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やっぱり今日もひきこもる私(311)庵-IORI- のテーブル「そもそも暴力的支援団体の何がいけないか」のご報告

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ベルリンの壁 Photo by Pixabay


 

by ぼそっと池井多

 

先日10月8日(日)にひきこもり系イベント「庵-IORI- 」において、本ブログでも事前にお知らせした

 

そもそも「暴力的支援団体」の何がいけないのか

~「暴力」という語を使わないで語り合ってみよう~

 

というテーブル(分科会)をファシリ(司会)させていただいた。

 

私は、他のSNSで知り合った自立支援団体の運営者や、本ブログでもご紹介した桐山忠一郎さんなど自立支援団体を支持するひきこもり当事者・経験者の方に、ぜひとも「来てほしい」と心ひそかに願っていた。

しかし、残念ながら彼らは来ていなかったようである。

けれども、彼らではない自立支援団体の運営者や、その支持者であるひきこもり当事者の方たちには、多数ご参加いただき、数々の貴重な発言をしていただくことができた。

これは画期的なことだったと思う。

 

 

 

 

たとえば30年ほど前、世界はベルリンの壁によって東側と西側に分かたれ、その間で対話や交流をすることは非常にむずかしかった。

西側から東側に、あるいは東側から西側に、少しでも同情的なことを言えば、

「あいつは裏切った」「寝返った」

などと言われたものである。

 

まさしくそのような状況が、近年のひきこもり界にはある。

すなわち、自立支援団体を暴力的支援団体と呼び批判する側(批判派とする)と、自立支援団体を支持する側(支持派)のあいだに見えない壁が築かれており、交流や対話ができない状態となっている。

うっかり「向こう側」の人と仲良くなろうものなら、裏切り者扱いされかねない始末。

専門家のなかにはSNSで公然と、

「暴力的支援団体の関係者と友達の人は、私との友達関係を切らせてもらいます」

などと言っている人もいる。

 

そのような中で、支持派の人々のあいだでは、庵-IORI- という場は、批判派の牙城のように思われてきた。

だから、その中へ入っていって、自立支援団体のよいところを語るなどとは、とうていできなかったらしい。

 

もっとも、2013年に庵-IORI- が始まってから、ごく初期のころは支持派の人なども来て、批判派とのあいだで激しい議論が行われたと聞く。

そのときは空気が険悪になって、後味はすごぶる悪かったらしい。

やはり、険悪になってしまったら、議論の場としては好ましくない。

そういう過去があったので、今回、双方の立場が庵-IORI- の中で険悪にならず、意見を述べ合ったことは、やはり画期的であったといってよいと思う。

 

 

 

 

もともと1980年代の戸塚ヨットスクールのように、今でいうひきこもり当事者を「訓練」と称して死に至らしめる業者は前々から存在した。

それほど致死的な訓練が、はたして今日に至るまで続けられているのかどうか、私は知らない。

 

壁の「こちら側」に属する私から見たときに、反・暴力的支援団体のための機運が高まったのは2016年、TV Asahiが自立支援団体のビジネスを取り上げ、ひきこもり当事者がひきこもる部屋の扉を電気ノコギリで打ち破るシーンが放映され、このような業者の仕事が美談として報道されてからである。

これを受けて、ひきこもり当事者の側では暴力的支援団体を批判する当事者発信も始まり、私もそれに加わった。

 

ところが、今年7月のNHK総合で放送された「クローズアップ現代+」では、4月に倒産した「暴力的支援団体」の経営者が、

「これまでの報道には事実と違う点があった」

と表明したのである。

 

これを聞いて私も、

「はたして何が真実なのだろう。このまま漫然と暴力的支援団体批判を繰り返していていいのだろうか」

と疑問に思うようになった。

 

今回の庵-IORI- のテーブルには、批判派の立場から記事を書いてきた某通信社の記者の方も参加してくれたので、

「これまでの報道には事実と違う点があった」

という支持派のステートメントをどう思うか、訊いてみた。

 

すると、「見解の違いだろう」というご意見であった。

ようするに、当事者の同意を取ったか否かということに関して見解が分かれているために、そこから起こるすべての現象や行為の意味づけが違ってくるのである。

支援団体(支持派)の人は、

「本人の同意を取ってから連れていった」

と言い、「こちら」側(批判派)からすれば、

「むりやり同意させられて連れていかれた」

となるわけである。

こうなると、いつも私が焦点を当てる「主体」がどこにあるかという問題になる。

 

 

 

 

TV Asahi が放送した、電気ノコギリで扉を破壊するという行動も、じっさいにそういうことが支援の現場で日常的に行われているのではなく、そのときだけテレビのために画になるシーンを演出し誇張したなのではないか、という疑いが残る。

 

また、引き出しに成功したのが美談とされる報道に、「こちら側」批判派の当事者たちは満場のブーイングを起こしているわけだが、「あちら側」支持派の当事者からすれば、

「美談を美談と報じて、何がわるい」

ということになる。

 

さらに、「こちら側」批判派の当事者からは、

「自立支援団体と暴力的支援団体はちがう。区別するべきだ」

という意見が出されたが、先日、本ブログでご紹介した「あちら側」の当事者である桐山さんなどは、

「そもそも暴力的支援団体は存在しない。それらは自立支援団体なのだ。暴力的支援団体、引き出し屋などの呼び方はもってのほか。そこで学んでいる自分のような当事者も傷ついている」

というお立場である。

 

 

このように論点はいくつにも分かれ、このテーマはたいへん大きい。

今回のテーブルだけではとうてい決着はつかないことは、もとよりわかっていた。

しかし、少なくともひきこもり界の東西冷戦に、緊張緩和デタントのきっかけをもたらしたという意味はあったと思う。

やはり、無用な緊張を煽られた状態では、それだけ皆が正しい判断を下せない。

コロナ下で、ひきこもりを問題として抱える家庭において、親と子のあいだの緊張が高まっているケースが多いなか、そういう緊張緩和デタントは必要だろうと思われる。

 

これからは、できるだけ「暴力的支援団体」という呼称を使わず、また両陣営の対話の機会を増やしていきましょう、ということになった。

そもそも庵-IORI- は対話の場なのだから、そこではやはり対話が行われるべきなのである。

 

 

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