VOSOT ぼそっとプロジェクト

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外国のうつ・ひきこもり事情(62)台湾の映像作家 盧德昕との対話<1>

 

台湾の映像作家、盧德昕(ル・テシン)さんという青年から

対談の申し入れを受けたのは、

5月の初旬であった。

 

聞いてみると、彼はもともと建築家であり、

台湾で実績を積んだあとアメリカ西海岸にわたって

活躍をしているのだという。

 

表現方法はしだいに枠が広がり、

もはや建築だけの領域にとどまらず、

ついには映画製作に手を出すことになったらしい。

 

彼は、日本のひきこもりにたいへん関心をもっている。

 

とくに、彼がひきこもりに関する映画を撮るきっかけとなったのは、

東日本大震災のときに、

家から出て避難するよりも、

むしろひきこもり続けて津波に呑まれることをえらんだ

一人のひきこもりの実話である。

 

その話は、ひきこもりを追うジャーナリスト、

池上正樹さんの記事(*1)で知ったものらしい。

 

(ひきこもり当事者の兄にあたる)長男によると、仁也さんは、たまたま津波よりも人間のほうが怖かったのではないかという。仁也さんが逃げなかったのは、自らの意志だったのではないかと。(*1)

 

 

 

すでに盧德昕監督は、
その映画のデモテープともいうべき短篇を撮っている。
これである。
 
 

私は、東日本大震災の被災地支援に

少し関わらせていただいたので、

 

「あの津波の恐ろしさは、誰にも想定できなかった。」

 

ということを知っている。

 

だから、

亡くなった仁也さんというひきこもりが逃げなかったのは、

自らの意志というよりも、

まさかあの高さまで津波が来るとは

思っていなかったせいではないか、

と想像する。

 

だが、それはさておき、

そのエピソードに刺激を受けて

ひきこもりに関する映画を撮ろうとしている若き映画監督が

いったい何を私と話したいのか、

かいもく見当もつかないまま、

対談の当日をむかえたのであった。

 

 

 

台湾の中国語では、

ひきこもりは「繭居族(ジャンズーツー)」というのだという。

 

大陸の中国語では

不出門(ブーチューメン)」

であると以前に上海の人から聞いたが、

台湾では少しちがうようである。

 

西洋諸語に訳しにくい日本語の「当事者」も

「当事人(タンスーレン)」としてそのまま通じた。

 

もっとも「当」は、繁体字「當」を書く。

 

対談は、漢字の筆談を交えながら、

英語でおこなわれた。

 

米国在住の彼は、完璧なアメリカ英語を話す。

 

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盧德昕 (ル・テシン):まずは自己紹介させてください。

 

私はロスアンゼルスで建築を学んでいます。

 

私がやっていることは、

この世界で現在起こっている現象を

目に見えるものにすることです。

 

私の出発点は、

「人々は狂気というものをどう考えているか」

という問題でした。

 

狂気の定義とは何か。

 

ミシェル・フーコーアーヴィング・ゴフマンは、

彼らの著書の中で狂気についてこう述べています。

「狂気とは、基本的に時代ごとに異なるものである」と。

 

たとえば、もしあなたが20世紀半ばに生きる女性で、

強い性欲を持っていたら、

あなたはたちまちヒステリーのレッテルを貼られたことでしょう。

 

また、もし産業革命のあとの時代で、

あなたが働かない人であったなら、

やはりあなたは「どこかおかしい」というレッテルを

貼られていることでしょう。

 

これが、

私が日本のひきこもり増加の現象を探求したい理由です。

 

背景には、個人的な理由というものもあります。

 

私の祖母は、日本が台湾を植民地としていた時代に、

小学校の教師をしていました。

 

祖母は、母にとても厳しい教育をほどこしました。

そして、私はそれを受け継いでいます。

台湾では今でさえ、あのような厳格な教育圧力が感じられます。

 

たとえば祖母は、

いつも私に医者になることを望んでいました。

でも、私は医学部へ行けるほど優秀ではありませんでした。

 

それに、私がほんとうに学びたいものは芸術でした。

だから私は、祖母が私に望んだものと、

私自身が望んだものの、

中間を選択したつもりです。

すなわち、建築です。

 

このような思考の背後には、

いったい何があるかを、

私は知りたいのです。

 

それで私は今回、日本へ来ました。

 

私は、人々がひきこもりをどう考えているか、

あるいは、ひきこもり問題をどう扱っているかを知りたいのです。

 

台湾では、

「ひきこもり」という語はそれほど知られていません。

わからない人がたくさんいます。

 

しかし日本では、

厚生労働省をはじめ、多くの機関がひきこもりの定義を持ち、

この状況に対応するためにさまざまな方法を持っています。

 

幸いにも私は今回こうしてあなたと接触できて、

対談をさせていただいています。

……どうでしょう、ここまでぼくが語ったことで、

何か誤解をしているところがあったら、

どうぞ指摘してください。

 

ぼそっと池井多 いいえ、何もありませんね。

あなたは何も誤解しておられません。

あなたのご理解はすばらしいものと思います。

 

 

……彼が土産に持ってきてくれた、

台湾芋の菓子をつまみながら、

対談はこのようにして始まった。

 

 

 

・・・「外国のうつ・ひきこもり事情(63)

盧德昕との対話<2>」へつづく

 

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