VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

スパゲッティの惨劇(35)私が左翼少年であった、本当の理由

 「スパゲッティの惨劇(34)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

 

親から存在承認をもらえなかった私は、

親の代わりを求めていたのだろう。

しきりと自分より年上の世代からの

存在承認に飢える少年となった。

 

先輩の前では、

ことさらバカでお茶目で忠実で、

先輩から「かわいがってもらえる」後輩を演じたし、

10歳から15歳ぐらい上、すなわち

半世代ほど上の全共闘世代に対しては、

彼らのナルシスティックな武勇伝を

ふんふんと興味深く、おとなしく聞く、

傾聴カウンセラーの役割を果たしていた。

 

AC(アダルト・チルドレン)は、

原家族という環境で培われた

特色のある6つのキャラクターを帯びることが多いが、

年上の世代に対しては、

そのうちの「道化師」の役割を帯びて

私は彼らの存在承認を乞うていたのである。

 

サルトルの言葉でいえば「客体優位」な少年であった。

 

のちに、たとえキャバクラやガールズ・バーなど

性風俗の店に行っても、

こちらが金を払ってカウンセラーをやるはめになり、

女の子の愚痴話を聞いて帰ってくるだけで、

少しも自分の心が「はけない」男になる素地は、

すでにこの時代につくられていたのかもしれない。

 

1962年生まれの

それなりの進学校へ通う私のような男子が、

そのように上の世代に媚びるとどうなるか。

 

あの時代は、たいてい似非(えせ)左翼になるのである。

上の世代が左翼だからである。

 

 

 レヴィストロースの青年時代

文化人類学レヴィ=ストロースは、

彼の自伝的旅行記といってもよい『悲しき熱帯』で、

自らの青年時代を振り返り、

このようなことを書いている。

 

外向的と内向的という言葉は、およそ陳腐ではあるが、恐らく、この対照を表現するには最も適当であろう。一方には、「若者」(民俗学が伝統的に、この言葉を年齢階級の一つを指すのに用いているような意味での)、騒々しく無遠慮で、およそ最低と思われる俗悪さと手を握ってでも世の中を安全に渡ろうと心を砕き、政治的には極右(その時代の)を志向している「若者」。そしてもう一方には、今からもう老け込んでしまった青年たち、慎重で、引っ込み思案で、一般に「左傾」しており、彼らが成ろうと努めているあの大人たちの仲間に今から数えられるべく、苦行している青年たちがあった。(*1)

*1. レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』

「どのようにして人は民族学者になるか」P.78

川田順造 訳 中公クラシクス 2001年

 

なるほど、いかにも文化人類学者らしい

興味深い分類であるが、

私は必ずしもレヴィ=ストロースが描く座標軸に与しない。

 

もちろん、彼が「右」「左」といっているのは、

政治的な「右」「左」とはあまり関係がない。

 

あれこれ考えてしまい、「左傾」したあげく、

右翼団体の門をたたく青年もいる。

 

反対に、左翼政党のなかで、

立身出世をめざす「右」な青年もいる。

 

とくに、社会党がつよいフランスではそのはずである。

 

ここでレヴィ=ストロースが分けているのは、

何の疑いもなく世俗的な栄達をめざす「右」と、

そうはできず、あれこれ考える「左」の

青年のちがいであろう。

 

そのように大別すれば、

明らかに私は「右」ではなかったが、

だからといって、私は「左」にもなり切れなかった。

 

世俗的な大人になりきれないのが「左」だとすれば、

それにもなりきれない私のような人間は、

ほんとうに始末が悪い。

精神病院にでも行くしかない。

 

ところが、のちに、

精神病院にいっても、

そこで外傷再演をさせられ、

デクノボウになりきれない私がいるのである。……

 

ともかく、私の青年期は、

政治的な「右」「左」はいうまでもなく、

レヴィ=ストロースのいう「右」「左」よりも、

上の世代から存在承認を得ることが

何よりも大事だったのである。

 

そして、私の周囲には、親や教師をふくめて、

レヴィ=ストロースがいう「右」の大人で

なおかつ、信頼できる人がいなかったので、

まっとうな立身出世をすることで、

承認という報酬をもらうという発想じたいがなかった。

 

母からもたらされるそれは、

真の意味で報酬でも承認でもないことは、

すでに無意識に気づきかけていたのである。

 

 

高校では左翼と呼ばれ、大学では右翼と呼ばれて

高校のころ、私は周囲から左翼少年とよばれていた。

 

私が通った高校は、

1971年から72年にかけて

左翼過激派、連合赤軍が起こした一連の事件(*2)のうち

犯行メンバーの二人までを輩出していた。

 

*2. 連合赤軍山岳ベース事件(1971-72)

 あさま山荘事件 (1972)

を指す。

 

そのうち一人は、

あさま山荘事件で内部にたてこもり、

銃をもって機動隊と交戦した。

 

私がその高校へ入ったのは、

事件の6年後のことであり、

実行犯の学年はとうに卒業していたが、

彼らの「栄光」は、

一部の生徒たちのあいだで

脈々と語り継がれていた。

 

一部とは、生徒会周辺である。

 

いっぽう私は、母親に支配されて育ったので、

ほかの級友を支配したいと思っていたのだろう、

今から考えれば、ホトホト馬鹿なことをしたと思うが、

高校一年生のときは生徒会書記に、

二年生のときは生徒会長に立候補し、当選し、就任したのである。

 

生徒会は代々、左翼少年たちが役員になることが多かった。

 

私の周囲にいたクラスメイトで、

政治などとは無縁な、早熟な生徒たちは、

遅熟きわまりなく、子どもっぽい私が、

口では政治がかったことをほざき、

生徒会長などやっているのを見て、

陰で失笑していたのにちがいない。

 

彼ら級友のなかには、すでに女と同棲し、

女性を孕ませたの、堕おろさせたの、

といった噂のある者もいた。

 

これが、おそらくレヴィ=ストロースのいう

「右」の少年たちである。

 

そのような輝かしい黒いうわさを持つ

早熟な「右」の級友たちには、

性経験はおろか、女の子とキスしたことも、

手をつないだこともまだなかった「左くずれ」の私は

とうてい恐ろしくて近づけなかった。

 

私は「生徒会室にひきこもる」という知的防衛をもって、

彼らの存在に対して、

なけなしの対抗をしていたのである。

 

 

・・・「スパゲッティの惨劇(36)」へつづく

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  •                 

    顔アイコン

    へえーぼそっとさん生徒会長やったのですか。
    私はぼそっとさんとは違って主体性のないボンクラ・ノンポリでしたが、今も付き合ってる友人と二人で学校を乗っ取ってやろうと画策、生徒会長になりました。今思えば面白い経験でした。 削除

    迷えるオッサン

     

    2017/10/18(水) 午前 10:59

     返信する
  •                 

    迷えるオッサンさま コメントをどうもありがとうございます。

    > へえーぼそっとさん生徒会長やったのですか。

    そうなのです。

    高校において居場所の獲得の仕方が他になかったのでしょう。

    恥の記憶です。

    でも、高校時代に馬鹿なことをしておいたおかげで、大人になってから政治家に立候補したりなど、もっと馬鹿なことをしないで済みました。 削除

    チームぼそっと

     

    2017/10/18(水) 午前 11:59

     返信する
  •                 

    ぼそっとさんが生徒会長だったことは、意外である反面、さもありなんです。

    それは、収録動画の中でお見受けする、議事進行の巧みさです。話者の話や意見に当意即妙に応じるその議事進行の采配は、以前からまるで田原宗一郎なみの玄人はだしだと感じていました。

    なるほど昔とった杵柄だったというわけですね。 削除

    痴陶人 ]

     

    2017/10/18(水) 午後 5:58

     返信する
  •                 

    痴陶人さま コメントをどうもありがとうございます。

    お褒めにあずかりまことに恐縮であります。

    しかし、痴陶人さんが私の「議事進行」と感じていらっしゃることは、
    生徒会長とは関係ないかもしれません。

    たいしてうまい議事進行でもありませんが、
    私はひとさまの話、とくにライフ・ストーリーという物語を聞くことに、根っから興味がつきないのです。

    やはり相手の話の中に没入すると、
    どうしても「当意即妙」にならざるをえないでしょう。

    あとは、ジャーナリストの師匠たちの影響ではないかと思います。
    田原氏はお会いしたことないですが。

    それから、じつは
    被災地支援も関係しています。
    たくさんの方のお話をうかがって、
    60万払ってリカモリ講座なんぞに通うより、
    はるかに「聴くこと」を鍛えられました。 削除

    チームぼそっと

     

    2017/10/18(水) 午後 8:01

     返信する
  •                 

    深いお話です。

    仕切るではないということですね。

    主役は話者だと。

    そうあるべきだと私も思います。

    ただ、そういった精神の部分を生徒会長の昔とった杵柄が、今のぼそっとプロジェクトに技法として活かされているということを私は言いたいわけです。

    生徒会長を誇ることはありませんが、決して悪いものでもありませんよ。 削除

    痴陶人 ]

     

    2017/10/18(水) 午後 8:11

     返信する
  •                 

    痴陶人さま ありがとうございます。

    まあ、自分の馬鹿さ加減(若さ加減)は、
    みんな自分がいちばんよくわかっておりますので。 削除

    チームぼそっと

     

    2017/10/18(水) 午後 9:17

     返信する
  •                 

    顔アイコン

    こんばんは。少し前の記事へのコメント平にご容赦を。

    政治といえば、「ひきこもり新聞」の編集長が、昨年地方選挙に立候補していたことはご存知でしょうか。
    一部(斎藤環氏に批判的な)HIKIKOMORI「支援」関係者が問題にしているんですよね…

    私は弊ブログでこの問題を記事にしました。
    sgtyamabuunyan2nd.hatenadiary.jp/entry/2017/08/05/224158

    そもそも、もし「ひきこもり新聞」編集長氏の私的活動のためのものだったら、同新聞に「塞翁医師」「阿坐部村」と同じ「臭い」を感じてぼそっと様が編集に参加していないと思うんですけどね…

    さて、明日は選挙ですね…
    私は台風直撃すると聞いて期日前投票してきました。 削除

    豚猫大好きぶーにゃん ]

     

    2017/10/21(土) 午後 4:50

     返信する
  •                 

    豚猫大好きぶーにゃんさま コメントをどうもありがとうございます

    ひきこもり新聞の木村編集長が地方選挙に立候補した事実は、ひきこもり新聞がなんら政治団体であったことを意味しません。

    木村編集長は、あくまでも個人として立候補したと私は解釈しています。また私自身、ひきこもり新聞の編集にかかわるときに、その事実を知っていました。

    私は投票は水曜日ぐらいに済ませてしまいました。雨がいやなので。 削除

    チームぼそっと

     

    2017/10/21(土) 午後 10:17

 

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