VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

いきなり年頃の娘の父になった私(67)「わからないことが多すぎる」なら、どうするか。

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イタリア紙 ラ・レピュブリーカ紙の画面より

 

by ぼそっと池井多

 

ぼそっと池井多: 4月25日

親愛なるマリアテレサ

 

メールをどうもありがとう。

イタリアでは、新型コロナウィルスによる死亡例が激減しているようですね。

感染拡大初期に、イタリアで死亡例がぐっと増えた理由は、患者の受け入れ態勢が整っていなくて、医療崩壊が起きたたからでしょう。

今やイタリア人は医療体制を立て直したので、死亡例が少なく済むようになったのではないでしょうか。

 

昨日(4月24日)の時点での数字をまとめてみました。

 

           / 感染者数 / 死亡例 / 致死率 (%)

イタリア     / 106,848  /  25,549 /   23.91

日本      /    12,388 /       317  /     2.56

 

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4月29日 前掲紙


コロナに関しては、日本はイタリアの3週間後を追いかけている感じがします。

4月初めに日本で緊急事態宣言が出されたときには、多くの日本人はそれを自分のこととは感じてはいませんでした。

 

日本ではイタリアとちがって、外出したら罰金を取られるわけでもなく、あくまでも

「外出を自粛 (self-restraint) してください」

と政府が国民に要請するものでした。もし、国民一人ひとりに公共的良心があれば、これで事足りると政府は考えたのでしょう。

 

けれども、多くの日本人はコロナ感染症を他人事として考えていたようです。

若い人たちは、「あれは老人が死ぬ病気だから、おれたちは関係ないよ」と言い、老人たちは「あれは街の盛り場に溜まっている若者たちがかかる病気だから、自分たちは関係ないよ」と言い、富裕層は「あんなのは貧乏人がなる病気だから」と言い、貧困層は「あんなのは金持ちがなる病気だから、おれたちは大丈夫」と言っていました。

海や山など自然豊かな行楽地は、いつも以上の混雑でごった返していました。娯楽施設が閉まっている都市部にいても面白くないため、人々が郊外へ殺到したためです。

こういう人々は、英語でCovidiotコロナ阿呆)と呼ばれます。イギリスでも同じような現象が起きたので、さっそくそういう新語が作られたのです。同じような現象はイタリアでも起きましたか。

 

しかし、コロナ阿呆と呼ばれる人たちにも、彼らなりの言い分や思考があるようです。

「コロナウィルスにはわからない点がたくさんあるのに、なぜそこまで外出を自粛しなければならないのか」

「人間はどうせ死ぬのに、なぜそこまでコロナを恐れなくてはならないか」

というのが、彼らの言い分や主張であるらしいのです。

 

いろいろなことが、コロナについてはわからない

それは確かですね。

以前のメールできみにお伝えした

「どのようにCovid-19は再陽性化するのか」

「私たちの身体にCovid-19への抗体はほんとうに作られないのか」

「ワクチンができたとして、はたしてどれほど有効なのか」

といった問題は、いま世界中の専門家が研究を続けているようですが、まだ明確なことはわかっていないようです。

そこで、この「わからない」という事実を前にして、そこでどのような行動を選択するか、において考え方が分かれてきます。

 

わからないことが多すぎるから、そんなに神経質になってもしょうがない」

 

と考える人たちと、

 

わからないことが多すぎるから、この際、慎重になった方がいい」

 

と考える人たちの間で行動が分かれているのです。

 

文明が発達した世界で生きている私たちは、昔の人々とちがって、いろいろなことが科学的に「わかっている」という状態が当たり前だと思って暮らしています。

昔は、科学的に「わからない」ことは、すべて神様という概念を使って語ってきましたが、今はそれをやらず、ちゃんと科学的に説明することを要求されます。また、それができてしまう世の中となっています。

そのため、今回のようにめずらしく、科学的に「わからない」ことが多いものが迫ってくると、現代人はうろたえるのだと思います。そして、

「なんだ、そんなこともわからないのか」

と苛立つのでしょう。

 

 

その後、日本では4月23日に、ある有名な女優が63歳でコロナ肺炎で亡くなったため、次の週末には海も山もいっせいに人出が減りました。

芸能人はアイコンです。

人々は、彼らがテレビなどを通じて一方的に知っている人の身に起こったことは、がぜん身近に感じるのでしょう。

悲しいことに、「他人事」でなく「自分事」だと感じるために、彼らが知っている人が誰か死ぬのを待たなければならないようです。

 ……(つづく)





・・・「いきなり年頃の娘の父になった私(68)」へつづく

 

 

 

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