VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

海外ひきこもりだった私(14)「責任」という響きの予防注射

 「海外ひきこもりだった私(13)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

 

継続的につづっている数々の手記のなかでも、
この「海外ひきこもりだった私」というのは、
スパゲッティの惨劇」とならんで、
私にとってもっとも重要なシリーズの一つのつもりで書き始めた。
 
しかし、それだからであろうか、
ときどき筆が進まなくなる。
 
いつのまにか半年も過ぎてしまった。
まずい、まずい。
 
もう読者の皆さまも、
どういう話であったか、忘れてしまっておられるだろう。
 
ところで、
なんだか家のそばの工場が静かだと思ったら、
世の中は10連休だそうである。
 
ひきこもりの私には、連休だろうが何だろうが、
生活にまったく変わりはないのだが、
おそらくふだんの読者層が旅行に出かけたり、
いろいろしていらっしゃるだろうから、
そのあいだに振り返りをしておこうと思う。
 
前回までのあらすじは、こうである。
 
私はもともと母親への宿題を果たすつもりで、
母親の宿願であった一橋大学に「入ってあげた」のに、
それを契機に母親は私に謝るかと思っていたら、
まったく謝らないどころか、
褒めることもなかった。
 
そのため、私はなぜ大学に入ったかわからなくなり、
大学ではほとんど授業に出なくなった。
 
そのため、後期、大学3年生に進級するときの成績は
惨憺(さんたん)たるものであった。
 
そこで、その大学の中では主流から外れた「語学ゼミ」である
鈴澤先生に「救っていただけた」。
 
私はおかげで後期へ進むことができたが、
そのじつ、自分の主任教授が
何を専門としている人かも知らないままに、
そのゼミに入ってしまった。
 
今から考えれば、
はなはだ空恐ろしい離れ業をやってしまったのであった。
 
それから何年かして知ったことには、
鈴澤先生のご専門はサルトルプルーストであった。
 
サルトルとは、私にいわせれば、
1970年代ごろまで、まるで「大明神」のように
世界中の若者に信奉されていた哲学者である。
 
哲学論文のみならず、文学作品、劇作家、社会運動など
じつに裾野の広い活動をおこない、
しかも「反体制」で一貫していたために、
神を信じないサルトルが、
若者たちに神として崇められていたのである。
 
サルトルの哲学は、おおざっぱにいえば、
自由と責任を語るものであった。
 
しかし、そこで語られる「自由」とは、
よく若者たちが浮ついた口調で口走るような、
果てしなく広がる大地の向こうに地平線が見えて、
その向こうにはどこまでも青い空が広がっているような
ああいう自由ではなかった。
 
「自由とは、じつは厳しいものなのだ、
しかし、人は自由から逃れることはできない」
 
というのがサルトルの見解であった。
 
「人は皆、生まれながらにして自由の刑に処せられている」
 
などという彼の言葉にそれが表れている。
 
自由であるということは、
世の中の人間で自分だけが自由なのではない。
他者の自由も尊重しなければ、自由ではない。
 
そのため、自由という概念とはつねに「責任」と
コインの裏表である、
という話になってくる。
 
それは、いやだといっても仕方がない。
考えれば、まるで1+1=2のように
揺るぎのない真実であった。
 
 
 
 
 
 
ところが、私はこの「責任」が嫌いであった。
 
幼いころから母親に、何かにつけて
 
「責任を取りなさい!」
 
と責められ、
冷たい台所の床のフロアに土下座をさせられ、
三つ指をついて謝らされて、
謝っているのに、そのうえから父がベルトで打った。(*1)
 
父は、母に命じられている以上、
母に逆らうことはできなかった。
父も自由ではなかった。
 

したがって、私にとって「責任」とは、

あの冬の台所フロアの床の冷たさであり、
父のベルトで打たれる背中の痛みのことであった。
 
いまから思えば、
私は「責任」とは何かがわかっていなかったのだ。
 
母親も、わかっていなかったと思う。
 
しかし、たとえ、あのころ幼い私が、
「責任とは何か」
が正しく理解できたとして、
それを母親、父親に教えてやろうとしても、
あの母親、あの父親では、
聞く耳を持たなかったであろう。
 
そういう家族構造をしていた。
 
そのため、
むしろ私が「責任」とは何かがわからないまま
あの密室のような家族空間で虐待されていれば、
私はこの世界に存在しつづけることができる、
生きていられる、
とでもいうような歪んだ世界観、家族観が、
私のなかに育っていった。
 
このような歪んだ認識を修正していくことが、
のちに精神医療に求められたわけである。
 
しかし、治療者であった精神科医、齊藤學の力は
遠くそこへ及ばないばかりか、
そういうアダルト・チルドレンの特性を
彼は自己実現へ利用しようとたくらむようになった。
 
そのため、かえって私の内的な病状は、
PIASと名づけられた斎藤療法によって
悪い方へ悪い方へと持っていかれることになったのである。
 
 
 
 
 
 
 
 
サルトル主義者である鈴澤先生も
「責任」
ということを日頃から厳しく言った。
 
いやだった。
 
責任という語が、鈴澤先生の口から発せられるたびに、
私は自分が責められているように感じた。
 
6歳までをすごした、
あの柏の社宅の台所のフロアの冷たい床と、
父のベルトが降ってくる背中や手指の痛みが
どこかで蘇ってくるようであった。
 
それと同時に、
なぜか小学校のころに保健室にならんで受けた
予防注射を想った。
 
小学校のころ、優等生だった私にとって、
予防注射はどんなに嫌でも、
嫌悪や恐怖を顔の表情に出してはならず、
ましてや逃げてはならないものであった。
 
 
 
 

 

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    伊田さん、こんにちは。
    せっかくの10連休も本日が最後。連休前は、いろいろ出かけたり、家の大掃除をしたり、連休明けの仕事を少しでも前に進めたりと、有意義に時間を使いたいと思っていたのですが、久しぶりにどっぷりと「うつ状態」になってしまいました。やるべきことが次々に頭に押し寄せて、優先順位がつけられず、ひたすらベッドの中で過ごしました。昼夜逆転のような生活です。その間、常に自分で自分を急かし、焦っているのです。「もっと有意義に時間を使え!」と。
    この、自分で自分を急かす正体を考えたとき、「あ~、、やっぱり私のうつ病は治ってないな」と思いました。これは治るというより付き合っていくものなのかもしれません。
    連休明けの仕事のハードさを思い浮かべると気分が憂鬱になり、現実逃避をしいたのですが、どんな時間を過ごしても1日ずつ確実にその日は近づいてくる。。。
    病院に行こうかとか、もう一度休職をしようかとも考えましたが、現実問題としてそれは難しい。 削除

    aon*_*85 ]

      

    2019/5/6(月) 午後 11:50

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    それは何故なのかと考えたのですが、私は形式上は「志願」して社会人となり、遠路はるばる最前線に送られ、そこで戦っており、この最前線から撤退するには物凄いエネルギーが必要で、撤退するぐらいならまだここで敵と戦っているほうが危険や消耗が少ないようです。
    先ほど「志願」と申し上げたのは、私も大学から社会人になるときには、「24時間戦えますか?」のような世界に入ることに拒否感もあったのですが、今さらここで「志願しません」と言う勇気はなく、表面上は「喜んで志願します」とやった次第です。特攻隊員みたいですね。(笑)
    更に、母親からは、「男の価値は、最後は仕事(=甲斐性)」といったことを言われて育っており、だらしない父親を何度も見せられて、「あのような大人にはならない」と心に誓っているところもございます。
    仕事での今のポジションでは、病歴を考慮してか(?)、マネジメントラインからは常に外され、まあ比較的専門性を活かしたところをやっているわけですが、ここで再び「休職」のようなことをやれば多大な迷惑がかかり、復職したとしても、クビにはなりませんが、どんな処遇になるのやら。。 削除

    aon*_*85 ]

      

    2019/5/6(月) 午後 11:51

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    まあ、人使って、予算もってナンボの世界(=マネージャー)ですから、それ以外の生き方というのが、余程の専門性がないと難しい。
    会社での私は、「私はマネージャーではありませんが、価値を提供できる人間です」という部分を周りに認めてもらわねばなりません。多少は無理しても。
    遠藤周作の本で、アウシュビッツの囚人を書いたものがあるのですが、囚人は毎朝の点呼で、「私は労働に資する健康があります!」とアピールするそうです。
    もし弱っているところを見られると、ガス室送りですから。
    私の会社はそこまで非情ではありませんが、まあ「仕事」ですから、オブラートに包んで似たようなものは見られます。
    まあ、致命傷にならない銃弾を2~3発食らって、「名誉ある除隊」が望ましいのかもしれません。(笑)
    とかなんとか、昨日まではずいぶん暗~いことに考えを支配されていたのですが、昨晩から今朝まで(!)、VOSOTブログの過去記事をいろいろ読み返し、やっぱり面白いな~と感動し、少しずつ元気が出てきた次第です。 削除

    aon*_*85 ]

      

    2019/5/6(月) 午後 11:52

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    今朝は全く眠れなかったので7時30に起床し、シーツの洗濯、部屋の掃除、オートバイの整備と近所の散歩など、予定よりは小粒でしたが、それなりにやりたいことができました。あと、仕事もパソコンを持ち帰っているので、3時間ほどは連休前の振り返りと明日の準備をすることができました。
    散々憂鬱だった「明日」は、心静かに迎えることができそうです。
    非常に長くなりましたが、やはりVOSOTブログは読みごたえ満載です!
    これからも投稿を楽しみにしております。 削除

    aon*_*85 ]

      

    2019/5/6(月) 午後 11:53

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    aon*_*85さま 4件のコメントをどうもありがとうございます。

    最前線から撤退するのもむずかしいという、あなたの今の立ち位置を拝読し、身につまされました。

    本ブログの価値を再発見していただいて、まことにどうもありがとうございます。

    Yahoo!ブログの終了に向けて、そろそろブログ更新の力を抜き、頻度を落として、引っ越しにパワーを割かなくてはならないのですが、習慣というのは恐ろしいもので、なかなかそちらへ方向変換できません。

    やれやれ、どうなることやらという感じでやっております。今後ともよろしくお願いいたします。 削除

    チームぼそっと

     

    2019/5/7(火) 午前 11:40

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    本日久しぶりに出社をしてみたら、やはり周りの皆さんは休み中もしっかりと自宅で仕事に取り組まれ、(嫌味でなく)精緻で立派な資料をいろいろ見せられました。
    うちの会社でも「働き方改革」の掛け声が大きく、担当役員が各つい先月に私の事業部に取り組みの説明に来た際も、
    「皆さんがお仕事を、もっともっとたくさん取り組みたいというお気持ちは十二分に感じています。しかし法律は法律です。そこは抑えてきちんと残業時間の上限は守りましょう。」
    というご説明でした。
    「長時間の仕事はしたくない」という前提は無いかのように。(笑)
    実際、仕事もできる優秀なメンバーが、残業を含めてどんどんと物事を進めてゆく。
    そこまでやられてしまうと、こちらも頑張らざる得ないのですが、何を基準にどこに線引きをしたらよいのやら。
    「私にはそこまでのモチベーションは維持できません」というのが、近いところだと思います。
    しかし、そうやって自分が少しずつ「お荷物」になっていくのも、辛いものです。

    ブログの引っ越しは、さぞ大変なこととお察しします。便利な引っ越しツールをヤフーさんが用意してくれるといいですね。削除

    aon*_*85 ]

      

    2019/5/8(水) 午前 2:07

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    aon*_*85さま コメントをどうもありがとうございます。

    働き方改革」をめぐる、たいへん生々しい現場のお話、ぜひ公開させていただきたいご証言です。

    「働いていない」私にとっては、ついぞ達することのできない領域のお話ですね。 削除

    チームぼそっと

     

    2019/5/8(水) 午後 2:35

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    ご期待に添うように、よりふさわしい内容の記事にコメントを公開投稿しました。「長時間残業」にも、いろいろな種類があるご参考にしていただければと思います。 削除

    aon*_*85 ]

      

    2019/5/9(木) 午前 0:45

     

 

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