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やっぱり今日もひきこもる私(313)東京のひきこもり、北海道へ向かう<2>福島へのみち

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東北の入り口 新白河駅
電流の種類が変わるため一つのホームに二つの列車が停まる




by ぼそっと池井多

 

東京を出るときは、10月半ばとは思えないほど蒸し暑い陽気で、人々は夏の装いであった。

それが東北地方の入り口、白河の関にさしかかるころからぐっと冷え、人々は長袖となり、北へ向かっていることが肌で感じられた。

 

 

 

 

私は高校生のころ、さかんに各地へ各駅停車の旅に出たものである。

昭和の国鉄の車内はどこもタバコの匂いがしていた。

私はタバコの匂いや煙がきらいだが、どういうわけか、あのころに嗅いだ、列車そのものに染みついたかに思われるタバコの匂いは、好ましいものに感じた。大人の空間に入ることを許されたような感覚であった。

煙草くさい地方のローカル線では、当時は決まって男性であった車掌さんがマイクで、

「え~、つぎはー、ドコドコ。ドコドコ。」

と、ぶっきらぼうに短く次の駅名をつぶやくだけで、たいていその他のアナウンスメントはなかった。

「それは昔の国鉄が、親方日の丸に胡坐をかいて怠慢だった証拠だろう」

と見る人が多いであろう。

 しかし、国鉄の車掌さんたちが怠慢で不愛想であったからこそ、高校生の私が地方のローカル線を旅するときには、ガタゴトと走る列車の音以外は何も聞こえてこない時間を過ごせるのであった。

 

それは、静寂の時間と呼んでもよかった。

もっとも、車両がレールの上を走る音は、つねに通底音として響いているから、そういう音が気になる人には、うるさい騒音がずっと続いている状態である。

ところが、私はそれを騒音と感じないのであった。音とすら意識していなかったかもしれない。

レールの上を走る音が響いているからこそ、ローカル線の旅路はひどく落ち着く静寂の時間であり、そのような静寂に包まれた私はときおり車窓の外へ目をやりながら、多くの本を読み、多くの言葉をノートに書きつけていたものだった。

 

今回、東京では次から次へと野暮用が入り、札幌で行なう講演の原稿を心を平らかにして書く時間が取れなかった。

そこで私は、

「まあ、いいさ。北海道へはどうせゆっくりと鈍行列車で行くんだ。東北の旅路を列車に揺られているあいだに、講演の原稿を書けばいい」

と高をくくり、それと同時に旅路の始まりを楽しみにしていたのである。

 

 

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黒磯駅跨線橋 ヘ字型の特色ある形 美しい。

 

ところが、どうだ。

田舎のローカル線を走っていると、録音された若い女性のアナウンスが、車両の天井のスピーカーから大音声で降ってくる。

昔とちがう。

機械的な女性アナウンスは、昔は大都市のバスなどの中だけで聞かれる代物だった。

けれど今では、のどかな田園風景や、誰も棲んでなさそうな山間部をひた走るワンマンカーの車両の中で鳴り響いている。

それもひっきりなしである。

 

駅を出発すれば、

「ご乗車ありがとうございます。この電車はどこどこ行きで……」

といった列車運行の基本的な案内が始まり、そこに英語の通訳が続く。やたら長い。

 

こちらとしては、

「早く終わって静かにしてくれないかな。うるさいんですけど」

と思って我慢するしかない。

 

ようやく終わって、安心して静寂の時間が訪れるかと思ったら、すぐに

「次はどこどこです。」

という案内放送が始まる。

先ほどの、前の駅を出発した挨拶があまりに長かったために、そのアナウンスを英語に訳している間に、もう次の駅が近づいてきてしまったのである。

 

次の駅の案内にしても、ローカル線なので駅のホームが短いらしく、

「お降りの際は、何両目と何両目にご乗車のお客様は、何両目から何両目にお移りください。そこで運転席の隣に表示された表にしたがって、ご自分で運賃を所定の運賃箱にお入れいただくか、運転手にお声をおかけください。お降りの際には、ドアの横についている『開く』のボタンを押してください。お降りの際は足元にお気をつけください……」

などといった注意事項が延々とつづく。

それが終わると、今度はその英語版である。

 

もう耳も気も休まる暇がない。

 

駅に着けば着いたで、

「ドアボタンを押してお乗りください。この列車はワンマンカーです。○○行きです。ボタンを押せばドアが閉まります。閉まるドアに手をはさまれないように注意してください……」

などと延々としゃべっている。

 

もう、うるさくて仕方がない。

そんなこと、言われなくても、見ればわかるだろうと思うのだが。

 

私はこれらの原稿を車中で、スマホの音声入力で書いているわけだが、文字起こしされた文章を見直すと、いつのまにか私がしゃべったことばではなく、天井のスピーカーから流れてくるおねえさんの車内アナウンスになっていたりする。

あまりに車内アナウンスが大きいため、マイクが文字起こしすべき声を取り違えているのである。

 

 

「もう、勘弁してくれよ、おねえさん。

仕事になんないよ。

札幌の講演は満員御礼でみなさん待ってるというのに、このまま原稿が決まらないまま北海道に着いちゃったらどうすんだよ!」

と天井のスピーカーを睨みつけて文句を言っってやったが、

「閉まるドアに手をはさまれないように注意してください。」

がお答えであった。

 

 

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福島の夜

 

福島県内の商都、郡山には今年の1月にお招きいただき、講演をさせていただいたばかりだが、県都福島市に降り立つのは9年ぶりであった。

前回は2011年、東日本大震災の被災地支援で、私は東京から宮城県に通っていた。

はやぶさ」であったか、大宮を出発したら栃木県と福島県内ではどこにも止まらず仙台へ直行する新幹線のなかで、ある母子と出くわした。

幼稚園に入ったばかりらしい子どもは、長い車中に飽いて、むずがっていた。

その母親は苛立って、こう言って叱りつけていた。

「静かになさい! せっかく福島の空気が入ってこないように、仙台まで止まらない新幹線にしたんだから、もう少し辛抱なさい!」

福島原発から放散されている放射線のことを言っていたのである。

そう怒る母親に、私は怒りが湧いた。

だからその帰りは、私はわざわざ福島で途中下車してやった。そして、福島市の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

駅前のスーパーに入ると、さすが果物王国といわれるだけあって、さまざまな果物や野菜が売られていた。

ところが、気がつくと、すべての値札に「県産」と書かれている。東京で見る生鮮食料品は、生産地として全国の都道府県の名前がこういったところに並ぶのだが、福島県では自分の県内で生産したものしか売っていないのである。

奇妙に思い、ふと八百屋のご主人に訊いてみた。

「これ…、野菜も果物もぜんぶ福島県産なんですね。もしかして地産地消にこだわってるとか、ですか……」

するとご主人はふと悲し気な顔になって声を落とし、こう言ったのであった。

「だって今、福島県産のものは他の県で売れないじゃねえすか。だからせめて県内で、自分たちで食べてやんねえと」

ふだんから果物というものを食べる習慣を持たない私は、やるせなさと罪悪感の入り混じった気持ちで桃を買い求め、宿で旅行用のスイスナイフなど用いて慣れない手つきで皮をむいてかぶりついた。

 

あれから9年、さまざまな差別を乗り越えて、いま福島はふつうの地方都市として地位を回復しつつあるように見える。

しかし、街のあちこちを歩くと、この都市に昔からあったにちがいない、由緒ある専門店、百貨店、旅館などがのきなみつぶれた跡が見られた。

これは福島のみならず、人口減少にコロナ禍が追い打ちをかけた、2020年の日本の地方都市の姿なのだろう。

 

 

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