VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

治療者と患者(232)塞翁療法の典型的な患者<前篇>

治療者と患者(231)」からのつづき・・・ 

 

迷えるオッサン

聞く耳を持たないブログストーカー流さんとの
不毛な論争は徒労感のみ・・
もう止した方がイイのでは? 

迷えるオッサン  2018/1/13(土) 午前 8:44

 

 

ぼそっと池井多

迷えるオッサンさま コメントをどうもありがとうございます。

 

まさにおっしゃっている向きも

確かにあるのですが、

流全次郎さんは、

塞翁先生に洗脳された患者の実例を

身をもって一般社会に示してくれている、

貴重な存在でもあります。

 

「阿坐部村の患者って、こんな感じ」

 

ということを、彼を通して

社会の人にはつかんでほしいです。

 

また、彼の発言からは

私にとって有利な証言が

ボロボロと出てきてくれます。

 

阿坐部村の外の方にとっては、

いささか退屈な記事かもしれませんが、

適当によろしくおつきあいいただければ幸いです。

 

そうでない記事も出ますので…

 

ぼそっと池井多 2018/1/13(土) 午後 3:19

 

 

流全次郎

> ぼそっと池井多

「 流 全次郎 さんは、塞翁先生に洗脳された患者の実例を身をもって一般社会に示してくれている貴重な存在でもあります。

『 阿坐部村の患者って、こんな感じ 』

ということを、彼を通して、社会の人にはつかんでほしいです。」

私が、さいおうクリニックの患者の典型ではないことを、
あなたはよくご存じですね?  

[ 流(ナガレ) 全次郎 ] 2018/1/13(土) 午後 9:31 

 

ぼそっと池井多

 >流全次郎さま

 

いいえ、私は、ある意味で

あなたはさいおうクリニックの患者の典型だと思っています。

 

たとえば、あなたは、

塞翁医師から治療的指示を受け、

その指示を実行して症状が悪くなっても

塞翁医師の責任を問わない

と書いておられます。(*1)

 

*1. https://blogs.yahoo.co.jp/vosot_just/

65950002.html#65959802

 

つまり、

「症状が良くなれば治療者の功績

症状が悪くなれば患者の自己責任 

とおっしゃっているのに等しいわけです。

 

このような人間関係が、一般社会で通用するでしょうか。

 

阿坐部村という治療共同体が

長らく公的な摘発から免れているのは、

そういう患者たち、

すなわち、塞翁教の信者たちにかばわれているからです。

 

また、あなたは、

 

医療の主体は患者ではなく「医者」(治療者でもなく)

 

とも言っておられます。

 

そういうあなたは、

医療とは何か、という根本がわかっていない、

典型的なさいおうクリニックの患者です。

 

すっかり洗脳され、去勢され、

主体を抜かれてしまっているのです。

 

そのため、もはやあなたは

べつに阿坐部村があなたの症状である強迫を治してくれるわけではないのに、阿坐部村がなければ生きていけない存在となり果てています。

 

ある意味、シャブ漬けにされているわけです。

 

塞翁先生が、その時々の気分で、

いいかげんな甘言をたらしてくれなくては、

50もとうに過ぎた大のおとなの男が、

生きていけなくなっているのです。

 

もし、もう少し資力があったら、

さぞかしあなたはきっとリカモリ講座に申し込み、

リカモリ生となっていることでしょう。

 

その意味でも、あなたは典型的な

さいおうクリニックの患者です。

 

あなたは治療されないことを良しとして

医療にかかりつづけています。

 

それは、まず第一に、あなたの医療費は、

社会保障から払われるので、

あなた自身が払っている実感がないからです。

 

「どうせ国民の税金で払ってくれる。

無駄に通い続けたとしても、

それはオレの知ったことか」

 

という意識が深い所にあるのではないでしょうか。

 

あなたが国民の税金をつかって

塞翁先生への依存関係を続けてくれることが、

塞翁先生にとっては好都合です。

 

なぜならば、そのぶんの医療費は公的資金から支払われるので、

取りっぱぐれがありません。

塞翁先生にしてみれば、

あなたのような患者は安定した収入源なのです。

 

安定した収入源である患者を安定させておくためには、

ほんとうの意味で治療してしまってはいけません。

なぜならば、治療すれば

もう医療費を納めに来てくれないからです。

 

しかし、ありふれた病気である強迫を

何年かかっても塞翁先生が治さない、という事実に

あなたが首をかしげるようになってはまずいです。

 

そこで、塞翁先生は、

本腰であなたの治療に乗り出さない事実から

あなたの目をそむけさせておく必要があります。

 

そのために、塞翁先生はあなたに催眠をかけて、

洗脳しておかなくてはならず、

あなたはそれにまんまとはまっておられます。

 

何がほんとうに自分を傷つけ、

何はほんとうに自分を傷つけていないか、

自分で判断する主体を治療者に抜き取られているので、

あなたは、塞翁先生を相手とした被害に関しては

怒りをおぼえられなくなっています。

 

あなたは自分の感情ですら、

塞翁先生の言葉に規定されるようになってしまっているのです。

 

「この感情は感じていい」

「この感情は感じてはいけない」

ということを、

塞翁先生という他者によって決めてもらっています。

 

しかし、すでに洗脳されてしまっている以上、

あなたもそれを認めることができないから、

 

「自分は洗脳されていない。去勢されていない。」

 

と口先ではいい、

実質的にはただの治療者の番犬と化しているのです。

 

これはけっして

私があなたを蔑んで言っているのではありません。

 

私が今のあなたを番犬だといえるのは、

私自身が一時期、

治療者の番犬だったからにほかなりません。

 

とつぜん、あなたたちに阿坐部村を理不尽に放逐されて、

はじめて私は番犬であった過去の自分を

客観的に、しかも恥じて、思い返すようになりました。

 

忠実な番犬は、村を追い出されたとたんに森をさまよい、

一匹狼となって村を襲うようになるでしょう。

 

……。

……。

 

 

さて、このように深層において

安定した収入源のあなたと塞翁先生のあいだには

いっしゅの共謀関係が成り立っており、

いまのあなたには、

「症状を治す」ことよりも、

「患者をやっていく」ことの方が優先しています。

 

これは、まさしく

さいおうクリニックの患者の典型といわなくてはなりません。

 

・・・「治療者と患者(233)塞翁療法の典型的な患者<後篇>」へつづく

vosot.hatenablog.com

  •             

    > ぼそっと池井多

    「 あなたは、塞翁医師から治療的指示を受け、その指示を実行して症状が悪くなっても、塞翁医師の責任を問わないと書いておられます。
    つまり、

    『 症状がよくなれば治療者の功績、症状が悪くなれば患者の自己責任 』

    とおっしゃっているのに等しいわけです。」

    治療的指示に従うかどうかは患者の自己責任だと思っています。 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/15(月) 午後 11:35

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    「 あなたは、医療の主体は患者ではなく『 医者 』( 治療者でもなく )とも言っておられます。」

    「 医療 」の主体は、もちろん医師です。
    治療者( 例えばカウンセラー )が医師の指示下にある場合、主体は医師です。
    治療者が、医師の指示下にはない場合は、主体は、その治療者です。

    このブログの主体があなたであり、コメントの投稿者である私は客体であるように。 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/15(月) 午後 11:47

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    「 実質的には、ただの、治療者の番犬と化しているのです。」

    「 私が、今のあなたを番犬だと言えるのは、」

    「 治療者と患者(226)番犬として生きる

    チームぼそっと

    hashu様 コメントをどうもありがとうございます。

    > 流さんが番犬ですか …… 。

    いいえ、そんなことは書いておりません。
    本文をよくお読みください。

    …………………………………………………………………………………
    hashuさん、ところで、イヌサキは番犬でした。

    2017/12/26(火) 午後 11:40 」

    矛盾していますよね? 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/16(火) 午前 0:19

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    「 突然、あなたたちに阿坐部村を理不尽に放逐されて、」

    あなたが勝手に去って行ったのではありませんでしたか?
    私は、何の関与もしていません。 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/16(火) 午前 0:23

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    「 塞翁先生にしてみれば、あなたのような患者は安定した収入源なのです。
    安定した収入源である患者を安定させておくためには、本当の意味で治療してしまってはいけません。
    なぜならば、治療すれば、もう、医療費を納めに来てくれないからです。」

    治療できる病気を治療しないような病院には、それこそ、「治療費を納めに 」は行きませんが? 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/16(火) 午前 0:56

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    「 例えば、あなたは、塞翁医師から治療的指示を受け、その指示を実行して症状が悪くなっても、塞翁医師の責任を問わないと書いておられます。」

    「 また、あなたは、

    医療の主体は患者ではなく「医者」( 治療者でもなく )

    とも言っておられます。」

    医療の主体が患者( 被治療者 )なら、それこそ、医師( 治療者 )の「 治療的指示 」に従うかどうかは、患者( 被治療者 )の自己責任ですよね? 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/16(火) 午前 1:10

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    「 ありふれた病気である強迫を何年かかっても塞翁先生が治さない、という事実 」

    確かに、強迫性障害は、ありふれた病気ですが、簡単に治せる病気ではないのではありませんか?

    治せる治療者をご存じでしたら、実名を挙げてください。 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/16(火) 午前 8:42

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    主体であることには、行為の結果についての責任が伴うと思います。

    「 医療の主体は患者である 」

    と主張しつつ、結果についての責任を医師に求めるのは、矛盾していませんか? 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/16(火) 午後 0:19

    返信する
  •             

    > ぼそっと池井多

    精神科医が、患者に、働くことや結婚することを勧めた時には、精神科医が主体であり、患者は客体です。
    しかし、仕事や結婚相手を探し始めた時から、患者は主体になり、それ以後の責任は、精神科医ではなく患者にあるのではないでしょうか? 削除

    流(ナガレ) 全次郎 ]

    2018/1/16(火) 午後 1:40

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