VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

貧困と人づきあい(82)言語規範と存在承認

貧困と人づきあい(81)」からのつづき・・・
by ぼそっと池井多
 
 
対話交流会だの公開対論だのといったことをやっていると、
ひきこもりの子を抱える親御さんとお話をする機会が
どうしても増えてくる。
 
そのなかで、あるひきこもりを抱えるお父さんとお話をして、
しばらく経って、
その妻、つまり同じひきこもりのお母さんに当たる方と
ぐうぜん別の所でお会いした。
 
ご挨拶する場面となった。
 
「あれ? もしかしたら
○○さんの奥様でいらっしゃいませんか?
 
私、ぼそっと池井多と申しまして、
先日、公開対論というイベントで
ご主人とお話しさせていただいた者です」
 
と話しかけるのが順当であろう。
 
しかし、これは発話する立場である私からすると、
大きな逡巡をはらむものであった。
 
もし、話しかける相手の人が、
私がつきあっているひきこもりの子どもに当たる世代のボリューム・ゾーン、すなわち20代から40代であったなら、
こういう日本語にはならないだろうからである。
 
どういうことかというと、
若い人たちの間では
かなりジェンダー・フリーの感覚が浸透していて、
フェミニストも目を光らせているから、
「奥さま」「ご主人」
といった呼称を使えば、
たちまち吊るし上げにあう恐れがある。
 
しかし、それに代わる「妻さん」「夫さん」という語は、
まだ日本語として市民権を得ていない。
 
「旦那さま」がポピュラーな代替語であるが、
これとて起源をサンスクリット語に遡れば、
「ご主人」とそんなに意味は変わらない。
 
さしずめ、
 
「あれ? もしかしたら
あなた、○○さんと結婚してる人じゃありませんか。
 
私、ぼそっと池井多と申しまして、
先日、公開対論というイベントで
あなたのダーリンとお話しさせていただいた者です」
 
といった日本語が考えられる。
 
しかし、そんな日本語を
推定60代以上の、ひきこもりの親に対して使うとなると、
かなり抵抗があるのだ。
 
「なんだ、こいつは。ヘンな人。」
 
という目で見られること、必定である。
 
ひきこもりの親御さんにも、
私は真摯に対論をし、
人間関係を構築できたらいいな、
と考えているので、
あまりヘンな人と思われたくない。
 
私はもともと、無職、ひきこもり、生活保護のくせに
恥も外聞もなくメディアに出るなど、
「ヘンな人」
で売っているところがあるから、
 
「お前なんか、
 いまさら「ヘンな人」と思われてもいいだろうよ」
 
などと考える人もいるかもしれないが、
やはり、私としてはそこは躊躇するのである。
 
会話の相手の方が、
私を「ヘンな人」と思うにとどまらず、
なにやら私を得体の知れない人間として
軽い恐怖をおぼえるようになると、
これまた申し訳ないと思う。
 
そこで、できるだけ穏便にご挨拶を済ませようとすると、
 
「奥さま」「ご主人」
 
などと、使いたくない語を使わなくてはならない。
 
 
なぜならば、言語とは規範だからである。
 
規範に沿った表現をすることによって、
かろうじてかすめとる存在承認というものがある。
 
世のサラリーマンたちが、
着たくもないスーツとネクタイを着て、
満員電車という軌道から外れず
会社と寝床を往復しているのも、
この手の存在承認をかすめとる手段だから、
という面がかなりあるのだろう。
 
しかし、存在承認を得られるからといって、
すべて社会の規範にあてはまったことばかりやっていては、
こんどは承認させる中身である存在がなくなってしまう。
 
物体、身体としては存在しても、
精神として実存しなくなってしまう。
 
その両者のあいだで、
どこから規範に刃向かい、
どこまで存在承認をさせるか、
人はそれぞれに匙加減を考えながら毎日を送っている。
 
ここで「考える」というのは、
無意識に考える部分をふくむ。
というか、それが大部分である。
 
それがすなわち
「生きる」ということだと思う。
 
 
・・・「貧困と人づきあい(83)」へつづく
 
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    今度「ひ老会」に初めて参加予定のものです。
    3月の町田での講演会に行ったのをきっかけにここのブログを読ませていただいています。
    ですが正直なところ学の無い私には理解できない部分も多いです。
    「ひ老会」で話についていけず孤立してしまいそうで不安なのですが大丈夫でしょうか? 削除

    [ OG ]

     

    2019/5/8(水) 午後 3:42

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    OGさま コメントをどうもありがとうございます。

    ご愛読いただいているようで感謝いたします。

    どうも時々、小難しい話をブログに出してしまうために、誤解をさせてしまったようで、なにやら申し訳ございません。

    「ひ老会」も「公開対論」も、ようするにみんな自分が「困っていること」「苦しいこと」を語る場なので、「話についていけない」というようなことは起こらないと思います。どうぞご安心ください。

    「学」などは要りません。どのくらい自分の心に向かい合えるか、だと思います。

    もうすぐひ老会でお目にかかれるのを楽しみにしております。削除

    チームぼそっと

     

    2019/5/8(水) 午後 11:58

     
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