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やっぱり今日もひきこもる私(317)北海道・札幌の講演をふりかえる ~ 受容率の高い親御さんたち

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かでる2・7

 

by ぼそっと池井多

 

10月17日午後に、北海道立道民活動センター「かでる2・7」というところで、

「長期ひきこもり家庭のコミュニケーション不全」

と題して講演をさせていただいた。

 

もともと昨年の11月に、私は厚生労働省の視察事業で北海道を訪れることになっていて、北海道の皆さまも楽しみに待っていてくださったそうなのだが、あの時は番狂わせが生じ、私は札幌へ来ることができなかった。

その代わり、というわけでもないが、この地でひきこもりの包括的支援を手掛けているNPO法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワークさんが、半年の期間をかけて準備してくださり、このたび札幌市のお招きによって、今回の講演が実現したという次第である。

壇上の横には、札幌の当事者の方々が事業所でつくってくれたという横断幕なども掲げられ、お招きくださった方々、準備してくださった方々に改めて感謝の念が湧いたのだった。

 

NHK北海道新聞などの取材も入り、参加者数は当初の定員を大幅に超え、なかには遠く十勝から来てくださった方もあり、関心の高さがヒシヒシと感じられた。

「十勝といったって、札幌と同じ北海道の中だろう」

などと東京の人間は考えてしまいがちだが、たとえば札幌までの距離を東海道にあてはめると、なんと東京から浜松あたりに相当するのである。

 

会場の建物「かでる2・7」とは、なにやら不思議な名称だが、「仲間に加える」という意味の北海道方言「かでる」に、「2・7」は建物が位置する住所「北2西7」を加えたものであるらしい。

札幌は、明治になってから作られた都市であるため、市街の住所は合理的に、数学のXY座標のように二つの数字で表される。

そのため、札幌へ来たばかりの者でも住所を聞けばだいたいどこにあるかわかる仕組みになっている。

 

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顔が光って見えるのはフェイスシールド

Photo by NPO法人レター・ポスト・フレンド相談ネットワーク

 

コロナ禍になってからの講演は、マスクをしながらしゃべらなければならないので、息が切れて仕方がない。話の合間合間に吸う息が、思うように入ってきてくれないのである。

ところが今回は、フェイスシールドを用意してくださっていたので、マスクをすることなく、息も切れずにお話しすることができた。

ただ、フェイスシールドが透明で見えていないものだから、話の途中で喉を潤すためにペットボトルのお茶を飲もうとするたびに、毎回フェイスシールドの上から飲もうとしてしまい、壇上でおバカを演じてしまった。

 

 

 

 

北海道の辺境に住んでいるひきこもりの方々には、さぞかし地方のひきこもりとして独特の厳しさがあるのにちがいない、と想像している。

札幌市そのものは、東京、横浜、大阪、名古屋についで日本で5番目に大きな都市である。非常に洗練されたいて、一つの商圏や文化圏を成しているから、「地方」という呼称がそぐわない。

なぜならば、日本語の「地方」という語には、「田舎」というイメージがつきまとうからである。

しかし、「東京近辺ではない」という意味で、あえて「地方のひきこもり」と言わせていただいた。

 

そして、当事者・ご家族のささいな話からも、私はそこに北海道を感じた。 

たとえば、ある親御さんが話してくださったのは、ひきこもりの息子さんが灯油を買いに行っている、という話である。

東京の冬は、私などはエアコンの暖房機能だけで事足りているが、寒さの厳しい北海道では、そんな生っちょろい対策では足らない。

そこで灯油を買いに行くという家事が出てくる。

これがまた、重い。

車などで家の前まで売りにくる灯油は高い。

「ひきこもっていて申し訳ない」

と思うのか、息子さんは最近、18リットル入る容器を2つ持って、ガソリンスタンドへ買いに行ってくれるようになったというのである。

当事者やご家族の話す、そんな何気ない日常から、私は北国のひきこもりの現実を感じていたのだった。

 

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この日に来られていた北海道の親御さんは、私がいうところの受容率が高い親御さんばかりであった印象がある。

 

受容率とは、こういうことだ。

子どもがひきこもり始めてまもなくのころは、親もその事実に苛立ち、

「いい歳をして、何やってんの。働きなさい」

というようなことを言う。

この状態を指して、「否定率が高い」=「受容率が低い」、「高度否定期」と呼んでいる。

ここに入る親御さんは、何か一発で子どもが働き始めるような魔法の言葉やテクニックを欲しがる傾向がある。

 

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月日が経つと、しだいに親御さんも子どものひきこもりが少しずつ受け止められるようになっていき、受容率が上がってきて、

「自分にも何か問題があったのかもしれない」

と考え、さまざまな方面に助けを求め、機関につながるようになる。

ここを「中度否定期」と呼んでいる。

 

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さらに月日が経つと、

「親の私にも問題はあった。でも、今の私にできることはすべてやっている」

と考えるような「低度否定期」がやってくる。

親の会・家族会などに定期的に通っている親御さんなどは、このタイプが多い。

 

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そして、やがて子どものありのままをそのまま受け容れる「受容期」に至る、というものである。

完全な受容に至れば、もはや子どもがひきこもっている事実そのものが問題でなくなる。

問題が問題でなくなれば、それは一つの問題の解決である。

ところが、親が受容期にいたった子どもの当事者のほうが、そうでない親の子よりも、いわゆる「ひきこもりを脱する」ケースは格段に多いように思う。

「ひきこもりを脱する」のも、いうまでもなくもう一つの解決である。

 

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この「ひきこもりを持つ親御さんの受容の4段階」は、キューブラー=ロスによる「受容の5段階」と同じくモデルにすぎないから、必ずしもその通りに進むとはかぎらないし、次のステップへ進むのにかかる時間も家庭によってまちまちである。

ひきこもりが多様であり、どんな個別の例もひきこもり現象全体を代表できない、という原則に立ち返ってみれば、それは明らかである。

 

さて、これにあてはめれば、この日にお会いした北海道の親御さんは受容率が高く、高度否定期の方はいらっしゃらなかった印象を私は持ったのだ。

しかし、それを以て、北海道におけるひきこもりの親御さんの地方性を語るのは、あまりに早計であろう。

すべてのひきこもり当事者が、当事者会につながっているわけではないように、ひきこもりの子を持つすべての親御さんが、このような家族会・親の会などにつながっているわけではないからだ。

そして、家族会・親の会などにつながっている親御さんの集合は、どこの都道府県においても、すでにだいぶひきこもりのことがわかり、全体の母集団よりも受容率が高いだろう、というのが私の仮説である。

 

 

 

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