VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

被災地の内と外(22)六年目の御礼状

被災地の内と外(21)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多
 
××××さま

海の幸が届きました。
お心遣いいただき、まことにありがとうございます。

そろそろホヤも季節の終わりとのこと、
梅雨どきのホヤはぷっくらと膨らんで、
肉厚で重量感もあり、そして
かなり甘みもありますね。
日本酒好きの私には堪えられない逸品です。
いつもおいしいものが獲れると、
わざわざ私如きにお送りいただいて、まことに恐れ入ります。

塩うには、保存が効きそうですので、
酒呑みが集まった時に開けさせていただきます。

お返しに何か東京のものを、と考えるたびに
私は東京には何もないと感じます。
たしかに、数えきれないほどの銘菓は売られていますが、
それらは私を代表し、私を語る品物ではありません。

十浜地区のように
「自分たちの浜で獲れた自慢の魚だ、海産物だ」
に相当するものが、私には何もないのです。

5月に新しい復興住宅に入られたとのこと、
「おめでとうございます」
と申し上げてよいのかどうかわかりませんが、
仮設住宅ぐらしも
当初の予定を大幅に超えて6年の長きにわたり、
さぞお疲れになったことでしょう。
「復興」と呼ばれるものにも
これでひと区切りがついたのでしょうか。

最近、私たちの患者組織ザストで年次総会がおこなわれまして、
そこで私は、なぜ私が追い出されなければならなかったのか、
と理事長にちょくせつ尋ねる機会を得ました。

なんと理事長は「被災地支援」を原因に挙げたのです。
これは驚きでした。

私どもが十浜地区にお邪魔しているとき、
ご存じのように理事長の娘さんが
ワークショップをやるだのやらないだのと言っていた時期があり、
しかし結果的に理事長もワイエフエフも
ひとときも被災地支援に
どっぷりとはまって考える時を持ちませんでした。

何をしなくてもいいけど、
関わった以上は支援とは何か、
いっしょに考えてほしかった。

「結果的に、何ができなくてもいい。
私たちのことを親身になって考えてくれるのがうれしい」
と××××さんはおっしゃってくださいましたね。

私も、そのお言葉が涙が出るほどうれしかったのです。
そして、そのお言葉のとおり
結果的に私たちザストは
何もできなかったのかもしれません。
しかし、私たちは一時期は、心は十浜地区の住民でした。

そういうときが、ワイエフエフにはみじんもなかったのです。
ところが、私をザストから追い出すのに際して、
「被災地支援」を原因に挙げ、
今ではザストは
まったく被災地支援に関わらなかった患者たちが
上層部に君臨しています。

いま彼らはリカモリング・アホバイザー制度といって
患者をにわか仕立ての治療者に仕立て、
カウンセリングごっこをやっております。

しかし、私たちザストが十浜地区へお邪魔していたころ、
被災された住民の皆さまのお話を聞かせていただいたような
いわば「真剣勝負」の緊張感が、
彼らのカウンセリングごっこにはありません。

しょせん、彼らは見知った者同士、
同じ患者村の上と下の患者が、
なれあいのおしゃべりをしているだけなのです。

このようなところにも、
私は震災の風化を感じています。

「風化させてはいけない」
と言われながらも、
少なくとも東京では、
もはや東日本大震災は完全に風化し、
過去のことになっているのが感じられます。

それが人間の限界なのだ、と書いている作家もおります。

私が最近、そのことを感じたのが、
宮城県のつくった観光PRの動画でした。

ご存じかどうか知りませんが、
壇蜜という女性タレントを起用して
県の観光推進課がつくったもの
(*1)ですが、
これが私の周囲ではたいへん不評です。
宮城県にはこんな観光資源しかないと思われる」
「県民の税金をつかって県のイメージを悪くしている」
などと厳しい意見がとびかっております。

たしかに、その動画をインターネットで見てみると、
私が考える宮城県の良い所はひとつも出てこないし、
津波からの復興を観光資源にしようとしていた当初の方針が、
すでにまるきり忘れ去られているのが感じられます。

「もう津波で観光客を呼ぶ時代は終わった」
と県が言っているような印象があります。
なんか残念です。

いっしょに石巻助成金申請に行った時に、
「国の光を見ること。それが観光です」
と私はプレゼンで述べさせていただきました。

もともと易経という中国の古い書物に、

観国之光 利用賓于王
(国の光を観る もって王に賓たるによろし)

という一節があり、
復興した様子を被災地の外から人間が観に来ることが、
ほんらいの「観光」の意に沿っていて、
そういう人を呼ぶために十浜地区に助成金を、
というのが私の主旨でしたが、
いまでも私は、観光とはそういうものだと思っております。

けっして牛タンやずんだ餅を喰って
伊達政宗銅像にタッチして帰ることが
宮城の代表的観光ではないと思っております。

十浜地区はじめ、いわゆる被災地と呼ばれた地域の皆さんが、
どんな思いでこの六年を過ごしてきたかを
肌身で感じてもらうのが、
ほんとうの宮城の観光だと思っております。

そういうなかで、
このたびの壇蜜宮城県PR動画はほとほと残念です。

東京方面においでになる機会などありましたら、
ぜひ事前にご連絡いただければさいわいです。

それでは十浜地区の皆々さまにも
どうぞよろしくお伝えくださいますよう。

2017年7月29日 ぼそっと池井多
 
 
・・・「被災地の内と外(23)」へつづく
 
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