VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

やっぱり今日もひきこもる私(270)忘れ去られた福岡事件

by ぼそっと池井多

 

前回「やっぱり今日もひきこもる私(269)」では、昨年の今ごろは、川崎事件、練馬事件とつづき、「ひきこもり」という語をめぐって日本中が揺れに揺れていたという話を書かせていただいた。

 

練馬の事件は、明らかに川崎の事件に引き金をひかれた部分があると思われ、以後しばらく「川崎・練馬事件」などと、まるで一つの出来事のように語られることもあった。

 

しかし、その二つの事件の間には福岡で一つ、重要な事件が起こっていたのだ。

練馬事件の前日、5月31日の夕方、福岡市博多区市営住宅で、40代のひきこもり息子が、70代の母親に「仕事しろ」と言われて口論になり、息子は母親を金づちで殴り、妹を包丁で刺し、自分も腹を刺して自殺したという。

こういってよければ、これはひきこもりを問題として抱えている家庭にはよくある、一つの類型のような事件だともいえる。

ひきこもりの事例は百人百様だが、そのなかでも70代の母親が40代の息子に「仕事しろ」と詰め寄り口論になるというのは、非常によく聞く話である。

それ以上、たとえば親が80代の子が50代になると、かえって「仕事しろ」という話は少なくなる印象がある。

 

ところが、この福岡事件は、ほとんど忘れ去られてしまい、以後は人々の口の端に上らなくなった。

「川崎・練馬事件」と、まるで二つの事件を一つの出来事のように語るなかには、福岡事件は完全に忘れ去られているのである。

 

ある意味、川崎事件も、練馬事件も、その異常性や猟奇性ゆえに人々の口の端に上ったといった趣がある。

そこへいくと、福岡事件は、人が亡くなっているにもかかわらず、どことなく日常の風景のような地味さがあるのだ。

身近であるという度合いが濃い。

そのように感じるのは、私自身がひきこもりで、母親とはほとんど戦争のような毎日しかなかったからかもしれない。

 

 

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