VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

外国のうつ・ひきこもり事情(73)台湾の映像作家 盧德昕との対話<9>薄い膜にへだてられた現実

 

外国のうつ・ひきこもり事情(72)
 
edited by ぼそっと池井多
 
盧德昕による作品
商店街の天井にそびえる銅像

膜にへだてられた現実

盧德昕 台湾では、学校や仕事に行かない若いひきこもりたちに、
両親がどうしているかというと、
たいがい彼らのパソコンの電源を抜くのです。
 
それは本来やるべきこととは全然ちがう。
なぜならば、
 
彼らひきこもりは
心のなかにインターネットでやること以外の
スペースを何も持っていない
 
というのが現実なのだと思うのですよ。
 
私の友達は私にこう語りました。
彼は自分の表面が膜をはっているように感じる、と。
 
彼はゲームをするときだけ
その膜がはがれて現実とちょくせつ触れ合えるのだ、と。
 
「自分はいつも圧縮されている。
だからゲームをやりつづけるのだ」
 
とも言っています。
それが彼の見方なのです。
 
在台灣,許多人在處理兒童拒學,或者成年人不願意去上班的狀況時,很多家長都覺得最快的方式就是把電腦的插頭拔掉。但我覺得這是一個非常錯誤的理解。我想他們在玩遊戲時,心中是沒有任何餘裕做任何其他事情的。也就是說,他們玩遊戲其實是因為他們沒有多餘的心思做其他任何事。這就是為什麼他長期處在一個壓縮的狀態並且一直玩遊戲,這是我的解讀。
 
 
ぼそっと池井多 「彼らひきこもりは、
インターネットでやること以外のスペースを
心の中に何も持っていない」
 
というあなたの言葉から、
私はひきこもりでない他の人々はどうなのだろう、
という連想が働きます。
 
あなたは、ご自分の友達のことをお話しくださいました。
ゲームをしている間だけ
彼の表面をおおっている膜(まく)が剥がれ、
現実の世界に触れることができるという、
あなたのお友達のことです。
 
私は彼の「膜」という表現にピンと来ました。
私自身はゲームをやらないですが、それでも
それはとてもリアルな表現だと思います。
 
そういう状態が、
ひきこもりでない他の人たちにも
しばしば起こるものではないか、
と私は思います。
 
あなたのお友達は広い意味で
嗜癖(しへき)心理を語っているのでしょう。
 
たとえば、アルコール依存症の人は、
酔っぱらっている間だけその膜が開いているといいます。
 
同じことが
ワーカホリック(仕事依存症)の人について言えますよね。
 
しかし、彼らは、自分がやっている、
酒を飲むとか、仕事をするとか、ゲームをするとか、
そういう嗜癖行動が、必ずしも好きではないのです。
 
「なんでオレはまたこんなことをやっているんだ」
 
と、自分のやっている行為を憎みながら、
それをやっていることがあります。
 
なぜでしょう? 
 
それは、あなたがいうように、
 
「彼らは、それをやること以外のスペースを
心の中に持っていない」
 
からでしょう。
 
 
しかし、ここでこういう反論を喰らうことが予想されます。
 
「仕事依存症の人はまだマシさ。
何かを生み出し、お金を稼いでいるのだから。
お前たちひきこもりは、
ゲームをやっていようといまいと、
なんにも生み出さずお金も稼がないじゃないか」
 
と。
 
你說的「他們心中沒有任何餘裕做其他事情」,讓我想到許多人。你提到你的朋友,在我耳中聽起來是個整天打電動的繭居族,只有在玩遊戲的時候他的「薄膜會被打開」,然後他才可以真實地感受這個世界。我對於「薄膜」這個比喻非常感同身受。即使我不玩遊戲,對我來說還是非常貼切的。
我覺得這個狀況也發生在非常多人身上,包含非繭居族的人。即使他們可能甚至不喜歡他們的「成癮行為」,但他們仍舊照做不誤。為什麼呢?那就是因為「他們心中沒有任何餘裕去做其他事情了」。
無論如何,我可以想像會有另一個論調出現。「一個工作成癮者還是比一個繭居族好,因為他們從事生產,自己賺錢;你們繭居族,無論有沒有在打電動,都不是生產而且需要依賴別人的金援。」
 
盧德昕 ありえますね。
じゃあ、ここで聞かせてください。
ひきこもりはお金を稼ぎたいのでしょうか?
 
這是很有可能的。在這裡我想問你,繭居族有想要賺錢的念頭嗎?
 
 

 
編集後記
 
by ぼそっと池井多
 
 
「自分の外表は膜をはっている。」
 
「ゲームをやるときだけ、その膜がはがれて、
自分は現実と触れ合うことができる」
 
盧德昕の友人の言葉は、
対談中にも申し上げているように、
私は大変リアルにわかるのである。
 
盧德昕の友人が「ひきこもり」であるか否かは、
最終的には、その彼自身の自認によるものだと思うが、
少なくとも、この友人は
双極性障害に苦しんでいるのではないかと思われる。
 
鬱のときは、たしかに自分が現実から
「膜をはっているように」へだてられている、
と感じられるのだ。
 
彼にとってゲームは嗜癖行動であろうから、
それをやっている間は一時的に鬱から逃れる。
 
だから「膜がはがれて現実を触れ合う」ことができるのだろう。
 
ほんとうは、その彼自身が対談の現場に現われてくれると
もっといろいろなことが語れるのだが、
どうやら台湾では、
問題の当事者がカミングアウトすることは、
まだ、あまりないようである。
 
今回、私が盧德昕との対談を
わざわざ彼と彼のチームに訳していただいて、
中国語でも発信しているのは、
これらに共感し、
ひきこもりとしての自分を語る気になってくれる人が
中国語圏の中から現われてこないだろうか、
との期待があるためである。
 
 
 
 
  •   

    顔アイコン

    印象に残ったのは盧德昕さんの最後の問いかけ・・
    「ひきこもりはお金を稼ぎたいのでしょうか?」

    次回が待たれます。 削除

    迷えるオッサン

     

    2018/7/29(日) 午後 8:58

     返信する
  •   

    迷えるオッサンさま コメントをどうもありがとうございます。

    ご愛読、感謝です。

    いま全速力で翻訳を進めております。

    そのうち出すつもりです。

    どうぞお楽しみに。 削除

    チームぼそっと

     

    2018/7/29(日) 午後 10:15

 

All Right Reserved (C)VOSOT 2013-2020