VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

鬱である人・鬱でない人(30)ひきこもりの「引き出し屋」と権力

鬱である人・鬱でない人(29)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

 

先日、国内向けの総合テレビジョンから放送された映像(*1)を
局内の別の部署が編集し直して、
海外放送向けにver2.0ともいえる映像をつくったらしいのだが、
どうも報道内容がずれてきている気がして仕方がない。
 
 
そもそもNHKのWEB版の紹介文の冒頭に、
 
a newspaper is trying to draw these recluses back into society
 
などと書かれている。
 
「ひきこもり新聞」が
私のような哀れな中高年ひきこもりを引き出して
社会へ復帰させようとしている、
 
という意味に取れることは間違いなかろう。
 
ちがうのである。
 
ひきこもり新聞を出しているのは、
ひきこもりが、ひきこもりのまま
社会で正当な存在権を確立するためである。
 
ひきこもりを社会へdraw back するためではない。
 
それでは、「引き出し屋(drawer)」と同じではないか。
 
 
「引き出し屋」とは、
親からお金をもらって、ひきこもりの子どもを部屋から引き出し、
どこかの更生施設に入れてしまうプロたちである。
 
多くの更生施設は、海外とか、辺鄙な田舎とか、
かんたんに脱走できない場所にある。
 
更生施設には、前に「引き出され」て連れてこられた「先輩のひきこもり」がいて、新入りのひきこもりにあれこれとアドバイスして指導するらしい。
 
つまり、先輩のひきこもりは、
すでにその引き出し団体の無給スタッフと化しているのである。
 
そして、新入りのひきこもりを
自分と同じような引き出し団体の職員へと
教育・洗脳をおこなっていく。
 
「あれ? そのシステム、どこかで聞いたことなかったっけ?」
 
という方は、本ブログをちゃんと読んでくださっている、ありがたい方である。
 
そう、リカモリング・アホバイザー制度と
驚くほどよく似ているのである。
 
 
こういう「引き出し屋」を、ひきこもり新聞方面では
暴力的支援機関
と呼んでいて、
搾取的医療機関
と悪の双璧をなしている機関と位置づけている。
 
 
NHKの海外版がいうとおり、
 
The newspaper is trying to draw these recluses back into society
 
となると、なんのことはない
ひきこもり新聞が「引き出し屋」と同じになってしまうのである。
 
 
先日も触れた、吉本隆明のひきこもり論(*2)の中にも、
この「引き出し屋」に言及した部分がある。
 
抜き出してみよう。
 
*2.吉本隆明『ひきこもれ ― ひとりの時間をもつということ』
大和書房、2002年
改行、太字、色字は引用者による
見出し、小見出しは原文を尊重
 
ひきこもっている人たちを、なんとか世の中に引っぱり出そうとして活動している素人の人たちがいます。

テレビを見ていたらこんなことが紹介されていました。
もとはスーパーの店長だった人が、ひきこもりの人を集め、普通の人たちと話し合ったり一緒に遊んだりする場をもうける活動をやっている。店を辞めてボランティアでやっているというのです。
よしてくれ、と言いたくなりました。
スーパーの店長として仕事をしてきた人が力を発揮できるのは、新鮮で安い商品を仕入れるとか、商品が売れるように品物を並べ替えるとか、そういうことでしょう。ひきこもっている子どもに対してどうするかが専門では決してない。
 
かなり乱暴な論では、ある。
 
これは「スーパーの店長」を引き合いに出して、
じつは吉本隆明は、「サルトル論」を語っているのである。
 
つまり、アンガジュマン(社会参加)とは何か、という問題である。
 
しかし、それはさておき、
吉本隆明がひきこもりに対して肯定的であったことはうかがえる。
 
ここに登場するのは素人の「引き出し屋」であって、
それだけまだ時代が下っておらず、
引き出し屋が引き出し屋としてプロフェッショナル化する前であった、ということである。
 
すなわち、2002年。
 
そういう時代に、早くもこういう存在をめざとく見つけ、
批判しているところは、
さすがは吉本隆明だといわなくてはならない。
 
いまや引き出し屋はプロフェッショナル化し、高度に組織化し、
国際的なネットワークをもつようになった。
 
きのうも、ある有名な引き出し屋の校長が、
 
安倍首相の「桜を見る会」に呼ばれた
 
などと自慢しているツイートが流れて、
ひきこもり界隈を戦慄させた。
 
いまや引き出し屋は、露骨に政治とむすびつき、
ひとつの権力となって私たちひきこもりに襲いかかってくる。
 
それに対して、私たちが持っているものは、言葉だけだ。
 
 
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    その引き出し屋の校長こそ、私の息子が入った学校の校長です(怒) 削除

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    2019/7/3(水) 午後 3:19

     

 

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