VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

海外ひきこもりだった私(24)私とフランスとの出会い初め

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1986年当時のパリの選挙ポスター 写真・ぼそっと池井多

海外ひきこもりだった私(23)」からのつづき・・・

by ぼそっと池井多

 

またフランスへ行くかもしれないことになって、ふと初めてフランスを訪れた日のことを思い出した。ロマンティックなかけらもない、殺風景な思い出である。

 

あのときは西ドイツから夜行列車に乗り、早朝にパリに着いた。

いかに金を使わないかを競うような貧乏旅だったため、早朝に着いても、夜まで一日中さまよい歩き、宿に落ち着くことはない。夜行列車で着くということは、そのまま街に投げ出されるようなものであった。

そこで私は、たしか駅からいちばん近い公園に向かったのだ。

どこの公園かわからないけれど、メトロも乗らずに行った覚えがあるから、きっとリュクサンブール公園あたりにちがいない。

そこで私は、ベンチの上に財布の中身をばらまいて、通貨を整理していたのである。

 

これはどういうことか、若い人向けに説明しなければならない。

当時のヨーロッパは、国ごとに通貨が違っていたので、財布の中にはいろいろな国のコインがごちゃまぜになっていた。そこで、それを通貨ごとに整理しておき、銀行が開いたらフランスの通貨であったフランへ替えてもらおうと考えていたのである。

現地通貨がなければ、パンの一つも買えない。メトロも乗れない。

 

すると、いきなり背後から若い女の子の声で怒声がひびいた。

何と言ったのかわからないが、どうやらフランス語で

「手を挙げろ」

と言ったらしい。

当時の私は、まったくフランス語ができなかったので、何と言ったかわからないが、おそるおそる振り向いてみると、女性警官が男性の部下たちとともに私に拳銃を向けていたので、それとわかったのである。

これには驚いたが、抵抗する理由もないので、おとなしく従った。

女性警官は、碧い目と亜麻色の髪をした、じつにかわいい女の子だった。

たぶん年齢は25歳ぐらいではなかろうか。

きっと優秀な大学を出て警察官となったキャリア組なのだろう。彼女だけが警察官の制服を着ている。

彼女は、3人ぐらいの、アラブ人の肌の色をした30代や40代の男たちを引き連れていたが、薄汚れた私服を着たこれらの男たちは皆、彼女の部下のようである。

しかし、彼らは私にピストルを向けているのである。彼女の美しさに見とれている場合ではなかった。

彼女は何か早口で私に言った。

何を言っているのかわからない。

そこで私は、かろうじて知っていた教科書的なフレーズを言ってみた。

「ジュ・ヌ・プ・パ・パルレ・フロンセ」

(フランス語はわかりません)

 

すると、彼女は「パスポール」と短く言った。

パスポートのことだろう、と思った。

 

そこでパスポートを取り出して渡すと、彼女はそれを奪い取り、やがて無線機に向かって、私の名前のアルファベットを一文字ずつ発音して照会した。

おそらく無線の向こうにはパリ警察本部の指令室があるのだろう。そこでは、送られてくるアルファベットを組み立て、私の名前がブラックリストにないかどうか確かめているようであった。

当時はコンピュータも普及していなかったから、こういった照会は大変だったと思う。しばらく時間がかかった。

やがて本部から、たぶん「そいつはシロです」といった返事が来た。

すると、女性警官ははじめて英語で私に、

「サンキュー」

と歌うように言い、パスポートをほとんど投げ返す勢いで返すと、もはや私には一瞥もくれず、颯爽とその場から去っていった。

付き従っていた3人の男性刑事も、まるで番犬のように何も言わないまま彼女のあとを追った。

 

今の日本ならば、こういう女性警察官もいるのかもしれないが、男女雇用機会均等法が施行される前の日本では、ちょっとお目にかかることのない存在だった。

私が小銭の勘定などしていたものだから、東洋からやってきた若者が喰い詰めたためにどこかの店にコソ泥に入り、レジからコインをかき集め、公園のベンチで数えていた図に見えたのか。

それとも、東洋人の指名手配者でも探していて、たまたま私の人相が悪かったからひっかかったのか。

 

私はなにやら舌を巻いて、去っていく彼らを眺めていた。

「かわいかったなあ」

と思った。

その後、その日は何をしたのかおぼえていない。

 

これが私がパリと出会った最初の日の記憶である。

 

 

 

・・・「海外ひきこもりだった私(25)」へつづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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