VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

治療者と患者(152)デュアルの煙 ザスト被災地支援秘話<0>お嬢さまの大冒険

治療者と患者(151)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多
 
 
で、豊田真由子衆院議員の暴言暴行事件を取り上げたが、
私なりにいろいろな角度から考察してみたものの、
どうも何か十分ではないという不全感が残った。
 

 
 
何か大事なことを言い足りていない気がしたのである。
 
なかなか社会から賛成を得られないだろうけれど、
じつは私は、
 
あの暴言暴行事件の核心は
暴言暴行などにはない
 
という逆説を吐きたいのだ。
 
もし豊田議員に加害性があるとしたら、
それは暴言暴行にあるのではない、
という気がするのである。
 
では、何か。
 
それを語るのに、私の個人的な感覚の体験から
お話しさせていただきたい。
 
あの事件の第一報を聞いて、
まっさきに私の脳裡にうかんだのは、
豊田議員の選挙区、埼玉県新座市ではなかった。
 
私は、新座市を少し知っている。
 
だから、新座市が思い浮かんでも不思議はなかったのだが、
浮かばなかった。
 
浮かんだのは、
豊田議員が住んでいる東京都江東区でもなかった。
 
どういうわけか、遠く離れた宮城県
仙台駅東口のあたりの風景が頭にうかんできたのである。
 
これはいったいどういうわけだろうか。
 
われながら、怪訝に思って、
心を空っぽにして、その背景を考えてみると、
どうやら被災地支援のころ、私が
塞翁先生の娘、真子社長と被災地支援に行って、
仙台駅東口まで帰ってきたときのことが、
豊田事件の連想として浮かんでいる気がするのである。
 
フロイト教徒である私は、
いつもこのように自分と対話する。
 
「セルフ自由連想法」なのである。
 
さて、そうして浮かんできた仙台駅東口で、
豊田議員のような暴言暴行事件が
真子社長によって行われたのか、
というと、
そんなことはない。
 
そんな事件は、仙台でも起こっていないのである。
 
では、なぜその街景がしつこく私に浮かぶのか。
 
私は目を伏せ、
静かに記憶がよみがえるのに自らをゆだねてみた。
 
すると、思い出されてきたのは、
意外な事実であった。……
 
 
 
 
 
 
被災地支援というのは疲れる。
 
とくに何をしたわけでなくても、
どっと疲れるものであった。
 
きっと、身体よりも神経を使っていたのだろう。
 
支援の対象としていた十浜地区から
拠点都市、仙台までレンタカーで帰ってくるのに
だいたい二時間。
 
もっとも、私はクルマを運転しないから、
真子社長と行った時には真子社長が運転してくれていた。
 
運転していない私ですら疲れていたから、
運転していた真子社長はもっと疲れていただろう。
 
仙台駅東口まで帰ってきて、レンタカーを返すと、
真子社長は、
 
「あー、疲れた! お茶する!」
 
といい、間髪いれずに、
 
「どこでタバコ吸えるか、
このへんの地図、せんぶ把握してっから」
 
と早口でいった。
 
つまり、仙台駅周辺においては、
どこに喫煙可能なスポットやカフェがあるか
ぜんぶ彼女の頭に入っているから、
という意味である。
 
それは、べつによい。
どうでもよい。
真子社長の頭に喫煙場所が入っていようと、いまいと、
私の知ったことではない。
 
私は喫煙者ではない。
だが、私は禁煙ラディカルでもない。
 
真子社長が個人的に喫煙するのなら、
それは真子社長の自由であるし、
私が受動喫煙しないところで喫っていただけば
何も文句はないのである。
 
ところが真子社長は、同行している私に
「ここでいい?」
と一言も諒解を求めることなく、
喫煙できるカフェへすたすたと入っていったのであった。
 
こうなると、私も入っていかざるを得ない。
 
姫さまである真子社長の、
「お付きの爺や」のようなポジションに、
私は居たのであった。
 
真子社長は、さらに
これまた当然のように禁煙エリアを素通りして、
奥の喫煙席にすわる。
 
あたりは煙で曇(くも)っている。
それを見ただけで、
私は気のせいか、息が詰まってきたが、
仕方がないので、そこに座る。
 
それから小一時間、真子社長は、
でかい鼻の穴から煙をデュアルで吐き出しながら、
「政治がどうの、こうの」
という話を延々と続けておられた。
 
真子社長に悪意がないのは、わかる。
 
しかし、私にとっては拷問であった。
 
まるで酸欠の池の表面に、
魚が口をパクパクと開けて上がってくるように、
私は、白く濁った喫煙コーナーの空気のなかで、
少しでも煙のうすそうな空間めがけて口を突きだし、
あちこち空気をむさぼった。
 
だが、そんなのは愚にもつかない気休めである。
容赦なく煙は肺に入ってくる。
 
たちまち肺の内側に、
吸いこんだ煙がニコチンのうすい膜を張るような
気持ち悪い妄想をおぼえる。
 
なんといっても目の前で真子社長が、
まるで蒸気機関車のように旺盛に、つぎつぎと
でかい鼻の穴からデュアルで煙を吐き出してくるので、
いくら私がむなしく逃げても、
煙地獄からのがれられるわけがない。
 
私は、うらめしそうに
そのデュアルの吐き出し口を見つめた。
 
つぎに私は、自分の顔の周囲から
煙が行きすぎてしまうまで、
しばらくじっと息を止めて、待ってみた。
 
少し煙が行き過ぎて、
私の顔のまわりが霧の晴れた山頂のようになってくる。
 
その時を狙って、
すかさず呼吸を何回もおこなう。
「酸素を吸いだめておこう」
という、せこい魂胆である。
 
ところが、そのころになると、
すかさず真子社長が無情にも、
また次のタバコに火をつけているのである。
 
白く濃い煙がデュアルの排出口から吐き出され、
ふたたび私の顔の周囲へ押し寄せてくる。
私はまた息を止める。……
 
そんなことを繰り返しているものだから、
脳が酸欠して頭が痛くなってきた。
 
真子社長はあいかわらず
煙をデュアルで吐き出して
 
「政治がどうの、こうの」
 
とさかんに語っている。
 
かねがね私は、
政治の話ばかりしたがる、ある種の人々に不信感がある。
 
結局そういう人たちにとって
政治の話というのは、
「いかに自分が世間を知っているか」
「いかに自分が人脈につながっているか」
「いかに自分が社会性を持っているか」
ということを誇示するための自慢話にすぎず、
内実は少しも政治的ではないのだ。
 
政治の話ができない空気というのも不健全だが、
政治の話ばかりしたがるのも健全さを感じない。
 
とくに中身がなく、
殻だけでできている政治の話の場合はそうである。
 
まさに、このときの真子社長がそうであった。
 
いまは政治なんかどうでもいい。
酸素だ。
私が欲しているのは煙のまじっていない、きれいな空気だ。
 
「政治がどうの、こうの、というのならば、
まさにこの関係性が政治だろう」
と考えながら、
私はうらめしそうにデュアルの排出口を眺めていた。
 
政治とは、権力構造があるところに、
すべからく発生する。
知らないあいだに発生しているのだ。
 
なにも国会や都議会や市議会や町議会や村議会だけが
政治の場ではない。
 
家庭も、クルマの中も、カフェの中にも
政治がある。
 
なぜ私は黙っていたのか。
 
私も、口があるのだから、
 
「真子社長、タバコを吸わない私の権利はどうなるのですか。
私はこんなところで受動喫煙したくありません」
 
ときっぱり言えばよかったのではないか。
 
ところが、言えなかった。
 
言えない関係性が、そこにはあった。
 
まさしく議員と秘書の関係である。
 
塞翁先生の患者であるかぎり、
私は真子社長をお姫さまとして
持ち上げていなければならなかった。
 
それもいくつかのファクターから多層的にできている。
 
まず、父である塞翁先生が
患者という人間存在を客体(デクノボウ)としてみなすことを
当然とする人間観を持っているために、
娘である真子社長はごく自然に
その人間観を受け継いでいた。
 
真子社長は、塞翁先生が若いころ勤務していた、
ある広い精神病院の敷地内にある
官舎のようなところで育ったらしい。
 
おそらく幼いころから、
生活環境に患者たちがいた。
 
「パパの患者」というと
当たり前のように自分にかしずく存在として、
患者たちを見て育ってきたのだろう。
 
だから、真子社長は私への接し方を
なにか悪意をもって傲慢に選び取っているものではない。
 
とくに私だけ馬鹿にしてやろうと
身構えているわけではない。
 
すべては彼女の成育環境のなせる業なのだ。
 
英語にかこまれて育てば、
当たり前のように英語をしゃべる人間になるのと同じだ。
 
そんな真子社長にとって、
私という人間は客体であった。
 
だから、好きなように使っていいし、
タバコを吸うときも許可を求める必要などなかったのである。
……まるで古代ローマの市民が、
奴隷にそういう許可を求める必要がなかったように。
 
いっぽう私は、
このように私を客体化してくる人たちに
芯からむかついていた。
 
自分の母親から、あれだけ理不尽な虐待を受け、
とことん主体を剥奪されてきた私は、
主体を取り戻すことが、
大人になってからの人生であり、
患者として回復らしきものの歳月であった。
 
なぜ、このような四十女に客体化されなくてはならないのか。
なぜ、このような煙に耐えなくてはならないか。
 
その答えは、
「私が塞翁先生の精神医療の場に
17年も前に患者として入ってしまったから」
なのであった。
 
薬を多用しない、対話による精神療法であり、
集団療法であるがゆえに、
必然的に「ムラ」を形成する塞翁療法の場に
「患者」として入ってしまったから、
なのであった。
 
しかし、それでも私には患者として希望があった。
デュアルの煙に耐えるに値する、期待があった。
 
それは、こういう希望であり、期待であった。
 
「こういう奴隷のような扱いに耐えていれば、
いつか家族療法の専門家、塞翁先生は
病的な私の原家族の治療に乗り出してくださる。
 
いまは近親姦被害女性に夢中になっておられるが、
私の心的外傷も近親姦と構造的に同じなのだから、
きっと私の治療に乗り出してくださる。
 
そのとき、私の人生は始まるのだ。
そのために私は長年、ここへ通っているのだ。
 
いずれ本格的にお世話になるのだから、
娘さんのデュアルの煙くらいでいちいち腹を立てるとか、
つまらないところで角を立てるのはやめておこう」
 
……こういう統制が、
それらの希望と期待を支えとして、
私のなかに無意識にはたらいていたのである。
 
これらすべては、一つの絶妙な均衡に到っていた。
 
だから私は、真子社長の空っぽな政治の話と、
デュアルの煙に耐えつづけていた。
 
たとえば、真子社長が、
知性にも人間性にも優れ、
私が個人的に尊敬している部分がもっとあったならば、
まだしも力学が異なり、状況はちがっていただろう。
 
少しぐらいぞんざいに扱われたところで、
「しょうがないな」
と思って、その関係性を受け容れるぐらいの寛容さは
私にだって、ある。
 
たとえば、
塞翁先生の秘書のミューズ山野さんや
太田川前院長や
スタッフの萩原さんだったら、
同じ女性でも
こういうふうに目の前で鼻からデュアルの煙を吐き出されても、
空っぽな政治の話を延々とされても、
さきほど述べた希望や期待という担保などなくても、
まだしも私は、その関係性を
不平なく受け容れていたことだろう。
 
しかし、真子社長は残念ながらそういう人ではない。
塞翁先生の娘という属性がなければ、
私はなぜ、自分が彼女の前で自分のようにふるまわなくてはならないか、
理由の見つけられない人であった。
 
そういうことを含めて、
ひとつの絶妙な均衡が取れていたのである。
 
それは、私が塞翁先生の阿坐部村につながって
17年という歳月をかけて
ゆっくりと醸成されていた均衡であった。
 
いくら真子社長が真子社長であっても、
私がザストの職員として
阿坐部村の中に自分にふさわしい居場所を与えられていることで、
でかい鼻の穴からデュアルで吐き出されている煙の件も、
すべて相殺されていたのだ。
 
 
 
 
 
 
ところが、それからまもなくして2015年4月、
真子社長の姉貴分、岡村美玖がワイエフエフに入ってきて、
患者社会のことを何も知らないくせに
私をザスト事務局からメール一本で追い出したことにより、
一気にこの均衡がくずれた。
 
爆発的にくずれた。
 
ここにも、
どうも真子社長が一枚からんでいる気がしてならない。
 
とにかく、これをきっかけに、
私の原家族の治療も、
塞翁先生には、はなからやる気がなかったことがバレた。
 
私は、近親姦患者たちのダシにすぎなかったことがバレた。
 
私が、あの煙に耐えていた意味は失われた。
 
私が、真子社長にかしずいていた意味も失われた。
 
私が、塞翁先生の宦官患者をやっていた意味が失われたのだ。
 
私は、言うべきことを言わないで我慢してきたことに
意味がなくなった。
 
すると私は、言うべきことを言えなかった
過去の自分に怒るようになった。
 
そして、言えなかったことは
せめてこれからは言うことにしようと
どこかで心に誓ったのだ。
 
先日6月27日のザスト総会も、
そういった文脈においてとらえていただかなくてはならぬ。……
 
 
 
 
 
 
 
 
豊田真由子衆院議員も、おそらく
ことさら悪意をもって
元秘書に暴言暴行をはたらいたのではないと私は思う。
 
それまでやってきた当たり前のことを
元秘書に対して
当たり前のようにやっただけだったのだろう。
 
真子社長も、なにも私に対して
暴言暴行の類いを働いたわけではない。
 
ことさら悪意をもって
デュアルの排出口から、
つぎからつぎへと蒸気機関車のようにたくましく
有毒な副流煙を吐き出していたわけではない。
 
幼いころから彼女の周囲に存在した「患者」に対して、
当たり前にしてきた接し方を
当たり前にしただけである。
 
しかし、真子社長も豊田議員も、
そういうふうに関係性から生じていた権力を
あまりにも無自覚に行使していた、行使できていた、
という点で共通している。
 
行使されている側にしてみたら、
それはこちらの人間的価値の否定なのである。
 
「雇われ秘書」だから「ハゲ」呼ばわりされること、
「パパの患者」だから「客体化」されること、
それらは水で何倍にも薄めた、
人間的価値の否定だったのである。
 
それでも雇われているあいだは、
元秘書と豊田議員のあいだには
give and take が成り立ち、
均衡が保たれていた。
 
クビになったことで、一気にそれがくずれた。
そのため、元秘書も告発という行為に出た。
 
真子社長と私の関係も、
私がザストの要職にあるあいだは、
give and take が成り立ち、
均衡が保たれていた。
 
岡村美玖のメール一本によって、
一気にそれがくずれた。
そのため、私も一連の発言に出ている。
 
関係性が変質すると、
それまで暴言でも暴行でもなかった
豊田議員の一挙一動が、
暴言や暴行という語を割り当てられて、社会へ発信される。
 
同じように、関係性が変化すると、
それまでただの喫煙室の会話だった
真子社長の一挙一動が、
私という人間的価値の否定という意味をあてがわれて、
社会へ発信されるのである。
 
こうして考えてみると、
豊田議員も真子社長も
両者に共通しているのは、
 
「自分は、目の前にいるこの人間より上なのだ。
 だから、この他者は自分が『使う』存在だ」
 
という認識であったように思う。
 
それは他者の客体化であり、
おおげさに言うならば、一種の選民思想である。
 
じつは、これこそが
暴言や暴行よりも、
豊田議員の加害性の核心にあると私は思ったのだ。
 
豊田真由子暴言暴行事件を聞いて、
ふと私の眼前に
事件が起こった土地とはまったく関係のない、
宮城県仙台駅東口の光景がよみがえってきた謎も、
これですべて解けたのであった。
 
 
 
・・・「治療者と患者(153)」へつづく

 

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