VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

貧困と人づきあい(59)また生活保護叩き、現わる

貧困と人づきあい(58)ー2」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

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生活保護受給者(*1)というものは、叩かれる。
 
*1.最近では生活保護利用者」というのが、
主流になってきているようだが、
たしかに生活保護という制度を利用する者、
という観点では「利用者」なのであろうが、
どうもおこがましくも思われ、
私はいまだに以前の表現である「受給者」を使っている。
 
 
一部に存在する不正受給者をもって、
 
「すべての受給者が不正をしているのだ」
 
と勘違いしている人もいるだろうし、
また、そうでなくても
 
「自分たちは働いているのに、
あいつらは働かないで、怠けて、生活保護をもらっているのだ。
おれたちの汗水たらして働いたお金を
あいつらが喰いつぶしているんだ」
 
と認識している人が多いためでもあるだろう。
 
本ブログでは、
私という生活保護受給者に寄せられた批判やバッシングを
過去にもご紹介してきたが、
先日、また新たにそういう案件があった。
 
私が他でやっているSNSに、
まったく知らない中原手次郎さんという方から、
いきなりこういうコメントが入ったのである。
 
改行は編者による。
 
中原 手次郎 
ボソッとさんは相変わらず働く努力をしないの?

生活保護と同等とお金を稼ぐために
どんだけ苦労や労力が必要なのか、
考えたこともないでしょう?

それにあなたが生きて行けるのも
私たちの税金のお陰だからね。
その辺はわかっていますか?
 
 
「ボソッとさん」などと呼び掛けてくるのは、
ある意味、いやに「なれなれしい」。
 
見ず知らずの人に呼びかける口調ではない。
きっと、私を知っている人なのだろう。
 
もしかしたら、私も彼のことを知っているのかもしれない。
 
「知っている」といっても、
必ずしも実生活で会ったことを意味しない。
 
私はひきこもりなので、
実生活の知り合いよりも、
ネット上の知り合いの方がはるかに多い。
 
だいたい、自分の「娘」ですら、
私は実生活で会ったことがないのだ(*1)。
 
 
 
ともかく、私は
この中原手次郎という名前にまったく心当たりはないし、
また、この人のプロフィールなどを見ても、
「友達」以外は閲覧不可に設定しているため
どういう人かわからないようになっている。
 
また「手次郎」などという、
いささかマンガチックな名前も、
ちょっと本名であるとは考えにくい。
 
「中原手次郎」は、私が知っている彼の名前を隠して、
このようなコメントを投げ込んできたわけである。
 
なにやら卑怯な人である。
攻撃的な側面と対人恐怖をあわせ持ち、
まだ人格の統合ができていないのだろう。
 
そして、書いている内容は、
なんと初歩的な問いであることか。
 
私が生活保護を受けている理由は、
ひとことで言えば
成育歴を原因とする慢性うつ病である。
 
それを治療してもらおうと精神医療にかかったところが、
治さないし、治そうともしないどころか、
治療者の都合の良いように「無償の労働力」として使いまわし、
要らなくなったら切り捨て、悪者に仕立て、追放し、
自分たちの共同体の暗部と思ってか、
さらに弁護士を使って追い打ちをかけ攻撃してくる(*2)ため
こちらも治るものも治らない。
 
 
 
それで現在の宙ぶらりんな状態に到っているわけだが、
それを初めから叙述していたら大変な長さになるし、
それでも知りたいと思ってくださるなら、
本ブログを初めからお読みいただくしかない。
 
インターネット上だけで私の動きを見ると、
私がうつ病で毎日動けないとか、
1日合計14時間は寝ているといった実態は、
とてもおわかりにならないだろうと思う。
なぜならば、わからないように書いているからである。
 
私は、
 
「つらい」
「苦しい」
「今日、のんだ薬がコレ」
「今日、食べられた食事がコレだけ」
 
といったような「闘病日記」を
ブログで発信しようとは思っていない(*3)。
 
毎日は誰しも、つらく、苦しいものだろうからである。
 
*3.もちろん、たとえば
小林麻央さんがそうであったように
「闘病日記」そのものが
社会に大きな勇気と力を与える人も存在する。
「コンテクストによる」というわけである。
 
 
すると、浅はかな読み方しかできない人からは、
今度は私がつらくなく、苦しくもなく、
国民の皆さんから税金を搾り取って、
毎日遊んで暮らしているだけであるかのような印象をいだかれる。
 
この中原手次郎なる人もそうなのであろう。
 
そういう人は、
社会的な経済生活や貨幣循環の外にある
「経済外労働」といった概念も
たぶん理解できないと思われる。
 
また、おそらく彼自身も生きづらさをかかえており、
それが素直に言語化できない。
 
目の見えない人は、
往々にして聴覚が「超人的」なまでに鋭い。
それは、目の見える私からすると
「超人的」などという形容になるのである。
目が見えないぶん、聴覚をとぎすまして、
世界の把握に使っているからだろう。
 
同じように、ひきこもりは、
現実世界での人づきあいが少ないぶん
ネット上の人づきあいに関しては、異様に感性が鋭くなる。
 
顔も見たことない、声も聞いたこともない、
という人であっても、
ネット上に漏らしたわずかな言動から、
瞬時にその人の本質を把握したりするのである。
 
私にも、この「中原手次郎」という人の
顔が見え、声が聞こえてきた。
 
リコメントを書いた。
 
ぼそっと 池井多
中原 手次郎さん 

何やら勘違いをしていらっしゃるようですが、
私はずっと働く努力をしてきましたし、
今でも働いてもきております。

収入があれば、
そのたびに福祉事務所の担当のケースワーカーに報告しています。

しかし、貧しくて収入が一定の額に満たない場合は、
法律によって
「健康で文化的な最低限度の生活」
が送れるように、
足らないぶんを生活保護が受給できることになっております。

そしてその財源は、
あなたがおっしゃるように「私たちの税金のお陰」ですが、
あなたが医療や介護にかかったりした時に受けられる社会保障も同じく「私たち税金のお陰」です。
「その辺はわかっていますか?」

また、
生活保護と同等とお金を稼ぐために
どんだけ苦労や労力が必要なのか、
考えたこともないでしょう?」
と断定的に書いておられますが、
私は考えたことがあるどころか、
始終考えております。

逆にあなたは、
生活保護で暮らしていくことに
「どんだけ苦労や労力が必要なのか、
考えたこともないでしょう?」
 
 
「 」内は、中原手次郎さんの表現を
そのまま反映させていただいた。
 
すると、生活保護をめぐる返事はなく、
次に中原手次郎が出没した場所は、その二日後、
私と「アリャマTV」のディレクターのやりとり(*4)への
書き込みであった。
 
*4. 本ブログの
に書いた内容を、そのSNS上に引き出した記事。
 
中原手次郎
こんなディレクターからの接近は、
私のところへも来たことがあるが、
無視してやった。

元支援者仲間で飲んでいたときに話に出たが、
50歳以上のひきこもりなんて支援の必要はないということだ。
その齢になるまでひきこもりを続けてきたなら、
もうそれが生き方だろう。

友達申請を送らせてもらった。(*4)
*4.この文面は、後に述べる理由により
私の記憶による。
 
 
今度は、書いてある内容はそんなにひどくはないが、
ずいぶんと高飛車で上から目線の物言いである
という点は変わらない。
 
その物言いから、
自身の人生にだいぶ不満が溜まっている人ではないか、
と想われた。
 
また、中原手次郎さんは、
おそらくうっかりと「元支援者仲間」と書いていることから、
「ひきこもり支援業界」にいた人であることがわかる。
 
支援者のなかには、
自身が途轍もない生きづらさを抱えていて、
ほんとうは自分が支援してほしい当事者なのに、
プライドが高かったり、
頭でっかちで考えた思想があったりして、
「助けてください」
と言えないために、支援者になっている人がいる。
 
つまり、
 
「当事者なんだけど、
『支援して』と言えるようになるまで、
状況を偵察すべく支援者になっている」
 
というパターンである。
 
そういう支援者にとって、
当事者という人間存在は、
自分の願望をぬけぬけと生きてしまっている姿であるので、
腹も立つし、嫉妬の対象となる。
 
そこで、知らないあいだに
当事者に対して「支援」の形を借りた、
隠微な攻撃をし始めるのである。
 
いわゆる暴力的支援と呼ばれるものも、
多くはそこから生まれてくる。
 
いわば、
 
「暴力的支援は、
当事者になりきれない支援者の当事者への身勝手な復讐」
 
となる場合である。
 
こういう支援者は、プライドが高いぶん
 
「自分は、救世主のように人を助けてあげる偉い存在」
 
だと密かに思いながら支援者をやっている。
 
そのため、表面的には
ものすごく当事者に理解あることを言ったりもするのである。
 
しかしそれは、
自分の無意識に無理を強いている状態であって、
そんな無理がたまって、ときどき爆発を起こし、
一転して当事者への攻撃を始めたりもする。
 
人格が統合できていない、
とは、こういう側面を指していう。
 
私は、またお返事を書いた。
 
 
ぼそっと池井多
中原手次郎さん 友達申請を送っていただいたようで
どうもありがとうございます。

しかし、あなたが何者かわからない状態では、
その友達申請を受けるかどうか考える材料が私にないため
お受けいたしかねます。

私は生活保護受給者であることも、
長年精神科に通っていることも、
すべて正直にSNSの表に出しています。

そのために、一昨日にあなたが送ってきたような
批判や攻撃がくるリスクも承知の上でさらしているわけです。

そういう私に友達申請を送ってこられるのであれば、
まずは同等の正直さでご自分の情報を開示してからにされるのが、筋というものだと思われますが、いかがでしょうか。
すると、翌日チェックしたときには、
この中原手次郎からのコメントは二つとも消えていた。
 
そこからスレッドがつながっていた
私のリコメまで勝手に消されていた。
 
さらに、この
「中原手次郎」
というアカウント自体が、
SNS上から消滅していたのである。
 
 
  •       

    深い分析で的確な返信だと思いました。
    ただ、助けて欲しい当事者が支援者になってしまう心理は良くわかります。自分も助けるから、誰かに助けて欲しい、それが言い出しにくいと感じました。 削除

    aon*_*85 ]

     

    2018/8/10(金) 午後 11:04

     返信する
  •       

    aon*_*85さま コメントをどうもありがとうございます。

    > 自分も助けるから、誰かに助けて欲しい、それが言い出しにくい

    おっしゃるとおりだと思います。
    私も東日本大震災で「支援者」の立場だったときに、「なぜ自分はこんなことをやっているのだろう」と自問し、同じ答えにたどりつきました。 削除

    チームぼそっと

     

    2018/8/10(金) 午後 11:52

     返信する
  •       

    アバター

    どういう事柄に対しても、賛否あり陰陽ありますよ。

    ぼそっとさんは不正受給者ではないのだから、
    不正受給者のバッシングに対して、不快になる必要ないし「日本は手厚いなぁ、良い国だなぁ」と感謝して
    生活してればいいと思います。

    引きこもりの人が社会に貢献してないのは、納税とかはそうかもしれないけど、ぼそっとさんのようにブログで発信したりすることによって、救われている人もいるから、生産的なことだけが、社会貢献とは限りません。ぼそっとさん、おいくつか存じ上げないけど、
    死ぬまで生活保護かどうかなんて分からないし、
    意外な人生の展開で所得が入ってくる時期が来る可能性も大だし、そうなった時、面倒みてくれた国の制度にお返ししたらOKだと思います。

    私も辛い時とか引きこもりたいけど引きこもるお金がありません。インドネシアそういうの誰も助けてくれないんで。

    日本の悪い面ばかりにフォーカスしないで、
    いいシステムだなぁと有難く感じ今に寛いでいるだけで、じゅうぶんな社会貢献だと思います(^^♪ 削除

    ねえね

     

    2018/8/29(水) 午後 3:48

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  •       

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    ↑これバハサ・昼か?(笑) 削除

    ねえね

     

    2018/8/29(水) 午後 3:49

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