VOSOT ぼそっとプロジェクト

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やっぱり今日もひきこもる私(301)なにやら美容外科へ行くことに

by ぼそっと池井多

 

どんな人も、自分の身体でいちばん手が届かない所というのが、背中の真ん中だろう。

そして、どんな人も自分の背中から尻にかけては、自分で見ることができない。

 

よりによって、そんな所に大きなイボのようなものができたことに気づいたのが、昨年の夏であった。

皮膚科医に見せたところ、

「これは粉瘤ふんりゅうといいます。

皮膚の老廃物が流れこんで固まったものですね。放っておいても死にませんが、手術で取ることもできます。

まあ、手術といっても、15分もあれば終わる簡単なものです。

でも、手術すると2日ぐらい風呂に入れませんから、今みたいな暑い季節じゃない方がいいんじゃないですか。

秋になって涼しくなってからでも遅くないでしょう。

しかし、うちでは手術する設備がありませんから、駅前にあるキラキラクリニックさんにでも行ってもらわなくてはなりません」

と言われた。

 

部屋に帰ってきて調べたところ、駅前のキラキラクリニックとは美容外科であった。

まるでエステやネイルサロンにありそうなキラキラの名称である。

 

最近は美容外科が大流行であるらしい。

医学部を卒業する学生が、将来に自分が開業したときに標榜する診療科としてもっとも希望が多いのが美容外科であるという。

 

私の理解では、美容外科とは、あごの骨を削ったり皮下脂肪を吸引したりして、顔やスタイルをよくする場所であり、病いを治す「医療」機関とはちょっと距離があった。

調べてみると、最近はそこへ加えて陰毛の脱毛が美容外科のおこなう施療の主流になってきているとのことである。

 

けれど、私の医療的な需要も、本人は痛くて痛くてたまらず何とかしてほしいと願っているのだが、傍目から見れば「背中をイボを取る」ことに他ならず、陰毛の脱毛と大差ないことになるのだろう。

 

皮膚科医は、放っておいてもよいという。

痛みがなかったので、もう気にならなくなって、秋になっても手術に行かずに放っておいた。

キラキラクリニックが美容外科である、という点がハードルになったともいえる。

 

 

 

 

すると、今年の夏の猛暑で、背中じゅうから脂汗がそこへ流れこんだものらしく、私の粉瘤はどんどん膨らんで熱をはらみ、腫れてきてしまった。

こうなると、もう痛くてたまらない。

椅子に腰かけても、背もたれにもたれるとたちまち患部が当たって「ギャッ!」と叫ぶ始末。

寝る時も、ふつうに仰向けに寝ると背中が下へ行って痛い。

だから、うつ伏せに寝るのだが、寝ているうちに寝がえりを打って、いつのまにか人間にとって本来もっとも自然な寝姿である仰向けになってしまう。

すると、そのたびに激痛が走るのである。

 

いったい患部はどうなっているのか。

自分の目で見てみたいのだが、冒頭に述べたように、自分の身体の中でもっとも見られない場所にある。

ちょうど地球人にとって月面の裏側のような地帯である。

 

しかし月面の裏側であっても、現代は文明の恩恵を受けてロケットが飛んでいき写真を撮ってくる。

「そうか、こういう時こそ文明の力を借りるべきだ」

と思い立った。

私はふだん文明批判ばかりやっているようだが、それは文明の恩恵にあずかっている実感がないからである。

こういう時にでも、せめて文明の恩恵にあずかろう。

 

私はスマホを自分の背中へ持っていき、

「このへんが、ちょうどその『上空』だろう」

とあたりをつけ、何枚か自撮りのシャッターを切った。

 

しかし、なかなかうまく行かないものである。

皆さんもぜひ一度やってごらんになるとよい。

自分の背中の狙った地点を自撮りするという簡単なタスクが、いかに難しいかおわかりいただけると思う。

何度か試したが、そのたびに写真にはのっぺらぼうな背中の皮膚しか写ってこなかった。

ようやく写真がそれらしい突起を画面にとらえた時には、まるで月面に棲むウサギの撮影に成功したように誇らしくなった。

 

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写真を解析すると、どうやら昨年できた突起の下に、さらに新しく老廃物がたまって、鏡餅のような形になっている。

私は涼しかったうちに取っておかなかったことを少し後悔した。

そこで、再び暑い夏の盛りではあるが、すぐにも手術で取ってもらおうと、キラキラクリニックへ行くことにした。

そもそも私は、風呂は面倒なのと、ガス代水道代がかかるために、いつもシャワーで済ませる者である。去年も、なにも「涼しくなるのを待つ」必要はなかったのだ。

 

私のような生活保護の受給者は、いわゆる保険証というものがないので、医療機関にかかるときにはまず福祉事務所へ行って「医療券」という書類を発行してもらわなければならない。

熱があったりすると、これが面倒に感じるのだが、今回の主訴は痛みなので、そこは軽くクリアした。

申請のカウンターで、

美容外科のキラキラクリニックへ行きたいのですが……」

というのには、一定の勇気を必要とした。

「50代の無職ひきこもりが、いまさらどこを美しくしたいと思うのか。そんな余力があるなら、働け。」

という目で見られることを恐れたのである。

 

 

 

 

午後に訪れたキラキラクリニックの待合室は、中年のおばさんと、意外にも子どもたちでいっぱいであり、小児科の待合室と変わらなかった。

みんな陰毛の脱毛に来ているのだろうか。

私は少し首をひねった。

 

受付から診察室をちらりと覗きこむと、美人の女医さんが見えたので、

「ああ、あの女医さんに手術をしてもらいたい」

とひそかに願った。

 

ところが、どういうわけか私の施術室に入ってきたのは屈強の男性医師であった。

私はがっかりした。

あの女医さんは陰毛専門なのかもしれない。

「だったら陰毛にすればよかったかな」

と思ったが、もう遅い。

 

「はい、ちょっとチクッとしますよ」

 

男性医師は私の背中の中央に、局所麻酔を一本打ったようだが、それに続く切開のメスが入ると、とても麻酔が効いているとは思えず、私はあまりの痛さにギャッ!と叫び声をあげた。

「あのう先生、麻酔かけましたか」

「かけましたとも」

男性医師はムッとして答えた。

「でも、効いていないようでしたら、もう一本、麻酔打ちましょうかね」

 

もう一本打ったようだが、それでもあまり変わらなかった。

「ギャッ!」

 

麻酔の効き方が悪いのは、私がうつ病で、神経伝達が人より鈍いからではないだろうか。

 

感覚としては、なにかワインの栓抜きの小さいやつをクルクルと巻いて、私の皮膚の内部から何かを吸い上げているようであった。

しかし何が行われているか、再び最も見えない領域なので、さっぱりわからない。

そのうち、ようやく麻酔が効き始めた感があった。

だが、そのころにはすでに手術は終わっていた。

 

「それじゃあ化膿止めの抗生物質を出しておきますから、今夜は酒は飲まないでくださいね。お風呂や激しい運動もダメですよ」

 

若い頃は、抗生物質を嚥んだ日の夜も平気で酒を飲んでいたが、さすがに最近はそんな無茶はしなくなった。

 

 

 

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