主催者側によって紙の提供を断られた。
 
主催者側にしてみれば、
自分たちの立場を追い詰めるアンケートは印刷させない
ということらしい。
 
さらに年配者たちが勝手にアンケートを印刷しないように
当局はシフトを組み、朝から晩までコピー機を監視し、
そこでコピーされる印刷物の「検閲」を始めた。
 
そのため抗議する老人たちは
寄港地の街に出てアンケート用紙を印刷し、
それでようやくほかの乗客たちに配ることができた。
 
……。
……。
 
こうした年配者たちの一連の行動に拒否反応を示したのが、
「9条ダンス」を踊っていた若者たちであった。
 
彼らはこれ以上、
年配者たちが船内で自己主張をするのが、
耐えられないというのであった。
 
たとえそれが自分たちの仲間、「乗客」であっても、
楽しいはずの船内生活をかきみだす年配者の行動は、
若者にとって顰蹙(ひんしゅく)なのだという。
 
若者たちは「憲法9条を守ろう」と踊りながら、
それでいて年配者たちにコピー機を使わせず、
「検閲」までおこなっている
当局の非民主的な態度に疑問をいだかない。
 
むしろ「反戦平和の船」の秩序をみだす者として
年配者たちを憎むのである。
 
そのように振る舞うのが当たり前だ、
と思っているふしがある。
 
しかし、それでは
若者たちは年配者たちに抗議するのかといえば、
それもしない。
 
「なぜ、みんな同じ船に乗っているのに
 仲良くできないの」
 
などといって、ただ泣くのである。
 
 
 
私はここに、一つの象徴的な光景を読み取る。
  •  
    ようするに「9条ダンサーズ」の若者たちは、
    反戦平和をかかげるピースボートという「体制」に
    ぴったりと順応し、忠誠心を示し、
    おもねるために「9条ダンス」を踊っていたのにすぎず、
    歴史的な背景や、理念的な意味などは
    まるきり考えていないのである。
     
    いささか飛躍のように聞こえるかもしれないが、
    形だけを見れば、
    まるで戦前戦中の大政翼賛会が軍部におもねったように
    若者たちは反戦平和をかかげる主催者側におもねるのである。
     
    そして、それが当たり前だと思っている。
     
    この手の「9条ダンサーズ」は
    私たちの日常生活にいっぱい見られると思う。
     
    もちろん、対象となるのは
    戦争や反戦憲法9条とはかぎらない。
     
    リベラルなことを口走り、
    それによって市民的な箔を身につけ
    やっていることは独裁政権みたいな輩である。
     
    自分が発する言葉を
    外から考えてみようとしない輩である。
     
     
     
     
     
     
    それでは、ピースボートに乗っていた「9条ダンサーズ」は、
    戦争のことをどう考えているのか。
     
    「戦争が起きたらなんて考えたくない。
    戦争をしたがる人には、『見て、この子』って、広島と長崎の子どもたちのビデオを見せてあげる
    (23歳、女)(*8)
    *8.古市憲寿『希望難民ご一行様 
    ピースボートと「承認の共同体」幻想』
    光文社新書, 2010年, p.201
     
    先に挙げた
    「言葉が違う人びとの中で一番伝わるのがダンス」
    という言葉と同じように、
    「広島や長崎を見せる」
    というのは一見まともな回答のようだが、
    どうも現実感がないような気がしてならない。
     
    著者の古市憲寿は、このようにまとめる。
     
    彼らに共通するのは、「想い」さえ通じ合えれば「わかってくれる」という期待である。
    そこに「想い」を共有しない他者の存在は想定されないし、だから他者との合意形成の過程も想定されない。
    この「想い」によって理想が実現するというのがピースボートの考え方なのである。
    「世界平和」も自分たちで形成していくものというよりは、他動的に実現されると思っている人が多い。
    (*9)
    *9.前掲書 p.202
    改行、太字は引用者による
     
     
    古市憲寿は、いっしゅの世代論としてこれを書いている
     
    しかし、他の共同体にも幅広く適用される考察だと思う。
     
    たとえば、私が身をおく治療共同体は、
    いわば「共感」を地域通貨とするコミュニティである。
     
    共感さえ通じ合えば、
    立場や利害のちがいも乗り越え、
    「わかってくれる」
    という期待をもつ。
     
    それは、悪いことではない。
    それがなければ、始まらないという側面もある。
    しかし、それがすべて、と思うとたちまち陥穽に落ちる。
     
    組織の運営のような
    共感だけではカバーしきれない現実となると、
    たちまちほころびが出てくるのである。
     
    共感しない他者の存在は承認されないし、
    他者との合意形成の過程も想定されない。
     
    逆に、そういう他者を承認しないですむように
    共同体の領域が設定されるので、
    塞翁先生のいう
     
    「被差別集落のような閉鎖的な共同体」
     
    という結論になるのである。
     
    いかなる理念も、
    自分たちで形成していくものというよりは、
     
    塞翁先生にしたがっていれば他動的に実現される
     
    と思っている患者が95%だろうと思う。
     
     
    ……。
    ……。
     
     
    話をふたたび2008年のピースボートへ戻そう。
     
    やがて、船が日本へ戻り、
    乗船客たちがそれぞれの日常へ帰っていくと、
    「9条ダンサーズ」たちは誰もがクルーズ以前の
    まったく政治色のない生活へ戻っていったという。
     
    つまり、かれらが「憲法9条を守ろう」と叫んだのは、
    ピースボートに乗っている間だけなのであった。
     
    この点がとても特徴的だと思う。
     
     
     
     
     
     
    私は、戦時中に戦争万歳を唱えていた人たちにも、
    学生運動の時代に反戦平和を唱えていた人たちにも、
    共通点があると思っている。
     
    それは、自分が唱えている思想が、
    心底、自分で思っているものではなく、
    そういう思想を持っているという姿勢をとることで
    周囲から存在が承認されるから、
    そういう思想を唱えていたのにすぎないという人
    大部分であっただろう、
    という共通点である。
     
    つまり、大日本報国会にしても全学連にしても、
    右だろうが左だろうが、
    戦争万歳であろうが戦争反対であろうが、
    「その思想を心底持っているわけではない者」、
    主体なき運動家、頭のない追従者が
    ほとんどだったのではないか、とにらんでいるのである。
     
    それが、
    「あの時代はみんな、心からそう考えていた」
    意図的に錯視することによって多くの歴史が語られている。
     
    そのように錯視したほうが、
    過去が美化されて、
    その時代を生きた人は肯定的な気分になれるのかもしれないが、
    歴史としては不正確なものが後世に残される。
     
    私は1962年生まれで、シラケ世代と呼ばれた輩だが、
    それでも進学校で私学男子校である高校には、
    まだ学生運動の搾りかすのようなものが残っていた。
     
    そのため、私は先輩たちからの存在承認が欲しくて、
    左翼少年になり、「学生運動ごっこ」に自己陶酔していた。
     
    けっして格好良くはない、滑稽な青春であった。
     
    今から考えれば、これは
    最近のチンピラがタトゥーを入れるのと同じく
    自分に箔をつけたいから左翼がかっていたのにすぎない。
     
    先輩からの存在承認が、
    何よりもうれしいものだった基底は、
    そもそも原家族の中でそうした承認が得られなかった
    という成育歴にどうしてもさかのぼっていく。
     
    いわば、承認の欠食児童だった私は、
    どんな承認も、手づかみでパクパクと喰った。
     
    そんな下品な習性は、今にいたるまで残っている。
     
     
     
     
     
     
     
     
    だから私は、古市憲寿が描くピースボートの船の上において
    学生運動の再演をやらかそうとした老人たちも、
    それを嫌悪し泣き出す「9条ダンサーズ」も、
    両方わかるのである。
     
    実年齢としても双方の真ん中ぐらいにいる私は、
    心情的にも真ん中にいる。
     
    もし、つぎの世代の若者で、
    戦争反対を叫ぶ人々が、
    みんな「9条ダンサーズ」であったなら、
    その反戦の思想も運動も、地盤がもろいものとなるだろう。
     
    けれども、すべての若者が「9条ダンサーズ」なのではない。
     
    なかには芯のとおった若者もいて、
    彼らが次の時代のイニシアチブをとれば、
    「9条ダンサーズ」はたちまち
    そういう者へ「陽性転移」することで
    平和の旗を振るであろう。
     
    そして、結論はどちらへ転ぼうとも、
    やがては自分の頭で考え始めるかもしれない。
     
     
     
     
     
     
     
     
    •            

      顔アイコン

      9条ダンサーズYouTubeで見ました。
      抗議しない・出来ない若者たち、私も出遭った経験があります。 削除

      迷えるオッサン

       

      2016/8/14(日) 午前 7:50

       返信する
    •            

      迷えるオッサンさま コメントをどうもありがとうございます。
      オッサンさんのように世界各地で人生体験豊かであると、さぞかしあちこちで出会うでしょうね。
      明日も「9条ダンサーズ」の続篇を出させていただきます。よろしくお願いいたします。 削除

      チームぼそっと

       

      2016/8/14(日) 午前 8:15

       返信する
    •            

      ふむふむ。

      やっぱり自分の利益が優先順位の一番になりますね。

      広がれば、戦争ですね。
      自分の中に、責任を求める態度が、大事なんですね。

      なかなか、世の中は…
      おもろい場所です。 削除

      スカーレット ]

       

      2016/8/14(日) 午後 4:01

       返信する
    •            

      スカーレットさま コメントをどうもありがとうございます。

      > やっぱり自分の利益が優先順位の一番になりますね。

      そうなのですね。
      だから、ひとくちに反戦平和を唱えても、さまざまな偽善が可能で、ほんとうにそれを考えている人を見抜く必要があるのだと思います。
      削除

      チームぼそっと

       

      2016/8/14(日) 午後 4:28

       

       

       

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