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やっぱり今日もひきこもる私(307)続々・そもそも「暴力的支援団体」の何が問題なのか

 by ぼそっと池井多

 

 

やっぱり今日もひきこもる私(302)

やっぱり今日もひきこもる私(306)

と、これまで2回にわたって、「暴力的支援団体」の何が問題なのかについて、取り上げさせていただいた。

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すると、多くの方々からコメントをいただいた。

それらはおもに、自立支援団体の存在を支持する論客、ひきこもり元当事者の桐山忠一郎さんに対する反論であったが、ここに編集して整理しておきたいと思う。

 

ヤマ 

桐山さんが桐山さんに合ってないタイプの支援団体に桐山さんの同意なく収容された場合も同じ事が言えるでしょうか?


例えば指導が行き過ぎて心身に後遺障害が残ったり、場合によって死亡に至っても指導者の人の熱意の結果なら受け入れられるでしょうか?

 

sun-dial

アウェーの言論は論敵に囲まれますので、桐山さんは大変とは存じますが、そこはご辛抱いただくことにして………

 

ひきこもりを集団生活によって「厳しく鍛える」というコンセプトの施設は、一切あってはならないとは思いません。

当事者の多様なニーズに応える意味では、あってよいと思います。父性的な厳しさを求める心は、しごくまっとうなものと言えるでしょう。

その意味では、桐山さんの生き方を私は否定しません。

 

ただ、「ひきこもりは厳しさを求めるべき」と人様に押しつけるニュアンスを、桐山さんの文言に感じなくもありません。人それぞれの多様性は認めるべきです。そこは譲りません。

 

本題。「厳しく鍛える」のはよいとして、いろいろ問題もあります。

本人の意思ではなく、親の依頼でムリヤリさらってゆく。

本人が辞めたいと言っても辞めさせない。

このやり方は、絶対ダメです。

仮にこの方法で成功した(ように見える)事例をいくらたくさん出してきたとしても、あるいは、桐山さんご自身がいくら身をもって誠実に自らの「人生の成功」を証明したとしても、そうした諸事実によってまったく正当化できるものではありません。


「結果オーライ」という発想を持ち込んではいけない問題があります。

曲がりなりにも人間教育的な理念をかかげる以上、「就労自立」という結果が、施設にムリヤリ連れ込むという暴力的なプロセスによって導き出されたのであれば、桐山さんご自身がそれでうまくいったからと言って、施設のそうしたやり方を礼賛することには賛成しかねます。


反対に、結果的に就労は果たせなくても、その人なりの生き方の質的な側面に行き届いた支援なら、それはよい支援だと言えるわけです。

人への支援は、根底的なものであればあるほど、その人の生きるプロセスへの支援だと私は考えます。「結果オーライ」ではダメなのです。

 

家庭内暴力を「今、ここ」で緊急的に阻止したいなら、それはほんらい警察が介入すべきことです。

それだけでは、その人のひきこもり状態は解消されないでしょうが、それは別のフェーズに譲るべきでしょう。

緊急対応と長期的な課題とを、丸ごと一気に根本解決できるはずもありません。

 

あと、「寺」の話が出てきましたけれど、私はその道に詳しいわけではありませんが、あのような「厳しく鍛える場」は一般的に、本人が入門を希望しても、簡単には弟子入りできないはずです。

入門試験があったり師匠に断られたりして、入口で厳しく選抜されているわけです。

入門後も、モノにならないと見切られれば破門されるのでしょうし、辞めたくなった人に対しては「去る者は追わず」でしょう。

そうやって、師匠や場との相性が合わない人が自然に離れてゆくよう、うまく仕組みが作られているのです。

親が希望してカネを払いさえすれば、本人の意向はお構いなしでぜんぶ抱え込んで、イヤがっても絶対逃がさないなんてバカなことをやってはいないはずです。

だからこそ、「寺」は社会的に存続し得ているのです。

入口と出口の対応が正反対です。

「暴力的施設」の入口・出口対応は、むしろカルトに近い。

オウム真理教なんて、若い方はピンと来ないかな………?

 

桐山さんの支援者の方は、桐山さんの信頼を得られるだけの人柄はお持ちなのでしょうが、たとえそうであったとしても、「暴力的支援」をめぐる問題は、支援者個人の人柄や善意の問題に限定して語ってはいけないということです。

 

citrus

桐山さんは、暴力的支援施設が他の当事者の方々から批判されることで、自分にとっては良かったという記憶まで否定されている気がしているのではないでしょうかね。

その否定が辛くて、暴力的支援施設の悪い面に、十分に目が向けられないのではないかと思います。

 

きっと桐山さんにとっては、暴力的支援施設について議論するよりも、自身にとっては良かったことを自身が認めることが、暴力的支援施設の悪い面を認めるために必要な気がします。

だれか、桐山さんに寄り添ってあげられる人がいると、良いような気もします。

 

 

ぼそっと池井多 

citrusさま コメントをどうもありがとうございます。

桐山さんのような方は、他にもひきこもり界隈でときどきお会いします。しかし、片隅に追いやられているので、互いに連帯できないみたいです。
「暴力的支援団体」を悪の表徴としてしまうと、それに関する議論も健全におこなわれずイデオロギー化してしまい、ひいては桐山さんのような形でしか発言が出てこないのでしょう。

でも、桐山さんは良い方だと思いますよ。

追い詰められて、暴発して、無差別殺傷とか起こす人もいるなかで、ちゃんと論で主張しておられます。

ひきこもり界隈はこういう人を大事にしないといけないと思います。

 

beni5288

暴力的支援団体というテーマは、問題が何層にも重なっている感じがしますね。


まずはじめに、拉致監禁などの違法行為や異様に高い料金体系があげられますが、これは様々な場で語られている問題なので、ここでは割愛します。

 

次に、教育のジレンマとしてよく語られる、パターナリズムと人権制限の問題があげられます。教育という侵襲的行為は、ある意味で暴力的にならざる負えない部分もあります。

「違法な支援団体」ではなく、「暴力的支援団体」と表現するのも、この問題が根底にあるからなのかもしれません。

これに関して桐山さんは、教育のためならば人権を制限されるのもやむ負えない、というお立場のようですね。

ただ、親はダメで自立支援団体は良いという辺りは、何やら屈折したものがあるなぁ、と感じました。

 

そして、パターナリズムと人権制限にNOを突きつけた場合、

「では、自分の教育の責任は果たして誰にあるのか

という問題があがってくると考えられます。

ここで、自分の教育の責任は自分にある、即ち「自己責任」という言葉がどうしても頭をもたげてくることになります。

自立支援団体への過剰な拒絶反応があるとするならば、もしかすると、この言葉に対する防衛機制?の意味合いがあるのかもしれませんね。


しかし、ここまで書いて思ったのは、ひきこもりの原因は本当に教育なのか、という疑問です。

確かに社会化のモデルが身近にいなかったからという事例はあるのでしょうが、一度は社会で頑張っていたというひきこもりも多いでしょうし、何か違和感を覚えます。

 

ぼそっと池井多

beni5288さま コメントをどうもありがとうございます。

パターナリズムに異議申し立てをする場合、必然的に自己責任という概念が要請されてくるというのはそのとおりだと思います。

ひきこもり界隈で、自立支援施設への過剰な拒絶反応を起こしながら、自己責任の概念も否定する人は、そのへんの思想的一貫性が取れているのかどうか、私は疑問です。

とくに「ひきこもる権利」「愚行権」など主張する人は、権利を主張しながら自己責任原則を認めないとなると、何に基づく権利概念か、という点を疑問をせざるをえません。

 

ひきこもりは多様ですから、当事者にもいろいろいるでしょうが、ひきこもりの原因が「教育」ではない当事者の方が私の周囲では多いように思います。


やっぱり今日もひきこもる私(304)」にも書かせていただいたように、社会に適用するための知識なんぞは、その気になればいくらでも学べる人がひきこもりになっています。

問題は、ただその気にならないだけです。

こういう人を教育しても、ひきこもりは「解決」しないでしょう。

 

 

ヤマ 

どのような団体であっても、最低限親ではなくて、本人の合意の元で加入・脱退できることが大切ではないかなあ、と思います。

暴力的な団体が好きな人が、本人の意志で加入して、又途中で嫌になったらすぐ脱退できるのなら、仮に心身に後遺症や場合によって死亡しても自己責任なので仕方ないと思います。

でも、もし知人で加入しようとしている人がいたら止めると思います。



 

 

さて、前にもお知らせしたが、あさって10月4日(日)の庵-IORI- で、次のようなテーブルを持たせていただくことになった。 

 

そもそも「暴力的支援団体」の何がいけないのか

~「暴力」という語を使わないで語り合ってみよう~

 

 

私自身も開催されているリアル会場へは足を運ぶことなく、オンライン参加の立場からファシリテーターとテーブルオーナー(話題提供者)を兼任させていただく。

地方にお住いの方でもオンラインで、しかも無料で参加できる

そのかわり定員があるので、本日10月2日(金)が終わるまでにメールで申し込みをしなければならない。

申し込み多数の場合は、明日10月3日に抽選で参加者を決める。

 

(1)メールの宛先:hikiiori.online@gmail.com

(2)メールに下記を必ずご記載ください。
 -当日参加する時に使用するお名前(ニックネーム可)
  そのお名前でオンライン会場への入室を許可しますので、必ずご記入ください。
 -人数
  複数人の場合は、それぞれのお名前をご記載ください。

 

もちろん「自立支援団体」を支持する方々や、自立支援団体の関係者の方々も、なんら引け目を感じることなく、安全に参加できて、自由に議論できる。

 

詳しくはこちらでどうぞ。

https://iorihiki.wordpress.com/2020/09/21/第45回ひきこもりフューチャーセッション「庵-iori-」

 

 

 

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