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いきなり年頃の娘の父になった私(66)コロナウィルスは人間の新しい側面を見せつける

Edited by ぼそっと池井多

 

マリアテレサ:(4月6日)

ひきこもりであるアジアのお父さんは、このような状況になっても、ほぼいつも通りの生活を送っている、と聞いて安心しました。

手に入らない品物が、早くスーパーの棚に並ぶようになるといいですね。

 

そうです、おっしゃる通りイタリアでは、私たちは一家族につき一人だけ買い物へ出かけることが許されています。

スーパーのような場所では、同じ建物の中へ、同じ時間に入れる人数が決まっているので、買い物へ行った人は、かなり長い間、外にならんで入店を待たなければなりません。中で買い物している人が出てくるのを待つためです。そして、待っている間も「社会的距離」を空けて立っていなければなりません。

私の家では、買い物へ行くのは父です。この他にも、父は警察官なので、このような状況下では何かと仕事のために父は外出していきます。

逆にいうと、家族のなかで外出できるのは父だけなのです。私自身はもう一か月以上も一歩も外へ出ないで過ごしています。

 

 *

 

州都パレルモで起こったスーパーへの強奪事件のようなことは、私が住んでいる町(*1)でも起こりかけました。

*1. シチリアの州都パレルモは、古代からシチリア王国の都でもあった。現在の人口は67万人。いっぽうマリアテレサの住む町は人口5万人。

 

ある人々が「体制へ反逆する」と称して、スーパー襲撃を計画したのです。

ところが、私たちの市長が出てきて適切にこれを処理したために、「体制へ反逆する」人たちは計画を断念せざるを得なくなりました。

ここイタリアでも、日本での感染が第2波として急激に再び広がり始めている、というニュースは聞こえています。

日本の専門家たちは、これからも感染は定期的に襲ってくると考えているのでしょうか。

もし、これから定期的に第3波、第4波と襲ってくるのなら、コロナ禍の解決というものは、ワクチンが開発されるか、または皆が感染して抗体を持つか、の二択しかないでしょう。どちらにしても、とても時間がかかるように思います。

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なぜ、とくに北イタリアのベルガモでコロナへの感染が多く発生したのか、という質問でしたね。

これはたいへん難しい質問です。

私たちイタリア人でさえ、それに関して明確な答えを持っておらず、多くの仮説が唱えられている状態です。

でも、私が考える答えはこうです。

ベルガモは、大都市ミラノの北東、アルプス山脈のふもとにある人口12万人ぐらいの都市ですが、北東へ伸びるセリアーナ盆地 (Val Seriana) の下流の出口にあたります。

このセリアーナ盆地の中に、何千人もの従業員を雇う工場が何百もひしめいていて、イタリアの中でも一、二位を争うほど盛んな工業地帯になっています。

世界からいろいろな物資が集まってくるため、とくに中国やドイツとのつながりは避けられません。

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セリアーナ盆地 photo by Wikimedia

でも、一部の専門家が唱えている説によれば、ベルガモでコロナウィルスの感染が拡大したのは、セリアーナ盆地が高度に工業化され汚染された地域であったために、人々の健康がはじめから損なわれていて、肺を病む人々が多かったためではないか、とも言われています。

さらに、この地域は労働者の平均年齢がほかの工業地帯に比べて高く、さらに労働者たちは近隣の大都市であるミラノなどへ行って、若者となじみのあるスペースを共有することが多かったために、心理的および個人的な理由による無規律の状態にあったためではないか、と考えられています。

 

 *

 

私は今回のコロナ禍の時期を通して、いかに私たち人間は小さくて非力なものであるかと考えています。

コロナウィルスという、目に見ることもできない、そして「生き物」とさえ呼べないくらい小さな生物が、私たちが今まで立っていた場所から私たちを撤退させ、生活の秩序を徹底的にかき乱し、世界を混乱に陥れているのですから。

このような状態になっても、根拠のない有能感にひたって、自分勝手にふるまっている人たちはたくさんいますが、一方では今回のことで、ひときわ献身的な人たちも現われました。

コロナウィルスは、私たちに新しい社会の側面を見せつけていると思います。

 

安全を確保して、できるだけ健康に気をつけてくださいね。

愛をこめて

マリアテレサ

 

 

ぼそっと池井多:(4月11日)

北イタリア、ベルガモで感染が拡大した背景をいろいろ教えてくれてどうもありがとう。たいへん勉強になりました。

 

あなたは

「今回のことで、ひときわ献身的な人たちも現われました。」

と書いています。

そのとおりです。私は、あなたにベルガモのことを訊いた時、ベルガモで亡くなった大勢の聖職者の方々のことを考えていました。

www.afpbb.com

彼らは、感染者が隔離されて一人で死ぬのはさびしいだろうから、そういう時に最後まで近くに寄り添い、心の支えになってあげようとして、自らも感染して亡くなったのでしょう。他の患者に人工呼吸器を譲って亡くなった聖職者の話も読みました。

私自身は宗教を持たないので、宗教的な世界観からこういう行動を自分が起こすことは考えませんが、しかし彼らの行動は、身勝手で文句ばかり言っている人々とは対照的に私の目に映ります。

また、宗教を仲立ちとしなくても、イタリア国内で100名をはるかに超えている医療従事者の感染死も、同じように解釈できます。

 

www3.nhk.or.jp

 

日本では、4月8日にようやく緊急事態宣言が出されました。しかし、イタリアやフランスのそれのように、強制力を持つものではないので、4月11日現在、私が見るかぎり国民はそれほど従っておらず、効果のほどが危ぶまれます。

おそらく今後、政府は段階的に強制力を高めていくつもりなのだろうと思います。初めから強制的な号令を発すると、それを人権への侵害と捉え、「体制への反逆」を唱える人々が出てくるので、ゆるめの発令から始めているのかもしれません。

「体制への反逆」とは、もともと人間が自分の尊厳を守るために、とても大切な理念です。私たちは、何かの奴隷にならないために、つねにそれを意識する必要があります。

しかし、それを行使する時と場合を考えないといけません。それを間違えると、公共のための社会的な概念ではなく、たんなる自己存在への承認欲求に屁理屈をくっつけているだけの代物になってしまいます。

日本では今、多くの人が通常どおり動き回れないことで鬱憤をためこみ、そのフラストレーションのはけ口を、本人たちも無自覚なまま政治や家庭内暴力に向けています。

フラストレーションは他者へ向けるべきではなく、ほんらい自分で処理するべきものですが、それができない人たちは、「できない」という状態が自覚できないために他者へ向けていることが多く、それが問題をややこしくしています。

 

あなたの町で「体制への反逆」からスーパーマーケットを襲撃しようとした者たちを市長が上手に収めた、という話は、とても興味深く読みました。

もしよかったら、もう少し詳しく教えてくれませんか。市長は具体的にどのような行動に出たのでしょうか。

 

 *

 

「日本の専門家は、これから定期的に感染の波がやってくると考えているか」

との質問ですが、「第3波」「定期的」という表現こそ使われていないものの、

「この第2波を鎮圧すれば、それでコロナ禍を解決できる」

と考えている専門家はいないように思います。

たとえば、今回のコロナウィルス発祥の地とされている中国の武漢では、4月8日に2か月半ぶりに都市封鎖が解除されました。それにともない、それまで武漢で逼塞(ひっそく)してきた人々が今、大量に各地へ散っていく途上にあります。

彼らの中には、おそらく無症状で陽性の人がたくさんいることでしょう。そういう人々から、感染の新たな波が世界へ広がっていくことが考えられます。

今後は、そういう波はアメリカからも、北イタリアからも、発生する可能性があるでしょう。

そう考えていくと、もしかりに日本が今の第2波を封じ込めたとしても、それでコロナ禍との戦いが終わるわけではない、ということです。

あなたが考えるように、世界人口の大部分が感染したり免疫をもったりするまでは、この戦いは続くでしょう。あるいは、そのような後でさえ、結核やはしかのように、コロナ感染症は私たち人間世界の一部として残るでしょう。

世界は、新しい日常を生きなくてはならない時代に入ったのかもしれません。今はまだ、その入り口に入ったばかりなので、絶望や鬱憤を感じる人が多いのだと思います。

 

健康と安全にくれぐれも気をつけて

アジアのひきこもりのお父さんより 

 

 

 

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