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音楽に掘り起こされる私(3)ディープ・パープル「Highway Star」~「私の家政夫ナギサさん」の隠れたテーマ曲

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TBS火曜ドラマの公式ホームページより

 

by ぼそっと池井多

 

9月の初めに最終回を迎えた、TBS火曜ドラマ「私の家政夫ナギサさん」が、若い女性を中心にかなりの人気を誇ったらしい。

 

多部未華子の演じる28歳のやり手営業ウーマンが、プロの家政夫としてやってきた大森南朋の演じる49歳のおじさんと恋に落ち、結婚するという物語だった。

ラブ・ストーリーにしては、ベッド・シーンもキス・シーンもないという、まるで文部科学省推薦の赤いハンコで捺してありそうな健全で退屈なドラマであったとも言える。

まだ新垣結衣星野源が主演の「逃げるは恥だが役に立つ」のほうが、その点ハラハラさせられたものである。

 

でも、それもそのはず……というべきか。

このドラマを手がけた制作プロデューサーは、岩崎愛さんという、まだ入社3年目の新人であるという。

年齢的には、多部未華子が演じる主人公、相原メイとほぼ同じ齢であるはずだ。

それだけに制作者自身の人生や生活にまつわるディテール、すなわち現代日本語でいえば「働く女子あるある」がいっぱい詰めこまれていたのだろう。

それらは、大森南朋の演じる「20歳年上の夫」よりも、さらに10年ぐらい上の世代であり、なおかつ「働いてない」私は、ほとんど知らない世界である。

 

 

 

 

ところが、そんな私がこのドラマを見ていて、毎回少なからず興奮させられた箇所がある。

さきほど述べたように、キス・シーンもベッド・シーンもないのだから、主人公の夜の生活では興奮のしようがない。

それでは、いったいどこで興奮したかというと、主人公の朝である。

 

多部未華子演じる相原メイは、毎朝6:30にスマホにしかけてある音楽が鳴り出して目を覚ますのだが、その音楽が「Highway Star」や「Smoke on the Water」といったディープ・パープルなのであった。

ディープ・パープル (Deep Purple)とは、私の世代の男ならば、たいてい高校時代に通過しているイギリスのハードロックのバンドである。

たとえば「Highway Star」 とは、こんな曲だ。

 


Deep Purple - Highway Star 1972 Video HQ

 

もう50年も前の音楽が、現代に生活する20代の女の子のスマホの中に入れられ毎日愛用されている。その事実に、私はどことなく遠くを見る目つきになった。

50年といえば、半世紀である。

年代をスライドさせて自分にあてはめると、私が太平洋戦争前の洋楽を毎日のように聞いていることになる。

 

なるほど、クラシック音楽を愛好する私は、たとえばフルトヴェングラーが100年前に録音した音楽を好んで聴くことはある。

しかし、それはどこか襟を正して100年前の音に耳を傾ける、すなわち漢字で書けば「聴く」であって、生活の道具として「聞く」のとはどこか違っている。

戦前に流行した歌謡曲を、日々スマホに入れて持ち歩くことは、私の場合ちょっと考えられない。

 

レコード盤がステレオになっていったのが1960年代だという。

それだけ音に関するテクノロジーが、1960年代や70年代にはすでに、未来へ残すものとして耐えられるくらいまで発達していたから、2020年の多部未華子はディープ・パープルで目を覚ます、とも考えられる。

 

 

 

 

ところが、おそらく彼女にとって、そんなことはどうでもよい。

彼女はともかくディープ・パープルが「やかましい音楽」だから、目覚ましのために、日常の道具として使っているだけである。

しかし少年の私は、この「やかましさ」の奥には非日常的な空間が広がり、そこには何か聖なるものを感じていたのだ。

「やかましさ」ゆえに、この手の音楽は、「聞いてはいけない音楽」でもあった。

いけない音楽を聞くには、いけない環境がふさわしい。

そこで私は、悪友とともに、誰も来ない校舎の屋上や、ベースとドラムの低音ばかりが地響きのように伝わってくるライブハウスの地下などで、大人ぶって煙草を吸い、父親からくすねてきた安ウィスキーを回し飲みしながら、こうした音楽を聞いていた。

私には目に見えて反抗期とわかる時期はなく、髪の毛も染めることはなく、バイクを乗り回すこともなく、見かけ上はふつうのまじめな高校生だったが、そうであったからこそ、そのような時間は、あのような母親を持ちながら生きていくためには必須だった。

それは、水中に沈められ、ときどき酸素が欠乏して水面の上へ浮かび上がってくる者が、全力で胸いっぱいに空気を吸う瞬間にも似ていた。

 

……今このドラマの中で、眠っている多部未華子が手を伸ばし止めるディープ・パープル「Highway Star」には、そんな不健全さも、深刻さも、非日常性も何もない。

それはまさしく冷蔵庫や洗濯機のように、日常的で生活的なのである。

  

 

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