VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

貧困と人づきあい(34)「生活保護は恥を知れ」という支援者<前篇>

貧困と人づきあい(33)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

 

このYahoo!ブログとは別のあるSNSで起こったことである。
 
元ひきこもりで、
現在は青森のほうでひきこもりの居場所づくりを研究している
上山さん(仮名)という方が、
貧困ビジネスに関する、ある記事(*1)への批判を書いた。
 
*1.生活保護でメシを食うNPOの実態 
「弱者救済」「自立支援」のウラで
デイリー新潮 2017.03.23
 
その記事のなかで、政治評論家の俵孝太郎が、
こう言っている。
 
かつては日本人の基本的な意識構造である“”の気持ちが生活保護をせき止めていました。ところが何十年かの間に恥知らずが横行し、『権利なのだから賃金と同じく請求してよい』という意識に変容してしまった。
 
その部分に感応して、
私がこのようにコメントを書きこんだ。
 
ぼそっと 池井多 :
私自身、生活保護受給者であり、
記事中で俵孝太郎が批判しているように
生活保護をうけることは恥ではなく
国民の「権利」だと思っております。
 
すると、スレ主の上山さんの友人である
干葉裕之介(ひば・ゆうのすけ)さん(仮名)という方が
このように意見を表明された。
 
干葉裕之介
生活保護が国民の権利?
確かに憲法で認められた立派な権利です。
ですが、それを堂々と口に出すものではありません。
しっかり恥じて権利を行使するべきです。
なぜなら、国民の3大義務である勤労の義務を怠っているわけですからね。

それと、生活保護のお金がどこから出ているかお分かりですよね?
日夜社会の荒波に耐え、稼ぎ出した労働力の結晶。
いわゆる税金から捻出されているということを忘れないでください!
 
干葉裕之介さんは、青森県のご出身。
 
航空自衛隊から仙台の高校の先生になり、
昨年から支援学校の教諭に移られたようである。
現在、30代前半でいらっしゃると思われる。
 
干葉さんは、さらに続ける。
 
干葉裕之介
生活保護を受けている方々は皆さん心の底から、
今の自分に満足しているのでしょうか?
ただ十数万円のお金を手にしてそれでいいと思っているのでしょうか?
本当は働いて誰かのために役に立って、
世の中の歯車となって社会に貢献し、
その結果として手にしたお金で快楽を味わいたいのではないでしょうか?

孤独から脱出する気持ちがあるならば、
働くと言わないでも、
職業訓練や支援施設などを経由して
社会に出ることを目指せばいいのではないでしょうか?
 
そこで私が、このように反論を掲げさせていただいた。
 
ぼそっと 池井多
> 干葉裕之介さん 

あなたは医療機関にかかったときに
保険証を使ったことはありませんか。
そのときをおぼえましたか。

年をとってから老齢年金を受け取るつもりはありませんか。
そのときは、毎回毎回、
をかみしめて受け取りますか。

社会保険も各種年金も、
けっきょく国の財政における社会保障費を
資格要件によって分配する先の形態ということで
生活保護と同根です。

干葉裕之介さん、あなたが
「国民の3大義務である勤労の義務を怠っているわけですからね。」
とおっしゃるのは、
大衆週刊誌の取材度の浅い雑な情報を鵜呑みにしているだけで、
まったく生活保護受給者の生活の実像は
見ておられないと思います。

病気の者は、
病気を悪くしないように努めるのが、
まずは勤労への道ではないでしょうか。

病をおして、作らなくてもいいようなものを作れば
「勤労している」
「国民の3大義務を果たしている」
と賞讃されるとお考えでしょうか。

また生活保護でも、私自身をふくめ、
限られた労働力で労働している者はたくさんおります。

しかしそれらの労働は、
「精神障碍者だから」
生活保護受給者だから」
といったさまざまな偏見によって
給料が払われることないために、
無償労働におしとどめられるのです。

すると、今度は
「有償労働ではないから」
という理由で勤労と考えられません。

生活保護受給者は、国民の3大義務を果たしていない」
などというようなことをおっしゃるなら、
そのような深層まで事実関係を
しっかりリサーチしたうえで
おっしゃっていただきたいと存じます。
 
このくだりを書きながら、私は思い出していた。
 
私は、自分が属する治療共同体のNPO法人
ザストの事務局員として何年か働いたが、
給料など1円ももらえなかった。
 
治療者も経営陣も、
 
「お前は精神科の患者なんだから、
いっしゅの作業療法として作業をさせてやっている
 
という恩着せがましい態度を取り続け、
私もそれに慣れてしまって、
いつのまにかそういうものだと思いこみ、
あえてこちらから給料も要求しなかった。
 
私がザストへ入れた助成金などのたぐいは、
延べ合計1200万円ほどになる計算だが、
それはすべて私が
「患者としてやらせていただいていた作業療法
ということで、
私には1円も入ってこなかった。
 
けれども、それでも文句をいわずに、
まじめに勤めていれば、
やがてこれまでの仕事が評価される時がやってきて、
私も有給職員に取り立てられ、
生活保護を脱する日もやってくるのかな……、
という淡い期待を持っていたことは、
告白しなければならない。
 
やがて、そのような淡い期待は、
水泡のように消え失せるときがやってきた。
 
ある日とつぜん、
私たちの治療共同体に外から入ってきた
治療者の娘、真子社長の姉貴分である岡村美玖事業部長に
私はメール一本で切られたのである。(*2)
 
*2.「岡村美玖のメール」参照。
 
ラディカル・フェミニストの岡村にとっては
精神科の患者のくせして生意気で、
なまじっか仕事ができる男性である私は、
自分の視界から抹殺したい存在だったらしい。
 
退職金はおろか、
花束の一つも送られなかった。
 
人一人(ひとひとり)の人生を変える作業は、
機械の部品をはずすように無造作におこなわれた。
 
まるで懲戒解雇みたいだった。
 
岡村の上に立つはずの塞翁先生も、
 
「あれは岡村が勝手にやったこと…」
 
などというだけで、
岡村に命じて元へ復させようとはしない。
 
何か弱みをにぎられているのか、
塞翁先生でさえも
阿坐部村のラスプーチン、岡村美玖には手を出せないのである。
 
岡村美玖は、横浜は港北区の一戸建ての邸宅に住む
富裕層の女性である。
 
生活保護受給者である私の生きがいや仕事を取り上げてまで
お金を稼がなければならない必要性は何もない。
 
自らを社長とするペーパーカンパニーも所有しており、
もう十分すぎるほど稼いでいる女性なのである。
 
このような経緯があって、
私は「無職」にもどった。
 
「ボランティアとして働いています」
という、
なんとなく「働いている」ように周囲へ言える立場から、
もう、どう転んでも「働いてない」というしかない立場へ
蹴り戻されたのである。
 
それまで無償ボランティアで働いたぶんは
チャラになった。
 
今この干葉さんのように外部の人間には、
私は「働いてない」と言うしかない。
 
そうでなければ、嘘をつくことになる。
 
だが、そう答えれば、
「お前は働いてない。
 国民の税金で喰わせてもらっている」
と、怠慢な生活保護受給者として批判の対象となるのである。
 
じっさい、もし干葉さんが私の納税記録を調べれば、
ザストで働いた歳月は1円も給料をもらわなかったために、
まさしく彼の批判を裏打ちするような、
「ずっと働かないで、
汗水たらした国民の税金で喰わせてもらってきた」
という履歴しか出てこないのだ。
 
私は言葉を継ぎたした。
 
 
ぼそっと 池井多
干葉裕之介さん あなたは

「本当は働いて誰かのために役に立って、
世の中の歯車となって社会に貢献し、
その結果として手にしたお金で
快楽を味わいたいのではないでしょうか」

と書いておられます。

そこには重層的にいろいろなことが絡みますが、
しかしまずは、
「じっとしているのが快楽の人もいる」
ということを申し上げておきたいと思います。

それは、あなたのように健常な方だったら、
老いて身体が動かなくなってきたとき、
はじめてわかることなのでしょう。

人は誰しも、
その人なりの全力で生きているものだと思います。


たとえば極端な例かもしれませんが、
ひねもす坐禅を組んでいる修行僧は、
傍目には「何もしてない」と見えるかもしれませんが、
あれはあれで全力で生きている状態でしょう。

もっと俗慾にまみれ生活力のある人から見ると、
「ただ怠けている」
と見えるだけかもしれませんが、
生活保護受給者も、
今その人が持てる力のすべてで生きているのです。

人は、生きて存在しているだけで
「世の中の歯車となって社会に貢献し」ているものです。

相模原事件で犠牲となった多数の精神障碍者の方々さえ、
ちゃんと世の中の歯車となって社会に貢献していた
と私は思います。

ただし、
「その結果として手にしたお金」があるかどうかは、
本人だけではいかんともしがたい領域の問題です。
払う人が払ってくれなければ、
働いた者はお金を手にできませんから。

私のように、何十年にもわたって、
いろいろなところで働いてきましたが、
お金を払うべき人が逃げてしまったりして、
手に入ってくるお金がなく、
けっきょく生活保護で命を永らえている人間も多くおります。

干葉さん。
あなたの生活保護観は、質の悪いメディアにおどらされていて、
ひじょうに視野がせまく平面的な印象があります。
そういう方が学校の先生として、
次世代の日本人を育てておられるとなると、
深く考えこまざるをえません。
 
干葉裕之介 
> ぼそっと池井多さん。
長々と返信頂きありがとうございました。
私から一つだけ反駁いたします。

「私は生活保護を受けていることが悪い!」
と述べてはおりません。

池井多さんがおっしゃるように、
経済的な困窮や病弱などの理由によって
一時的または一生涯
生活保護を受けなければならない人もおります。

しかしながら、
堂々と「生活保護を受けることが国民の権利」と言っている
ということに私は問題を感じています。

池井多さんは精神障害やひきこもりに対して
様々な考えをお持ちでしょう。

ですがね。安易にそのような発言をすることによって、
支援者の方々や、
自分がこれまで汗水流して働いた税金が
生活保護に使われることに何の違和感も感じなかった人たちから
「そんな考え方をしているならば…」
見放されますよ。

結果的に、精神障害者や多くのひきこもりの方々、
私が社会へ送り出す支援学校の生徒たちへの
社会的視線が厳しくなります。

池井多さんはひきこもり新聞に携われているのですよね?
池井多さんの発言は一個人の発言ではなく、
ひきこもり当事者の発言として世間は受け取ります。

その点をお考え頂けませんか?
 
 
なにやら論理が捻転してきたように感じた。
 
最後のほうは脅迫めいてきてもいる。
 
「安易にそのような発言をすることによって」
「見放されますよ」
 
「池井多さんの発言は一個人の発言ではなく、
ひきこもり当事者の発言として世間は受け取ります。
その点をお考え頂けませんか?」
 
これらはいったい何を意味するのであろうか。
 
干葉裕之介さんは、
青森や宮城のほうでひきこもりの
支援をしている(ことになっている)人らしい。
 
なにやら
「いうことを聞かないと、支援を断ち切るぞ」
と脅しをかけてきたように聞こえたのである。
 
そして、それは
私の患者村において塞翁先生が
「発言をやめないと、治療関係を断ち切るぞ」
と脅しをかけるのと
構造的にとても似ている気がした。
 
私は思わず、
この議論に深くのめりこんでいった。……
 
 
 
 
  •          

    顔アイコン

    <支援する側が支援される側の倫理性を問い、支援者側が望むような倫理性を持たないなら、支援はしないと脅したくなる>というのは、人の性(さが)としてなかなか逃れられないものだとも感じます。


    私自身支援を必要とし、公の支援を受けているにもかかわらず、自分を犠牲にしてまで支援したくないと思う母親との縁を切ったからです。

    なんでも人のせいにして他者を非難しまくり、自分こそ孤独な悲劇のヒロインだと騒ぎ立てる彼女の悪癖は半世紀以上続いていますし、改善する見込みはないと思ってしまうのです。

    何をもって、倫理性の欠如による自業自得と決め、支援しなくてもよい対象とするのかは、自分が支援する側になってもされる側になっても、本当に悩ましく頭の痛い問題です・・・ 削除

    hit***** ]

     

    2017/4/24(月) 午後 3:48

     返信する
  •          

    hit*****さま コメントをどうもありがとうございます。

    おっしゃるとおり、ほんとうに悩ましく頭の痛い問題ですね。

    支援者-被支援者、治療者-患者といった人間関係に、ある種、宿命的につきまとう主体の奪い合いのような何かは、まるでメビウスの輪のような構造をしていると感じることがあります。

    今日の記事は、明日の後篇につづきます。 削除

    チームぼそっと

     

    2017/4/24(月) 午後 4:44

     返信する
  •          

    顔アイコン

    こんばんは~

    まさに、「権利と義務」を鎌倉時代の「御恩と奉公」とはき違えている典型ですよね…(-_-;)

    >最後のほうは脅迫めいてきてもいる。

    >「安易にそのような発言をすることによって」
    >「見放されますよ」

    これ、わが国でなされる説教の常套パターンですよね。
    私もよく父親から言われますわ…
    「こんなことやってると周りから相手にされなくなるぞ」
    「どうなっても知らんぞ」とか…

    とにかく、こういう手合いに対しては、「それ、『御恩と奉公』とちゃいますか?権利と義務はそういうものとは別物ですよ」と言い返せばいいと思います。 削除

    豚猫大好きぶーにゃん ]

     

    2017/4/25(火) 午後 10:35

     返信する
  •          

    豚猫大好きぶーにゃんさま コメントをどうもありがとうございます。

    なるほど、そういう反論の仕方もありましたな。(ΘoΘ)...削除

    チームぼそっと

     

    2017/4/26(水) 午前 0:45

     返信する
  •          

    顔アイコン

    VOSOT様の反論は、とても良い反論だと思いました。
    この千葉さんというかたの言う「国民の3大義務である勤労の義務を怠っている」ですが、例えば親から遺産を相続して、遊びほうけているひとはどう考えるのでしょうね。。。またあの手この手で節税や脱税している人とか。。
    みんながみんな「汗水たらして働いている」わけではありません。
    また、日本で手広く商売しているインターネット通販の外資なんかも、税率の低い外国で申告していて、日本には法人税をほとんど納めていません。本当はそちらを追及すべきなのですが、それは困るので、マスコミを通じて「生活保護叩き」のネタをリークして、一部の不満層のガス抜きに使われているのでしょう。
    生活保護の権利に対して不正受給やワーキングプア問題などを一緒くたにし、そこに自分自身の鬱憤を大量に混ぜ込んでぶつけているように感じました。 削除

    aon*_*85 ]

     

    2018/7/28(土) 午前 0:12

     返信する
  •          

    aon*_*85さま 3件のコメントをどうもありがとうございました。

    先進国にはそれぞれ日本の生活保護に相当する社会保障制度があるわけですが、どうも日本だけが旧弊的な価値観にとらわれた生活保護叩きをしているように思われてなりません。根深い問題です。

    「貧困と人づきあい(2)」にお寄せいただいたエピソードも面白く拝読しました。いっけん相手を持ち上げるようでいて、結局やりたいのは自分の自慢話、という方はよくいますね。相手をほめたたえたのは、自分の自慢話を聞かせるための素地を作ったのに他ならない、というような。 削除

    チームぼそっと

     

    2018/7/28(土) 午前 9:03

 

All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020