VOSOT ぼそっとプロジェクト

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スパゲッティの惨劇(56)ひきこもり当事者から見た8050問題(OSD一周年記念講演より)<2>報酬なき世界

スパゲッティの惨劇(55)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多
 
 
前回に引き続いて
7月7日にOSD一周年記念講演でお話しさせていただいた内容を
文字起こししてお届けする。
 
 

OSD一周年記念講演<1>」からのつづき・・・
 
 
 
私は小学校三年生から中学受験勉強をさせられました。(*1)
 
*1.時間が足らなくて詳説できなかったが、
私はなにも中学受験勉強そのものが悪い
といっているのではない。
のちに、家庭教師として、多くの
中学受験の児童に接する機会があった。
一種のゲーム感覚で受験勉強を楽しんでいる子どもも多かった。
ようするに子どもの主体を尊重するか否か、
という問題だと思う。
私の場合は、ここに述べるように
きわめて精神的に不健康な環境でそれが強いられた。
そのことが問題であり、
私の精神的な歪みを生成するに至ったのだと思う。
 
 
毎日、午前2時まで勉強です。
ちょっとでも手を抜くと、
母はたちまち私をひっぱいて叫びました。
 
ひっぱたいて……、というのは、
今だったら児童虐待児童相談所に通報モノですが、
昔はこんな虐待は日常的にあったのですね。
 
母はこう、叫ぶのです。
 
「お前が怠けるんだったら、
お母さん、死んでやるからね!」

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日常的に突きつけられる
母からの「死んでやる」という脅迫が、
私を強迫性障害へ追いやっていきました。
 
ひっぱたかれるという肉体的虐待よりも、
身体に傷をつくらない、こうした精神的虐待のほうが
私はきつかったです。
そして、末永く後遺症として残りました。
 
このくだりは、
強迫性障害という病気がどのように形成されるかについて、
たいへん重要であります。
 
しかし今日は時間がないので、
残念ながら、これ以上、詳しくこのあたりを語れません。
 
ともかくこのような成育環境でしたので、
十年近くののち、私にとって大学合格は、
「母のために受かってあげた」
プレゼントのようなものでした。
 
私にとっては、
人生の宿題を果たしたのに等しかったのです。
とうぜん母からは褒められ、
感謝されるものと思っていました。
 
ところが、合格発表を持ち帰ったその夜に、
祝いの席で母の口から出た言葉は、
こうでした。
 
「さあ、お前。
明日からは、英語を勉強しなさい。
 
あの大学は英語のレベルすごいんだから(*2)。
お前の英語力じゃあ、とうていついていけないわよ。
 
これからはせいぜい勉強して、
一流企業に入りなさい。
 
怠けたらだめよ。
お父さんみたいになっちゃうから」
 
*2.母は英語の教師だったので、
英語ばかりが目についただけのことだと思う。
じっさい中へ入ってみると、
私にとって一橋大学は英語で苦労するところではなかった。
授業はサポってほとんど出なかったので、
苦労のしようもなかったわけである。
 
 
フル・マラソンを走って、
ようやくゴールインしたつもりが、
じつはそこはスタートラインだと教えられた。……
 
というようなものでありまして、
私は深い疲労感をおぼえました。
 
もう、このさき
何をやっても無駄のように思えたのです。
 
どこまで行っても、
何をやっても、
「報酬のない世界」。
 
そんなキーワードが、
幼いころからの私の成育環境についていえます。

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報酬がないことに慣れてしまったために、
私はお金を稼がない、
働かないひきこもりになってしまった、
という解釈もあります。
 
四年後、私は大学四年生として、
就職活動を始めました。
 
これは何も
「どんな会社に入りたい」とか
「どんな仕事をしたい」とか
そんな展望があって就職活動を始めたわけではありません。
 
周りを見回すと、みんな就職活動を始めていたので、
「へえ、そんなものか」
と思って、自分も同じことをやっていたのです。(*3)
 
*3.私の若い頃は、こんなことが多かった。
べつに自分が望んでいるわけでもないのに、
周りがやっているものだから、
やらなければならないことだと勘違いして、
自分もやってしまう、ということが。
「自分がなかった」のである。
 
 
 
私の就職活動は、表面的には順調に進み、
ある優良企業から内定をいただきました。
国学生人気ランキングの上位にあった会社で、
条件はかなりよい就職でした。
 
労働条件が悪いとか、社会が悪いとか、
そんなことはいっさい私にとってありませんでした。
 
しかし私自身はそこで、
 
「ああ、これで人生が終わった。
ここから先にはぼくの人生はない」
 
とでもいうような絶望感をおぼえていたのです。

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そして私は入社式を前にして、
布団から起きられなくなったのでした。
慢性うつ病、ひきこもり人生の始まりです。
 
ひきこもりというのは実に多種多様なものです。
 
よく若者は、
失敗や挫折からひきこもりになると言われますが、
私の場合は、
とくに失敗体験から始まったわけではないのです。
 
だから、
「ひきこもりは、若者が失敗体験からおちいる」
というのは一般的ではありません。
 
優良企業に内定が決まって、という
むしろ成功体験から
私のひきこもりが始まったのです。
 
 
 
 
・・・「スパゲッティの惨劇(57)」へつづく
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