VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

外国のうつ・ひきこもり事情(0)-2 すがりつくイデオロギーがないひきこもり

治療者と患者(134)」のコピー

 
治療者と患者(133)」のなかで、
日本のひきこもりのことを取り上げた
米誌「QUARTZ」(*1)を紹介するにさいして、
 
「誤りも多いが…」
 
と留保をつけさせていただいた。
 
QUARTZ  2017.03.25
-in-japan-aims-to-help-the-countrys-population-
of-social-recluses/
 
 
今回は、その「誤り」の中身について
少し触れておきたい。
 
じつは、この米誌が私たちを取材して、
第1稿がネット上に出た時に
取材された私たちは異議を唱えたのである。
 
雑誌が、紙で印刷されるものだけであった時代には、
いちど発行された雑誌に対して
読者や被取材者がクレームをつけた場合、
発行者がそのクレームを受け容れるとなると、
あらためて印刷しなおさなければならなかった。
 
「刷り直し」というやつである。
 
とうぜん、コストもかかる。
 
だから、発行者としたら、
そのぶんだけやりたくない仕事であった。
 
しかし、雑誌が紙媒体ではなく、
WEB誌というものが登場してからは
発行者はコストをかけないで訂正版を出すことができる。
 
発信者にしてみれば、
そのぶんだけ「改訂」へのハードルが下がったわけである。
 
私たち、取材されたひきこもりが
米誌QUARTZにクレームをつけたときも
同じ事情があった。
 
私たちは5点ほどクレームをつけたが、
そのうち4点は私たちの主張が容れられ、
たちまちネット上の記事が修正された。
 
ところが、
私たちの修正要求が容れられなかった箇所が一つあるのだ。
 
この記事を書いた記者はどうしてもここだけは譲れないらしい。
 
それは、こういう内容なのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
QUARTZの記事中では、現在も、
 
“Toshi”, a 35 year-old hikikomori who writes for the newspaper, emphasized that the phenomenon emerged during the high-pressure years of the bubble, or “baburu,” economy, when Japan’s economy was booming in the 80s.

この新聞のために(記事を)書いている35歳のひきこもりトシさんは、(ひきこもりという)現象は日本経済が1980年代に好況であったバブル経済の高い圧力がはたらいていたころに出現した、ということを強調した。
と書かれている。
 
この部分を私たちは、「こう変えてください」と要求した。
 
Toshi, a hikikomori who writes for the newspaper, emphasized that it is not because of economical recession that the phenomenon emerged, and hikikomori had existed even before the bubble economy in the 80's.

この新聞のために(記事を)書いているトシさんは、(ひきこもり)現象が出現したのは不景気のせいではなくて、1980年代のバブル経済の前にもひきこもりはいた、ということを強調した。
なぜならば、じっさいQUARTZの記者が来たとき、
トシさんはそう言ったからである。
 
ところが、この部分だけは頑として修正してくれないのである。
 
 
経済評論家など、日本の多くの論者は、
バブルがはじけて日本経済が「失われた二十年」に突入し、
就職が困難になり、非正規労働が増え、
挫折した人たちがひきこもりとなった、
という図式を描きがちなものだ。
 
それは、明らかに事実に即していない。
 
米誌QUARTZは、
そういった日本の経済評論家よりはマシなのかもしれない。
 
しかし、
バブル経済の好況時代に、
その経済的活況が圧力となって
ひきこもりが出現した」
というのもいかがなものか。
 
たしかに、私自身がひきこもりを発症したのは1985年だから、
そのように解釈してしまえば、できないことはない。
 
けれども、私の場合、やはり
母親から体内に埋め込まれた「恩着せ時限爆弾」のほうが
直接的なひきこもりの原因であったと思うし、
1980年代以前にもひきこもりはいたのにちがいないと思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
こんにちの「ひきこもり」が半世紀前に生まれていたら、
1960年代、学園紛争の時代の
反体制活動家になっていたのだろう、
と私は思う。
 
企業社会を拒絶し、資本主義を拒否し、
そうではない価値をもとめて、
既成の社会へ入っていかなかった人々。
 
そういう人々の目の前には、しかし、
半世紀前にはイデオロギーが美味しそうにぶらさがっていた。
 
それに飛びつけば、いちおう「外へ出た」という恰好がついた。
 
もちろん「企業社会に出た」ということにはならないが、
そうではない形、すなわち
「反体制活動家として社会に出た」
という恰好が一応ついたと思う。
 
少なくとも、「ひきこもり」のように
「人間的に未熟」であるかのように見なされ、
屈辱的な叩かれ方をしないで済んだだろう。
 
ほんの数年ほど前まで
「私はひきこもりです」
というよりも、
「私は活動家です」
というほうが、はるかに恰好よく思われていたし、
それだけサマになったのである。
 
しかし、私は疑問に思う。
 
「政治がかる」というのは、
そんなに「成熟」なのであろうか。
 
政治がかっていれば、人間、成熟しているといえるのだろうか。
 
よく、自分の「すごさ」をアピールしようとして、
さかんに政治の話をする人がいる。
 
どこそこの議員に顔が利く。
どこそこの政党はこんな裏金をつかっている。
どこそこの住民をどうこうすればその法案は簡単に通る。
 
……そんなことばかり、
口角泡を飛ばしてしゃべっているような人である。
 
そういう人は、けっきょく
「自分にはこういうコネや知識があるぞ」
ということを自慢したいだけなのである。
 
そういうことを、ほめてほしいだけなのである。
 
たしかに、市民生活を送るために
政治にも、それなりの意識を向けなければいけないだろうが、
なにか意識のバランスがかたよっているように思う。
 
話しぶりのあちこちから
「人間としての未熟さ」が臭気のようにたちのぼる。
 
……そんなふうに、
「政治がかる」ことは「成熟」といっしょくたにされがちなのだ。
 
だから、いちがいには言えないのだが、
反体制活動家として生きていった若者たちも、
そういう生き方を「ひとつの成熟のかたち」として
自分も、周辺の他者も、認めていただろう。
 
イデオロギーにすがりつかないひきこもりには、
その特典がないのである。
 
すがりつけるイデオロギーがなくなった1990年代、
ひきこもり予備軍たちは、代わりに宗教にすがりついた。
 
その結果が地下鉄サリン事件だった。
 
ベルリンの壁が崩壊し、
ひきこもりたちは政治的イデオロギーにすがりつくのをやめ、
地下鉄サリン事件が起こって、
こんどは宗教にすがりつくのをやめ、
ひきこもりがひきこもりという原石のまま
社会の表面に露出してきたのが2000年代であった。
 
そして、それは2000年代になって
秋葉原事件をはじめとした何件もの通り魔など
何のイデオロギーも宗教も大義名分もない
無差別テロが起きたのと、表裏一体なのである。
 
つい先日3月31日、
自ら「ひきこもり」であることを表明した事件(*2)は、
そうした表と裏がつながってしまったということだろう。
 
NHK NEWS WEB 2017.04.04  21:13
 
 
 
・・・「治療者と患者(135)」へつづく
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