VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

性虐待と主体(41)ウォーターハウス『ヒュラスとニンフたち』一時撤去事件

性虐待と主体(40)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多
 
先週は、財務省福田事務次官といい、
新潟県米山知事といい、TOKIO山口「メンバー」といい、
#MeToo 旋風が本格的に日本に上陸したと報じられた。
 
欧米に目を転じてみれば、
ほんらいの性暴力・性被害という範疇を超えて、
#MeToo 旋風はさまざまな領域で吹き荒れている。
 
前回「性虐待と主体(40)(*1)では、
パブロ・ピカソをして20世紀最後の巨匠といわしめた
フランスの画家バルトゥスの作品『夢見るテレーズ』について、
ニューヨーク市民たちが児童性虐待を助長するという理由で
メトロポリタン美術館からの撤去を求めている、
という事件を同時進行でお伝えした。
 
 
結局、あの事件は、
目標を上回る署名があつまったものの、
メトロポリタン美術館側が撤去を拒否したようである。
 
 
 
 
 
 
 
 
一方では、主客を入れ替えた反対のかたちで、
イギリスでこのような事件が起こっていた。
 
マンチェスター市立美術館が
19世紀末から20世紀はじめにかけて活躍した
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849-1917)の
ヒュラスと妖精たち(Hylas and the Nymphs)」(1896)を
今年1月18日に撤去したのである。

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J.W.ウォーターハウスは、もともと
神話や古典などに材を採り、
このような絵画を多く描いた人である。
 
これはマンチェスター市立美術館ではないようだが、
彼にはこういう作品もある。

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人魚 1900年
 
マンチェスター市立美術館では、撤去の理由として、
このような貼紙を掲げた。
太字は、引用者・訳者である私による。
 
この絵画は、女性の身体を
男を誘惑する、装飾的で受け身なかたちに描いて
私たちに提供しています。

ヴィクトリア朝時代の、こんな幻想を問題にしましょう!

絵画は、性別、人種、性別、社会的階級にかんする
あらゆる疑問が交錯する世界に存在し、
私たち全員に影響を与えるものです。

どのようにしたら芸術作品は、
より現代的かつ関連性の高い方法で
私たちに語りかけることができるでしょうか?
 
訪れた観覧客たちが、
付箋を貼って、
意見やコメントを残していくようになっていた。

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寄せられたコメントは、
だいたいしっかりした、まじめなものであった。
 
「これでは、
討論と文脈化によって
作品に対して、政治的に正しい検閲をほどこしているだけだ」
 
という声が目立ったという。
 
文脈化(contextualize)という語は、
日本では知識人ぐらいしか使わないだろうが、
ようするに判断する前後や周囲の状況を
与える側が規定したうえで、
観覧者に判断させている、
ということだろうと思われる。
 
何も考えずに、
観覧者自身がもつ感覚にゆだねることを許さない
提示の仕方である、
ということだろう。
 
政治的な正しさというものは、
多くの市民を恐懼(きょうく)させるものである。
 
しかし、その正しさの究極には
何もなかったりする。
 
不登校者のあいだで問題となる、
「不毛な校則」と同じである。
 
結局、この作品に関しては、100人以上の来訪者が、
撤去に反対する請願に署名したため、
絵画は元に復されることになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
さいわい、日本では#MeToo旋風は、
このような方向には吹いていないようである。
 
このような時期であるから、なおさら
ヌードという芸術の真価が問われている。
 
そういう意図であろうか、
「ヌード Nude 展」
をやっている。(*3)
 
 
 ・・・「性虐待と主体(42)」へつづく
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