VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

貧困と人づきあい(90)オランダ人ハーフ、マリコさんの場合<2>

貧困と人づきあい(89)マリコさんの場合<1>」からのつづき・・・」

edited by ぼそっと池井多 

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「少年院」時代

ぼそっと池井多 そのまま中学校時代を迎えるのですか。

 

マリコ いいえ。中学校へいくと、

「日本人になろうとなんて、しなくていいんだな。

むしろみんなとちがっていいんだな」

と少しずつ思うようになりました。

 

良いか悪いかは別として、

同じハーフでも、ヨーロッパ系とのミックスだと、

日本人社会ではチヤホヤされがちです。

 

そのため、中学校になってからは、

母親が外国人だからといじめられることは、

もうなくなりました。

でも、別の問題が起こってきました。

 

まず中学生になると、身長がぐっと伸びるでしょう。

本の学校は、すぐ生徒を

身長順にならばせたがるじゃないですか。

 

私は身長が高かったので、

いつも一番後ろに並ばされました。

当時は、何となく嫌だなと感じていましたが、

このように並ぶのが当然だと思っていました。

 

今振り返ると背の順で並ばせるのも

身体的な差別だと思いますし、

そもそも子供たちを軍隊のように整列させることも

私には意味が不明です。

 

私が行った中学校はとくに厳しい所でした。

だから私は、中学校時代のことを

「少年院時代」って呼んでます。

 

身体的にも、私には日本が合わなくなってきました。

まず大きさの合う服がない。

それから靴のサイズがない。

25.5の女の子の靴なんてどこにも売っていないのです。

 

そして、何よりもマインドが日本に合わなくなっていきました。

オランダに里帰りするたびに、

オランダではのびのび生きられて、

楽しくて仕方がありませんでした。

 

 

日本の内に生きながら外から眺める

ぼそっと池井多 中学生時代が「少年院時代」だとすると、

高校時代は「刑務所時代」ですか。(笑)

 

マリコ 自由を売りにしていた私立の高校へ進んだのですが、

そのころにはすでに、

日本でリアルに見ている毎日の情景が、

まるでテレビで

遠い国についての報道を観ているような感じに見ていました。

 

「へえ、日本ってこんな国なんだ」

「いまだにこんな国があるんだ」

 

とテレビを通して、自分が住んでいる国が見えていたのです。

 

中学生のときは、

まだ日本という巨大な組織の内側にいて

抑圧されていたわけですけど、

高校になると、もう「外の人」でしたね。

 

ところが、それを学校の先生は

「反抗してる」

というふうに解釈したのでした。

 

ぼそっと池井多 そこをもっと詳しくいうと、

どういうことでしょう。

 

マリコ 日本の学校では、

「先生は神聖にして侵すべからず

「先生のいうことはすべて正しい」

という雰囲気があるじゃないですか。

 

私はいつも、

「なんで、そんなことしなくちゃいけなんですか。

そんなことやる意味が分からないです」

と言っていました。

 

すると、不良という烙印が学校から捺され、

「日本社会でやっていけない者」

という、

まるでこちらが劣っているかのような評価を下されるのです。

 

社会という集団は個から成り立っているのに、

集団のために個を犠牲にする日本の社会はナンセンスだし、

人間的にも愛がない。

そんな国は生き苦しい、と感じ始めていました。

 

私の両親は旅行が好きだったので、

私も高校に入るころまでには、

すでにいろいろな国を見てきて知っていました。

だから、日本の学校の先生が

「外国では」「欧米では」

というとき、

 

「外国、外国っていうけれど、

いったいどこの国のことを先生は言っているのかしら。

しかも情報がまちがっているし」

 

と思っていました。

 

高校の社会科の先生が

「日本人が茶髪にするのは変だ。

だって欧米の人は髪を染めないのだから」

と平然とクラスの前で話していたのを

今でも鮮明に覚えています。

 

 ・・・「貧困と人づきあい(91)マリコさんの場合<3>」へつづく

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