VOSOT ぼそっとプロジェクト

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貧困と人づきあい(73)東京のひきこもり、沖縄を歩く<5>沖縄のひきこもり当事者タイキさんとの対話(1)

貧困と人づきあい(72)東京のひきこもり、沖縄を歩く<4>」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

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沖縄に来たら、

日常的な食として、

あちこちで沖縄そば(うちなーすば)のお世話になる。

 

沖縄そばは、広く知られるように

麺の成分にはそば粉は入っておらず、

主に小麦粉とかん水で、ラーメン(中華麺)と同じである。

 

「そば」というよりは「うどん」の太さを持ち、

とうぜん「ラーメン」の色をしていて、

つゆの出汁は魚貝と豚でとられているが、

九州のとんこつラーメンのようにドロドロと濃くはない。

 

トッピングによって、

名護そば、八重山そばなど

いくつもバリエーションがあるようだが、

本土の人間、大和人(やまとんちゅ)に有名なのは、

やはりソーキそばだろう。

 

ソーキとは、豚のあばら肉の煮込みで、

「梳き(スキ)」から語源が来ているらしく、

南方系の中国麺などで用いられる排骨肉と同じである。

 

肉が軟骨にくっついている場合は、

煮込まれてやわらかくなった軟骨ごと食べられるが、

本骨にくっついているスペアリブの状態で出されたときには、

骨は中の髄の部分だけ食べ、

あとは用意されている皿に捨てる。

 

沖縄に着いたその日に、

 

「まずは腹ごなしを。

 そりゃあ、やっぱり沖縄そばでしょう」

 

ということで、

手近なところで那覇の中心部、牧志市場の中で

できるだけきったない屋台みたいな店をえらんで

第一食目のソーキそばをいただいた。

 

私は20代にそとこもりをしていた体験から、

世界のどこの町にも市場があり、

そこにはきったない屋台の飯屋(*1)があって、

そういうところが「うまい」ということを

経験則として持っていたからである。

 

*1.パン食文化圏では、

サンドイッチ・スタンドや

ケバブ・サンドがこれにあたる。

 

 

 

 

ところが、沖縄そば第1食目としては、

この選択は失敗であった。

 

いくら「きったない屋台みたいな店」であっても、

牧志市場というと那覇市の観光地であり、

日本国内外から来る観光客ばかりで、

地元の人は食べていない。

 

麺はふやけ、のびきっており、

つゆもスーパーで買ってきたような

深みのない味であった。

 

もし私が、

そのまま沖縄からすぐ帰るような観光客だったら、

 

沖縄そばとは、なんとまずいものか」

 

という印象を持ち帰ることになったかもしれない。

 

ところが、その後あちこちで

沖縄そばのお世話になるにつれ、

私も店の選び方というものに長けてきた。

 

本土では、とくに東京のような都市部では、

日本そばのチェーン店をよく見かける。

 

もちろん、

そば職人がそば粉から挽いているような本格店ではなく、

低価格なファーストフードとして

駅前などにたくさん支店を出しているような、

「打つのではなくゆでる」そばの店である。

 

しかし沖縄では、

沖縄そばのチェーン店は見かけなかった。

みな、個人店なのである。

 

それだけに沖縄そばの世界は、

店ごとに味があっておもしろい、

ということがわかってきた。

 

その後、一人のひきこもりに会うために

那覇を離れたときに、

私は今回の旅で

もっとも美味しい沖縄そばに出会うことになった。

 

 

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タイキさんとは、

那覇市で催されたつなかん沖縄で知り合った。

 

私が知る、たいていのひきこもりがそうであるように、

彼もまた、独特の内的世界を持つ人であった。

 

もう一度、彼の話を聞きたいと思い、

沖縄を離れる前日に、

那覇市をバスで発って一時間ほど、

彼が住むのどかな田舎町に着いた。

 

バスを降りると、風の中に、

かすかに豚のにおいがする。

 

昼時であった。

 

「まず、昼ご飯を食べましょう」

 

タイキさんが、行きつけの飯屋に連れていってくれた。

 

この町では有名な店らしいが、

町自体が観光色もなく、

観光客らしき姿はまったく見ないので、

飯屋に来ている客もみな地元の人なのだろう。

 

ソーキ定食を頼んだところ、

まず、ものすごい量に圧倒される。

 

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定食には、ご飯と沖縄そばがついてきた。

 

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このおまけのようについてきた沖縄そばが、

私が今回の沖縄の旅で食べた中で

もっともうまかったのである。

 

おそらく麺も、自分のところで打っているのだろう。

歯ごたえがあってうまい。

つゆも、スーパーで売っているダシとはちがう

オリジナルの深みがあった。

 

昼飯を終えると、

彼がいつも時間をすごす、

「秘密の浜辺」へ行って、

そこでインタビューを収録することになった。

 

苦しい時、悲しい時、

いつもこの浜にひきこもって、

一人で時間をすごすのだという。

 

何の変哲もない沖縄の浜辺であるが、

住宅地からは少し分け入った場所にあって、

たしかに土地勘のある人でないと入りこめない場所にある。

 

他に人影はまったくない。

 

上空を、ときおり米軍の戦闘機が

爆音を立てて飛びすぎていく。

 

私は、そのつど驚いて頭上を見上げてしまうが、

彼はまったく表情を動かさずに語り続ける。

 

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ぼそっと池井多 すごい音ですね。旅客機の比ではないな。

 

タイキ ああ、戦闘機の音ですね。

生まれたときから聞いているので、

ぼくは慣れっこになっています。

 

ぼくが住んでる家は、

米軍基地の飛行場の滑走路の延長線上にあります。

だから、毎日のように戦闘機が爆音を立てて真上を通るのです。

 

まあ、ちょこっとだけ

「うるさいな」

と思う時もあるけど、

意識しなければ、べつになんとも思わない。

 

ぼそっと池井多 海と豚のにおいがしますね。

 

タイキ そうでしょう。

沖縄にとって豚はとても大事なんです。

くさいと思う人もいるんだろうけど、

ぼくはこのにおいを嗅ぐと、

「ああ、故郷に帰ってきたな」

と思います。

 

ぼそっと池井多 小さいころから、

タイキさんはこの沖縄本島の中部にあたる、

この町で育ってきたのですか。

 

タイキ そうです。1977年生まれ、いま41歳です。

小学校のときから、この町に住んでいました。

あのころの友達はもうみんな沖縄を出てしまいました。

 

学校では、友達からいじめはあったけど、

今でも心の傷に残っているのは、

学校の個室で学校の先生から受けた言葉の虐待です。

 

ぼくは、小さいころから何かとできないことが多かったので、

先生や先輩に怒られてばっかりでした。

そういうことはずっと高校くらいまで続いていました。

 

ぼそっと池井多 いじめられた経験があると、

当時と同じ町に住んでいることが苦しかったりしない?

 

タイキ べつに。

もともと友達もあんまりいなかったし。

居ても、顔を合わせないし。

コンビニなんかで、

「あ、同級生がいるな」とか思ったら、

ちょっと隠れたりとかしてます。

 

……。

……。

 

 

……次回も、このシリーズでは

南の海の潮騒と米軍戦闘機の音を聞きながら、

タイキさんに沖縄のひきこもり当事者としての

半生を語っていただくことにする。

 

 

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