VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

被災地の内と外(25)津波が押し寄せるなか、ひきこもりは何を考えたか

 「被災地の内と外(24)」ならびに

やっぱり今日もひきこもる私(86)からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

 

 

 
に書かせていただいたように、
先週末から岩手県にお邪魔している。
 
3.11の今日は被災地となった沿岸部を南下している。
昼は釜石、夜は陸前高田に向かう予定である。
 
東京で生活していると、
3.11はすでにまるで敗戦記念日のように歴史化している。
 
ニュースなどで流れるのは目に入るので、
意識しないことはないが、
日々の生活に密着してこない。
 
その点、実際に津波に被災した自治
(本ブログでいう「被災地の内」)では、
それぞれに追悼式典がおごそかに行われ、
ある意味で3.11はいまだ「現在」であることが強く感じられる。
 
亡くなった方がご家族にいらっしゃれば、
むろんそうであろうと想像にかたくない。
 
 
 
 
 
 
東日本大震災は、ひきこもりたちにとっても、
大きな選択をせまった未曽有の災害であった。
 
震災を機に、ひきこもりから出て、
がぜん活動的になり、
自分が住んでいる村や町の復興に活躍するようになった
というひきこもりの方もいる。
 
一方では、津波がせまっていても部屋から出ず、
避難せず、
そのまま津波に呑まれてしまわれたひきこもりの方もいる。
 
前者を(A)、後者を(B)とさせていただく。
 
地震が起こってから津波がせまってくる数十分のあいだ、
(B)のひきこもりの方々の頭の中に
来していたものは何であったろうか。
 
そのことを私は、発災直後から考えつづけている。
 
私と対談した(*1)、
台湾の映像作家、盧德昕(ル・テシン)は、
作品のなかで彼なりの解釈を表現している。
 
 
 
 
彼の映像作品では、
私が彼のインタビューに答えた声が
そのままナレーションに使われているのだが、
私自身は非オタク系ひきこもりなので、
私が想像する主人公の内的世界は、
必ずしも盧德昕の解釈と同じではない。
 
この映像作品のモデルとなったひきこもりの方は実在する。
彼は(B)のタイプであったといえよう。
 
彼は、津波が押し寄せてくるまでの間、
 
「ああ、いま外へ出ていけば、
近所の人たちと顔を合わせなくちゃいけない。
そんなのはいやだから、
このままこの部屋にいよう」
 
と思ったのにちがいない、と私は考える。
 
しかしその時、
はたして彼に津波があの高さであることは予知できただろうか。
 
できなかっただろう、と私は思うのである。
 
なぜならば、ひきこもりでない「ふつうの人々」も、
津波があの高さまで及ぶことを予想しなかったからである。
 
彼は、まさかこのまま死ぬとは思わなかった。
彼にとって、ひきこもり部屋から出て避難しなかったことは、
「死を選択すること」
「ひきこもりとして人生を全うすること」
とイコールではなかった。
 
……そのような仮説を、私は持っている。
 
モデルとなった彼のことを報道した記事など読むと、
あたかも彼が、
 
「このまま避難しなければ、自分は死ぬ。
でも、人に会うくらいなら、死んだ方がましだ。
自分はひきこもりに命を賭けているのだ」
 
と彼が考えていたかのように解釈しようとしていると
感じさせる文章に多く出くわす。
 
おそらく、
侮蔑されているひきこもりの意思を社会に訴えようとして、
そういう書き方がなされているのかもしれないが、
私はそれがいささか筆の勇み足であり、
下手をすると、
かえってモデルになった彼の気持ちを汲み取らない
記事になっているのではないか、
と危惧するのである。
 
「このまま避難しないで、
ひきこもっていても、なんとかなる。
生き延びられる」
 
と思っていたのに津波に呑まれてしまった、
というところに、
彼のほんとうの無念と悲劇があるのではないか。
 
「避難はしたくない。
でも、ここで死にたいわけではない。
もっと生きたい」
 
と願うことは、
私たちが今日、後付けで当時の状況に照らし合わせてみれば、
もちろん一つの矛盾である。
その願い自体、一つの葛藤である。
 
「生きたいならば、部屋から出て、避難所へ行きなさい」
 
というのが正論ということになる。
 
しかし、そもそもひきこもりという行動が、
矛盾と葛藤の所産なのだ。
そして、その場においては、
たいがいの正論は機能しない。
  
ともかくも、
モデルとなったひきこもりの方は亡くなってしまった。
 
それこそ「当事者」に訊くことができない以上、
私たちは数十分間のあいだに
彼の脳裡に去来したものに関して真相は知ることはできず、
それぞれの想像の域を出ない。
 
サバルタンは語ることができない」
スピヴァクはいう。
 
ああ、死者とは、
なんという究極のサバルタンであることか!
 
 
 
 
 
 
陸前高田では、
そのように亡くなってしまったひきこもりの
お父さまにあたる方にお会いし、
お話をうかがう予定である。
 
8年前、彼は仕事が忙しく、
ひきこもっていた息子に向かい合うことができなかった。
 
「もっと、息子に向かい合ってあげてください」
 
と長年、奥さまにいわれていたが、
彼はその時間が取れなかった。
 
「3月末に定年退職するので、
そうしたら時間ができるので、
妻にも息子にも向き合おう」
 
と思っておられたのだという。
 
そのような時間が得られるわずか3週間ほど前、
3月11日がやってきたのだった。
 
 
 
 ・・・「被災地の内と外(26)」へつづく
 
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