VOSOT ぼそっとプロジェクト

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スパゲッティの惨劇(61)ひきこもり当事者から見た8050問題(OSD一周年記念講演)<6>家族の中の否認の壁~弟の裏切り

スパゲッティの惨劇(60) 

ひきこもり当事者から見た8050問題
OSD一周年記念講演<5>」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多
 
 
このシリーズ前回「OSD一周年記念講演<5>」に引き続いて、
7月7日におこなわれた、OSD一周年記念講演で
お話しさせていただいた内容をお届けする。
 
講演時間の都合により割愛した部分を青字にして
ふたたび付け加えてお届けしている。
 
つまり、青字の部分は、
じっさいの講演ではお話しすることができなかった部分である。
 

 
 
ひきこもり当事者から見た8050問題
OSD一周年記念講演<6>
2018.07.07 at 池袋
 

家族会議の「否認の壁」

1999年5月に開いた家族会議で、
私は4年間のひきこもりで得た自らの気づきを
母や父や弟に語りました。
 
そして、私がひきこもりから脱して社会へ出ていくためには
家族の協力が必要であると述べ、
そのために、いっしょに家族療法につながってくれるように
頼みました。
 
しかし、私が家族会議の最中に、
 
「この家族には過去に、
こういうことがあったよね、
ああいうことがあったよね」
 
という話をしても、
知性的な母は先回りをしてしまい、
また、虐待をした過去が恥だと思っているのか、
 
「そんなこと、なかった」
 
と否認し、それにとどまらず
 
「そんなことなかった、わよ、ねえ!」
 
と父と弟に脅迫的に同意を求めて迫り、
父や弟にも私が言うことを否認させました。
 
こうして、私ひとりが
家族でおかしいことにされてしまいました。
そして私を家族から放逐したのです。
 
これを私は「否認の壁」と呼んでおります。

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原家族からは、やがて音信も絶たれました。
 
「病気のときには、家族は必ず助け合って」
 
などと、昔から母は言っていたのですが、
それは世間的に恥ではない
身体的な病気のときに限る話だったのか、
はたまた、自分が助けられるなど、
自分に利得があるときに限る話だったのか、
精神的な病気で、しかも、
自分が恥をさらさなければならない局面になると、
母は、まっさきに「家族で助け合わない」方向へ
舵を切るのでした。
 
「病気のときには、家族は必ず助け合って」
 
というと、なんだか良い家族みたいだから、
そう「言ってみたかっただけ」なのかもしれません。
 
こうして家族として治療に協力するどころか、
私を家族から追い出すことによって、
私の家族は自分たちを守ったのでした。
 
 

弟の裏切り

私の側につくと見込んでいた弟も
両親の側について、
いっしょに私を追い出しました。
 
この裏切りが、
いまの私たちの兄弟葛藤の中核をなしております。
 
まるで関ヶ原の戦い小早川秀秋のように見えました。
私にとっては理不尽でした。
 
家族というのは、しばしば「世代」で分かれます。
 
母・父という親世代と、
私・弟という子世代で、
利害損得をそれぞれに共有して
連盟したり対立したりすることがあります。
 
どこの家族でも、そうではないでしょうか。
 
私たち池井多家では、
じっさいに子どものころから、
母の「毒母」ぶりから、
私も弟もずいぶん被害もこうむってきました。
 
そのたびに私たち兄弟は
怒りを分かち合っていたものです。
 
「いつか兄弟で手をむすび、
虐待親をやっつけよう。
兵力でいうと2対2だから互角に戦える」
 
みたいなことを、
真顔で語り合ったこともありました。
 
その兄弟同盟が、大人になってからも有効であると、
私は考えていたのです。
 
ところが、弟はもっとも肝心なときに
私と手を結ばず、
コロリと裏切って母の側についた。
このことに、私は愕然とするとともに、
怒りをおぼえてしまったのでした。
 
しかし、弟からしてみると、
このとき母の側についた必然性が
大きく分けて二つありました。
 
 

家同士の見栄と演技

一つには、このとき弟には
結婚を考えている女性ができていました。
 
じっさい、この家族会議の4か月後に
彼らはスピード結婚をします。
 
「4ヵ月なんて、ぜんぜんスピード結婚じゃないだろう」
 
と皆さんはおっしゃるかもしれませんが、
長男である私の結婚話が、
何年ものあいだ、母親によってあれこれ引っ掻き回されて、
けっきょく破談してしまった過去に比べると、
池井多家の歴史のなかでは
4ヵ月というのは異様な、
芸能人顔負けのスピード婚だったのです。
 
母親による、長男と次男の結婚への対応の違いも、
病的な家族の何がしかを物語っていると思います。
 
家族会議がおこなわれた1999年5月の時点では、
弟はまだ、そういう女性の存在を親に告げていませんでした。
 
しかし「結婚をする」からには、
 
「実家は、家族療法という精神科治療を受けています」
 
などといった事実を、
相手の家族に知られたくなかったのでしょう。
 
私の原家族のような頑なな家系では、
同じ医療にかかるにも、
内科や歯科や整形外科にかかるのは恥ではないのに、
精神科や心療内科にかかるのは恥だとする傾向がありました。
 
いま東京など都市部では、
だいぶそのような偏見は薄らいできましたが、
地方などではまだあるかもしれませんね。
 
池井多家が精神医療にかかっている家系だと
結婚相手の家族に知られては恥だ、
と弟は考えたのでしょう。
 
だから、そうした事実を
根こそぎ「なかったこと」にしたのです。
 
ところが、この話には後日談があります。
 
私が一族から追放されてから、数年経ってから、
弟が果たしてどういう家系と結婚したのか、
私は誰も雇わず自力で調べたことがあります。
 
すると、私はべつにこれを
貶める意味で話すわけではないのですが、
相手のご家族も、母親が自殺していたり、
兄弟姉妹の年齢が親子ほど離れていたり、
その上のほうの兄弟姉妹もみな結婚していなかったり、
……と、かなり定型からはずれたご家族でした。
 
絵に描いたような標準的な家族ではなかった、
ということです。
 
もし、そうであれば、こちらの家族も、
 
「母親が長男を虐待して育てちゃったものですから、
その後始末で、いま実家はみんなして
家族療法にかかっているんですよー」
 
などという、不定形ぶりを語ってもよかったのでは、
と思うのです。
 
はたして、被害者である長男を一族から追放するという
それだけの犠牲を払って
証拠を隠滅する必要があったのだろうか、と。
 
婚姻する両方の家族で、
お互いに自分たちが
絵に描いたような完璧な家族であることを
演じあい、競いあい、
それをもって相手の家に引け目を作らないよう、
見栄を張り合っていただけなのではないか、と。
 
お互い、真実を語り合えばよかっただけなのでは、と。
 
ともかく、弟は見栄っぱりの完璧主義者だったものですから、
相手の家の実情がどうであれ、
また、少しでも相手の家にのちのち優位に立つためにも、
自分の家族の側の失点を見せないようにしたのでしょう。
 
だから、弟は母親の側についた、というわけです。
 
 

弟の復讐

もう一つの理由は、
私から「弟の裏切り」と見えたものは、
じつは「弟の私への復讐であった」から、
ということです。
 
さきほど、弟は
「見栄っ張りの完璧主義者」だと申しましたが、
それは私という8歳上の兄貴へのコンプレックスから
形成された性格かもしれませんでした。
 
私から見ると、弟はしょせん競う相手ではなく、
弟は私にとって「早めにできた子ども」であり、
自分は弟にとって「小さな父」である、
くらいの自覚でいるわけですが、
弟にとっては、8歳上といえども
やはり私は同世代の競争相手だったのでしょう。
 
また、母親がそのように
弟の兄に対するライバル意識をかきたてることで、
なんとか弟の反乱を鎮め、弟の養育をおこなっていた、
という一面も見逃すことはできません。
 
その結果、弟にとって私とは、
いつも自分が負けてしまう競争相手だったのでした。
8歳も上であると、
何をやってもかないません。
 
その屈辱から心を守るために、
弟は「見栄っ張りの完璧主義者」になったのではないか、
と今の私は考えております。
 
また、弟も幼いころから
毒母に虐待されてきたわけですが、
毒母から虐待を連鎖させていた私から虐待されてきた、
という側面もあったのです。
 
母から行われる精神的虐待によって
私のなかへたまっていった腐った感情のゴミは、
私からの弟へ無意識におこなわれる、
まったく同じような手法による精神的な虐待によって
排泄されていたと考えられます。
 
そうやって、
私はなんとか精神のバランスを取ろうとしていたのでしょう。
 
しかし、弟へ流れこむ感情のゴミは、
母と私、両方からもたらされるわけで、
 
「くそぉ! いつか見ていろ、兄に復讐してやる」
 
と怒りを奥にたぎらせている側面もあった、ということです。
 
私は、家族会議を開く時点で、
そのことに少しだけ気づいていました。
 
だからこそ、私は家族会議によって、
うちの家族のパンドラの箱を開けることは、
母から私への虐待の認知を母へ迫ることであるだけでなく、
私から弟への虐待の認知を私に迫られることであると
覚悟していました。
 
そうすることによって、
弟にも私への怒りや恨みを吐き出してもらおう。
 
弟のなかに鬱積しているであろう怒りも
このさい家族会議と家族療法によって解決しよう、
と思ったのです。
 
ところが、弟は、そういう私の企てを無にすることで
弟のなかに鬱積している怒りを
吐き出すことを目指したのでした。
 
こうして、1999年の家族会議という結節点を迎え、
「いまだ!」
とばかりに噴出の機会を得て、
大事なところで私を裏切り母につく、
というかたちで弟は、私への復讐を開始しました。
 
「弟のほうが、考えることが浅はかだった。
 
私のほうが、のちに起こるであろう、
親の介護から相続から、すべてに対応できるように、
いろいろ考えていたのに」
 
という不満が私に残りました。
 
今日の演題である
 
「ひきこもり当事者から見た8050問題」
 
というテーマに、ここは通底しております。
 
 
 
 
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    顔アイコン

    ぼそっとさんの弟さんへの精神的虐待と兄への劣等感、ぼそっとさんとお母さんの関係同様大きなトラウマになっているかも知れませんね。
    私は2歳違いの兄弟と妹がいますが、妹は思春期の頃に受けた私からの虐待をともに70歳過ぎた未だに非難されています・・おそらく死んでも許してはくれないでしょう。 削除

    迷えるオッサン

     

    2018/8/24(金) 午後 8:43

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    顔アイコン

    今週末の番組のご案内です。
    ETV特集 データで読み解く戦争の時代
    第2回 隠されたトラウマ
    精神障害兵士8000人の記録~
    8月25日(土)23時10分~
    29日(水)24時~ Eテレ
    日中戦争から太平洋戦争の時代、精神障害の兵士が送られた国府陸軍病院。密かに保管された8002人の「病床日誌(カルテ)」が研究者よって分析され、日本兵の戦争トラウマの全体像が明かになってきた。戦場の衝撃に加え、私的制裁や住民への加害の罪悪感が発病要因につながっていたことが判明した。番組では発症の多い中国河北省・山西省で治安戦の実態を取材。戦後も社会復帰を阻まれた兵士の姿をカルテをもとに追跡する。
    (朗読 佐野史郎 語り 中條誠子) 削除

    大本柏分苑 ]

     

    2018/8/24(金) 午後 9:32

     返信する
  •        

    迷えるオッサンさま コメントをどうもありがとうございます。

    虐待、成育歴PTSD...といった暗い話とはまったく無縁か、と思われるほど、何もかも明朗に見えたオッサンさんのご家族でも、やはりそういうお話があるとなると、けっきょく家庭内虐待は、一家のなかの「感情のゴミ箱」のように、どこの家でもあることなのでしょう。

    「どこでもある」から、「何もしないでもいい」とはなりません。逆に「どこにでもある」から、たとえば正しい知識の普及とか、もっと何とかしなければならないのだと思います。 削除

    チームぼそっと

     

    2018/8/25(土) 午前 0:30

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  •        

    大本柏分苑さま ご情報をどうもありがとうございます。

    おそらく本ブログにおいて過去に、戦争神経症の記事があったのをご記憶で、それで上記の番組情報を教えていただいたのだと思います。誠にどうもありがとうございます。

    私も、上記の番組が発表になるやいなや「お、これは…」と目に入ってきておりました。すでに録画もしかけてあります。

    日本には戦争神経症はないことになっていました。そんなバカなことはないのです。

    さらに戦争神経症の存在が周知されていけば、必ずやいつの日か「家庭内の戦争」である親からの虐待などから発症する同様の精神疾患のメカニズムも解き明かされていくことでしょう。削除

    チームぼそっと

     

    2018/8/25(土) 午前 0:35

     返信する
  •        

    アバター

    物凄く上から目線の感じ悪いコメントになること許してくださいね。

    家族療法(?)などぼそっとさんは、どうにかしたいと強く思ってるのが感じてとれるけど、
    お母様は残念ながら一生絶対気づきません。
    お母様のような人は、とにかく周りにいる人からエネルギーを吸い取ります。エネルギーを吸い取られたからぼそっとさんも、鬱になったのではないですか?
    こんなことにエネルギーを消耗するより、育った家庭がどうであれ、お母様がどうであれ、自分の為にエネルギーを使うほうが人生お得です。
    憎むでなく許すでなく、そういう人だと認めて、
    うまくやり過ごすのが賢いのではないでしょうか?

    真っ当な愛ある家庭で育っても、会社でモラハラパワハラがあるかもしれないし、パートナーからのDVとかもあるかもしれないのに、それを全てパーソナルなこととして受け取ったらもたないの当たり前ですよ。 削除

    ねえね

     

    2018/8/29(水) 午後 4:05

     返信する
  •        

    アバター

    お母様のような人は本人気づいてなくても、
    ネガティブ感情とコンプレックスが内面渦巻いてますから、弱い子供がターゲットになっただけなんですよね。
    だから子供に幸せになってもらっちゃ困るんでしょうね。自分のストレスのはけ口がなくなるから。
    だからねえねが考える1番の対処法は、お母様の嫌いなラブラブオーラな言動をすること。
    自分の価値観超えたところで、子供がハッピーハッピーな幸せ確率するのが、この上ない仕返し。

    親をカウンセリングに連れて行くなんて、相手の思うつぼ。「お母さん、有難う~」「お母さんの子供で良かった~」と常にニコニコして、母からの言動は耳栓してたらいいと思います。 削除

    ねえね

     

    2018/8/29(水) 午後 4:09

     返信する
  •        

    アバター

    うちの母も世間体を異常に気にするタイプなんだけど、思うに「自分がない」んですよ。
    人からどう見られるか、が大事。

    大変失礼なんだけど、ぼそっとさんもところどころ
    生活保護受給者の世間の目」とか、対象が「外」に向いてらっしゃいます。
    これ親と同じです。
    別にいいじゃないですか、引きこもりでも。
    引きこもってない人だって大して立派じゃないですよ。誰でもが今できることを、やってればいいと思います。

    ねえねはこんな感じだけど、わりと箱入り娘だったんですが、親子の縁切って、バリ人と駆け落ちしました。母は初め親戚に「海外に就職決まった」ってウソついてましたよ、かっこ悪いから。
    旧家なんですよ、うち。

    今は母も軟化して、糞みそ嫌ってたダンナにも会いました(今でも賛成はしてませんが、ねえねは騙されたと言ってます)。
    でも誰が何と言おうと、自分を信じてるから、
    周りの評価は気にしません。 削除

    ねえね

     

    2018/8/29(水) 午後 4:17

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  •        

    アバター

    親は選べないけど、生き方は選べるからね(⋈◍>◡<◍)。✧♡削除

    ねえね

     

    2018/8/29(水) 午後 4:19

     返信する
  •        

    ねえねさま 6件のコメントをどうもありがとうございます。

    > 家族療法(?)などぼそっとさんは、どうにかしたいと強く思ってるのが感じてとれるけど、
    お母様は残念ながら一生絶対気づきません。

    しかし、実際に「家族療法」で良くなっていく人、良くなっていく家族を、山ほどこの目で見ているものですから、どうしてもその治療に賭けたくなったのでした。

    まさかその精神医療で、治療されないだけでなく、屋根の上にあげられ、ハシゴをはずされるだけでなく、治療者から転移患者から総出で蹴落とすようなことをされるとは、初めは思わなかったのです。

    私の場合、原家族でのトラウマ体験を、医療機関でさらに深められたということが、傷を深く、複雑にしました。傷の治り際を再び傷つければ、どんな傷でも重症化します。

    いつの日か、ねえねさんにもわかるような表現で、そのすべてを言葉にしたいと願っております。 削除

    チームぼそっと

     

    2018/8/29(水) 午後 7:56

 

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