VOSOT ぼそっとプロジェクト

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やっぱり今日もひきこもる私(49)ひきこもりの幸福論<2>資本主義という一神教から追放された者としてのひきこもり

やっぱり今日もひきこもる私(48)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多

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前回は当事者活動を考える(8)」に掲載した
私の「ひきこもりと幸せについて
aon*_*85 さんからのコメントをご紹介させていただいたが、
今日はその続編として
シリル・プリュミオさんというフランスのひきこもり当事者の
知性と諧謔(かいぎゃく)に富んだコメントをご紹介したい。
 
GHO(世界ひきこもり機構)に寄せられたものである。
 
原文が、独特の調子を持つ文体なので、
日本語として読みやすくするために、
かなり大胆に要訳させていただいた部分もある。
 
 
シリル・プリュミオ
幸福は、旧弊的に「悪いもの」と見なされることが多い。
なぜならば、この図でいうところの
Good Life」(裕福さ)と結びつくからである。

同じように、「快楽」「楽しみ」という概念は、
往々にして旧弊的な立場からは「」と見なされる。

快楽をむさぼっていれば悪い結果になるという
宗教的な教えのためである。

ヒンドゥー教キリスト教ユダヤ教
あるいは仏教のいくつかの宗派では
因果応報という立場から
そういう幸福とはをはらむものという概念を持っている。

「人は、現世では不幸でなければいけない」という概念を。

人々の中には、
現世のなかにゴールを設定することを拒み、
来世をゴールとしないではいられない者がいる。

伝統的な社会においては、
そういう人々は修行僧や聖者になったものだ。
山の中で一人で隠遁していたり、
集団を作って人里を離れて暮らしていたものである。

現代社会においては、そういうことが難しくなっている。
なぜならば、
資本主義だけが世界で共通する宗教だからだ。

資本主義という宗教においては、
金という唯一神を崇拝するだけでなく、
購買という、崇拝のための儀式の方法も規定されており、
神父ー信者に代わる、生産者―消費者という支配的な人間関係も生み出されている。

正統派ユダヤ教や初期イスラム教においては、

「自分たちの宗教を信じない者は殺す」

というほど不寛容に、
自分たちの宗教を人々に押しつけていた。

ところが、現代の一神教である資本主義も、
それらと同じくらい不寛容であり、
金という唯一神を崇拝しないまま生きよう
とする者には容赦がない。

異教徒のまま
自分たちの社会の中に生き残ることを許さないのである。

もしこの宗教の戒律を受け容れないのならば、
あなたは社会から追放されるか、
殺されるか、どちらかであろう。

昔は、一つの宗教のコミュニティから追放されても
郷里を離れて旅をしていくうちに、
別の宗教のコミュニティを見つけ、
そこで生きながらえることができた。

ところが現代は、
資本主義という宗教のコミュニティを追放されると、
その外をいくら進んでも、
他に代わる宗教コミュニティが存在しない。

そのため現代において、
資本主義という宗教を信じない者は、
「ひきこもり」になるしかないのである。

ひきこもりとは、
資本主義という宗教のコミュニティから追放されながら、
その領土の中に潜伏してひっそりと生き延びる人々である。

なぜならば、資本主義という世界唯一教には、
追い出されてもその「外側」がないので、
追い出された者も、
その「内側」で生き延びるほかはないからである。
 
シリル・プリュミオの考え方にしたがってみると、
5月の、ノードの立役者Sさんと私との論争は、
資本主義という宗教の旗手と、
その宗教から追放された者の、
異端審問の記録であったのかもしれない。
 
 
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    ぼそっとサンから見れば今の僕は「ひきこもり」でしょうね。(笑い)
    幸福論を語る気はさらさら有りませんが、十二分に平凡にぼちぼち生活しているので他者からみてもきっと幸福なんでしょうね。
    これでいいのだ・・です。僕も愚妻も、子供達も。
    ぼそっとさんの様な方が「ひきこもり」にいることで印象等々が随分変わったことでしょうね。そういう意味に於いて存在価値は大きいですね。 削除

    goodじいさん ]

     

    2018/9/15(土) 午前 9:09

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    goodじいさんさま コメントをどうもありがとうございます。

    じつは、今のgoodじいさんさんがどのような暮らしをなさっているのか、私はよく存じ上げないのです。

    以前、語られていたような、社長としてあちこちの支社を飛び回り、社員に訓示や指示を飛ばしている、精力的なビジネスマンでいらっしゃるなら、今のgoodじいさんさんがおっしゃる「ひきこもり」「平凡にぼちぼち生活」と、どのようにつながっているのか、お聞きしたいところです。

    > ぼそっとさんの様な方が「ひきこもり」にいることで印象等々が随分変わったことでしょうね。そういう意味に於いて存在価値は大きいですね。

    そうお考えいただき、まことにどうもありがとうございます。削除

    チームぼそっと

     

    2018/9/15(土) 午前 10:10

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