VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

被災地の内と外(21)語り始めるまで

被災地の内と外(20)」からのつづき・・・ 

by ぼそっと池井多

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3.11という日付が近づくと、
どうしても東日本大震災関連の番組が多くなる。
 
今年はとくに
 
最近になって、ようやく話せるようになりました
 
という被災者の方を
取り上げている報道が多い気がする。
 
私が被災地支援でお邪魔していた十浜地区(仮称)でも
「最近になって、ようやく話せるようになりました」
という人は多いようだ。
 
それは結局、
あまりに大きな衝撃を、
人はリアルタイムには言葉にできない、
ということだろう。
 
五感にしみこんだ外傷体験を
整理し、象徴化し、言語化するのに
6年という歳月が必要であった、と。
 
同じように、
幼少期に受けた虐待を、
 
もっと早い時期に、なぜ言わなかった
 
いつまで、そんな昔のことを言ってるんだ
 
というのは
まったく意味をなさないのである。
 
 
大人ですら、震災体験を言葉にするまで
数年を要しているのに、
まだ言葉がじゅうぶんでない子どもが
それをもっと早くのうちに語れるわけがない。
 
 
 
 
 
 
阪神淡路大震災は、結果的に
人々にPTSDという概念を知らしめるのに作用した。
 
東日本大震災ほどの出来事を
最終的に人が、どのように未来へ役立てるのかは
いまだ未知数の部分があると思われるが、
ひとつの候補にあがるのが、
この精神医学的なアプローチである。
 
 
人は、外傷体験を語るのに時間がかかるのではない。
 
時間を経たからこそ、外傷体験を語り始めるのである。
 
 

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・・・「被災地の内と外(22)」へつづく
 
 
 
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