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性虐待と主体(42)目の前にある生々しいほんとうの権力~広河隆一事件

性虐待と主体(41)」からのつづき・・・
#齊藤學被害 #精神医療被害 #精神療法被害
by ぼそっと池井多
 
 
先月、人権派ジャーナリストの広河隆一氏が、
7人以上の女性へ性的暴行を働いたとして、
反権力雑誌「DAYS JAPAN」の代表取締役を解任された。
 
反体制ジャーナリズムの世界では、
広河氏はある意味「教祖さま」になっていた人である。
 
「報道写真を教えてあげる」
 
などの名目で女性をホテルに呼び出し、
報道写真を志す女性たちは、
 
「広河さんの機嫌をそこねたら、
将来、報道の世界で生きていけない」
 
と思い、
なされるがままにホテルへやってきて
身体を任せていたのだという。
 
人間の権利というものに関して啓蒙活動をしている人たちが、
なぜ、これほどまでに権利という概念が
無効化された空間で生きていたのだろう。
 
そんな疑問を持ち、憤慨した人も多いと思う。
 
「加害者」である広河氏はもちろんのこと、
「被害者」である女性たちも
「権利」という概念が何かわかっていないまま
「権利」を報道したり論評したりしていたのではないだろうか、
という疑問である。
 
ところが、
「人間とはそういうものなのだ」
ということを認めないわけにいかない。
 
ここでいくら
「なぜ」
と疑問視をしても、
そういうことが現実に起こっていた以上、
その時点の社会的文脈のなかでは、
人はそのように行動したのである。
 
それはまさに本シリーズでタイトルとしている
「性虐待と主体」
の問題である。
 
 
 
 
 
 
また、今回の一件は
「権力とは何か」
ということについても
私たちに新しい思考材料をあたえてくれた。
 
たとえば、私の精神科主治医、塞翁先生は、
治療法に異議をとなえはじめた患者である私を
 
「体制のスパイ」
 
と呼んでいる。
 
 
 
自分がやっていることは「反体制」。
 
自分のやっていることだけが
反骨精神に富んだ勇気あること。
 
それを邪魔する者は「体制側」。
もしくは「体制のスパイ」。
 
裏の裏は表。
反体制の反対は体制。
 
塞翁先生の論法のなかでは、
すべてがそのように単純化されていく。
 
しかし、そんなふうに自己陶酔している塞翁先生は、
始末の悪いことに
治療者の立場という権力をもっている。
 
現代のシャーマンとして、
さまざまな予言をおこなう精神科医である。
 
科学性や合理性は平気で踏みしだくが、
宗教家を名乗っていないので、
生半可な教養のある人たちにも信用されやすい。
 
そういう地位にある者が、
「反体制」という名の「の記号」のもとに「」をおこなう。
 
そして、自分の悪を正当化したいから、
それを反体制と位置づける。
 
すると、自分のエゴを邪魔する者は
すべて「体制」「権力」になる。
 
そうすると排除しやすいからに他ならない。
 
 
 
 
 
 
 
 
今回、
 
「女性たちは皆、私に惹かれているのだと思った」
 
といった広河隆一氏も、たぶんに自己陶酔者であると思う。
 
それとも、自身をとりまく
権力構造を見てみぬふりをするために、
自己陶酔して演(み)せているのだろうか。
 
写真家の卵の女性たちから成る
擬似ハーレム共同体には、
きっと塞翁先生と同じ論法がしみこんでいたのだろう。
 
当の女性たち本人をふくめ、
広河氏をめぐる小さな共同体のなかでは、
広河氏は反体制・反権力であり、
ゆえに、彼にそむくことは体制・権力とされやすかったのだ。
 
だから、反権力を志している女性たちは、
広河氏に抗えなかった。
 
そんな非民主的な認識が、
民主主義の最先端と思われた共同体で通用していた、
ということを、今回の事件は暴き出している。
 
なんのことはない、広河氏は
 
反権力という名の権力
 
であり、
 
反体制という名の体制
 
だったわけである。
 
当の女性たちにとって、
戦わなくてはならない体制や権力は、
安倍政権でもアメリカでもなかった。
 
権力との戦い方を教えてくれるかもしれない
広河氏自身だったのである。
 
生々しい権力は、抽象的な遠くにいたのではない。
まさに自分たちの目の前にいたのだ。
 
 
 
 
 
 
 
同じことが阿坐部村にもいえる。
 
治療者、塞翁先生に
「体制のスパイ」
と名づけられることによって、
私は、自分にとって戦うべき権力は
安倍政権でもトランプ大統領でもなく、
自分の治療者だということにめざめた。
 
遠くの抽象的な権力については語りやすい。
批判しやすい。
戦いやすい。
 
しかし現実的な権力、
目の前の「自分にとってほんとうの権力」に対しては、
なんと戦うのが大変であることか。
 
そして、目の前のほんとうの敵と戦うことは、
安倍政権だのトランプだの
遠くの抽象的な権力のお友達になることなどではない。
 
 
#齊藤學被害 #精神医療被害 #精神療法被害
 
*註:過去に同じ問題に触れた記事があった。
こちらには映像のスクリプトもある。
 

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 次回「性虐待と主体」はこちらへつづく・・・

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    齊藤先生は陽性転移も陰性転移もよく理解した上で悪用しているところがあると思います。自分の非を認めて謝ったりせず自己主張する人を煙たがります。鬱は抑圧された怒りが原因だ等と教えながら怒りの主張も受け取りません。陽性転移だけ自分に集めようとしているのでしょうか。陰性転移の対象はぼそっとさんのような人をターゲットにして向けるようにしている感じがします。トラウマレベルの感情を抱える人が集まる場所ですから感情の力というのは大きいと思います。ぼそっとさんが居なくなると困るのは本当は齊藤先生かもしれません。と言っても代わりに陰性のものを押し付けるターゲットが別に用意されるだけなのでしょうけど。 削除

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    2019/1/13(日) 午後 2:42

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    塞翁先生はフェミニズムの知識を誤用して被害者に嘯いてぼそっとさんを悪者に仕立て自分の負を押し付ける様な流れを以前記事で読みました。しかし、信田さよこさんなどが塞翁先生と考えが合わず離れたのも塞翁先生の権威主義やバタラー気質な所なのではないですか?ぼそっとさんは信田さん達と同じ感性なのではないですか?くれぐれもs先生の影響をを取り込んで似ていかないようにして下さい。憎しみの対象は内在化するそうなので。権威主義の暴力性、支配に異議を唱えられる男性は、男女問わず守る力も持っているはずと思います。私は他の場所でケアを習っているとsクリは自分には悪影響だったのだなとハッキリ分かる事がありました。治療者も職員も回復の参考やモデルにはなりませんでした。自分がどうして悪化していったのかも支配をテーマに改めて教わる機会があり、助かっています。 削除

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    2019/1/13(日) 午後 2:56

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