VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

外国のうつ・ひきこもり事情(0)ひきこもりは日本だけではない

治療者と患者(133)」のコピーの一部である。

by ぼそっと池井多
 
以前、「治療者と患者(131)の冒頭で
第2次ひきこもりブーム」と書いたが、
ブームという表現が不適当だとしても
ひきこもりが世界の耳目を集めたのは、
大きな流れで見ると、これが2回目である。
 
1回目は、2000年代前半であった。
 
ちょうど日本で
ひきこもりがはじめて「問題」として取り上げられたころである。
 
それ以前も、私自身をはじめとして
ちゃんと日本にはひきこもりは存在していたわけだが、
まだ認知されておらず、
ゆえに社会的に問題と見られていなかったわけである。
 
しかし、ひきこもりが
問題と見られたことが問題かもしれないから、
「それ以前は、まだ問題とされないで済んでいた」
とでも申し上げようか。
 
いずれにせよ、第1次ひきこもりブームのときは、
ひきこもりはひたすらバッシングの対象であった。
 
「お前らのような働かない奴が日本に増えてきたら、
日本のGDPが下がっちゃうじゃないか。
どうしてくれるんだ」
 
とでも言わんばかりに
ひきこもりニート(*1)は批判されつづけた。
 
*1.「ひきこもり」と「ニート」のちがい
 
 
海外メディアにも取り上げられたのだが、
英語の訳語は、
 
「social withdrawer(社会的撤退者)」
 
「recluse(隠遁者)」
 
などと併用されつつ、そのどちらでもないとして、
 
「hikikomori(ひきこもり)」
 
というローマ字表記がそのまま世界語となっていった。
 
そして、昨年(2016年)9月に内閣府の方から
通称「ひきこもり白書」が発表されると、
海外のメディアもふたたび
日本のひきこもり問題に注目するようになったのである。
 
先日もアメリカのWEB新聞「QUARTZ」に
私もかかわっている「ひきこもり新聞」のことが載った。
 
誤りも多い記事ではあるが、
いちおうご紹介しておこう(*2)
 
QUARTZ  2017.03.25
 
 
海外メディアがひきこもり問題を取り上げる場合、
よく採用する視点は、
 
ひきこもりは、日本だけにいるのか
 
というものである。
 
答えは、エスでありノーである、といえよう。
 
上記に挙げた米誌「QUARTZ」は、
どちらかというとイエスに傾いた答えを出しているように、
私には読める。
 
すなわち、対人恐怖症(*3)と同じく
古くはベネディクトが語った「恥の文化」(*4)によるものとして、
 
Culture-Bound Syndrome (文化依存型症候群)
 
であるという見方にかたむいている。
 
*3.日本の「対人恐怖症」は
そのまま「Taijin Kyofu sho」と英語で書かれ、
欧米の社会不安障害(Social Anxiety Disorders)とは区別される。
 
*4.Ruth Benedict『菊と刀』(1946年)
 
 
しかし、私に言わせれば、
「恥の文化」という概念そのものが、
今となってはだいぶ古典的なモデルと化していて、
どこまでそれに立脚してよいものか、
怪しいものだと思うのだが。……
 
 
 
 
 
 
日本国外では、何といっても
社会構造が似ているお隣、韓国に
ひきこもりが増えているといわれている。
 
いっぽう近年では、
ヨーロッパでもひきこもりの存在が指摘されるようになってきた。
 
たとえば、こんな記事がある。
 
フランスでひきこもりの現象が認識し始めた2012年のルモンドの記事によると、パリのサンタンヌ病院では16歳以上の「引きこもり状態」と見られるケースがすでに15カ月で30件ほどあったと言います。(*5)
by Ulala
 
フランスの近隣、スペインやイタリアでも、
若者のひきこもりの問題はだんだん聞くようになってきた。
 
 
イタリア語には
bamboccioni(バンボチョーニ/大きな赤ちゃん)」
という語彙があり、
これが日本における「ひきこもり」の意味で使われることが多い。
 
しかし先日、日本へやってきた
あるイタリア人のジャーナリストのひきこもり取材に
逆取材してみたところ、こういう話であった。
 
私がバンボチョーニというイタリア語を聞くとき、
それは、
『あ、政府のプロパガンダだな』
と思います。
 
つまり、政府は自分たちの経済政策の失敗を
若者の失業者がたくさん出ていることを
若者の幼稚化の問題にしてしまおうとしているのです
 
すなわち、イタリアのひきこもりの発生は
経済的要因だというわけである。
 
先に引用したフランス在住のUlaraさんも、
記事のつづきにこう書いている。
 
日本とフランスではひきこもりという同じ現象が現れるとしても、文化的背景の違いからそこに至るまでの過程は違うと分析されており、他にも、フランスでは北アフリカからの移民家庭など貧困層の若者が目立ち、薬物やネット依存、人種差別も背景にあることについても述べられています。(*5)
*5. 前出 太字は引用者による。
 
貧困層被差別層の子どもがひきこもりになりやすいとなれば、
まず語られるのが「仕事がない」などの経済的要因である。
 
しかし、私は
そこはすぐに判断できない問題だと思っている。
 
私の場合、就職が決まってからうつで動けなくなった。
 
その結果、貧困者になった。
 
貧困ゆえにひきこもりになったのでなく、
ひきこもりゆえに貧困になったのである。
 
では、遠くさかのぼってひきこもりの原因は何かと問われれば、
やはり私は、
やってもないことを責める母親
を持ち、その母親のありようと相互補完するような
超自我の肥大を起こした自己のかたちを鋳造されてしまったため、
と述べるであろう。
 
ずっと責められて大きくなれば、
萎縮した精神しか育たないはずである。
 
もし、うつ病が脳内物質セロトニンの不足で起こるものならば、
セロトニンを出さない脳が育っていくはずである。
 
ヨーロッパにおけるひきこもりも、
まだ片鱗が見え隠れしはじめた程度だが、
どうもイタリア・スペイン・フランスと、
カトリック系の南のほうに頻出している印象がある。
 
そういう南ヨーロッパにおいては、
母子関係は北ヨーロッパよりも密着しているのではないか。
 
ドイツ、オランダ、スカンジナビアなど
もっと自己の確立は早い段階からおこなわれるように思う。
 
その結果、母が子の精神的領域に侵襲することも少なく、
ひいては、ひきこもりも少ないのではないか。……
 
これらは、今のところ私の仮説にすぎない。
 
だいたい一つの事象とは
複数の要因が重層的にかけあわさって起こるものだから、
どれか一つの原因に帰着できるものではないだろうが、
日本のひきこもりの発生も、
通説である「経済的原因」よりは、
私はひとりの当事者として「精神的原因」を支持する。
 
すなわち母子関係、それも
母から子への精神的虐待がひきこもりを生んでいる
ように思うのである。
 
少なくとも私の場合はそうであった。
人はみな、自分にかけては専門家である。
 
もちろん、母がそのような虐待に走る背後に
社会構造を見ようとする観点を私は否定はしないが、
それが直接的原因とはどうしても思えないのである。
 
 
 
All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020