VOSOT ぼそっとプロジェクト

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外国のうつ・ひきこもり事情(93)フィリピンのひきこもりCJの場合<3>

外国のうつ・ひきこもり事情(92)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

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フィリピンのタクシーとバス Photo by Pixabay

 

ぼそっと池井多 これまで、世界中の一般の人々は、

ひきこもりが何であるかあまり理解していない。

はじめは、ひきこもりは日本だけに起こる、

ユニークな文化現象のように考えられていた。

 

しかし、そのうちに、

イタリアとフランスでひきこもりが多いことがわかってきた。

その時点で専門家たちは、

「ひきこもりは、高度産業社会に見られる現象である」

と言い始めた。

 

その後、私はGHOを作ってから、

いわゆる発展途上国といわれる国々から、

多くひきこもりのコンタクトをもらっている。

 

すなわちそれは、

それまで専門家と呼ばれる人々が唱えていた説がまちがっていた、

ということなんだ。

 

すると専門家たちは、

新しい事実を包含するために、たくみに説を変えていった。

「それは不思議ではない。

貧しい国でさえ、

その国の資本を牛耳るような一握りの富裕層はいるものだ。

そして、そういう富裕層は、

けっこう世界中どこでも同じような生活をしている。

彼らの生活は、

高度産業社会における生活と同じようなものだ。

だから、そういう家族ではひきこもりは出る」

とね。

 

しかし、きみの話を聞いていると、

そんな説はまちがっているとわかる。

きみは、彼らの説を吹き飛ばすような

貴重な証言をしてくれているというわけだ。

 

きみは富裕層ではない、という。

都市部ではなく、

半分田舎にある小さな家に家族で住んでいる。

 

しかし、きみはひきこもりだ。

 

それはきっと、ひきこもりというものが、

これまで考えられていた社会的階層よりも、

考えられていた国々よりも、

もっともっと広い範囲に見つかるであろう、

ということを示しているのさ。

 

だから、私はきみの話に聞き入ってしまった。

きみの話、編集して記事にしていいかい。


CJ どうぞ、どうぞ。

フィリピンではひきこもりの割合は少ないだろう。

そして、ひきこもりのほとんどは富裕層の子どもだと思う。

でも、ぼくみたいなひきこもりもいるんだ。

 

ぼくはまだ、ぼくと似たようなケース、

……貧困層で、ぼくみたいに狭い家に住んでいる

ひきこもりを他に見たことがない。

 


ぼそっと池井多 きみのようなひきこもりのケースは、

この先きっとアジアの他の国で見つかる日がくると思う。


CJ たぶんね。

そして、アジアだけでなく、他の大陸でも、

もっともっとひきこもりは見つかるようになるだろう。


ぼそっと池井多 きっとそうだ。


CJ 発展途上国にだってひきこもりはいるんだ。

でも、そういうひきこもりは

メディアに自分の存在を訴えない。

だからいないことになってる。

 

理論というものは、変わっていくものだと思う。

とくにテクノロジーがどんどん発達している

今日においてはね。

 

現代の人々っていうのは、

金持ちだろうと貧乏人だろうと、

家族やその他いろいろなことが引き金となって、

社会からくるプレッシャーによって

ひきこもりになりやすいだろうと思う。


ぼそっと池井多 すばらしい表現だ。


CJ 今でもぼくは

ひきこもりから脱しようとはしてるんだよ。

 

「なんでぼくはこんな生き方してるんだろう」

と自分を責め続けているのは、

もしかしたらぼくだけかもしれない。

ぼくがひきこもりになったことに関して、

両親とか、近所の人たちとか、

学校でぼくをいじめた奴らとか、

もっと他の人を罵ってもいいはずなのに、

ぼくはいちばん自分を罵っている。

 

だけど、こういう風にひきこもりになったのは、

ぼくの選択でもあるわけだ。

ぼくは子どものころからとてもシャイで、

感情的になりやすく、

何事につけ過敏だった。

そうなるように育ってきたんだと思う。

 

でも、もうすぐひきこもりを脱出して、

人生の他の可能性を模索できるようになれるといいな、

と思ってる。

 


 

編集後記

 

by ぼそっと池井多

 

 

「ひきこもりは高度産業社会の副産物」

 

という言い方は、微妙である。

 

いまやアフリカの奥地の

裸で暮らしているような民族の子どもでも

ハイテク・グッズを持っていたりする。

 

「どんな貧困層でも、

 高度産業社会の住人である」

 

と言おうと思えば、言うこともできる。

 

私たちがタイムスリップをして

過去へ取材やフィールドワークに行けない以上、

「高度産業社会」は殺し文句になる。

 

専門家は「外」から、私たちを概括しようと必死である。

 

 

・・・「外国のうつ・ひきこもり事情(94)」へつづく

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