VOSOT ぼそっとプロジェクト

ぼそっとつぶやくトラウマ・サバイバーたちの生の声...Voice Of Survivors Of Trauma

やっぱり今日もひきこもる私(314)東京のひきこもり、北海道へ向かう<3>奥羽のみち

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by ぼそっと池井多

 

福島から青森へ至る道筋として、私は奥羽本線を選んだ。

昔は、上野を発して奥羽本線を通り、青森まで行く各駅停車があったと聞く。

所要時間は丸一日、24時間を越しただろう。

そのころの日本人にとって、東京から青森へ行くとはどういうことであったのだろう。

想いを馳せる。

地球の裏側でもすぐに行けてしまう現代にあって、彼らが味わったであろう感慨の一滴を、私も味わってみたいと思う。

 

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奥羽山脈を横切る



奥羽本線は、福島から発して西へ折れると、まもなく奥羽山脈を越える難所にさしかかる。

郊外の田園風景から、あれよあれよという間に、いきなり山奥の秘境のような空間へ分け入っていく。

冬の豪雪に備えて、いくつかの無人駅の頭上には、まるで大工場の屋根のように頑丈な雪よけが設置されている。

 

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巨大なガレージのような 工場のような
豪雪に備えた無人駅のかずかず


なかには、駅を利用する人々が住む集落が、いわゆる「限界集落」となって、乗り降りする者が誰もいなくなったために廃駅となった赤岩という駅もある。

駅のホームは存在しているのだが、すべての列車が通過していくのである。

 

もともと冬は列車が止まらなかったようだが、4年ほど前から一年中すべての列車が停まらなくなった。

駅の機能を果たさない駅である。

それでも雑草が生い茂ったホームが、鬱蒼とした山中に駅であることを表明してたたずんでいた。

通過は一瞬であったので、残念ながら写真は撮れなかった。

この駅を撮ろうと思ったら、鉄道ではなく、山を越えて細い林道を来なければなるまい。

 

 

 

 

中学生のころ、当時のNHK大河ドラマ花神」の影響か、私はやたら戊辰戦争に詳しくなった。

ところが、戊辰戦争の「聖地」のような位置づけにあたる会津若松には、いまだに足を踏み入れたことがない。

奥羽本線で一つ一つの駅に停まり、ときに降りて、少し町を歩き回る旅は、戊辰戦争の推移をふりかえる旅でもある。

なぜならば、時とともに戦線も北上していったからだ。

 

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山形駅周辺 夜に来たいエリアである

 

米沢藩山形藩庄内藩秋田藩など、さして大きくもない藩たちは、わずか半年から一年のあいだに歴史の表舞台に引きずり出され、旧幕府と新政府軍のあいだで振り回された。おびただしい数のサムライが戦死し、多くの家老が腹を切った。

 

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米沢駅


 

戊辰戦争とともに、なんといっても日本酒好きの私にとっては、奥羽本線の駅名は、酒の名前である。

駅名がそのまま酒の名前になっている所が多いので、駅名標を見ているだけで思わず何かツマミが欲しくなってくる。

 

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私は各駅停車の列車に乗っていて飽きることがない。

やることは山ほどある。

ボケーッと車窓の風景を見ていることも、「やること」の一部である。

 

こうなると、私は高校生のころからやっていることが変わらない。

あのころは、車内でも

「こんな自分を、大人たちはどう見ているだろうか」

と気になったが、考えてみると、私ももう大人である。

 

それどころか、当時の私が「大人」として想定していたのは、せいぜい30代や40代だから、今の私は大人も大人、大大人である。

 

ところが、やっぱり今も、

「こんな自分を、大人たちはどう見ているだろうか」

といつのまにか気にしている。

年下の、人生経験も浅いはずの30代や40代を、自分よりも分別のある目として恐れてしまう私がいる。

 

北へ進むほどに、しだいに里山には赤や黄が多くなってきた。

秋の色である。

 

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